「ぎゃあっはっはっは!」
ここは都内のある居酒屋。酔っぱらったサラリーマンや学生達が騒いでいる。そんなところで波哉香のクラス担任である
「うわあ、強烈だね。その我那部野くんて生徒」
一里塚は市ケ瀬から転校生の初日の出来事を聞き中ジョッキを片手に目を丸くしていた。
「いきなりチョークの粉を別の生徒に投げつけた時、私は固まっちゃって何もできんかった。情けな」
「しょうがないよ。その後、別にとっくみあいの喧嘩になったりはしなかったんでしょ?」
心配そうに御燭寺はそう話し箸を置く。
「うん、そのあとは騒がしかった教室はシンとしちゃって問題なく授業できたよ」
「その後、我那部野くんは何か問題おこしたりしたの?」
「いや、前の席の女子生徒2人が面倒みてくれていておとなしいよ?」
「そう、良かったね」
「うん」
「しっかし、冴子はすごいねー。体育教諭の免許しか持ってなかったのに総合の教諭資格を取りさらに国家が推進する特別指定学校のクラス担任になるなんてさ」
「あはは、頑張ったからね。それに運も良かった。それを言うならきょんだって会社の部長でしょ?そっちのがよっぽどすごいわ」
「え?えへへ、まあ、その分大変なんだけどね。......でもやっぱり一番羨ましいのは......」
「ところだよね~」
「うん、いいなあ、専業主婦」
「あ、あははは。私は2人のが羨ましいけどな」
「上の子はもう小学生だっけ?」
「うん、そう」
「子供かあ~」
「2人は作らないの?」
「う~ん、欲しいって言えば欲しいけど......」
市ケ瀬はそう言い中ジョッキを口に運ぶ。
「きょんちゃんは?」
「え?う、うん。欲しいけど私にちゃんと育てられるか自信がなくて」
「え!?」
「は?」
一里塚の言葉に市ケ瀬と御燭寺は驚き一斉に一里塚を見る。
「な、なに?」
「いや、きょんがそういうふうに考えているとは思ってもみんかった」
市ケ瀬は率直な自分の感想を枝豆をつまみながら言う。
「うんうん、きょんちゃんてそういうこと自信満々って感じだよね」
「え~?とこちゃんまでそんなこと言う?」
「うん、だって高校の時から場を仕切るの得意だったじゃない?何かの会合だっていつもきょんちゃんが中心だったし」
「......それと子育てとは違うでしょ?」
「そうなのかな?でもきょんちゃんなら子育てもそつなくやるんだろうなって思ったけど」
「私もそう思った」
「かいかぶりすぎですよ。......ごきゅごきゅ......ぷはあ」
2人に何かを責められるような感じがしたのでそれを払拭するかのように一里塚は中ジョッキをイッキに飲み干した。
「私、おかわりするけど2人は?」
口元に泡をつけながら一里塚は2人に聞く。
「私はまだいいかな」
「私もまだいいや」
「そう。あ!すみません!!中ジョッキひとつおかわりください!」
通りすがりの店員に一里塚は大声で注文する。
それを見て市ケ瀬と御燭寺は少し笑う。
「なに?」
「いやさ、大声で中ジョッキを頼めることができるくらい私達もおばさんになったなあと思ってね」
「はあ、それを言っちゃあ、おしめえよぉ」
「あははは」
こうして3人は旧交を暖めあうのであった。
◇
「うあー、ちょっと昨日は飲みすぎたわ。やっぱ休日の前にかえてもらえばよかったな」
市ケ瀬は少しばかりの二日酔いでかすかな頭痛を感じながらも電車を乗り継ぎ国家が推進する特別指定学校『鳳凰学園』に向かう。かすかに校門が見えそうになる頃、後ろから騒がしい声が聞こえて来た。
「だから!イヤだって言ってんでしょ!」
「いいじゃねえかっ!減るもんじゃねえし!」
「あんたといる無駄な時間が増えるっての!」
「くそう、ウンと言うまでお前らにくっついていくかんな!」
その声の主は市ケ瀬の担任の生徒、北条波哉香、早瀬美樹、我那部野太鳳であった。
「あらら、随分と仲良くなったもんだわ」
市ケ瀬は3人を見て苦笑する。
「あ!先生!」
波哉香に見つかった市ケ瀬は仕方なく振り向き挨拶をすることにした。
「おはよう!」
「おはようございます!」「おはようございます!」「ハヨッス」
「何?3人とももう友達になった?」
ニヤニヤしながら市ケ瀬は3人に話しかける。
「なってません!先生、我那部野君をなんとかしてください」
「なんだ?セクハラか?ダメだぞ?我那部野?」
