「あっはっは。んまいんまい!波哉香ちゃんのお母ちゃんサイコー!!」
美乃梨の豪快な食べっぷりに北条家一同と早瀬美樹は口をあんぐりしている。本日は日曜日。美乃梨と美樹は波哉香のマンションに遊びに来ていて晩御飯をご馳走になっているのだ。
「あっはっは!美乃梨ちゃんってば面白い子ね!」
波香は美乃梨と一緒になって爆笑している。今までの推移からみて波香はどちらかというと変人が好みのようである。
「わ、わたしも!!」
美樹は美乃梨が波哉香のお母さんに気にいれられているのを見て自分も大食いをしようとする。
「や、やめなよ、ミキちゃん!?」
そんな美樹を見て波哉香は心配する。しかし美樹も美乃梨に負けまいとして一生懸命食べ始めるのだ。
「あらあら、ここは大食い会場かしらね」
波香はやれやれといった感じでしゃもじを手に持つ。
「あ~あ、ふたりとも無茶するなよ」
時哉は時哉で我関せずといったところだ。
「波哉香ちゃんのお母ちゃん!おかわりお願いします!」
「あははは、はい」
大きく振りかぶってお椀を差し出す美乃梨に波香は笑いを隠し切れない。
「はい、大盛りね」
「ありがとうございます!」
にっこり笑顔でお椀を受け取る美乃梨。その口元にはご飯粒がついていてその姿もやはり波香の爆笑を買っていた。
「わ、わたしもおかわりおねがいします!」
「はいはい、あら」
波香が炊飯器を見るともう少ししかゴハンが残っていなかった。
「ごめんね、もうこれしかないの」
波香は残りのゴハンすべてを美樹のお椀によそってあげた。
「いいえ!いただきます!」
苦しそうな顔でお椀を受け取る美樹。その顔を見て波香はまたもや大爆笑する。
「ぶはっはっは。美樹ちゃん本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫です......」
「あややや、もうゴハンないですか......」
ゴハンがもうないと気づき美乃梨のテンションは一気に下がった。
「うん、じゃあ、続きは40分後で!」
「おいおい、まだ炊く気かよ!」
時哉はあきれた声をあげた。
「だって美乃梨ちゃんはまだ食べたいって」
「いくらなんでも食いすぎだろ。小学生前の幼児が一人で7合食うなんて聞いたことないよ!」
「だそうです。一家の主が言うにはこれで終わりだそうだから残りは充分に味わって食べてね」
「は~い」「はい」
波哉香は今までにない気持ちで晩御飯を食べた。この日の経験から美乃梨を誘い家族と一緒に晩御飯を食べるのはもうやめようなどと思うのであった。
「ご馳走様でした!波哉香ちゃんのお母ちゃん、とても美味しかったです!」
「いえいえ、お粗末様でした」
「わたしもごちそうさまでした。はやかちゃんのママ、とてもおいしかったです!」
「うふふ、はあい、美樹ちゃんもありがとうね」
食べ過ぎて苦しそうな美樹を見て波香は笑うが美樹を抱きしめたい衝動を必死に抑えていた。波香は変人も好きだが頑張っている幼児を見ると胸がきゅんとしてしまうのだ。
「もう、みのりちゃんもミキちゃんもあんまハラハラさせないでよ。たべおわったんならわたしのへやにいこう」
波哉香は自分の箸を置き二人に話しかける。
「え?ハラハラ?私達ハラハラさせちゃった?私はただゴハンがおいしくてガツガツしてただけど?何がいけなかったのかな?」
美乃梨はきょとんした顔だ。一方で美樹の方は波哉香の気持ちがわかっていたらしく素直に謝っていた。
「ごめん、はやかちゃん」
美樹の言葉に波哉香は首を振り美樹の手を握って席を立つ。
「みのりちゃんもホラ、いくよ?」
「おお、はいはい。あっはっは」
波哉香にせかされ慌てて美乃梨は席を立ち波哉香たちの後についていった。その姿を見て波香と時哉はじーっと見送った。
「やれやれ、なんだか全てが規格外だな」
「あはは、そうね」
「なんなんだ?あの美乃梨ちゃんって子は?あれで本当に小学前なのか?」
「うん、ハヤカ達と同じ歳よ」
「年齢詐称じゃないのか?背もデカイし胸もデカすぎだろ」
「......トキヤ。そんなところ見てたのね?」
「いや、別に興味があって見たわけじゃないよ。もちろん」
「どうだかね」
「本当だって!」
「まあ、そういうことにしておきましょう」
ツンとして波香は食器をかたし始める。
「手伝うよ」
時哉も食器を流しへと運び始める。波香の機嫌をとっているのだろうか。
「みなりんもこのところ彼氏の家に行っててここに帰ってこなかったし食卓が賑やかなのは楽しいわね」
「そうだな」
「......ねえ、トキヤ」
「なんだい?」
