総帥の部屋とでもいうのだろうか。内装が豪華な部屋で波香はクローン人間一人一人の相談に乗っていた。各々の進むべき道を指針しているのだ。
「ワタシハコレカラナニヲシテイイノカワカリマセン」
自分のそっくりな人間に相談される......最初は物凄い違和感であったが5人目ともなるとそれはもう流れ作業のようなものであった。
「うん、あなたは何をしたらいいのかわからないのね?」
「ハイ」
「......まずはその機械的に話すのをやめなさい。あなたは人間なんだから......ね?」
「ハ、はい」
「よろしい。何もやりたいことがないということだけど自分で生きていくのにはお金がかかるの。ここにいるうちは私があなたの寝床や食費やら面倒をみてあげるけどずっとそうして暮らしていくにはあなたの生きている意味や幸福は得られないと思うわ」
「はい」
「あなたには能力がある。それもかなり高い能力がね。それは大河原も断言しているわ。だからあなたは自分が生きている意味を見出す為にまずは学力と資格を取りなさい。そしてこの社会に出て働きなさい。......別に学力と資格はとらないで働くことから始めてもいい。社会に出ていろんな人と関わっているうちに自分のしたいこととかが見えてくると思うわよ?」
「なるほど.......承知いたしました!」
「うん、頑張ってね」
「はい!」
暗闇の中に一筋の希望の光でも見出したかのように1人のクローン人間は嬉しそうに波香の部屋を出て行く。
「次の人どうぞ」
「失礼します」
「ぶっ!」
次に波香の部屋を訪れたのは時哉だった。
「トキヤ、なんなの?」
「実は最近、妻がまったく構ってくれないのですがどうしたらいいでしょうか?」
「......ごめんね」
「ははは、ま、いいさ。ハヤカも寂しそうにしているよ」
「全員の相談が終わったら少しは落ち着くと思うから」
「ナミカ教の教祖にでもなるつもりかい?」
「そんなつもりはないけど......私のやってること、間違っているって言いたいの?」
「いや、間違ってはいないと思うけどさ。なぜナミカちゃんがそこまでしなくちゃいけないのかと思ってさ」
「私がやらなくては誰がやるのよ?このまま見て見ぬふりで私達だけ幸せに暮らしていけばいいの?」
「......そうだよな。前にも言ったけど俺が言いたいのは少しは俺を頼ってくれと......俺に何かできることはないかい?」
「トキヤ.....ありがとう。でもトキヤが出来ることは多分......あ、ハヤカの面倒を見てほしいな」
「まあ、それは当然として他には?」
「......今のところ思いつかない」
「そうか、じゃ、何かあったら言ってくれ」
「うん、わかった。ありがとう」
「うん、じゃあね」
部屋を出て行く時哉を眺めながら波香はため息をつく。そしてもの思いにふける間もなく次の相談者がやってきた。
「シツレイシマス」
「どうぞ」
「ワタシハナニヲスレバイイデショウカ?」
「あなたは......」
◇
なんとも言えない喪失感を感じながら神崎恵美は社長室の椅子に座る。自分の人生の指標を与えてくれた人が自分のもとを去って行った。それは時哉を失った時よりも恵美にとっては心のダメージが大きかったのだ。
「めぐ......社長、大丈夫ですか?」
恋人である秘書の長谷川真子はいちはやく恵美の様子がおかしいことに気付いていた。
「師匠は......北条波香は私にとって姉ともいえる存在でした。......これから私はどうしたらいいんだろう......」
「じょうのうち......会長の代わりは私には務まりませんが......何かあったら私に言ってくだされば」
「うん......ごめんね真子。ありがとう」
「いいえ」
「......他のみなさんの様子はどうですか?......みなさんというか会長のゆかりの人達は?」
「そうですね、やはりみなさん元気がないみたいです」
「そう......」
品川は工場の現場でじっと工作機械を見つめていた。そこを通りがかった細田ふみえが声をかける。
「......大輔君」
「あ、ふみえちゃん」
「やっぱり先生の事考えてた?」
「......そうだよ。これじゃあ何のために前の会社を辞めたんだか......まるで意味がない」
「そうだよね。前の会社、一流企業だったもんね」
「......」
「先生、勝手すぎるよ」
