「ひゃひあひゃひゃ!!愛し合おうぜ!」
「ひっ!」
我那部野が自分の部屋から出て行った後も伊吹は震えていた。伊吹が生活する和室の一部屋と台所の間には我那部野の血が一面に広がっていた。
「......我那部野太鳳......なんという恐ろしい男。自分の身体を傷つけてまで私の誘惑を阻止するとは......あの男はやはり......」
すれ違う人々の痛い視線など全く気にせずに我那部野は波哉香の住む家に向かっていた。やっとの思いでたどり着きマンションのインターホンを押す。波哉香はインターホン越しに聞こえた我那部野の声の様子がおかしいのに気が付き階下へと迎えに行く。
「!!どうしたの!?」
半身血まみれの我那部野を見るなり波哉香は声をあげる。
「......ハヤカ、会いたかった.....」
そう一言発し、我那部野はその場で崩れ落ちた。
「タオ!タオ!そうだ救急車!!」
波哉香はすぐに救急車を呼び10分くらいで救急車は到着する。
「ご家族の方ですか?」
「い、いえ、......恋人です!」
「一緒に乗ってもらえますか?」
「はい!」
「もしもし?もしも~し!?」
救急隊員の問いかけに我那部野は全く反応しない。完全に意識が飛んでいるようだ。
「......まずいな。出血が多すぎる。彼の血液型はわかりますか?」
「え?......わかりません」
「そうですか......なら彼の家族の方を誰かご存知ですか?」
「......知らないです。すみません」
救急隊員に恋人ですと明言しておきながら隊員の質問に全く答えられない波哉香は今までに感じたことのない羞恥心で一杯になる。
一番近くの病院に到着すると医師と看護師が数名、救急車の搬入口で出迎えた。
「急いで!!」
医師は看護師に命令すると救急隊員も数名、我那部野をベッドに運んで医務室へと移動するのを手伝う。
波哉香が医務室の外で待っていると医師が勢いよく飛び出してきた。
「彼には輸血が必要ですがあなたの血液型は!?」
「ABのRH+です!」
「!!彼と同じです!お願いできますか!?」
「はい!もちろん!」
波哉香はようやく我那部野の為に役に立ちそうでほっとする。そして素早く腕まくりを走りながらして我那部野のいる医務室へとなだれ込んだ。
「タオ!」
「.......」
__医師は手早く輸血の準備をしその間、波哉香は我那部野の顔をずっと見つめていた。
◇
「患者の名前は杉本......千春。26歳。21歳の時に乳癌を発症し摘出手術を受けるもリンパに転移が確認されて以来抗がん剤の治療を受けるも後数カ月の命......」
波香は大河原と宗時、美菜に患者の情報を伝える。この患者の名前は奇しくも自分がOLとして働いていた時に使っていた偽名と全く同じである。
「波香様、この患者のご家族は?」
「いないそうよ。天涯孤独の身なんだって」
「そうですか。......恋人は?」
「癌が発症した後しばらくしたら別れたそうよ」
「......なんとお労しい。ですがそれなら記憶がなくなっても都合がよろしいですな」
「そうね。しかも今回は褒賞として1000万円を前金として頂いているわ」
「なんと!?まだ若いのに一体どうやってその金を?」
「ホステスをやっていたんだって。コツコツと溜めていたそうよ。治療後に記憶がなくなるのなら先にお支払いしますって......ね」
「なるほど。ならば今回も癌を完治させることだけを最優先いたします」
「そうね」
波香と大河原の会話を傍で宗時は聞き入りうんうんと頷く。一言も話さないそんな宗時を見て波哉香は自分の義理の父に話しかけた。
「??お義父様?」
「いえ、なんでも」
宗時は自分の息子の嫁がこんなにも頼もしいのを誇りに思う。そしてこの嫁を捕まえた息子、時哉を誇りに思うのだ。
「......時哉も頑張っているだろうか」
◇
波哉香の血のおかげで一命を取り留めた我那部野は自分の寝ているベットの隣で座ったまま寝ている波哉香に気が付く。
「......ハヤカ?」
「......ん、ううん。あ!タオ!起きたんだね!」
「ああ。俺は一体......?」
