我那部野の様子がおかしい。朝は普通に挨拶をしたけれども口数が少ない。1時間目の授業が終わり波哉香は話しかける。
「ねえ、昨日、今川さんと何かあったの?」
「......」
波哉香は我那部野と今川との間に何もないことを信じていた。なぜなら我那部野は自分のことだけを好きだという自信があったからである。だが我那部野の様子がおかしいのを感じて不安になりはじめたのだ。
「今日はお昼とか放課後とか私と......私達と一緒にいられる?」
「すまん、今川と約束がある」
「そっか仕方ないね......」
「ハヤカ......俺は......俺が好きなのはお前だけだ。それだけは信じて欲しい」
俯いて我那部野はそう言う。それは自分にそんなことを言う資格があるのかないのか、心の中の葛藤と戦っているような感じである。
「うん、信じてるよ。次の試験では必ず今川さんに勝つから!」
「うん、頼む!!」
そう言う我那部野は決して波哉香と目を合わすことはない。波哉香はそんな我那部野を見て少し寂しく思うのである。
お昼休みになると我那部野は伊吹のところへといったようだ。それを波哉香と美樹は眺める。それと入れ替わる形で美乃梨と前田と白石がやってきた。
「いえ~~~い!ツーボーイズアンドガールズ見参!!」
「......いつも元気いいね。白石君は」
「お褒めに頂いてベリベリーブルーベリーね!!」
「ごめん、それつまらない」
「OH.......」
何も思い浮かばなかったようだ。
「美乃梨ちゃん、前田君と白石君とも仲いいの?」
「ま、2人とも同じクラスだからね~」
波哉香は美乃梨に意外そうに話す。このある意味濃い2人とよく仲良くやっていけるなあと思ったのだ。
「前田ちゃんには私が転校してきた初日にいろいろ案内してもらったんだ」
「そうなんだ」
「うん、なんかおかげで同じクラスの女の子を敵にまわしちゃったみたい。たはは」
「あ~そういうことか。だからこっちに来てるんだね?」
「んーまあ、それもあるけど波哉香ちゃん達と一緒にお昼食べたいって気持ちのが大きいかな?」
「ありがと。そう言われると私も嬉しい。だけどホント面倒くさいね。そういう嫉妬とかさ」
「んーまあ、人間なんだから仕方ないんじゃない?わはは」
「......美乃梨ちゃんは嫉妬とかしそうにないね。いつもおおらかだし」
「そーかなー、単にそういう気持ちにならないだけでこれからはどうなのかわからないなー」
あくまでも笑顔を崩さずにそう話す美乃梨を見て波哉香はちょっと聞きたくなる。
「美乃梨ちゃんは......好きな人とかいないの?」
「いるよー」
「え?だれ?」
波哉香は教えてくれないだろうと思いはしたが軽く聞いてみた。
「うちのお父ちゃん」
「え?」
なんのためらいもなくそう応える美乃梨に波哉香は一瞬固まった。
「うちの彼氏になる人はお父ちゃんみたいな人がいいなー」
「ふぁ、ふぁざこん?」
「あはは、そうかもしれないねー」
波哉香に指摘されても美乃梨はあっけらかんとしてそう応える。
「ちなみに自分のお父さんのどんなところがいいの?」
「細かいところを気にしないところ~。強いところ~。食べっぷりが見てて気持ちいいところ~。優しいところ~。......まだまだあるけど全部言う?」
「あ、あはは。ごめん、もういいや」
波哉香はここでふと考える。なんだ自分の父親を好きなのは自分だけじゃないんだと。
「美樹も自分のお父さん好きなの?」
「ん~私は普通かな?でも感謝はしてるよ」
「僕もファーザーは尊敬しているよ!何しろ我が家では神のような存在だからね!ゴッドファーザー!!」
「全く面白くない。もういいよ白石君、やめて?」
「OHアイムソーリー......ヒゲ......」
まだ続ける白石を波哉香はジロっと睨みつける。なので白石は途中で喋るのをやめた。
「前田君は?あ、前田君には別の質問。自分のお母さん好き?」
「うん、好きだよ」
前田はちょっと照れながらそう応える。それはまるで恥じらう乙女のようだ。皆どうやら自分の親が好きらしい。だが波哉香は自分の父親に対する好きと皆の好きでは意味合いが違うということをなんとなく感じていた。
◇
「今日は私がお弁当を作ってきましたわ。あなたの為に」
伊吹と我那部野は中庭のベンチでお昼を供にしていた。
「また薬でも盛ってるんじゃないだろうな?」
「ふふふ、いくら私でも学校の中庭でそんなことはいたしませんわ。はい、どうぞ」
伊吹はハンバーグを食べやすい大きさにして箸で摘み我那部野の口元に運んだ。
わしっ
それを我那部野は手で掴み自分の口の中に放り込んだ。
「......ハヤカが作ったやつのがうまいな」
