波香がエカトミリオに別室に連れられて30分が経とうとしていた。
「くそう、一体何を話しているんだ」
部屋の前で時哉はうろうろしている。
「時哉、そう焦っても仕方がない。ここは波香さんを信じてゆっくりと待とう」
焦っている我が息子を宗時は諫める。
「父さん......しかし、さっきのナミカちゃんを連れて行った女性、どこかで見たことがあるんですが......」
「......あれは、世界的な精神科医で有名なドクター.ステファニーだろうな」
「精神科医?」
「ああ、しかし本物ではないだろう」
「ステファニーのクローンってことですか?」
「多分な」
「......まさか波香ちゃんをマインドコントロールする気じゃ?」
「おそらくそうなんだろうな。得てしてクローン人間というものはマインドコントロールされやすい。だがしかし波香さんには通用せんだろう。それだけ波香さんという人は優れているのだ。まれに類まれなる強い心を持ったクローンが誕生する。......そこにいる時哉の仲間のクローンも多分そうなのだろう」
宗時はそう言うと汐海や美菜のほうを見た。
「そうなのか......」
時哉は思案にくれる。ここで時哉は自分の父に自分が本当に何者かのクローンなのかを尋ねようかと思ったがそれは怖くなって聞くのはやめた。自分は本当の人間だと信じたいのだ。空手の大会で優勝したことがある時哉でもクローンとの戦闘ではまったく歯が立たなかった。そのことが自分は普通の人間であるという証明だと思っていたいのだ。
「お待たせいたしました」
やがて波香はエカトミリオに連れられて部屋の外に出てきた。
「ナミカちゃん!」
波香に駆け寄る時哉。
「トキヤ、私、間違ってた」
「え!?」
「......今からすべてのクローン達を私が仕切る。私が全てのクローン人間を幸せにしてみせるわっ!!」
「ナミカちゃん......と、父さん!やっぱりナミカちゃんはマインドコントロールされたんじゃないか!?」
「......」
宗時はただ黙ってうつむくだけだった。
「うふふふ、さあ、そうと決まれば一緒に大河原様のところに参りましょうか」
エカトミリオはしてやったりの顔で波香に話しそれから一同を見渡しみんなを
誘おうとする。
「それはノーよ」
「なんですって?」
「ノーと言っている」
「さっきの話し合いではあなたは大河原様と協力して全てのクローン達を導いてくれると話したではないですか?」
「......父を監禁しクローンを悪用している大河原はぶっ潰して地下牢獄にいる父を救出し、もうこれ以上のクローン製造の行為はやめさせる。そして現存しているクローン達は私のもとで幸せになる方法を模索する......それが私の最終目標よ。文句ある?」
「し、しかし大河原様は......」
「おとといきやがれ!!」
ドカッ!!
「ひぎゃっ!」
問答無用でエカトミリオに膝蹴りを食らわす波香。エカトミリオは機能停止とはいかないまでもその場で失神してしまったようだ。
「......ふっ、やっぱナミカちゃんはすごいな」
「トキヤ、そのセリフはもう聞き飽きた。行くわよ」
「おう!」
時哉は自分の妻を惚れなおした。そしてそんな2人のやり取りを武田親子の傍で聞いていた波哉香。自分の両親の会話の意味がわからなかったのである。そして波哉香の友達である美乃梨は自分の父親に聞く。
「ねえ、お父ちゃん。クローン人間ってなに?」
「お前はまだ知らんでいい」
「ええーー!!教えてよ」
波哉香も美乃梨同様、聞きたくてしょうがなかったが武田の口からは残念ながらクローン人間の意味を知ることができなかったのである。
(ママが全てのクローン人間を幸せにする?クローン人間ってなんなんだろう?)
