第120話
武田美乃梨は武田裕司の愛娘である。しかしこのことはまだ誰も知らない。波哉香と伊吹と同じ年であり友鵬園にやってきた。そのいでたちは小学前の幼児であるにもかかわらず大柄であった。そしてこの子を巡って波哉香と伊吹はお互いの勢力に引き込もうとする。
「みのりちゃん、こっちへおいでよ?いっしょにおえかきしよう?」
早速、波哉香が美乃梨を誘う。
「みのりさん、そっちよりわたしたちといっしょにやったほうがためになるよ?」
負けじと伊吹が声をかけるが美乃梨はきょろきょろとするのみでしばらくして口を開く。
「あっはっは。どうしてどうして?みんな仲良くやらないの?同じクラスメイトでしょ?」
「それは......」
「......」
波哉香と伊吹は黙り込んでしまう。
「わかったわかった。原因はあなたたちね!」
美乃梨は席を立ち、まずは美樹と一緒にお絵描きしている波哉香の席に向かい波哉香の腕を取る。
「な、なに?」
「いいからいいから、席を立って?」
美乃梨に腕を引っ張られ強引に席を立たせられる波哉香。そして彼女らは伊吹の席に向かう。それに気が付いた波哉香は抵抗する。
「ちょ、ちょっとやめてよ!いぶきちゃんのとこにいってどうするの?」
「いいからいいから。あっはっは」
伊吹のところに行くのに難色を示している波哉香だがお構いなしに笑顔をグイグイと美乃梨は引っ張っていった。
「な、なに?わたしのこぶんになりにきたの?」
「いかにもいかにも!あっはっは」
「ちょ、ちょっと!みのりちゃん!わたしは!」「いいからいいから。あっはっは」
終始笑顔の美乃梨としかめっ面の波哉香を見て伊吹は言う。
「ふぅん、ま、いいけど?でも、はやかさんはイヤみたいだけど」
「わたしは」「そんなことないない!こぶんこぶん!あっはっは!」
波哉香の言葉を美乃梨が遮る。そしてその様子をポツンと離れた場所でひとり美樹は見ていたが慌てて席を立ちみんなのところに行った。このままでは自分がボッチになってしまうからである。
「わたしもいれて!いぶきちゃんのこぶんにしてください!」
「ふふふ、はやせさん。じぶんがボッチになるのがこわいのね。ま、いいでしょう」
美樹はホッとして波哉香のほうを見る。波哉香は仕方ないかっていう顔をして美樹に向かって苦笑いをした。そして頃合いを見計らって波哉香は美乃梨に話しかけた。
「みのりちゃん、どうしてこんなことしたの?」
「みんなで仲良くやったほうが楽しいでしょ?北条さんのほうに先に行ったのは北条さんの方が話がわかると思ったから。あっはっは」
「へー、みのりちゃんておとななんだね」
「北条さんと歳は変わらないでしょ?」
「そうだけどさ......胸もなんかデカイし」
「あっはっは。なんかねーいつのまにか大きくなっちゃった」
こうして友鵬園の園児たちはひとつにまとまる。ひとつにまとめたのは伊吹でも波哉香でもない。武田裕司の娘の美乃梨なのである。
◇
「北条係長ちょっといいですか?」
武田製造課長に呼ばれ汐海は稼働中だった工作機械のスイッチを止めた。
「はい。......あのこないだは言い忘れましたが私は今、『南』です」
汐海はそう言って自分の胸についているネームプレートを見て武田に言う。
「『製造係長 南汐海』......これは失礼申した!社員名簿には北条となっていたもんで!」
「いえ、いいです。今もたまに間違えて旧姓で呼ぶ人もいるので」
「これからは気をつける」
「はい、それでどういったご用でしょうか?」
「今度の新型のタブレットの生産ラインのスケジュールを相談したくてね。今日空いている時間はありますか?」
「定時後なら大丈夫ですが」
「じゃ、定時後でお願いできますか?」
「わかりました」
武田の去って行く姿を見送り汐海は機械のスイッチを起動させた。そしてしばらくしてから汐海の方をポンと叩く者がいた。汐海の旦那の南である。
「あら、あなた」
「最近元気がないね?どうした?仕事でなんか悩んでいる?」
「まあ、そんなところだ」
「さっきは武田課長に何を言われたんだい?」
「新型タブレットの生産ラインのスケジュールの相談を私としたいそうだ」
「なんだそうか」
「ん?なんだ?やきもちか?」
「まあ、そんなところ。汐海は美人だからねー」
「やきもちやいてくれて嬉しいぞ」