「セクハラなんぞやってませんよ」
「じゃあ、なんなんだ?何を北条にそんなに嫌がられている?」
「一緒に勉強会をやって勉強を教えてくれないかって話をしてたんです」
「そういうことか。でもな我那部野、北条達にも都合があるだろうしあんまりしつこくは......」
「なあ北条、教えてくれよ!やろうぜ!勉強会!」
「こいつ人の話を聞いてないな」
「あ!なんですか?先生?」
「......」
その4人の様子を眺めながら今川伊吹は大勢の子分たちを引き連れて登校してきた。今日は校門での服装チェックのない日だったので伊吹も普通にこの時間に登校しているのだ。
「伊吹様、今日もその髪型、美しいですわ」
取り巻きの女生徒に自慢の長い黒髪を褒め讃えられ伊吹は機嫌良さそうに応える。
「あら、ありがとう」
「あ!伊吹様、靴に泥が!」
「あらほんと......いいかしら?」
「はい、どうぞ!」
伊吹の左隣にいた男子生徒は片膝を立て右の太ももを伊吹の前に差し出す。
......ぽす
伊吹は差し出されたその太ももの上に汚れていた自分の靴を履いたまま乗せた。すかさず男子生徒はワックスが塗られている布切れをバックから颯爽と取り出しシャッシャッシャッと伊吹の靴を磨きだした。みるみるうちに伊吹の靴はピカピカになっていた。
「どうぞ!」
「わあ、すごい!ありがとう」
伊吹はピカピカになった自分の靴を満足そうに眺め再び歩を進み始める。そして校門前にて波哉香達と鉢合わせとなったのだ。
「おはようございます市ケ瀬先生」
「あら、今川、おはよう」
「おはようございます、北条さんに早瀬さん......あら?......ひっ!」
伊吹は波哉香達の一番最後にいる我那部野を見て一瞬背筋が凍り付くほどの寒気を感じたのだ。
「ん?どうした今川?」
「い、いえ」
「よう、俺はこの前ここの学校に転校してきた我那部野太鳳だ。宜しくな!」
我那部野はそう言いスッと右手を伊吹に差し出した。
「い、今川伊吹です。宜しくお願いします」
伊吹は我那部野の差し出された手を見て迷ったが握ることにした。
「伊吹様、そんなわけのわからない転校生の手を握るなど!」
伊吹の取り巻きの先程靴磨きをした男子生徒は嫉妬を露わに言葉にする。
「こらこら岡部、そんなことを言うな。同級生なんだからみんな仲良くやってくれ」
「......はい、すみません」
「岡部君、ごめんなさい」
伊吹は岡部に軽く頭をさげるとすっと岡部の学生服の袖を握る。
「ずきゅん(岡部の心臓の音)いえいえ!もったいない!伊吹様どうかお気になさらず!」
「......はっ、くだらない。美樹、行こ」
「あ、波哉香、待ってよ」
そのやり取りを見ていた波哉香はこの場にいるのが何か不愉快になったので美樹に声をかけスタスタと2人は玄関前へと急いで行った。
その2人を見て我那部野は再び伊吹に視線を移す。
「何だお前ら仲悪いの?」
「そんなことないですよ。......ただちょっと北条さんは私にライバル心を燃やしている感じは見受けられますが。くくく」
「切磋琢磨おおいに結構!いいか我那部野。今川と北条はな、いつも試験では学年1、2位を争うナイスライバルだ。お前もこの2人と渡りあってみろ」
会話の流れからして険悪な方向に行きそうになったので市ケ瀬は良い方向へと持っていくためにそんなことを言ってみた。
「へー。なるほど。じゃあ、この前のテストではどっちが1位だったんすか?」
「北条だ」
「じゃあ、その前は?」
「......北条だな」
「なんだ、やっぱあいつすげえんだな」
「ん!んん!!我那部野君」
「なんだ?今川?」
「私の子分になってくれたら勉強を教えてあげるわよ?」
「お前、北条に負けっぱなしなんだろ?どんな口でそれを言うんだ。やっぱ俺はあいつに勉強を教えてもらう」
「え?......確かに北条さんはこのところ学年トップを維持し続けてるけどまもなくこの私が......」
「それに俺は誰かの子分になるつもりはねえ。じゃあな」
我那部野はそう言うと走って玄関に向かって行く。
「ハハハ、振られたな今川。......えっ......す、すまん」
慌てて市ケ瀬は自分の言ったことを訂正した。なぜなら物凄い顔で伊吹は走り去っていく我那部野を見ていたからだ。
「せ、せんせいも先行くな。は、ははは」
市ケ瀬もまた、そんな伊吹を置いて小走りで職員通用口に向かって行く。
