北条製薬株式会社を北条波香は会長に北条繁一、社長に自身を据え資本金1000万円で立ち上げた。オフィスは北条のお屋敷の一部をそのまま使うようだ。
「波香よ。ワシも行かんといかんのか?」
「当たり前でしょ?あんたの顔で仕事取りにいくんだから」
「面倒くさいのぅ」
「今まで私利私欲の為に好き勝手してきたんだからこれからは北条グループ繁栄の為、人々の幸せの為に働きなさいよ!」
「まさか自分の造ったクローンに命令されることになるとはのぅ」
「......本当はあんたのこと殺したいほど憎んでたけどね。......ほら、そこの人をあんたの秘書としてつけていいから」
クローン人間達を完全に波香に掌握されて以来、繁一は波香に対して無力でありただ従わざるを得ないのだ。そんな繁一に波香は繁一がフランソワと呼んでいたお気に入りのクローン人間を繁一の秘書とすることを許す。
「仕方ないの。営業なんて数十年ぶりじゃの。じゃあ、行くかの?フランソワ?」
「はい」
波香は内線電話をかける。と言っても社内の人員は身内しかいない。その中から波香は香織を営業部長として抜擢する。香織はやりすぎちゃったOLとして世間の認知度は高い為だ。
「ああ、かおりん?今日から貴方は営業部長よ。早速外回りするから社長室に来て?」
『え?私で大丈夫でしょうか?......前科者ですけど』
「大丈夫よ、あなたしかいないの」
『わかりました』
そして開発製造部長として事例を受けた大河原は相談役に時哉の父である北条宗時、そしてクローン人間37号の北条美菜を従え、がんの新薬の正式認可に向けて邁進するのである。
◇
「ねえ、美樹」
「ん?」
「美樹が気に入らないなら私、我那部野くんと付き合うのやめるよ?」
「え?なんで?」
「だって美樹、ずっと元気ないじゃん?私が我那部野くんと付き合うようになってからさ」
「そんなことないよ!......そんなことないからそんなこと言わないで」
「だって......」
休み時間に波哉香はトイレで他の人達がいないのを見計らって美樹にそう切り出すが美樹の返答はどうも煮え切らないものであった。だが美樹はしばらくの無言の後、話し出す。
「ごめん、確かに元気はなかったというか、その通りだと思う。それって波哉香が我那部野くんと付き合うことによって私とは疎遠になるのかと思うとなんか寂しくなっちゃって」
「前にも言ったけど私が我那部野くんと付き合っても美樹とは何も変わらないよ?それに疎遠になろうとしてるの美樹のほうじゃん?」
「......そうだね。ごめん」
「じゃあさ、今日の帰り駅前のクレープ屋さん寄ってこうよ?」
「うん」
「私が奢るからさ!」
「え?いいの?」
「いいの!いいの!」
その会話を廊下で偶然、我那部野は聞いてしまって自分もついていきたい衝動に駆られるが今の2人の間に割り込むのは無粋だと思い、思いとどまるのであった。
我那部野が席に戻ると波哉香達はどうやら我那部野を待ちかねていたようだった。そして美樹は我那部野に話しかける。
「我那部野くん、今日、放課後ヒマ?」
「あ?特に用事はないが......」
「じゃあ、波哉香とクレープ屋さんに行くけど一緒に行かない?」
「え?いいのか?」
「うん!」
美樹は涙目であるが我那部野に笑顔で応えるのであった。我那部野はその笑顔を見て脳に電流が流れるような衝撃を受ける。
「う......お?」
しばし固まる我那部野。
「??どうしたの?我那部野くん」
「いや、なんでもない......放課後が楽しみだな」
「そうだね!」
「......早瀬」
「なに?」
「本当にすまない。そしてありがとうな」
「ん?いいの。私は波哉香が我那部野君とうまくいってくれればそれでいい。だけどもし波哉香を泣かすようなことしたら許さないから」
「おう、肝に命じとく」
そんな二人の様子を安堵しながら波哉香は見ていた。でも2人の間に自分との間にはない違った空気みたいなものが流れていて自分だけ仲間ハズレになっているように感じるのであった。
そして3人は一緒に玄関へと向かう。波哉香が下駄箱を開けると大量の手紙がそこには置かれている。
「ゲッ!!なにこれ?またあ?」
波哉香は声を大きく上げると何事かと美樹と我那部野は波哉香の元へと寄ってきた。
「どうしたの?」「どうした?」
「なんかまた手紙が入ってた。しかもこんなにたくさん」
「わあ、これ全部迷惑手紙?」
「わからないけど......」
そう言うと波哉香は恐る恐る大量の手紙の中から1つだけ手に取り開けてみた。
「......本当にラブレターみたい」
「え?うそ?」
波哉香は一通の手紙を手にわなわなと身体全体を震わせる。
「まじかよ。他の手紙はどうなんだ?」
「......」
波哉香は他の手紙を手に取る。そしてしばらくして顔を赤く染めていた。
「本当みたい。名前も書いてあるし」