「もう少しで出血多量で死ぬとこだったんだよ!一体どうしたの?なんで右の太ももそんなことになってんのよ?」
「え?......ああ」
布団をめくり我那部野は自分のぐるぐるに包帯で巻かれた右の太ももを確認する。
「.....今川のやつに薬を盛られて......それを阻止するためにやった」
「くすり?」
「ああ」
「.....どういう薬?」
「媚薬だ」
「びやく?」
「.....すまんハヤカ!今日はしなかったけど昨日、俺は今川と......」
「え?」
「セックス......した」
「え!?」
「仕方なかったんだ!薬を盛られてわけわかんなくなって......気が付いたらやってしまっていた......」
「......そう」
「......怒ったのか?」
「......怒るよ。そりゃ当然。でもタオに怒ってるんじゃないよ?今川伊吹......許せない。どうしてそんなひどい事を......ぶちのめしてやる」
怒りで頭に血が上る波哉香。しかし波哉香は一瞬くらっとする。我那部野の輸血の為に大量の血を抜かれていた為である。
「おい!ハヤカ!!」
意識が飛びそうになる波哉香に我那部野は大声をだした。
「ふぁ?おっと!」
その声に波哉香は気が付き我に返る。
「お前まさか俺に血を?」
「うん、タオABだったんだね。私もだよ。同じで良かった」
波哉香は椅子に座ったまま寝ている我那部野の胸に覆いかぶさる。
「.....少しこのままでいさせて?」
「お、おう」
我那部野はそっと波哉香の髪を撫でる。波哉香は猫のように我那部野の手に甘えるのであった。
◇
「今川さん、ちょっと顔を貸しなよ」
翌日の昼休みに波哉香は伊吹のクラスを訪れる。
「あら?何かしら北条さん?」
「この学校の風紀委員長でもありクラス委員でもあるあなたのしたことをここで大声でゆってもいいんだけど?」
「ふん、どうせ証拠なんてないんでしょ?我那部野君を私に取られた腹いせにあなたの狂言だってみなさんは思いますのよ?」
「あんたって人は!!」
「あら、怖い。ま、いいでしょう。あなたとは決着をつけねばならないと常々思っていましたから」
「......じゃあ、着いてきて」
「伊吹様!」「伊吹様!」
伊吹の後方の席にいた伊吹の部下と思える2人が声を挙げるが伊吹はそれを制する。
「あなた達はついてこなくて大丈夫よ」
「しかし」
「大丈夫です」
「......わかりました」
それを見て波哉香は軽蔑の眼差しで伊吹を見る。
「......どうせ汚い手段で手なずけたんでしょ」
第1校舎と第2校舎を繋ぐ渡り廊下で波哉香は伊吹と対峙する。
「もう、私達に関わるのやめてくれない?」
「なら学校を辞めたらどうですか?」
「は?なんでそうなるの?」
「目障りなんですよ。あなた達が」
「あんたが辞めればいいでしょう?」
「いえ、辞めるのはあなた達です」
二人の距離が近くなりお互いに一歩も譲らず、ずんずんと歩み寄る。
ぱち~~~~ん!!
伊吹の平手が波哉香の顔面にもろに入った。
「あら?手が滑りましたわ。蚊でも飛んでいたかしら?大丈夫?北条さん?」
「......痛っつうう......でも、そっちから手を出して来るの待ってたよ」
波哉香の前蹴りが伊吹の顎を目掛けて放たれるがそれを伊吹は交わした。
「おっと危ない危ない。下品な前蹴りが飛んできましたわ」
「くっ!」
しかし波哉香はその前蹴りがスカッた反動を生かしそのままバク宙を試み片方の違う足で伊吹の顔を蹴り上げた。俗に言うサマーソルトキックである。
「ひぎゃっ!」
顔面を抑えよろめく伊吹。
「覚悟しなよ?ボコボコにしてあげる!」
波哉香は着地と同時に一気に間合いを詰め伊吹に手刀を繰り出す。
「甘いですわ!」
しかし伊吹はその手刀を受け流しそのまま波哉香の右腕を掴み自分の脇に差し込んで倒れこんだ。
ドサアア!
「腕の一本頂きましたわ!」
「ぐぅぅぅぅ」
伊吹はもう波哉香の右腕を折るつもりでいた。全身全霊の力を込める伊吹。波哉香は自分の右腕に集中しすぎている伊吹の隙をつき自分の身体をよじり左腕で伊吹の髪の毛を思いっきり引っ張る。
「ぎゃ!」
「このこのこのこのこの!髪の毛全部むしってやる!」
ドカドカドカッ!