波哉香は終始首をかしげながら自分の親たちの後ろをついていくのであった。
◇
神崎電子の会長、北条波香が不在とあっても社長である神崎恵美は営業を怠ってはいなかった。
「おおお、神崎グループの一人娘であるあなたが自ら営業をしているとは......」
どこの企業にいってもだいたいこんな感じで担当者は驚いていた。
「はい、私が任さられている会社は幾分にもまだ小さな会社ですので......」
「私どもといたしても神崎グループさんと関係を持つということは他の面でも大きなメリットとなりますのでなんとかしたいところですが今期の生産分は他のところに決まっておりますので今からその契約を反故にするわけにはまいりません」
「いえいえ、それはごもっともですし私もそういうことは存じ上げておりますので。ただ今日はご挨拶にでも、と思いまして」
「......神崎さん、今期はもうダメですが来期からはちょっと考えさせていただいてもよろしいですか?」
「え!?本当ですか?でしたら納入価格のほうは勉強させていただきます!」
「ハハハ、こちらこそ宜しくお願いいたします」
何事にも耐えがたい充実感でその会社を出る恵美。
「やったやった!」
たまにもしかして自分ってすごいのでは?などと錯覚しそうになる。だが恵美は決して慢心になることはない。所詮、父の名があってこその自分なのだ。それは十分に自分でもわかっていた。
父の名を外して一介の神崎恵美で世の中を渡りあってみたい。そんな思いが頭をよぎるがそれを実行する勇気が自分にはなかった。そして神崎グループの娘であるということを忘れさせてくれる長谷川真子を自分の秘書として雇っていた。
長谷川真子は高校からのクラスメイトである。大学も一緒でこれから会社でも一緒ということになるのだ。
「あ、真子?MEC、来季から受注オッケーになりそうだよ」
『わあ、さすが恵美!いや、オホン。社長おめでとうございます!』
「ううん、父の名があってこそのことだと思う。私の力じゃないよ」
『それもあるかもしれませんが社長の営業の仕方が良かったのではないかと私は思います』
「......ありがとう真子」
真子との電話を終えた恵美は一人社用車に乗る。もちろん人件費削減のために運転手は雇っていないのである。運転手を1人雇うくらいならその分社員に少しでも多く賞与を支給したい。そう恵美は考えている。
(社員は企業の歯車ではない。礎なんだ。決して使い捨てにしてはいけない)
某経済新聞に恵美のインタビューが掲載され来年度の新卒の神崎電子への入社希望者は千名を超えている。
「はあー、やることが盛りだくさんだなあ。......早く、師匠、出社してこないかな」
恵美はため息をひとつ吐き自分の運転する社用車を会社へと飛ばしていくのであった。
◇
地下へ地下へと波香達は北条の地下研究施設を下っていく。
「なんともまあ、これほどまでとは」
武田はその施設の広大さに舌を巻いているようだった。
「まあ、もうすぐだ。大河原はおそらく牢獄のある一番近い部屋にいるだろう。奴は用心深い男だからな」
「ほう」
宗時は以前自分が幽閉されていた牢獄を思い出していた。皮肉なもので自分を閉じ込めていた主がいまはそこに幽閉されている。それを救出しにいこうというのだ。
普通は自分に数々のひどい仕打ちを与えてきた主君を救出しにいくなどとは思わないがそれでも宗時は迷わず繁一を救おうと考えているのだ。
「波香さん、先にどちらのほうに行かれますかな?」
「先に大河原のところに行きますわ。クソジジィはその後ですね」
「承知いたしました」
波香達はしばらくするとやけに照明の明るい部屋を見つけた。おそらくそこに大河原がいるのだろう。
「マテ。ココカラサキハイカセン」
クローン兵たちが波香達の行く先をはばもうとする。
「......あなたは誰のクローンなのかしら?大河原の命令に従うことはないわ。あなた達の幸せも私は考えていくから。私だってクローン人間だもの。だからここから先のことは私達に任せて欲しい。道を開けて?」
「シカシ......」
「このまま大河原の命令に従ってあなた達が幸せになれると思う?」
「......ワカッタ」
クローン兵たちはすんなりと道を開けて行く。波香の言葉は説得力が十分であったのだろうか。
「ありがとう」
兵たちにお礼を言うと波香は明るい照明の部屋に入った。
「これはこれは波香様。お待ちしておりました」
軍服を来た大河原は片手を振り下ろし波香に挨拶をする。
「......あなたをぶちのめす前に聞いておく。何故こんなことをした?」
「お館様の傍若無人ぶりにほとほとイヤ気が差しましてな」
「まあ、それはわからないでもないが......前から聞きたかったのだがなぜあのクソジジィはおかしくなってしまったのだ?私が小さいころはとても優しい人だったと思うが......」
