朝6時に全員玄関に集合。そしてジョキングに30分費やす。それが北条家の日課だ。それは土曜日曜祝日問わず毎日行われている。ジョキングのペースは次男の隼に合わせられているようだ。
「ハヤブサもペースは遅いながらも走りきるようになったわね」
波香は我が子に笑顔で話しかける。隼は上を見上げ母に笑顔で応える。
「うん!つらくなくなってきた。走るのが楽しくなってきた!」
タッタッタッ!
「パパ、あの木のところまで競争しない?」
波香と隼の前で走っている波哉香は時哉に200Mほど先に見える目標を見てそう言った。
「おう、いいぞ。パパに勝てるかな?」
「今日こそは!......いくよ?......よ~い、ドン!」
ダッ!!
波哉香は自分がスタートの合図を言い、その優位性で時哉の前に出る。猛烈なスピードで2人は目標の木を通り過ぎた。結果はゴール寸前で時哉がちょっとだけ波哉香の前に出ていた。時哉の勝利だ。
「ハアッハアッ.....もうちょっとだったのに!!」
波哉香は悔しそうに息を切らしながら項垂れた。
「ハハハ、おしかったなハヤカ」
「......全然、惜しくないよ。パパ、息切らしてないじゃん!」
「え?はあはあはあ、そんなことないぞ?」
「......パパのバカ!」
「ははは、でも、ハヤカが高校生になったら余裕で抜かれそうだから今はパパに花を持たせろよ、な?」
「うぬ~、絶対、高校に上がるまでにパパに勝つ!」
2人は木の木陰で波香と隼が来るのを待つ。
「あらあら、まだパパには勝てないようね」
波香はにんまりして波哉香に言う。それは時哉に勝ったら次は私が相手をしてあげるとでも言っているような王者の風格を漂わせていた。それを察知した波哉香は自分の母親にも宣戦布告をする。
「パパに勝ったら今度はママだよ!歳をとったからなんて言い訳を聞きたくないからちゃんと準備しといてね!」
「あらあら。でも本当に私が随分と歳をとってから勝負なんてことにならないようにお願いしますね」
「うぐっ」
「ハハハ、まだまだ波哉香はママに口でも敵わないな」
「くやしい~」
「その悔しさをバネに頑張れ!」
「うん!」
波香達4人は6時半になるまで近くの公園を周回していた。
◇
「行ってきま~す」「行ってきます」
朝ご飯を食べ波哉香と隼は途中まで一緒に登校する。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なに?」
「今日さ、学校から帰って来たら勉強を見て欲しいんだけど?」
「うん、いいよ。今、どこまで進んでいるんだっけ?」
「小学6年生に入ったところ」
「うん、じゃあもうすぐ小学生は終わりだね」
「うん!次はお姉ちゃんと同じ中学だね!」
「私はもう高校に進んでる」
「え~!」
「ははは、ハヤブサに追いつかれてなるものか!」
「む~」
やがて二人は隼の登校班のメンバーが集まっているところに到着した。
「おはよう!じゃあ、ハヤブサを宜しくお願いします!」
ぺこっと頭を下げ波哉香は駆け出していく。
「なあなあ。お前のネエチャン美人だよな」
「え?」
不意に隼は同学年の男の子に話しかけられる。
「彼氏とかいるの?」
「......さあ?」
「今度、お前の家に遊びに行っていい?」
「......はあ、いいけどうちのマ......お母さん、怒ると怖いよ?」
「い~?それはヤだな」
隼は同学年とのやり取りに面倒くさそうに応対するものの自分の姉を褒められて内心は嬉しかった。
隼と別れた波哉香はコンビニの前の木へと急ぐ。そこには親友の早瀬美樹が待っているのだ。
「おはよう!美樹!」「あ、波哉香、おはよう!」
2人は肩を並べて歩き出す。
「こないだはゴメンね。急にお腹が痛くなっちゃって」
「え?あれ、本当だったんだ」
「私が直接、波哉香に伝えるつもりだったんだけど我那部野くんが『俺が言っとく』って」
「ん?もしかして我那部野くんに携番とかメアド教えたの?」
「うん、だって波哉香の家に行くときに駅で待ち合わせてたから連絡とれないと不便でしょ?」
「まあ、そうだけど」
「え?なに?嫉妬?」
「バッ!そんなんじゃないよ、もう」
「あはは」
