第126話
北条繁一、繁一がフランソワと呼んでいた女性、その両脇を宗時と武田が護衛し北条地下施設の最下層からエレベータと階段を使って波香達は上の階層に上がっていく。大河原は拘束し残存しているクローン人間達を波香は従えていた。
1階に到達した時には総勢200名弱ほどになっていた。が、昔から繁一に従えていた者は宗時と大河原しかいない。繁一の傍若無人な変貌により昔からいた重臣たちは離れていってしまったのである。
1階の大宴会場では宗時の手配により既に席が設けられていた。その準備は伍代沙織が中心になって滞りなく進められていたのだ。波香達一行が宴会場に入ってくると彼女はいち早く宗時を見つけて駆け寄ってきた。
「宗時様。席の準備は整いました。後はお酒とお料理の到着を待つばかりです!」
「うむ、沙織くん、ありがとう。急に連絡したのに迅速な対応、さすがだな」
「はい!こういうことしか私にはできませんから」
「それはとても素晴らしいことだよ。誇っていい」
「は、はい。......ありがとうございます」
沙織の告白を断っているのに宗時のその言葉は沙織にとっては残酷なものである。自分を認めてくれていつも優しい。そんな紳士を沙織はいつまでも忘れることができないのであるから。
波香は大河原の手を拘束している拘束具を外した。そして大河原をその場で座らせ自らも大河原の隣に座る。
「ねえ、大河原。今、どんな気持ち?」
「どんな気持ちと言われても.....」
「あのクソジジィが嫌なら他の人達と同じようにここを出て行って人生をやり直せば?」
「......私には他に行くところがありません」
「あんたほどの科学者なら他に就職口がありそうだけどね」
「なにしろ他の場所で生きて行こうという気がせんのです。私の青春はこの北条の研究施設と供にあった。そして私の人生もここで終えるという考えしか私の頭の中にはありません」
「それは忠誠なのかここから動きたくないっていうただの怠慢なのか私にはわからないけど......そもそも何故あんたはここに来たの?」
「......若い頃お館様に心酔してここの研究施設に入りました」
「へー」
「大学院の研究施設にいた私は......」
「その話、長くなるんでしょ?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、いいわ」
「そ、そうですか」
「とにかくもう、クローンを私物化してバカな真似はしないのよね?」
「......今のクローンでは波香様達に勝てませんからね」
「今のクローンも何ももうクローンは造らせない。どうしてもやるって言うなら研究施設を他のクローン達と供に協力して破壊するつもり」
「な、波香様あなたはどんな権限があってそんなことを......」
「権限?一介のクローン人間にすぎない私にそんな権限あるのかって?」
「......」
「じゃあ、聞くけど他のクローンはどうなったの?望まない命を与えられて試験やらなんやらで結果を残せなかった私の仲間達はどうなったのよ!?」
「......」
突然、波香は声を激しく震わせる。その様子を時哉達はびっくりして見ていた。波香は涙を流しながら話し続ける。
「......自分達の都合で勝手に命を与えられて......失敗した者には今度は死を与える......なんてひどい......」
「......」
そして波香は繁一がフランソワと呼んでいる女性、宗時や武田にお酌させていい気になっている繁一を睨んだ。
「おい!そこのクソジジィ!!」
「んあ?」
「......北条の家督は私が継ぐ。あんたは引退しろ!!」
◇
超高級なレストラン『ダ・カータ』そこで神崎恵美は久しぶりに両親と夕食を楽しんでいた。
「恵美も随分と人間に貫録が出てきたな」
赤ワインを嗜みながら神崎喜一郎は恵美を見てそう言った。
「そ、そうかな?自分ではわからないけど」
「すごい成長ぶりよ」
「......お母様もそう思うんだ」
「ええ」
「やっぱり波香さんに任せて正解だったな。私の思った通りに成長してくれた。実に素晴らしい」
「え?それって......私の教育係だったってこと?師匠が?それはお父様の考えあってのことだったの?」
「そうだよ。恵美だって自ら師匠と呼んでいるじゃないか」
「......そうだけど。確かに私の高校、大学生活は師匠と供にあった。師匠がいなければT大に受からなかったかもしれないしT大も優秀な成績で卒業もできなかったかもしれない......」
「恵美、すぐれた素材でもそれを加工する職人の腕で良くも悪くもなる。今、製造業の社長のお前ならよくわかることだろう?」
「そうですね」
「......頃合いを見て北条波香はクビにしなさい」
「え?」
「おそらく今の恵美ならもう彼女から学ぶことは何もない。今後は足枷になるだけだからね」
「そんな......でも、今の会社には師匠を慕って入ってきた社員もいます。その人達も失ってしまうのではないでしょうか?」
家族で夕食を楽しむつもりがいつのまにかお互いにビジネスで話すような口調になっている。
「その人達は優秀なのか?」
「はい、超優秀です。いっぴとたりとも」
「ふむ、どんな人達なんだ?」