「......奥方様を亡くされてからしばらくは元気がなかったのですがクローンの開発及び人の寿命を延ばす新薬の研究が進んでいくにつれてお館様はおかしくなってしまわれました」
「それはなんで?」
「新薬の実験体をお館様、自ら行っていたからです。それはそこにいる宗時も知っているハズ」
「......波香さん、その通りです。お館様は新薬の実験体を自ら買って出ていました」
「それで頭がおかしくなってしまったの?」
「若干その影響もあるかと思われます」
「元には戻せないの?」
「おそらく無理かと......」
「そう......なのね」
「お館様は奥方様を亡くされてひどく憔悴しきっていました。そんな中、自分と同じように大切な人を亡くして悲しみに暮れている人は多いはず。なので人の寿命を延ばす研究と人のクローン開発をはじめたのです」
「.....」
「波香さん、お館様をどうするつもりですか?さきほどはクローン開発をやめさせると言っておりましたが......」
大河原と宗時の話を聞き波香は全てを理解した。北条繁一は自分の妻を亡くした悲しみのあまり妻によく似たクローン人間を開発した。その一番の成功体は波香であったのだ。そしてある日新薬の影響で頭が少しおかしくなった繁一は寂しさのあまり波香に性的な過ちをおかしてしまったのだと。
「......それはあのクソジジィのエゴにすぎない。クローンの開発はやめさせるわ」
「波香さんがそう言うのなら」
「むねときさ......お義父様」
「なんでしょう?」
「私は一介のクローンに過ぎないのになぜそこまで私に従ってくれるのですか?」
「それは我が息子の妻ということと......これは波香さんにとってはイヤな事かもしれませんがフランソワ様とそっくりなんですよ。容姿だけではなく......中身が」
「中身?」
「はい、意志の強いところとか......優しいところとかですかね」
「優しい?私がですか?ハハッ、ちょっと前までは小さな子供に暴力をふるっていたんですよ?私は自分で優しいとは思えません」
「いえいえ、優しいですよ、波香さんは。でなければ命を張っていただけるお仲間ができるわけはないです」
宗時は汐海や美菜のほうを振り返ってそう言う。
「いえ、しおみん達は......別に私のことをどうこう思ってついてきているわけではないですよ」
波香ははにかんで見せる。
「オホン。で、私と手を組んで供によりよい世界づくりを手伝っていただけるのですよね?あれ?そういえばエカトミリオはどうしました?」
大河原は宗時と波香の会話に割って入る。
「あの人エカトミリオって言うのね.....エカちゃんにはちょっと眠ってもらったわ」
「なんですと?」
「......それであんたと供によりよい世界をって話だけど......答えはノーよ!」
ボカッ
波香は一発、大河原の顔面を殴った。そしてそれで波香達は大河原のいた部屋を後にする。
波香達が地下牢獄へ行くにつれ悩ましい声が聞こえてくる。
「アッ!アンアン......ンアッ!」
地下牢獄に波香達は到着すると繁一と波香にそっくりな女性は牢獄の中で抱き合っていた。
「......おぞましすぎる」
2人の様子を見た波香の一言はそれだった。
「キャアア!!」
繁一に抱かれていた波香にそっくりな女性はいきなりの波香達の出現に驚きの声をあげる。
「おお、波香か。ワシのことを助けに来てくれたのだな?」
「まあ.....でも助けなくても楽しそうだからこのまま帰ろうかしら」
「釣れないことを言う。お、そうか。妬いておるのだな。ワシが別のクローンを抱いているのに対して」
「キモイ......ねえ、お義父様、本当にこのキモイ人助けないとダメ?」
「......はい」
「仕方ないわね」
キィ......
波香は門番から譲り受けた鍵で牢獄の門を開けた。
「うははは、これで自由じゃな。波香よくやった!」
繁一は背後から波香の胸を鷲掴みにしようとするがそれは時哉が阻止する。
「むっ!時哉!無礼だぞ!!」
「申し訳ありませんが波香様は今、私の妻ですのでお戯れはおやめください」
「ぐぬう。宗時!!お前の息子は生意気だぞ!」
「......申し訳ありませんお館様。私の息子は私に比べて男気のあるやつでして......どうかお許しください」
「ふん!.....お?おい!お前は裕司か!?」
繁一は波香達の後ろの方にいる武田を見つけると嬉しそうに声をあげた。
「ガハハハ、おひさしゅうございます。お館様」
「おおお、ひさしぶりじゃのぅ!宗時!今宵は宴会じゃ!酒の用意を頼むぞ!」
「御意」
武田を見つけてはしゃぎだす繁一をよそに波香や時哉達はただポカンと2人の様子を見つめるだけであった。
(続く)