「なんなんだ?突然、こんな......」
「波哉香は今まで雲の上の存在だったけど最近、我那部野君と一緒にいるから自分にもチャンスはあると思っているのかな?」
美樹は腕組みして状況を分析する。
「なんだそりゃ?北条はもう俺とつきあっている!迷惑な話だ」
「どうしよう?」
波哉香は初めてのことに美樹と我那部野にすがるような目つきで助けを求めた。
「断れよ。もう俺とつきあってるんだから。なんなら俺が言ってやろうか?」
「だめだめ、こういうことはちゃんと波哉香本人が言った方がいいよ?」
「14人も......はあ」
「あっぶね、もうちょっと遅かったら俺じゃない誰かと付き合ったかもしれないな」
「......それはないよ」
波哉香は我那部野が言ったことをすぐに訂正する。
「そ、そうか」
我那部野は喜ぶ。波哉香の言葉は自分だから付き合ってくれたと思えるからだ。
「とりあえず全部しっかりと読んで返事しなくちゃね。はあ、なんでこんな面倒くさいことに......」
14通のラブレターを自分の鞄にしまい込むと波哉香はトボトボと歩き出した。その後を慌てて我那部野と美樹は追う。
「まったく、便乗するとか男らしくないよな。誰からきたんだ?」
「は?教えるわけないでしょ!あんたが知ったらその人に何するかわからないし」
そんな2人のやり取りを美樹は心のどこかで寂しい気持ちを感じていたが少し微笑んで眺めていた。
次の日の1時限目の休み時間に波哉香は斜め後ろの席の我那部野に確認を取る。
「ねえ」
「なんだ?」
「やっぱり断る理由は今後のことを考えたらごまかしがきかないと思うのでもうあんたとつきあってるからって話していい?」
「!!おう!もちろんだ!」
「じゃあ、とりあえず一人目行ってくる。......ついてこないでよ?」
「もう返事しに行くのか?」
「こういうことは早くしたほうがいいでしょ?」
「お、おう。そうだな」
「じゃあね、美樹。行ってくる」
「うん、気をつけて」
波哉香はタタタと教室内を出て行く。
「違うクラスの奴か」
スクッと我那部野は席を立つ。波哉香の後をつけるつもりなのだ。
わしっ!
美樹はすかさず我那部野の上着の袖を掴んだ。
「だめだよ我那部野君」
「だってよ、気にならないか?」
「知ってどうするの?」
「今後も北条にちょっかいを出さないようにクギを刺しておく」
「やめたほうがいいと思うよ?」
「なんでだ?」
「そんな事をしたら我那部野君、小物感まるだしだし波哉香を信じてどっしりとしていたほうが男らしいと思うよ?」
「そ、そうか.....確かに俺は少し取り乱していたようだ」
「まあ、それだけ波哉香の事好きなんでしょうけど」
「ああ!大好きだ!」
「......いいなあ、私も誰かにそんなふうに好きになってもらいたい」
◇
休み時間の残り時間はあと5分となっていた。波哉香は自分宛てのラブレターにしっかりと名前が書いてある隣のクラスの
「えっと、鈴木君だよね?」
「うん」
「手紙、読んだよ?気持ちは嬉しかった。でも私は鈴木君と付き合うことはできない。私はもう同じクラスの我那部野くんとつきあってるから」
「そ、そうなんだ」
「うん、ごめんね」
「いや、いいんだ。ダメ元だったし。ちゃんと返事してくれてありがとう」
「うん、じゃあね」
教室の外で2人は話終えるとそれぞれのクラスに戻っていく。鈴木のクラスではクラスメイトの歓声が上がり鈴木の玉砕ぶりを讃えているようだった。
それを感じながら波哉香は安堵のため息を漏らす。
「はあ、良かった。なんとか1人無事に終わった」
どっと疲れた様子で波哉香は自分の席に戻る。
「波哉香、お疲れ」「おつかれさん」
「うん、疲れた。あと13人かあ」
「もう手紙全部読んだの?」
「うん、全部読んだ。返事が急ぎそうなやつとちゃんと名前が書いてあるやつだけ先に済まそうと思っているの。イニシャルだけのやつとかは後回し」
「はー大変だね」
「......うん」
「なんなら俺が手伝おうか?」
「無理!」
我那部野の提案をすぐさまに波哉香は拒否する。なんでそんなわかりきった押し問答をしなければいけないのかと波哉香は我那部野を睨みつけるがそれは今に限ったことではない。
「まあ、それがあんたと私か」
「なんだ?」
「なんでもない」
次の授業が始まったところで3人は授業に集中する。波哉香は授業をしっかりと聞きつつも次の告白の返答パターンを考えていた。基本は先ほどの鈴木のパターンと一緒だ。後は相手の会話にどうあわせるか。考えられる事由を整理し終えるころには授業が終わっていた。
「じゃあ、次行ってくる」
「いってらっしゃい」「おう」
波哉香の次のラブレターの告白の相手は学校ではちょっと知られたお金持ちの
「我那部野?なんであんな奴と?僕の方がお金持ちだし、言っちゃあ悪いけど僕のほうが顔はイケメンだよ?僕と付き合ったほうがいいって!」