「はい、まずは『細田ふみえ』。細田は私と同じ高校で大学もT大卒です。大学時代から神崎電子にバイトとして入社しT大卒業後もそのまま社員として働いてもらっています。仕事は総務と経理を担当としています。電話対応来客対応はもちろんのこと財務諸表の作成、税務署への対応、社員の給与計算、その他全て彼女1人でこなしています。普通の会社の女性事務員2人分はゆうに働いていますね。間宮部長の要請によりこないだ係長に昇進させました」
「ほぅ、すごいな」
「次に『品川大輔』。この社員は最近入社してきましたがなんとあのH大卒です。入社するや否や我が社の工作機械の自動化に成功し従来の製造人員で3倍の生産が可能となりました。細田ふみえの彼氏でもあります」
「え?3倍?今いる人数でか?」
「はい」
「そして『小西恭子』。もともとはケニーの社員でしたが正式に我が社の社員となり今は女性ながらにも製造部の部長を任せております。彼女はケニー時代、師匠と供に働いたことがあったようです」
「女性で部長職。世間ではなかなか聞かないが......」
「はい、小西は全体を見る目がとても長けていまして材料の適正在庫の把握はもちろんのこと折衝能力も優れています。あと特筆すべきなのが職場の雰囲気作りがとてもうまいのです」
「......明るい職場の雰囲気というやつか?」
「はい」
「なるほどな」
「......次に総務兼人事部長の間宮ですね。間宮もなぜか師匠の事をとても慕っているようです。理由はわかりませんが......会社での様子を見ていると師匠を見る目が他とは違いますので......」
「ははっ、あの間宮がな」
「はい」
「後は師匠の親戚の南汐海と北条美菜ですね。彼女らにはそれぞれ製造と購買の係長をやってもらっています」
「ふむ、その2人の話は北条波香から聞いている」
「はい、彼女らも仕事できますよ」
「そうすると......6名か......別に構わんだろう」
「え?」
「聞いた話だと神崎電子には来年、千名を超える入社希望者がいるそうじゃないか」
「はい」
「千名もいればたかだが6人の変わりはいくらでもいるだろう」
「しかし、いくら大人数でも優れた人材は......」
「それはもちろんしっかりと見極めねばならん。面接は誰がやるんだ?」
「私と間宮と師匠です」
「ふむ、小西はやらんのか?」
「彼女は仕事がありますので」
「......話を聞く限りでは小西は人を見る目がかなりあるとみえる。そうでなければムードメーカーはつまらんよ」
「わかりました。小西部長にも面接に参加できるよう調整してみます」
「それと必要ならば私も加わるが?」
「いえ、できれば......」
「!!ははは、わかった」
「申し訳ありません」
「いや、いい。恵美の考えはよくわかっているつもりだからな」
「......お父様。師匠の事ですけどいつまでも師匠は私の傍にいて欲しいのですが」
「いや、それはダメだな。いずれあの女は我々を踏み台にしていくつもりだ。はじめて会った時から私にはわかっていた。だから逆に私はあの女を利用してやったのだ。恵美を1人前の大人にしてもらおうとな。はっはっは」
「......そうなのかな......」
◇
北条の大宴会場で当主である北条繁一にタンカを切った波香。
「クローンの分際で何を言うか!!ひかえろっ!!」
「ひかえませ~~~ん」
「これは謀反、謀反じゃな!?宗時、大河原!!こやつを捕らえて牢獄へ送るのじゃ!!」
「......」「......」
繁一の命令に宗時と、大河原は黙って下を向いているのみである。
「どうした!?宗時!!大河原!!」
2人が自分の命令に従わないとみるや後ろに控えているクローンに繁一は檄をとばす。
「おい!おまえら!こやつらめを捕らえるのじゃ!!これは謀反じゃ!!」
「......」「......」「......」
しかし誰一人ともぴくりとも動かなかった。
「うぬぬぬぬ」
「どうやらあなたに従う人は誰もいないみたいね。どうする?」
「どうするって何がだ?」
「私を北条の当主だって認めるのかってこと」
「バカがっ!!認めるわけないだろうが!どこの世界にクローン人間が当主になれる世界があるのだ!」
「これからこの世界がそうなるのよ。ようこそ新世界へ」
「宗時!大河原!これでいいのか?こんなクローンに家を乗っ取られて!ああん!?」
「......」「......」
大河原と宗時は黙ったままだったがやがて宗時は口を開く。
「私はあくまでもお館様の臣下です。お館様が牢獄へと行くのなら私もお供いたしましょう」
「宗時、お前、正気なのか?」
「はい、北条家の今後は波香様にお任せいたしましょう」
「そんなバカな!」
「お義父様!!お義父様まで牢獄へ行かなくてもいいじゃありませんか!」
「いえ、波香さん、さっき言った通り私はあくまでもお館様の臣下なのです。お館様なくては現在の私もいませんので......」
「そ、そんな......」
かくて大勢のクローンに護送される繁一と宗時。この日から北条財閥の当主は北条波香となったのだ。だが、他の北条財閥関連のグループ会社ではそんなことが本家でおこっているとは知る由もない。
(続く)