しかし波哉香は内心面白くはなかった。連絡先を教えてくれと言われなかった事に。我那部野は自分に告白をしてきたのに自分は我那部野の連絡先すら知らないのだ。
「......まあ、お断りしたようなものだから仕方ないのかな」
「え?なに?波哉香、我那部野くんと何かあったの?」
「え~、えっと......美樹にはちゃんと話すね。実は告白されたの」
「お~!」
「だからてっきり私、二人っきりになれるように美樹は我那部野くんに頼まれたのかと思ったの」
「......ごめん、私もちゃんと話すね。実はそうなの。頼まれたの」
「え~!!」
「でもでもでもね!戦利品はこちら!」
慌てて美樹は制服のポケットから2枚のコンサートチケットを取り出した。
「我那部野くんに2人きりにさせてくれたらT'zのチケットをくれるって言うから......ごめんね」
「うう、親友に裏切られた感がものすごいけど私達が大好きなT'zのコンサートチケットなら仕方ない!てか私も逆の立場なら美樹を売っていたよ!」
「うん、行こうよ!」
「うん!でいつなの?」
「今日の夜!」
「......えっ?」
一瞬、波哉香は躊躇する。今日の学校が終わった後は隼の勉強を見る約束をしているのだ。
「どうしたの?都合悪い?」
「ううん、大丈夫だよ」
「よう!北条に早瀬。おはよう!」
後ろから我那部野が走って波哉香達に追いついてきた。
「おはよう」「おはよう」
「早瀬、こないだはありがとうな。おかげで俺たち付き合うことになった」
「え?」「は?」
「そうなの?波哉香?」
「付き合うことになってないよ?」
「ははは、まあ......いずれな」
「でも、このチケット中々取れないよね。しかも高いし」
申し訳なさそうに美樹はT'zのコンサートチケットを見る。
「いいんだいいんだ。北条と付き合えるなら安いもんだ」
「え?そういう事なら美樹」
「うん?返そうか?このチケット」
「そうだね」
「う、うん、波哉香がそう言うなら仕方ないね......」
「お、おい!返さなくていいから!」
「じゃあ、付き合うかどうかわからないけどこのチケットは貰っていいのね?」
念を押すように波哉香は我那部野に言った。
「お、おう。まあ、それを取るのに苦労した俺の働きも考慮してくれよな!」
「ま、まあ、考えとく」
「じゃあな!俺、先行くわ!」
我那部野は2人を残し先に玄関口へと走っていく。
「......はあ、なんだかとんでもない借りを作ったような感じ」
「なんかごめんね」
「え?ううん、いいよ。T'zのコンサート、タダで行けるんだし」
「うんうん!」
「ただ......」
「ん?」
「余程のことがない限りあいつと付き合うことになりそうな予感がする」
「余程のことって?」
「あいつが変な......まあ、付き合うに値しないやつ」
「でも我那部野くん波哉香の事、とても一生懸命だと思うよ。いろいろ聞かれたし。応えられる範囲で答えたけど。断るにしてもちゃんと考えてあげたほうがいいと思う」
「うん、わかってる」
波哉香達が下駄箱付近に来ると先に行っているはずの我那部野が飛んでいる虫を追いかけていた。
「とりゃ!」
我那部野は上履きを片手にジャンプして虫を叩き落とそうとしている。
「どしたの?」
「ああ、ゴキブリが出たんだ。下駄箱の中に入っていた」
「あんたの?」
「いや、俺の下駄箱じゃない」
「へー、どうせ女の子の為に頑張ってるんでしょ」
「いや、あいつのだが」
我那部野が顎で指した方向には男子生徒の姿があった。その生徒は申し訳なさそうにこっちを見ている。
「へ、へー。何?私の前でポイント稼ぎ?いいとこ見せようとして?」
「まあ、それもあるっちゃ言えばあるっちゃがな。でも俺はお前がいなくてもこうしてたぞ」
逃げるゴキブリをじっと見つめ我那部野は追いかける。
「でも、追い払えばいんじゃない?何もそこまでして......」
「確かにこいつは1匹いたら何匹もいるって言うが俺の目の前の敵を叩き潰さないと安心して夜、眠れないんでね」
「あはは、ゴキブリ1匹で?」
「......それにここで逃がすとまた誰かが怖い思いをするかもしれないだろ?」
「まあ、そうだけどさ」
グチャ!!