「......でも、先生には先生の事情があるのよ」
「そうだけどさ」
「私達が勝手に押しかけてきたんだから先生のせいじゃないんじゃない?」
「......」
「どうするの?この会社やめるの?」
「まだ入ったばかりだしすぐに辞めたら次の就職先にもいい顔はされないだろうな」
「そうだね」
「とりあえずまだこの会社にはいるよ。予定通りこのまま来年は結婚しよう」
「うん!」
一里塚は心にぽっかりと穴があいたまま材料の整理整頓を行っていた。そこを通りがかった武田が声をかける。
「お!製造部長自らが材料の整理をやっとるなんて感心ですな!ガハハハ」
「ガハハハって笑い事じゃないんですが......」
ムッとして一里塚は武田の顔を睨み返した。
「おっと、そうですなあ。会長と一緒に製造の係長、購買の係長も辞めてしまってはとんだ人材不足ですな」
「そうなんですよ!まったく」
「ま、今いる人たちで頑張らなくてはなりますまい。ガハハ」
「またガハハって能天気ですね!製造の遅れはないですか?大丈夫ですか?」
「おかげさまでなんの問題もありません。みんなよく働いてくれてます。ガハハハ」
「その笑い方、やめてくれません?前にいた職場で似たような笑い方をするセクハラ上司がいたんであんまり気分がよくありません」
「それはそれは......でもやめられませんなあ。この笑い方はもう自分にしみついているもんで。ガハハハ」
「......」
いつも笑顔でいる一里塚であったが珍しいことにこの時ばかりは彼女から笑顔が消えていた。
(ダメだな。こんなことじゃ。それにしてもあの人はなんでいつもわたしの事をこうも振り回してくれるのだろう)
あの人とは言うまでもなく波香の事である。
間宮と言えば波香が会社を去って行った喪失感で一杯で自分の机の椅子にじっと座ったままであった。
「......会長」
◇
ゆきつけの料亭でトンカツ定食を食した北条康利は待たせておいたリムジンに乗る。そのリムジンは北条商事、北条金属と周りそれぞれの代表取締役社長を乗せて北条のお屋敷へと向かう。
北条商事代表取締役社長、
北条金属代表取締役社長、
2人とも康利の親族で年上なのだ。
「康利、景気のほうはどうだ?」
「ぼちぼち......というところです」
「ほう、それは結構なことだな」
「おふたりのほうはどうなんです?」
「ん、まあ、順調だ」
「それはなによりです」
「それにしても北条波香という女は何者なのだ?」
「私の知っている限りでは本家にいたころはまだ小さい子供のようでしたが」
「我々になんの相談もなく当主に居座るとはなんたる非常識な」
「まったくもってその通りでございます」
「他の親族も納得がいかないであろう」
「そうですよね。そこで今日は我々が親族を代表しまして......」
「いちゃもんをつけにいく......ということじゃな?わははは」
「まあ、そんなところです」
「繁一......お館様はいったいどうなったのじゃ?」
「はい、私の調べではどうやら地下の牢獄へと幽閉されているようです」
「は?なんじゃそりゃあ。何があったんだ?」
「さあ......その事も今回は探りに行く次第でございます」
「ふむ、なんだか穏やかではなさそうじゃな」
「......」
やがて3人の乗るリムジンは北条のお屋敷へと到着する。
「失礼ですがどちら様ですか?」
門番の女性に尋問されて勝夫は激昂する。
「あ?ワシ達の顔を知らんのか?お前は最近入ったのか?」
「はい」
「ちっ!教育がなっとらんな!ほれ!身分証だ。それとこれ。一族のバッジな」
勝夫は門番に身分証を投げるように渡し、自分のスーツの襟元につけているバッジを見せた。
「これは大変失礼いたしました。どうぞお通りください」
「ちっ!」
3人は車を降り玄関を通過し大広間へと入る。そこへ波香自らが出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。北条勝男様に行長様と康利様」
「あ?お前はさっきの門番じゃないのか?」
「......違います。私が第30代北条家当主の北条波香です」
「ぬけぬけとまあ......黙れ黙れ黙れ!ワシらに断りなく北条の当主を名乗るな!」
「断る必要があるのかしら?」
「なんだと!?」
「さあ、立ち話もなんですからどうぞこちらへいらしてください。エカちゃん?」