そして寝ながらではあるが伊吹の腹部に自分の膝を激しく打ち付けていた。
「ぐっ!ぐうっ!」
「はなせはなせ!この!」
伊吹はたまらず波哉香から離れ距離を取った。
「はあはあはあ......」
「ふぅ.....寝技とか関節技とか得意なのはあなたらしいね。今川さん昔からそういうのばっかり!」
「ふん!あなたこそバカのひとつ覚えのように打撃系ばかりですね」
「悪いか!」
ひゅんひゅん!
流れるような波哉香の回し蹴りの乱舞を今川は見切り今度は足を取るタイミングを計っている。が、波哉香も完全にそれは承知していて蹴りのスピードに緩急をつけ容易に掴みにいけないようにしている。
「は、速い......」
「はあはあはあ、......当たらない。このままじゃ私のほうが先にスタミナが......」
波哉香は回し蹴りをあきらめノーガードで伊吹に近寄っていく。
「何をする気ですの?」
「......」
じりじりと間合いを詰める波哉香に伊吹はある一定の距離を保つがやがてそれをするのをやめ二人はゼロ距離となる。
「まさかこの私に関節技を挑むつもりかしら?」
「そんなこと......はしない!!」
ぱち~~ん!!
今度は波哉香の平手打ちが伊吹の顔面を捉えた。
「くっ、この!」
「このこの!!」
ばちーん!!ばちーーん!!
お互い譲らずに避けもせず相手の張り手を貰い打ち合っていた。永遠に続くかと思われたその攻防は市ケ瀬冴子教諭によって止められる。
「お前ら何やってんだ!!」
放課後に職員室へ呼ばれた波哉香と伊吹であったがただの喧嘩ということしか話さず冴子はただ頭を掻くばかりである。
「なあ、お前ら。小さいころからずっと一緒なんだろ?少しは仲良くしたらどうなんだ?」
「......」「......」
「北条?」
「......」
「今川!?」
「......」
「何があってお前らはここまでいがみ合うんだ?私には理解できん」
「......水と油。犬と猿。みたいなものですわ先生」
「今川......はあ」
冴子は伊吹の発言に今後も改善の余地なし事を想像し深くため息をつく。やがて冴子に諦められた二人は解放された。
「タオ.....一週間入院だって」
「あらそうですか。あの人が勝手に自分でやったことですから私には関係ありませんわ」
「あ、そ。じゃあ私が毎日見舞いに行くからあんたは来ないで」
「どうぞご勝手に」
「......やっぱりタオのことが好きだって言うのはウソだったんだね」
「さあ?どうだったのかしら?」
「あんたって人は~~~~~!!」
がらがらがら
「もう喧嘩すんなよ~!!」
冴子が職員室の扉を開けて顔をだす。
「あ、はい!」
波哉香は慌てて冴子に応えるのだった。
◇
「こんにちは、私。あなたがこの動画を見ているってことは手術は成功したってことよね?おめでとう!私の名前は『杉本千春』あなたの名前でもあるよ」
杉本は術後に波香に教えられ自分のスマフォの動画を再生していた。そして自分は何者かを教えられ過去に何があったのかを自分自身の手で伝えられた。
「はー。そうだったんだ」
動画の再生が終了し一息をつく。そこへ波香がやって来た。
「杉本さん具合はどう?」
「はい、すこぶる良いです」
「そう、それは何より」
「退院までどれくらいかかりますか?」
「一週間てところね」
「そんなに早く......この度は本当にありがとうございました」
「いいえ、これが私達の使命ですから......退院したらどうするの?」
「そうですね。とりあえず別れた彼氏のところに行ってみようと思います。『私、生きてるよ~』って」
「ふむ、ヨリを戻すつもりなの?」
「まさか。癌とわかったら私を見捨てた人なんでしょ?新しい恋を探します!」
「そうね、私もそれがいいと思う」
「はい!生まれ変わった私か......まだ26歳だし人生これからですよね!!」
「うふふ、頑張ってね」
「はい!」
__波香達がそんな会話をしている病室の外で大河原と宗時はお互いに頷きあうのであった。
(続く)