「ははは、そりゃどうも。......俺はケニーへ戻ろうかなって考えてる」
「え?」
「汐海と一緒に仕事ができなくなるのは寂しいけどさ、ケニーへ戻った方が給料がいいし、子供の為に早く養育費、稼ぎたいしさ」
「......あなた」
「どうかな?」
「うん、あなたがそうしたいなら。私も早く子供欲しいし」
「うん、わかった。そうする。早くお金を貯めて俺達の子供を作ろう」
「うん!」
先立つものがなんとやらとはよく言うがこの2人はこの先の人生を真面目に計画していた。
◇
「品川すごいな。この機械の設計を全部お前が一人で完成させたのか?」
「はい!」
社長室では波香、恵美、品川が品川の作ってきた設計図とにらめっこしている。
「社長。これなら今いる人員で品川の言う通り3倍の生産が見込めます」
「うん、確かに。初期投資の33億円は2年で回収できますね」
「はい、その通りです」
「う~ん。どうしようかな。来年度から大幅給与アップしますか?」
「それは設備投資を回収してからでもいいのでは?」
波香は悩む恵美に助言するが恵美は波香を見て決意した表情で言い返した。
「会長の言う通りが確かに手堅いです。でも、企業は人あってのもの。設備投資回収は4年にのばし、来年度から従業員の給与をアップしたいと私は考えます」
そんな恵美を見て波香は苦笑する。我が子だけではなくこの子も成長しているのだと。
「社長がそこまでおっしゃるなら私は反対する気は毛頭ありません」
「そう?良かった。ありがとう」
お互いににこっと微笑み合う2人を見て品川はさきほどまでハラハラしていたがホッとする。そして2人の関係を羨ましく思うのであった。
◇
「わたし、いまきがついたんだけどさ」
「ん?」
「わたしたちをひとつのグループにしたのってみのりちゃんだよね?」
「え?そうかな?私はそんなこと考えなかったけど。あっはっは」
上を見て豪快に笑う美乃梨を見て波哉香は思う。私や伊吹とはスケールが違うのだと。生まれながらのリーダーの資質を武田美乃梨は持っているのかもしれない。波哉香は伊吹と小競り合いをしていた自分を恥ずかしく思うのであった。しかしそのことに気づく幼児も普通はいないのである。
「みのりちゃん!わたしとともだちになって!みのりちゃんのちかくにいてわたしもみのりちゃんをみならいたい!」
「何を言ってるの?私達もうとっくに友達だよね?北条さんはそう思ってなかった?」
「え?あ!そうなんだ!じゃあ、こんどはわたしのこともなまえでよんでよ!」
「わかった!波哉香ちゃんだね!あっはっは」
「あはは」
そんな二人の様子を見てた美樹も慌てて言う。
「私の事も名前で呼んで!」
「うん、美樹ちゃん!よろしくね!」
「うん!」
そんな3人の様子を見て伊吹は突っかかってきた。
「あらあらザコさんどうしなかよくするのはかまわないけどリーダーはわたしよ。おわすれなく」
「ざ、ザコ......」
伊吹の言葉に波哉香はムッとするがそんな波哉香を庇うかのように美乃梨はまたまた豪快に笑いだした。
「あっはっは!わかっておりますとも!リーダーどの!」
「ふっふふん」
美乃梨に大声でそう言われいい気分になった伊吹は満足そうにその場を立ち去る。それを波哉香は間近で見て思わず口走ってしまう。
「うわあ~~~ちいさい。それにくらべてみのりちゃん。みのりちゃんはおおきいね。うつわが!おっぱいもおおきいし!」
「そうかな?あっはっは」
◇
神崎電子工業は定時の5時を過ぎてもほとんど帰社するものはなく工作機械もけたたましい音をたてて稼働していた。
「それでは南係長、係長のところでこれを生産するのは無理そうですか?」
「いえ、私と他の者がその分残業すればできると思いますが」
「いやいや貴方は女性ですし無理させるわけには......」
武田と汐海は今後の生産スケジュールについて談義していた。
「いえ、私もお金を欲しいですし残業が増えることは抵抗ありません」
「私も一緒に残業できればいいんですが娘がまだ小さいもので......私がいないと娘の食事の用意を誰もするものがおりませんでな。がっはっは」
「え?失礼ですが奥様は?」
「去年、他界しましてな。だから娘には寂しい思いをさせとります」
「そ、そうですか。それは大変失礼いたしました」
「いえいえ」