ほどなくして我那部野はゴキブリを処理する。それを見てさっきの男子生徒は駆け寄って来た。
「ありがとう!僕、ゴキブリ苦手で助かったよ」
「いや、礼には及ばん」
「僕は
「俺か?俺は我那部野太鳳だ」
「ああ、君が」
「なんだ?」
「噂の編入生ってね」
「はは、俺は噂になってるのか」
「うん、凄い奴が来たって噂になってるよ」
「それはどうも」
「じゃあ、これから宜しくね。我那部野君」
「おう」
そう言うと前田は自分のクラスに向かって行った。
「なんだか女みたいな奴だったな」
そう我那部野は波哉香達に言う。
「まあ、彼も噂の美少年だからね」
「へえ、でも俺は北条ひとすじだからな!」
「そりゃ、どうもです。でも私、野蛮な人はあまり好きじゃないかな」
波哉香は意地悪っぽくそっぽを向いた。
「ぐっ」
「......前田くんはその辺、無益な殺生とかしなさそうだしあの人の彼女になったら心穏やかに毎日がすごせそうだな~~」
「ぐぐぐぐっ」
我那部野は肩を落とし教室へと向かって行く。その姿を見ながら波哉香はちょっと言い過ぎたかなと思いつつも得体の知れない快感を感じていた。
「あ~あ、あんなにへこんじゃって。波哉香、言いすぎじゃない?」
「そうだったかな?でも、これで我那部野くんに何か変化があったら面白いかも」
「波哉香......性格、悪くない?」
「え?そうかな?......えへへへ」
◇
6時限目が終わり波哉香と美樹はさっさと教科書をカバンにしまいこむ。
「一旦、家に帰って着替えてこないとね」
「うん」
サッサッサッ......
そんな波哉香達の前に我那部野はほうきを持って現れる。
「あれ?我那部野くん、今日掃除当番だっけ?」
「いや、今日当番の奴が何か用事があるってんで俺が代わってあげたんだ」
「へえ~それって女の子?」
「いや?男だが?」
「ふぅん、そう。また私の前で点数稼ぎ?」
「いや?北条がいなくても俺はそうしてたぞ?俺は別に用事がないからな」
「用事がないって言ったって普通は代わらないでしょ?掃除当番なんて」
「いや、もし俺が北条と緊急デートみたいな時になった時、俺が掃除当番だったら代わって貰えるかもしれないだろ?貸しは多いほうがいい」
「はあ、そんなことはないと思うけど」
「掃除当番を代わって貰えないってことか?」
「違くて『私と緊急デート』ってとこ」
「いやあるだろ?」
「ないでしょ」
「ある!」
「ない!」
「あのぅ、お取込み中すみません」
二人の話の間に申し訳なさそうに美樹は割り込んで来た。
「波哉香、そろそろ行かないと......」
「あ!そうだった!じゃあ、我那部野くん、チケットはありがと。行ってくる!」
「おう楽しんでこい!」
ほうき片手の我那部野を残し波哉香と美樹は自分のクラスを後にした。
「なんだかんだ言っても波哉香、我那部野くんと仲がいいよね?」
「はあ?なんでそう見えるの?」
「だって毎日のように何か話してるじゃん?」
「それはあいつが絡んで来るから」
「やっぱりそれだけ波哉香の事を考えてるんだよ」
「......迷惑だっての」
「本当に?」
「......もういいってこの話は!急ご!」
波哉香は美樹を置いて猛ダッシュで走り出す。
「あ!待ってよ!波哉香」
◇
隼は姉の帰りをリビングで待っていた。わからないところはマーカーで線を引き整理してある。その線は100個近くあった。
「このわかならいところが完全に理解できれば小学生の勉強は終わりだ......」
「ただいま!」
ほどなくして姉は帰って来た。が、姉はすぐさまにドタドタと自分の部屋に向かって行ったようだ。いつもは帰ってくるなりトイレかキッチンに行き冷蔵庫を開けて飲み物を飲むハズなのに今日は様子がおかしい。気になった隼は姉の部屋に向かう。
「お姉ちゃん?」
「あ!ごめん!ハヤブサ、今日ね。勉強見られなくなった!」
「え~~~!!」
「本当にごめん!!今度っていうか明日見るから!」
ドア越しに姉弟は会話を続ける。
「どっか出かけるの?」
「うん!T'zのコンサート!」
「え!?T'z?」
「うん!」
「誰と行くの?......彼氏とか?」
「いないよ!彼氏なんて」
がちゃ
波哉香の部屋の扉が開き制服から私服に着替えた波哉香が現れた。
「美樹と行くのよ。じゃあ、明日ね。ママには夕ご飯いらないって言っておいて。美樹と食べて来るから」
「う、うん。わかった」
「じゃあね!」
嵐のように波哉香は家から飛び出していく。それをノート片手に隼は見送った。
「......お姉ちゃん......本当に彼氏じゃないよね?......彼氏なんて僕が許さない」
(続く)