MKマンション。それは都心の某駅から歩いて数分の中々いい場所にある。
「へーここが北条んちか」
「そう、ずっとここに住んでるよ」
今日は勉強会。波哉香は約束通り我那部野と美樹を招いたのだ。我那部野は場所を知らないので最寄りの駅で待ち合わせて波哉香が迎えに行き駅から我那部野と一緒に歩いて今自宅についたところなのだ。美樹は後から直接ここに来ることになっている。
セキュリティロックのカギを開けて波哉香達はエレベーターに乗り込む。
「へー、警備面すごいな」
「まあ、形だけね」
エレベーターを降りるとすぐに『北条』と書かれたドアがあった。
「ここ」
「おう」
波哉香はドアを開き我那部野を招き入れる。
「ただいま~。連れてきたよ」
すると奥から波香と時哉がやってきた。
「おかえり」
波香と時哉は一言そう言うと波哉香の後ろにいる我那部野をジロジロと見る。
「我那部野太鳳ッス。お邪魔しまッス」
「いらっしゃい」
「さ、私の部屋行こうか」
「おう」
我那部野は波哉香の後をついて波哉香の部屋にと入った。その様子を波香と時哉はずっと見ていた。
「別に普通の男の子のみたいね」
「なんなんだあいつは?波哉香の彼氏か?俺は聞いてないぞ」
不愉快そうに時哉は吐き捨てるように言った。
「そこ?警戒すべきはそこじゃないでしょ」
「わかってる。彼の名前を反対に読んだら『おたのぶなが』だろ?」
「そんな変な名前ありえる?」
「ありえないな。......そうだマキオに頼んで彼の戸籍を調べてもらえば?」
「そうね、そうしてみる」
「......」
親の心配をよそに波哉香の部屋にいる2人は学校でいるのと同じように相も変わらずだった。
「随分といい匂いがするな」
我那部野はそう言いジロジロと波哉香の部屋の周りを見る。
「ちょっとあんまりジロジロ見ないでよ」
「いいじゃねえか、減るもんじゃねえし」
「あんたに見られると減る気がすんのよ。その辺の物、勝手に取って行かないでよ?」
「お前、俺をなんだと思ってるんだ?」
「盗人か何か」
「あほか」
「美樹ちゃん遅いな」
「ああ、早瀬なら来ないぜ」
「は?なんで?」
「なんか体調が悪くなったんだと」
「はああ~~~~?ってことはあんたと2人きり?」
「まあ、そういうことだな」
「......気分が悪くなってきた」
「おい、大丈夫か?」
我那部野は腰を上げ波哉香に近づこうとする。
「ちょ!傍にこないで!」
「なんだよ、別に大丈夫じゃねえか」
「しくんだのはあんた?」
「仕組むってなんのことだ?」
「美樹ちゃんに頼んで2人きりになるようにしたんでしょ?」
「いや、俺は知らん」
「うそだ」
「そんなことより早く勉強しようぜ?時間がもったいない」
「え?あ、うん」
「昨日、自分ではわからないところをまとめてきたんだ。見てく......お前何見てんだ?」
我那部野は自分とは違う教科書を波哉香が開いているのに気が付いた。
「は?数Ⅱだけど?」
「お前、それ高校の教科書だろ?」
「そうだけど?もう中学生の範囲は終わっちゃったし」
「終わったって俺たちまだ中1だぞ?......じゃあ、学校の授業中はお前何してんだ?」
「ちゃんと聞いてるよ?復習になってさらに理解が深まる」
「マジかよ」
「うん」
「そうか、なぜお前がいつも学年トップなのかわかった気がするよ」
「それはどうも。で、どこがわからないの?見せて」
「お、おう。これなんだけどさ......」
波哉香は我那部野がまとめてきたノートを見てわかりやすく我那部野に説明する。
「なるほどな。よくわかった。お前、教え方うまいな?」
「そう、それはよかった。てか、わからないところそれで終わり?」
「ああ、今のところはな」
「ふぅうん」
「なんだ?何か物足りなさそうだな?」
「......言っちゃあ悪いんだけど、我那部野くん、学習量全然足りないんじゃない?」
「まあ、お前と比べるとそうかもしれん」
「勉強舐めてるでしょ?」
「すまん、舐めてると言うか実は勉強あまり好きじゃない」
「私だって好きじゃないよ」
「好きじゃないのによくそこまでできるな?」
「だって私達がやるべきことはまずはこれでしょ?」
「まあ、そうだな」
「どうせやらなきゃいけないのなら早く終わらせたいし。終わらせてから本当に自分のやりたいことをやりたいの」