「では、私が中心になって残業できるものを集めますので」
「宜しく頼みます」
◇
社長室では波香が依然としてお邪魔している状態である。ここのところ波香は自分の部屋の会長室にいるよりも恵美のいる社長室にいることのほうが多くなっていた。
「社長。品川の機械設計により生産性は格段にあがります。これからの事を考えて新規受注を積極的に行いましょうか?」
「そうですね。ただうちは営業にそれほどの人材がいません。どうしたものでしょう?」
「私が営業しましょうか?」
「え?ししょ......会長がですか?」
「はい、社長の許可があれば」
「えー......わかりました。ただし私も同行します。連れてってください」
「......承知いたしました」
波香はこの時さすが神崎恵美だと思った。個人経営ならまだしもどこの企業でも社長自ら営業に出るなんてことはまずない。相手にしてみれば社長自ら営業に来訪すれば話を聞かないわけにはいかないだろう。ましてやこの会社は神崎グループの企業なのである。
「さしあたって大手5社をすでにリストアップしてあります」
「準備万端ですね。さすが会長です」
「いえいえ。......MEC、西芝、情報通、ポニソニック......あとはワップルですね」
「それじゃあ、この会社に近いところから行きましょうか?」
「というとワップルですね」
「はい」
「では、社長の準備次第行きましょう。私はもう準備はできています。いつでも行けますので」
「はやっ」
恵美は席を立ち慌てて準備を始める。
「社長。そんな慌てずにごゆっくり準備をなされて結構です。資料などはすでに私が用意しておりますので。後は社長の御身ひとつです」
「わ、わかりました」
◇
工場内では品川がヘルメットをかぶり現地視察に来ていた。熱心に何かをメモを取っている。そんな品川の背後から彼の肩をポンと叩くものがいた。品川の彼女の細田ふみえである。
「お、ふみえか」
「どう?大輔君なんとかなりそう?」
「ああ、もっと手間取るかと思ったけど意外とすんなりできそうだよ」
高校以来8年も交際を続けている彼女に品川は微笑んでそう言う。
「そうよかった」
「僕の設計した全自動工作機械が完成し無事稼働できれば神崎電子は莫大な利益を生み出す会社に生まれ変わるぞ!」
「すごいね!」
「ああ!」
2人は微笑みを交わしながら工場内をざっと見まわした。
「......明日香もこの会社に入れば良かったのにな」
「ああ、小野寺さんは残念だったね。今、教師やってるんだっけ?」
「うん、教師になるのが夢だったんだって」
「そうか、夢が叶ったんだね」
「......私の夢ももうすぐ叶うよ?」
「ん?ふみえの夢ってなんだっけ?」
「......大輔君のお嫁さんになることだよ」
ちょっと照れながら細田は品川の顔をしっかり見て言った。品川はしばし呆然とするがすぐにその言葉の意味を理解し照れる。
「うん、僕たちはこれからもずっと一緒だ」
「はい」
◇
波哉香は自分の親に対して名誉挽回みたいなことを考えていた。こないだは変な友達を自宅に連れてきてしまってとんだ失態を晒してしまったためだ。
「ねえねえ、こんどのにちようびさ、ミキちゃんとみのりちゃん、うちに遊びにこない?」
「え?いいの?」「......」
美樹は嬉しそうに答えるが美乃梨は黙ったままだった。
「みのりちゃんはこない?」
「う~ん、行きたいのは山々だけどお父ちゃんがなんて言うか......」
「おとうさん?」
「うん、ウチ、お母ちゃんがいないんだ。去年、病気で死んじゃったの。だから家族と言ったら私とお父ちゃんだけなのよ」
「そうなんだ......なんか、ごめん」
「ううん、いいんだ。私はもうとっくに悲しい気持ちは甲斐に置いてきたし。あっはっは」
「かい?」
「あ、私の住んでいたところだよ」
「へー」
「でもま、折角、誘ってくれたんだからお父ちゃんに聞いてみるよ」
「うん、でもむりしなくていいからね」
「うん!ありがとう!」
波哉香はぜひとも美乃梨に自分の家に遊びに来てほしかったが美乃梨のお父さんを休みの日にひとりぼっちにしてしまうのもなんだか可哀そうなのであまり強くは言えなかったのである。だが、波哉香の気遣いとは裏腹に美乃梨は美樹と供に波哉香の家に遊びに来ることになるのであった。
(続く)