「伊吹様」「伊吹様」
伊吹の取り巻き達はそんな伊吹の様子を心配して声をかける。
「ふ、ふふふ、心配は無用ですわ。今度の中間試験ではこの私が今度こそ北条波哉香を倒してみせますわ」
「伊吹様、バンザイ!」「バンザイ!」
◇
波哉香達は玄関につきそれぞれの下駄箱から上履きを取り出す。
ぱさっ
波哉香の下駄箱からまた一通の手紙がこぼれ落ちる。
「また?」
面倒くさそうに波哉香はその手紙を拾い上げる。その手紙の中には『天下布武』と書かれた紙が入っていた。
「なにこれ?もう、気持ち悪いなあ」
「北条、どうした?」
我那部野は北条が手紙を持って立ちすくんでいるので声をかける。
「またこんなのが入ってたの。何度も言うけどあんたじゃないよね?」
「『天下布武』?なんじゃこりゃ。俺じゃないよ」
「あっそ。ホントきもい。美樹、行こ?」「うん」
ぽいっとその手紙をゴミ箱に投げ捨てて波哉香は美樹と供に教室へと歩き出した。
「......へー、まあ、俺の他にもあいつに目をつけている奴がいるってこったな」
我那部野はニヤリと笑いその手紙をゴミ箱から拾い出した。
「『天下布武』か......なかなかいい言葉だな」
◇
授業の休み時間になると我那部野は波哉香にちょっかいを出し始める。シャープペンシンルの芯が出ていない状態のそのペン先で波哉香の上腕二頭筋を後ろの席から刺激した。
つんつん
「はあ~、ほんとしつこい」
「そんなこと言わずに、さ?」
「一人でできないの?勉強くらい」
「一人でやってるとわからないところがあったらそれで勉強の手が止まって勉強を続けられなくなるだろ?」
「あー確かにそれはあるかも」
美樹は我那部野の言葉に賛同する。
「美樹!」
「あ、ごめん」
「な?早瀬もそう言ってることだし3人で勉強会やろうぜ?」
「美樹はいいけどあんたはヤダ」
「なんでだよ!?」
「ん~なんとなく?」
「なんとなくだと?いいか、今、俺たちは人生の中で大事な時期にいるんだ。なんとなくで俺の人生を左右するような事を決めてしまっていいのか?」
「は?あんたの人生でしょ?私には関係ないし」
「そんな事言わずに頼むよー」
「はあー、......なんで私なのよ?」
「学年トップだから」
「だったら今川さんにでも教えてもらえばいいじゃない。1位も2位も変わらんでしょ」
「お前がいいんだ!」
「......はあー。こういうやり取りが毎日毎日続くのかあー。もううんざりなんだけど」
「そうだな。もう諦めて俺と勉強会やるしかないんじゃね?」
「......ここで屈したらなんか負けた気がしてならないのでやっぱり断り続ける!」
「......お前、結構強情だな」
「まあね」
「なあ?いいだろう?」
「お断わりします!」
「勉強会を開いてくれたらなんでもするからよぉ?」
「なんでもする?あんたは『さとうじゃぎ』か!しなくていい!お断りします!」
「『さとうじゃぎ』?誰だそいつ?」
「なんでもない!お断りです!」
こんなやり取りが2,3日続いたがついに波哉香は我那部野と美樹と供に勉強会を開くことになるのである。その発端とは何かのはずみで100メートル走の話になった時に我那部野と波哉香が勝負して波哉香が我那部野に負けてしまったからである。波哉香が勝てば金輪際しつこくしないと言う条件でつい波哉香はその勝負に乗ってしまったのだ。
「まさかこいつに負けるとは......」
「いやいや、俺も本気全快でやっと勝ったよ。お前はやっぱすげえな。......これで約束通り勉強会開いてくれるよな?」
「......約束したからね。しょうがない。で、誰のウチでやるの?」
「それはもちろん」
我那部野はジッと波哉香の顔を見つめる。
「は?私んち?」
「ダメか?」
「ん~いいけど。うちのママ、怒ると怖いから気をつけてね。......っていうかうちに今まで男の子が来たことないけど大丈夫かな」
「へー、じゃあ、俺がはじめてか?」
「そうだね」
「うっひょう!」
「......言っとくけど、うちのパパは怒るとママ以上だから。殺されるから。そこんとこ宜しく」
「......へえ、ひょっとしてファザコン?」
「バッ!ち、違うよ!」
「わはは、まあ、何にしても楽しみだな。北条んち行くの」
「ふん、じゅうじゅう心しておくように」
「おう!」
(続く)