「ハヤカ遅いわよ?遅くなるならなるで連絡くらいしなさい?心配するでしょ」
「ごめんなさいスマフォのバッテリーが......切れちゃって」
波哉香が家に帰宅した時には夜の10時を過ぎていた。今まで我那部野の病院に面会時間終了までいたからである。
「ごはんは食べてきたの?」
「食べてない」
「じゃあ、作るからできたら呼ぶわ。お風呂、入れるけど先にはいっちゃう?」
「うん。......ごめんね、ママ」
「今度からちゃんと連絡しなさいね......ん?唇腫れてるけどどうしたの?」
波香は波哉香の唇が少し腫れあがってるのに気がついた。
「え?ほんと?やだな、虫にでも刺されたのかな」
「......」
本当は我那部野と猛烈に唇を吸いあって腫れ上がってしまったのだと波哉香はわかっていたが恥ずかしさからその場はそんなことを言ってとぼけるのだった。
「......パパはまだ帰ってきてないの?」
「今日は遅くなるって」
「そうなんだ」
波哉香はホッとする。もし時哉がいたならもっと怒られていただろう。
「......ハヤブサは?」
「もう寝ちゃったわよ」
波哉香は弟の様子も気になっていた。最近は朝一緒に登校してても隼は元気がないのである。
「......ハヤカ」
「ん?」
「我那部野くんとはうまくやってるの?」
波香の言葉に波哉香はドキッとする。まさに今の今までくんずほぐれずでイチャイチャしてきたのだから。
「う、うまくいってるよ!」
「そう。......私の調査によると彼は只者ではないらしいから気を許してはダメよ......」
「ママ、なにそれ?タオが......我那部野くんが只者じゃないの?」
「『我那部野』っていう姓は存在しないみたいよ?」
「え!?」
「まあ、そういうこと。それ以外には詳しいことはわからないの。何かあったらママに話してね?」
「......うん」
波哉香は自分の部屋へ行き部屋着に着替えると替えの下着を持ち風呂場へと急いだ。下着まで脱ぎ全裸になると至る所に我那部野のキスマークがついているのに気づく。
「タオ......」
......ちゃぽん
湯船につかると今日の我那部野との布団の中での行為を思い出す。
「......はぁ」
好きでたまらない。自分でもわけがわからないほどに心の内から熱い思いが混みあがってくる。波哉香自身初めてのことなのだ。
「まさか、こんなにハマるなんて......これが恋なんだ......」
学校で我那部野が誰かの為に真剣な顔をして何かを手伝ったり一緒に昼ご飯を食べたりキスしたり、ありとあらゆる場面においての我那部野の顔が浮かんでくる。
「好きだなぁ......うん、好きだ。タオが何者かなんて関係ない。私は......私はタオについていく」
自分の想いをしっかりと確認し波哉香はそう決意を固めるのである。
◇
谷香織は厚生労働省まで足を運んでいた。癌を治す新薬の認可の手続きの為である。
『北条製薬の谷さ~~ん』
まもなくして窓口に呼ばれる。受付の女性から第2応接室へと案内され担当の者を待つ。すると自分よりも若くスーツをびしっと着こなした青年が入ってきた。
「大石です。宜しくお願いします」
青年はそう言い香織に名刺を渡した。その名刺には『事務次官:大石悠馬』と書いてある。
「さっそくですが北条製薬さんの例の新薬、認可がおりましたよ」
「え!?本当ですか?」
「はい、おめでとうございます」
「随分、早かったですね!?」
香織はおどろく。審査にはそれなりの臨床試験やらなんやらで長い年月がかかるはずなのだ。
「ええ......実は臨床試験には私の妻にも北条製薬さんの薬を使わせていただきました」
「え?大石さんの奥さんにも?」
「はい。うちの妻の場合は子宮頸がんでして......北条製薬さんの薬を使わせて頂いたところ癌は1週間できれいさっぱり消滅してリスクである記憶障害の方もうちの妻には症状がでませんでした。完璧です」
「そうだったんですか!良かった!」
「はい!北条製薬さんにはなんとお礼を言って良いのやら。ただ感謝という言葉では言いつくせません。近々個人的に社長さんにお礼を兼ねてご挨拶に行きたいのですが社長さんはいつ会社にいらっしゃますか?」
「えと、少々お待ちください」
香織は自分のスマフォを取り出し波香のスケジュールを確認する。
「......お待たせしました。今週はずっと社長は社にいます。来週は月曜日が出張となっていますのでそれ以外なら......」
「わかりました」
大石は自分の背広の内ポケットから手帳を取り出すと自らのスケジュールを確認する。
「では、今週の金曜日の午後3時ごろお伺いしたいと思います。社長さんに宜しくお伝えください」
「わかりました!社長ともどもお待ちしております!」
香織は会心の笑顔で厚生労働省を出る。きっと自分の報告で北条のお屋敷はお祭り騒ぎになるだろう。今すぐにでもスマフォで波香に連絡したい気持ちを抑えて帰社後に自分の口から波香に報告しようと考えるのである。
電車を乗り継いでようやく北条のお屋敷に戻った香織は波香を探すがなかなか見つからない。地下の研究室に大河原と宗時がいたので香織は2人に波香の居場所を尋ねる。
「所長(大河原のこと)、宗時様。社長、どこにいるか知りませんか?」
「ああ、社長なら美菜さんと汐海さんと一緒に大庭園にいると思いますよ」
宗時は優しい笑顔で香織に応えた。
「そうですか。ありがとうございます」
香織はみんなが一緒にいるんだと思うとワクワクが止まらなくなっていた。早く波香に、みんなに報告したい。そう思うと自然に早足になってエスカレーターを駆け上っていった。
再度、地上に戻り大庭園のあるお屋敷の最深部へと走る。すると大庭園の中央に波香達はいた。大庭園にはいろんな花が咲き乱れている。
「社長!!社長!!」
「!?あ!かおりん、戻ったのね。お疲れ様」
大声で自分を呼びこっちに走ってくる香織に波香は驚く。普段、物静かな香織のこういう姿は珍しいからである。
「認可が取れました!」
「ほんと!?」
「はい!!」
わあーーーーーー!!