「あらそう、じゃあ次の機会までには北条さんを超えるハンバーグを作ってみせますわ」
「......なあ」
「なんですの?」
「お前、俺の事好きじゃないよな?なんでこんな事するんだ?ハヤカへの嫌がらせか?」
「何を言っていますの?好きですわよ?愛してますわ」
「うそつけ!お前最初、俺を見た時怯えていたじゃねえか!」
「そ、それは......」
「とにかく!嫌がらせだったらやめるんだな!それともハヤカがお前に何かしたのか?」
「別に何もされてませんわよ?今、そういう話は必要ですの?あなたは私の彼氏なんです。もっと彼氏らしいことをして欲しいものですわ」
「......彼氏らしいことってなんだ?」
「そうですわね。今日、学校が終わったらまた私の家に来て下さるかしら?」
「!!お前また!」
「当然でしょう?私達は愛し合っているのだから」
「俺が愛しているのはハヤカだけだ!」
「うふふ、放課後、迎えにいきますわね。それじゃあ、また」
伊吹は弁当箱を自分のカバンにしまうと去って行く。
「......くそがっ」
我那部野は自分の教室に戻ると自分の席に白石が座っていて波哉香達と騒いでいた。
「白石どけ!そこは俺の席だ」
「OH!す、す、ぐどきます」
白石は我那部野のもの凄い形相に驚きすぐに席から立った。
「タオ、今川さんとお昼食べてきたの?」
「ああ、くそまずいハンバーグを食わされた。しかも全然食べてない.....ああ、腹減った」
「じゃあ、これ食べる?コンビニで買ったやつだけど?」
波哉香はおにぎりを我那部野に差し出した。
「おお!?なんであるんだ?」
「う~ん、何か買っておいたほうが良い予感がして今日の朝、美樹を待ってる時に買っておいたんだ。あともう1個あるよ?」
「ああ、くれ!......うまい!ハヤカが......買ってきたおにぎりはうまいな!」
「あはは、なにそれ?」
そんな二人のやり取りに周りは微笑ましく見ていた。白石に至ってはとても羨ましそうな顔をしている。
「本当、二人はお似合いだね~」
「え?そんなこと......」「あるよな!!」
波哉香と我那部野を中心にしてワイワイと盛り上がっているところに突然の来訪者が現れる。
「失礼する!」
そのクラスの中の喝采を切り裂いて轟く声に波哉香達はその声を挙げた人物に注目する。長い髪をなびかせサイドポニーテールの女学生が波哉香の教室の出入り口に凛として立っていた。
「私は3年の上杉と申すものだ!この中に北条と武田はいるか!?」
「あ、はい、私が北条です」「うちが武田よん」
「おお!君達がそうか!」
「はい。で私達に何か?」
「君達!剣道に興味はないか!?」
「けんどう?」
「そうだ!我が女子剣道部は全国大会優勝を目指している!聞けば君達は並々ならぬ運動神経の持ち主だそうじゃないか?ぜひ入部して欲しい!!」
「でも、私は部活をやる気は......」「ん~、うちは波哉香ちゃんがやるなら入ってもいいよ」
がしっ!!
力強く上杉は両手で波哉香の両手を掴む。
「北条!!頼む入ってくれ!!悪いようにはせん!頼む!」
「で、でも......少し考えさせてもらえますか?」
「......わかった。良い返事を待っている!武田も頼むぞ!!」
そう言い残し上杉は風のように去って行った。
「あんな先輩いたんだ......」
「3年A組
「なにそれ?マンガみたい。白石君が考えたの?」
「違うよ!本当にそう言う話なんだって!」
「へ~」
「ハヤカは剣道なんてやってる暇ないよな?......でももしやるなら俺はマネージャーを......」
我那部野は上杉に誘われて悩んでいるように見える波哉香に言う。
「タオこそそんな時間ないでしょ?それにそこは『俺も剣道やる!』じゃないの?」
「男子に剣道部なんてあるのか?」
我那部野は白石を見た。すると白石は得意気に話し始める。
「男子部員は1人しかいないね。3年A組の
「1人しかいなくてよく廃部にならないな?」
「剣道部は男子女子混合部なんだよ。上杉先輩は男子部の部長も兼ねているのさ」
「なるほどな」
「じゃあ、僕も北条さん達が剣道部入るならマネージャーとして入ろうかな?」
前田が控えめに話す。
「ただでさえ上杉先輩のギャラリーが多いのに前田君まで剣道部に入ったら体育館は凄いことになりそうだね。......それでは『サイレントソード』の異名を持つこの僕も入部してあげるよ!」
「白石。それじゃ剣を振るわずして負けるんじゃねえのか?」
「ノーノーノン!剣を振るわずとも勝つってことSA!!」
「そんなの不可能だろうが」
「おっとフライングしてしまったようですね」
「くそつまらんわっ!!」