「私達ってこのままでいいのかな?」
「どうしたんだ?急に?」
「何だか違和感があって。もちろん幸せよ?トキヤがいてハヤカもいて......だけど私の中で何か違うっていう潜在意識みたいなものがあって......」
「う~~ん、それはなんだろうね」
「なんなのかしら?」
「......実は俺もなんだ。ナミカちゃんとこうして一緒になって......前はナミカちゃんと一緒になることを目標に今までの人生を頑張ってきたんだけどそれが現実になって」
「燃え尽き症候群?」
「そうなのかな?なんだかぽっかりと心の中に穴が開いたみたいになってる。何かとても大切なことを忘れているみたいな感じなんだ」
「そうそう、私もそんな感じ」
「まあ、考えてもしょうがない。思いついたら俺に話してくれよ?」
「うん、そうね......トキヤも話すのよ?私に」
「ああ、わかってる」
波香は自分の父や神崎喜一郎を超える存在になろうと思っていることはこの時は時哉にはまだ話さないでいた。
◇
「じゃあ、なにしてあそぶ?」
自分の部屋に美樹と美乃梨を招き入れた波哉香。以前、伊吹を部屋に招待した時はPCゲームでお互いに熱くなり喧嘩まで発展した事から彼女としてはPCゲームはなんとなくやりたくはなかった。
「なんでもいいよ?」
美樹は完全に他人任せであった。美乃梨というときょろきょろと波哉香の部屋を失礼すぎるほど見渡していた。
「どうしたの?みのりちゃん?なにかめずらしいものでもあった?」
「いんや」
「......みのりちゃんはなにかしたいあそびある?」
「んーとくには」
「そっか......じゃあトランプでもする?」
「いいよ」「あいあいさ」
「よおし、じゃあ、まずはしんけいすいじゃくね。めくって2まいそろったらもらうやつ」
「はい」「あい」
シャッシャッシャとカードを切りパッパッパっとカードを配る波哉香。
「わあ、はやかちゃんてなれてるね!」
美樹は波哉香の素早いカードさばきに感心した。美乃梨も目を丸くしているので言葉にはしないが感心しているのであろう。
「そうかな?えへへ。配り終わったよ。じゃあ、順番はじゃんけんね」
「はい」「いえっさ」
「最初はパー。じゃんけんぴん!」
そして美乃梨は変なチョキを出して見せる。人差し指と親指を開いたチョキだ。が、美樹はパー、波哉香もパーなので最初は美乃梨からに決まった。
「ぷっ、みのりちゃん、なにそのチョキ」
「変?お父ちゃんから教わったんだけど?」
「ふつうはひとさしゆびとなかゆびでだすんだよー」
「なんだそうなの?ま、何はともあれ私からね......んー」
美乃梨は腕を組んで長考する。
「あはは、みのりちゃんまださいしょなんだからかんがえたってしょうがないよ」
波哉香は考え込む美乃梨にバカにした感じでそう言った。
「でもさでもさ、これって勝負なんでしょ?今まで全然カードがめくれてないからこそ、最初の一枚目が勝負になる。つまりここが気合のいれどころなんだよ」
「ふぁーーー、そ、そうなのかな」
「......こことここだああ!!えいえい!」
美乃梨がめくったトランプはクラブの2とダイヤの2だった。見事にペア成立である。
「いやったああ!あっはっは!」
「え?うそ?」「わあーすごい!」
「あっはっは!たかだが十何分の一でしょ?最初の一手がそろう確率は。軽い軽い!」
そしてこのまま波哉香と美樹はトランプをめくることはなかった。最後の1枚をひっくり返す美乃梨の手を眺めているだけだったのである。
「いやったああ!!パーフェクトだよ!!」
「し、しんじられない」「こんなのはじめてみた」
記憶力に自信があるといっても自分に番が回ってこなければどうにもならない。波哉香は勝負に負けたというよりもただ美乃梨の強運に成すすべがなかった。だが波哉香は疑う。これはズルじゃないのかと。彼女はトランプを手に取り調べるが特に目印みたいなものは見つからなかった。
「ん?波哉香ちゃん疑ってるの?私がズルしたのかどうか?」
「え?いやーあははは......ごめん、疑って」
「うんうん、素直に私の強運を祝福してよ?」
「うん、すごかったねみのりちゃん。おめでと」
「ありがとう!あっはっは」
こんこん
「はあい」
「おやつ、持って来たわよ」
波香が自家製のチーズケーキを持って波哉香の部屋にやってきた。
「わあ、おいしそう!」
美樹がチーズケーキを見て歓喜の声をあげた。
「うふふ、ちゃんと人数分あるからね......あら?トランプで遊んでたの?」
「うん、しんけいすいじゃく」