波香に呼ばれたエカトミリオは3人を誘導する。
「どうぞこちらへ」
「ん?お前、どこかで見たことがあるな?」
「......」
「あ!思い出した!お前は世界的権威の心理学者ドクターステファニーだろう!?なんでこんなところにいるんだ?」
「残念ながら私はステファニーではありません。さ、上着をおかけになる方は私にどうぞお預けください。こちらにおかけしますので」
エカトミリオは勝夫の言った言葉を軽くいなし3人の背広を預かろうとする仕草を見せる。
「いや、私は結構だ」
「私も......今日は寒いのでな」
「ワシもじゃ」
「そうですか。では今、お茶をお持ちいたしますのでおかけになってお待ちください」
エカトミリオにうながされ3人は渋々各々の席についた。そこへメイド服を着た女性が3人にお茶を持って来た。
「ん?お前は門番?それとも......当主なのか?」
「違いますが......」
その女性は3人の前にそれぞれお茶を置くとそそくさとその場を去って行った。
「なんなんだ?同じ顔の奴が何人もいるのか?」
勝夫は混乱していた。いや、勝夫だけではなく行長と康利も不思議がっている。
「お待たせいたしました」
やむなく波香はやってきた。傍にはエカトミリオともうひとりゴツイ女性を控えさせている。
「今日、私達が来たのは言うまでもなく、なぜあなたが当主を名乗っているのかその理由とお館様の所在の確認です」
「......父に代わって私が当主になった次第です」
「確かお館様には跡継ぎはいなかったと記憶していますが......」
「私は父の娘ですが何か?」
「いやいやいや繁一に子供はいなかったぞ?一体お前は誰なんだ!?」
康利は物静かに波香と話していたが業を煮やして勝夫は声を荒げる。
「まぎれもなく私は父の娘でございます。信じられないと言うのなら父に会われますか?」
「おう、会わせてもらおうか!」
勝夫が怒鳴ると波香はゴツイ女性を呼ぶ。
「キアちゃん、このお方たちを地下の牢獄へ案内してくれる?」
「ショウチイタシマシタ」
ゴツイ女性の後ろについて3人は地下をエレベータと階段を駆使しどんどん下っていく。やがて牢獄の付近になると悩ましい女性の声が聞こえてくる。
「アンアンアン!......イイイイィ~~~!!」
「な、なんじゃ?」
勝夫達が牢獄につくと繁一と波香にそっくりな女性は裸で抱き合っていた。その傍らには宗時が横たわっている。
「繁一!何をやっているのじゃ!!」
「ふんふんふん!......おお、これはこれは勝夫殿に行長殿に康利か?どうしてここに?」
「当主交替の噂を聞いてやってきたのじゃ!」
「ああ、その事についてじゃな。どうやらワシは飼い犬に手を噛まれたようじゃ」
「飼い犬に手を噛まれた?どういうことじゃ?あの女はお前の子供なのか?」
「そうと言えばそう、そうじゃないと言えばそうじゃな。わっはっは」
「お前の言ってることはさっぱりわからん。わかるように説明せい!」
「それは本家の重要機密でしてな。当主の許可がなければ教えることはできないのぅ......それ!」
「アンアンアン!」
3人が見ているにもかかわらず繁一は激しく腰を振っていた。
「お、お前、頭がおかしいのか?」
「ふんふんふん!何を言う!これが人間の本能じゃて。ふんふんふん!」
「アッアッアッ!」
思案にくれていた康利はふと思いつく。
「もしや......完成していたのですか?あの研究が......そうならこの異常な事態の説明がつく」
「完成?なんの研究が完成したのじゃ?康利!?」
康利の言葉に勝夫が敏感に反応する。
「クローン人間です......お館様、そうなのでしょう?ここにいる人間はクローン人間なんでしょう?」
「なんじゃと?クローン人間じゃと?そうなのか!?繁一!?」
「ふんふんふん!!さあ、なんのことやらさっぱりですな。わっはっは!」
「あの女性......どこかで見覚えがあると思ったらお館様の奥方だった人だ!あなたは亡くなった奥さんのクローンを開発してそのクローン人間にこの屋敷を乗っ取られた!そうなんでしょう!?」
「.......ふんふんふん!フ、フランソワ!ワシももういくぞぉおお!」
「アンアンアン!お、お館様ぁああ!」
康利に事の真理を迫られ繁一はやがて絶頂を迎えたのだった。
(続く)