「ほぉ、なるほどな。で、お前のやりたいことってなんなんだ?」
「まだ、わからない」
「なんだそりゃ。てっきりやりたいことがあるのかと思ったぞ」
「これから探す」
『ハヤカ入るわよ』
「は~い」
ガチャ
お盆を片手に波香はおやつを持って来た。
「とりあえずおやつを持って来たわよ。2人分だけど。美樹ちゃんが来たらまた持って来るわね」
「ママ、ありがとう。でも美樹ちゃんは今日、来ないんだって」
「あら、そう。それは残念ね。......ってことは2人きり?」
「まあ、そういうことになるかな?」
「あらあらあら、我那部野くん」
「はい」
「ハヤカに対して誠実なお付き合いをお願いしますね」
「はい!」
「何言ってんのママ?この人とは付き合ってないし付き合うつもりもないよ?」
「え?そうなの?」
波香は我那部野の方をチラリと見た。が、彼は特に落ち込む様子もなく教科書とおやつのチーズケーキをチラチラと見ていた。
「あ、あはは、じゃあ、我那部野くん、ハヤカをお願いします」
「はい!」
波香はお盆を片手に波哉香の部屋を出て行く。
「じゃあ、少し休憩する?ケーキ食べよう」
「おう!いただきます!......うわ、うめえなこれ」
「私のママの手作りなんだよね......うん、おいしい」
「しっかし、お前の父ちゃんと母ちゃん、絵にかいたような美男美女だな」
「うん、私の自慢」
「そして俺はなんだか警戒されてる気がするな」
「当たり前でしょ。初めて連れてきた男の子なんだから警戒されて当たり前」
「まあ、いいけどな」
「さ、食べ終わったら続きしよう」
「ああ」
2人はチーズケーキを食べ終わるとすぐに各々の教科書と問題集にとりかかる。
「なあ」
「なに?どこがわからないの?」
「いや、そうじゃなくて......」
「なに?」
「お前、好きな奴はいるのか?」
「はあ?今、それ聞く?」
「いるのか?」
「いるよ」
「そいつは誰だ?」
「あなた以外全員、好きかな」
「......くそがっ」
「ぷっ.......あははははー」
ふてくされ吐き捨てるように捨て台詞を言う我那部野が何か可笑しかったので思わず波哉香は吹き出してしまう。
「ごめん。でも我那部野君の事そこまで嫌いじゃないよ」
「じゃあ...」
「好きでもないし」
「だよな」
「ん?んんんん?もしかして私の事好きなの?」
「......」
「ん?ん?ん?」
「なわけねえだろ」
「ふうん、そっか。まあ、そうだよね。まだ知り合って1カ月もたってないもんね。お互いの事わからなさすぎる」
「お前、モテるんじゃねえのか?」
「いや、全然モテません」
「嘘だろ?」
「いや、本当。男の子と話すのってあんまないしこんなによく話すの我那部野君が初めてだよ」
「はーそうなのか」
「なんでだろうね?.....別にモテたいとは思わないけどさ」
「高嶺の花すぎるんじゃねえの?」
「なにそれ?どういうこと?」
「勉強では常に学年トップ。運動も出来る。おまけに......」
「おまけに?」
「まあ、それなりに女らしいから」
我那部野は波哉香に『美人とか可愛い』とか言うのをやめた。それを自分の口から言うのは恥ずかしかったのだ。
「褒めてるんだろうけどなんだか全然嬉しくないな」
「それはすまんかった」
「あんたはどうなの?」
「俺か?俺はまあ普通だな」
「彼女とかいるの?」
「いない」
「だよね、私達まだ中学生だしそういうのは早すぎるよね。勉強が最優先だし」
「そうだな」
2人は再び各々の勉強にとりかかる。が、我那部野は違うことを考えていた。波哉香の事だ。最初の人あたりは少々冷たいが約束は守るし意外と素直なところがある。そして何よりも可愛い。ひと目見た時からもろに我那部野のタイプだったのだ。まだ中学生となって日が浅くクラスのみんなは波哉香のことはなんでも出来るスーパーお嬢様くらいの認識で高嶺の花すぎて敬遠されているのだろう。そのうち波哉香の人柄などが知れ渡ってくるとライバルが増えるに違いないと。
「なあ」
「もう、なによ?勉強の事でしょうね?」
「いや......お前、さっきそういうことは早すぎるって言ってたよな」
「うん」
「でも、そういうのって早いもん勝ちって知ってたか?」
「ん?なんで?」