「ハヤカ得意だものね神経衰弱」
「ところがママ。わたし、みのりちゃんにまけちゃった」
「え?そうなんだ。ハヤカは記憶力すごいのにね」
「わたしのばんがこないんだからどうしようもないよ」
「ん?どういうこと?」
「みのりちゃんからはじまってそのままさいごまでみのりちゃんがそろえておわっちゃった」
「は?」
「でもズルしてたわけじゃなかったんだよ。うんだね」
「はー、ものすごい運ね」
「うん、あ、しゃれじゃないよ!」
「あはは」
笑いながら波香は美乃梨を見る。美乃梨はにっこりと波香を見ていた。
「はー、運に関してはね......ハヤカ、諦めなさい」
「え?なんで?」
「ママは昔から運だけはないの。悲しいことにね。そしてママの娘でもあるあなたも......」
「そんなことないもん!」
「あはは、ハヤカに幸あれ!じゃあ、私は行くわね。美乃梨ちゃんも美樹ちゃんも波哉香と仲良くしてあげてね」
「はい!」「はい!」
そして波香はいそいそと波哉香の部屋を出て行く。その姿を見つめて美樹と美乃梨はため息をもらした。
「はー、ハヤカちゃんのママ、きれいでかっこいいなあ」
「うんうん、私もそう思った!」
「えへへ。わたしのじまんだもん!でも、ふたりともありがとうね。ママにかわっておれいをいっとく」
波哉香達は神経衰弱の続きをする。今度の順番は美樹からであったが結果は美樹が0ペア波哉香が4ペア美乃梨が22ペア。またしても美乃梨の圧勝である。
「あっはっは!豊作豊作ぅ!」
美乃梨は自分がとったトランプを宙に放り上げる。
「ううう」
「......」
「あっはっは!もうトランプはいいでしょ。違うことしよ?波哉香ちゃんの得意なのでいいよ?」
「じゃ、じゃあ、パソコンのゲーム......」
◇
リビングに戻って来た波香は時哉の隣のソファに座る。
「どっこいしょっと」
「さっきトイレでハヤカの部屋を通りがかった時に聞こえてきたんだけどナミカちゃんには運がないんだって?」
「あら、聞いてたの?」
「うん、偶然ね。運がないってことはないだろう?俺という素晴らしい伴侶と結ばれる事ができたのだから!」
「......あなたよく平気でそんなこと言えるわね。恥ずかしくないの?」
「いや......恥ずかしかったかな?」
「なにそれ?......まあ、でもそうね。トキヤはともかくとしてハヤカも授かり他の人達も私に良くしてくれて......私は運がいいのかもしれないわね」
「俺はともかく......かよ。とほほ」
「ぷっ。すねないの。嘘よ」
波香は時哉の頬を撫で2人は見つめあい口づけを交わす。
「でも、確かに考えてみれば運じゃなくてナミカちゃんが自分の努力と実力で掴み取ったのかもしれないよな」
「......ねえ、トキヤ」
「なんだい?」
「こないだ言った事なんだけど」
「ああ、俺達はこのままでいいのか?って話?」
「そう」
「私は......自分の父と神崎喜一郎様を超えたい」
「え?それはなんとまあ.....」
「私は父に造られたクローン。......トキヤは誰に造られたんだっけ?」
「俺も親父にかな」
「そうなんだ......でね、他のクローン達も私やトキヤやしおみん達のように幸せになっているとは限らないじゃない?」
「うん」
「私が小さい頃にいっぱいいた仲間たちはどうなったのか?と考えると......」
「確かに出来の悪い人たちはなんらかの形で処分されたのかもしれないな。汐海と美菜に初めて会った時はあいつら北条の研究施設を破壊しようとしてたんだ」
「そうなんだ。......その行動も私には理解できる」
「......俺やキミと出会わなかったクローン達はいったいどうなったのか......」
「......」
「で、どうするんだい?」
「とりあえずクローン人間の開発はやめさせたい。口で言ってわからないなら......」
「なんだか、物騒だな」
「そうね、このまま、穏やかに知らんぷりで生きていけたら幸せなんだろうけどそれは許されない気がして......」
「俺も一時期考えたことあるよ。このままクローン開発を野放しにしていいのかって」
「神に対する冒涜よね。ま、もっとも私は神なんて信じてないけど」
「信じてないのにクローンは認めないんだ?」
「うん!認めない!それは自分自身を否定することかもしれないけどね」
後日、波香達は他のクローン達と供に北条のお屋敷を訪れる。そのお屋敷では波香達の想像もつかない事が起きていた。長年、繁一に仕えてきた大河原がクーデターを起こし繁一は地下の牢獄へと追いやられていたのだ。
(続く)