「ごめんなさい、もう我那部野くんと付き合ってるから」
「だからさ、我那部野とは別れて、僕と付き合おうよ。その方が得だよ?」
その言葉に波哉香はカチンと来る。そして穏便に済ませたいと思っていた波哉香は思わず口走ってしまうのだ。
「私はお金持ちだとかイケメンだとか、そんな理由で男の人と付き合わない。それに白石君はさ、そういうことで付き合う相手を取り替えるような女性が好きなの?」
「う、そ、それは......」
「そういうこと。だからごめんなさい」
波哉香は白石に軽く会釈をしその場を去って行く。その姿を呆然と見つめる白石。
「ふっ。ますます気に入ったよ北条さん。必ずキミを手に入れて見せる」
胸糞悪い気分に包まれ波哉香は自分のクラスへと急ぐ。
「あれ?なんで私、こんなに気分が悪いんだ?白石君は別に私の悪口を言ってたわけじゃないのに......」
この気分の悪さをなんだか解明できぬまま自分の席に着く波哉香。
「またまたお疲れだね波哉香」「おつかれさん」
「はあ、ホント疲れる」
「じゃあさ、また俺がパンかなんか買ってきてやるよ」
「ほんと!?じゃあジュースもつけてね?」
「おう、いいぜ?何がいい?また焼きそばパンか?」
「あ、食べたいかも!後、ジュースはピーチヘクターね!」
「おう、わかった!」
「あ、お金は後で払うね」
「いいよいいよ」
「だめだよ。ちゃんと払うから、ね?」
顔を斜めにして波哉香は我那部野の顔を覗き込む。
「お、おう。早瀬は何かいるか?」
「そうだね、私も頼んじゃおうっかな」
「おう、いいぜいいぜ!なんだ?」
「じゃあ波哉香と全く同じセットで」
「焼きそばパンにヘクターの白桃味だな?」
「うん!」
「よし!昼休み楽しみにしとけよ!」
「あはは」
「......なんかあんた私に頼まれるよりイキイキとしてない?」
「そ、そんなことないぞ!」
「あはは」
談笑する3人。波哉香と我那部野が付き合うことになったが美樹はこの関係がいつまでも続けばいいと思った。
そして昼休み。我那部野は無事、波哉香達の要望に応え3人でそれぞれの机をくっつけ昼食を楽しんでいた。そこへ風紀委員長が2人の部下を連れてやって来た。今川伊吹である。
「昼食中申し訳ないけれどちょっといいかしら?」
「もぐもぐ......ブッ!」
波哉香は思わぬ好敵手の出現に口の中の物を吹き出しそうになる。慌てて手で口を押え事なきを得た。
「......ハア、何?今川さん?」
「我那部野君と北条さんが付き合ってるっていう噂が流れているのだけれど本当なのかしら?」
「......本当だけどそれが何?」
「我那部野君は?本当?」
「ああ、本当だ」
今川は波哉香の応答には適当にあしらい我那部野に改めて確認を取る。その態度に波哉香はムッとした。
「校則で......」
「不純異性交遊は禁止されている.....でしょ?でも悪しからず。私達は不純ではないので」
伊吹に全部喋らせるものかと言わんばかりに波哉香は先手を取る。だがそんな波哉香を見下したような態度で伊吹は言葉を伝えた。
「では、それを証明するものはあるのかしら?」
「しょ、証明?証明ってどうすればいいの?」
「証明できなければ認めるわけにはいきませんわね。何しろ私達は学業が本分なのだから」
「そんなことわかってるよ!」
「あら?どうかしら?......いいでしょう、ではこうしましょう」
「何?」
「次の期末試験であなたがトップを維持できないようであればあなたと我那部野君は別れてもらいます」
「は?何それ?」
「あら?自信がないのかしら?我那部野君との交際で学業がおろそかになることを私は心配していますのよ?」
「なんだか無理やり難癖つけられているみたいだけど......その条件受けるよ」
「あら?随分と自信があることね」
「私もこの交際で学業とか疎かになることを懸念していた。だからちょうどいい」
「おほほほ、じゃあ、そういうことで。次の期末試験が楽しみですわね」
そう言い残し伊吹とその部下たちは去って行った。
「何あれ?本当、気分悪い。いちいち突っかかってきて」
「今、波哉香と我那部野君が付き合ってるってみんなが噂してるから気に入らないのかな」
「私は眼中にないっての」
「でもよ。今川もいつも2番なんだろ?まじで俺と付き合ったからって抜かれないでくれよ?」
「は?抜かれるわけないでしょ?」
「......まさか、今度の試験まで俺との付き合いを控えるとかそんなことな......」
「何言ってんの?あんたとラブラブでかつ今度の試験も私はトップを維持してみせる!」
「お、俺とラブラブ......」
「あ、言い過ぎた!あんたと付き合いつつも、ね」
波哉香の言葉に昇天しそうな我那部野の顔を見て波哉香は慌てて訂正をするが我那部野にはその声は届いていないようであった。
(続く)