「だってよ、好きになった人が彼氏彼女がいたり夫婦になってたりしたらどうすんだよ」
「そういう人は好きにならなければいいんじゃない?」
「.....まあ、そうだけどよ」
「うん、で?」
「一番好きになった人が他の誰かに取られる前に行動を起こすべきだと思うんだ」
「まあ、そうだね」
「お前が好きだ。俺と付き合って欲しい」
「は?さっき私の事好きじゃないって言ったよね?」
「あれは嘘だ。突然お前に言われて恥ずかしかったんだ。だから咄嗟にあんなことを言ってしまったんだ。すまん」
「マジで言ってんの?」
「マジだ」
「......ごめん。私まだ我那部野くんのこと良く知らないし好きじゃないし......嫌いでもないけど。だから今の時点で良い返事はできない」
「じゃあこれから先、俺の事を少しでも好きだって思ってくれたなら付き合ってくれ」
「うん......でも、それでいいの?蛇の生殺し状態みたいな感じだけど」
「いいよ。でも勘違いしないで欲しいのだが付き合ってもらう為に俺はお前の機嫌をとったりはしない。素の自分で通すからそれを見て判断して欲しい」
「うん、わかった」
「じゃあ、そういうことで宜しく頼む」
「.....参考までに教えて欲しいんだけど私のどこが好きなの?」
「教えてやってもいいがさっきの俺の問いにも答えて欲しい」
「さっきのって何?」
「今、お前が好きな奴」
「え、ヤダ」
「じゃあ、俺も教えん」
「そっかそっか、それは大きなマイナスポイントだけどいいんだね?」
「ぐっ......」
「教えてくれる気になった?」
勝ち誇っている波哉香の顔を見て我那部野は仕方なく話し出した。
「まず、顔が完全に俺の好みだ。もちろんそれだけじゃなくお前の歩く姿とか手を動かしたりいろんな仕草が他の女とは違って俺には輝いて見える。お前には華がある」
「え?そんなに日頃から私のことよく見てるんだ。きもちわるい」
「なんとでも言え。ようするに俺にはお前しか見えないってことだ」
「......なんか私、これほどまでに感じたことのない恐怖を感じてるんだけど」
「どうしてだ?」
「だってあんた何を言っても心折れないじゃん?断ってもしつこく迫ってきそう」
「いやその辺は心配しないでくれ。例えばお前が他にすごく好きな奴がいるとかだったら諦める。俺の事を好きじゃない奴に無理に交際を迫るほど俺は傲慢じゃないのでな」
「ふ~ん、そっか。だから私が好きな人の事が気になるんだ」
「ああ、そういうことだ」
「でも、私は......好きな人とは決して結ばれることはないかな......」
「ん?どうしてだ?」
「それは教えません」
◇
波香と時哉はリビングでテレビを見ていたが時哉は時折ソファーから立ちウロウロとしていた。
「トキヤ、そんなに気になるなら様子を見に行けば?」
「行けるものなら行ってるんだけどね」
「私が行ったときは真面目に2人とも勉強してたわよ」
「でもずっと見てるわけではないんだから何かそのうち起こるかもしれないだろ?」
「まあ、そうね」
「くそう、あいつ、早く帰らないかな」
「あはは、心配しすぎよ」
「......俺の娘をそう簡単にやらんからな」
「気が早すぎ、ハヤカはまだ中学生になったばかりよ」
「俺がお館様にナミカちゃんを嫁にくれと言いにいったのは中学生の頃だよ?」
「あら、そうだったわね」
「早く気が付いた奴は行動を起こすんだよ。あいつが行動力のない奴だといいんだが......」
「まあ、そんなことは早々ないでしょ」
「随分と楽観的だな。ナミカちゃんは心配じゃないのかい?」
「ん~~~、まあ、ハヤカが決める人なら間違いないんじゃない?私は自分の娘を信用してる」
「そんな言い方、俺が自分の娘を信用していないみたいじゃないか!」
「あら、私には全然信用してないように見えるけど?それともトキヤの我儘なのかしら?」
「俺の我儘?」
「娘を他の男に取られたくないっていう我儘」
「ぐっ......そうだよ!悪いか!」
「悪いに決まってんでしょ。いい加減子離れしなさい」
「......くぅ」
親の心配通りに波哉香の部屋では我那部野が波哉香に対しての告白を終えていた。そして波哉香の母親である波香は後日、波哉香から時哉には内緒で相談されることになるのだ。
(続く)