もはや恒例の白石と我那部野の掛け合いに波哉香をはじめ皆はニコニコしていた。
「ハッ!まさか......」
我那部野は今日初めて波哉香の顔を見ようとした。やはり波哉香は口を押えて目に涙を浮かべ俯いている。そしてそんな波哉香を見て込み上げてくるのだ。熱い熱い気持ちが。我那部野は波哉香を愛しくてたまらない。今すぐに抱きしめたい衝動をぐっとこらえた。そしてあることを思いつくのだった。
「ハヤカか早瀬、お前らカッターナイフを持ってないか?」
「あるけど何に使うの?」
波哉香は自分のカバンからカラフルな小さい巾着袋取り出しその中に入っていたピンクのカッターナイフを我那部野に差し出した。
「ん?ちょっとな。わりぃけど今日一日貸して欲しい。洗って返すから」
「別に洗わなくて良いけど。危ないことに使わないでよね?」
「ああ、間違っても他人を刺したりしないから心配すんな」
我那部野がそう言うので波哉香はひとまず安心する。
「......今川。俺は負けんぞ」
◇
「こ、これは......」
「のぅ?本当に治ったじゃろ?」
「お館様、またあなたはなんという事を......神への冒涜だ」
「え?お館様?」
繁一と供にこの大学がん病院に訪れた波香は今の北条家の当主は私なのにと不満そうな声をあげた。
「この男はのぅ、昔ワシに仕えておったのじゃ。ワシらの間でクローン開発の話が出た途端ワシから離れていったんじゃ、この男は!」
「人は自然の摂理に従えば良いのです。いや従うべきだ。そうしないとどこかで『歪み』がきます」
「昔からこういう固い事を言っておってな。結構優秀な男だったから使ってやってたんじゃが」
「んまあ、そういう感じ方はわかるような気がする」
「ほぅ?クローンのおまえさんがのぅ?」
「.....ジジィ、黙りなさい」
「んん!」
東は波香と繁一のやり取りに籍祓いをした。
「とにかくうちの病院では無許可の新薬などは絶対に使いません。お引き取り願いますか?」
「......固いのぅ」
波香、繁一、フランソワの3人は院長室を出るとわざわざ回り道をし各部屋を回るようにして歩いていく。するとある病室ですすりなく声が聞こえてきた。
「失礼します」
波香はずかずかと病室へ入って行く。そこにはまだ20代の若い女性がベットにうつ伏せて泣いていた。
「どこかお具合でも悪いのですか?」
「えっえっ......がんが転移したって......なんで私がこんな目に.......うわーーーーん!!」
自分の病状を伝えられあまりのショックに若い女性は取り乱している。
「それは無念ですね。でもその病気は治るんです!!私は怪しいものではありません。私はこういう者です」
波香は名刺をすっと差し出した。
「うっうっうっ....北条製薬.......社長......北条波香......?」
「この度、私どもはいかなるがんも完治させる.......」
いつの間にかその女性は泣き止み波香の話を真剣に聞き入っていた。
◇
放課後、我那部野は伊吹のアパートに案内される。しかし今日は2人きりではない。伊吹の部下の2人も一緒だ。部屋に入るなりその部下2人は我那部野を羽交い絞めにする。
「く、くそ!!やめろ!!」
「さあ、我那部野君、今日も愛し合いましょう?」
伊吹は自分の口に媚薬のカプセルと水を含みそれを口移しで我那部野の口から投入させる。
「......んあ......ごく」
羽交い絞めにされている我那部野は抵抗できずに媚薬を飲んでしまったようだ。
「念のため......お口を開けてもらえるかしら?......開けなさい!!」
伊吹はそう叫ぶと強引に両手で我那部野の口を開き咥内を隅々まで調べ媚薬がないことを確認する。我那部野は媚薬を飲んでしまったのだ。
「ちゃんとお飲みになったようね」
ニヤニヤと高揚しつつある我那部野の顔を見る伊吹。
「あなた達、もういいわ。ありがとう」
部下に命じ我那部野のズボンの中に手を入れる伊吹。それと同時に我那部野は上着の内ポケットから波哉香に借りたカッターナイフを取り出していた。
「そんなものを取り出して何をする気かしら?私を刺すの?」
「そんなことはしねえ!......さあ、愛し合おうか!!」
......グサッ!!プシュ~~~!!
我那部野は自分の太ももにカッターを勢いよく刺した。
「あ!あなた何を!?」
「同じ失敗は2度はしねえ!!......この痛みで媚薬どころじゃなくなるだろうよ!これが俺の!ハヤカに対する愛の血の証だあああ!!」
......グサッ!!プシュウ~~~!!
「ひっ!」
__部屋中に飛び散る真っ赤な鮮血に伊吹は戦慄するのであった。
(続く)