香織の報告に一同は完成をあげる。美菜と汐海はハイタッチし波香と香織は軽く抱き合った。
「波香殿。いや社長!これから忙しくなるな!」
「忙しいのはちょっとアレだけどこれで本家も安泰だねっ」
「私は社長にどこまでもついていきます!」
汐海、美菜、香織が波香にそれぞれの想いを投げかける。その意を汲んで波香は目を閉じ少し俯き頷いてから顔をあげた。
「今までみんな本当にありがとう。私に力を貸してくれて。みんながいなければこんなにうまくいかなかったと思う」
そして大庭園の花達を優しい笑顔で眺める。
「みんな見てよ。この咲き乱れる花達を。綺麗だよね。私達もこの花達のように自分の人生の中で一花咲かせたり人の心を癒したり感動させたり......ふふっ違うわね」
「社長?」
「私はね。多分だいぶ前から普通の人達と自分は違うってことに気づいていたのかもしれない」
「??」
「だから必死になって勉強したりスポーツしたり......もちろん小さいころから競争意識っていうのはこのお屋敷で教え込まれてきたのだけれど......自分を高めることで自分の存在を周囲に認めてもらいたかったんだと思う」
「私もそういう気持ち、あったかもしれん」
汐海は俯いてそうつぶやく。がそれは汐海だけではなく美菜や香織も口には出さないがそう思っていた。
「そう.....それで私は一通り世の中の勉学を終えてこの屋敷に戻って来た。これから先、何をしたらいいのかわからなかったから」
「......」
汐海、美菜、香織は波香の自分語りを黙って聞く。
「そしたら......あのジジィに乱暴されて......あのジジィの子を孕めと。私は思ったわ。じゃあ今まで私がしてきたことはなんだったの?と。......その後は荒れたわ......そして一人で生きて行くためにいろんな仕事をしていろんな人たちと出会い別れて......その繰り返しで今の私があるんだと思う」
「......」
「......もちろん私にとってトキヤの存在は一番大きかったけれどトキヤだけじゃないの。だからあなた達や他のクローンの子達もいろんな人と触れあい助けあって成長できたらいいなって思ってる。それで何かを得たりすることができたなら私達は生まれた意味を見出せると思うわ......ごめんなさい。少しおこがましかったかしら?」
「いや、社長殿。少なくともここにいる者達は社長殿を手本として今まで生きてきた。これからも宜しく頼む!」
「社長!」「社長!」
「みんなありがとう。これからもみんなで協力して一緒に幸せになりましょう」
「うむ」「おー!」「はい!」
4人は大庭園の真ん中で団結しさらなる飛躍を誓うのであった。
◇
2学期の終わりの終業式。我那部野は退院しその日は学校に来た。
「ねえ、タオ。冬休みどこか行かない?」
美樹が席にいない時を見計らっての休み時間に波哉香は後ろを振り返り我那部野に話しかけた。
「ん?でもいいのか?俺はまだ正式には今川の彼氏なんだが」
「いいでしょ。あの人お見舞いに1回もこなかったんでしょ?何が彼女のもんですか」
「そうだけどよ」
「じゃあ、さ。友達ってことで一緒にどこか行こうよ?」
「ん、そうだな。友達ってことで」
「やった!どこ行く?」
「じゃあ、俺の生まれた......故郷へ行くか?」
「うんうん、行く行く!どこなの?タオの生まれたとこって?」
「岐阜だ」
◇
「ねえ、ママ」
「どうしたの?」
波哉香は波香と一緒に台所の流しに立ち、夕飯の皿洗いを手伝っている時に不意に話しかけた。
「冬休みに......友達と一緒に旅行していいかなあ?」
「どこに?」
「岐阜県」
「随分と遠いわね。それは何泊かして来るの?」
「2泊くらいしたいと思う」
「ふぅん......友達って誰かしら?」
「えっと......美樹ちゃん」
「......へえ~」
疑いの眼差しで波香は波哉香を見る。そんな母親の様子を見て波哉香は首を振った。自分の母親はお見通しらしいので正直に白状することにするのだ。
「ごめんなさい。本当は我那部野くんと」
「2人きりで?」
「うん。......ダメ?」
「我那部野君のこと好きなの?」
「うん。自分でもわけわかんないけど相当好きみたい」
「そう......ならダメって言ってもあんたは何がなんでも行くでしょ?なにせ私の娘なんだから」
「さっすがママわかってる~」
ぺこん
「あいたっ」
波香は木製のしゃもじで波哉香の頭を叩く。
「全く。あなた達はまだ中学生なんですからね?こないだも節度を守れって言ったでしょ?」
「旅行に行くだけだよ~。やましいことは何もしない......キスくらいはするかもしれないけど」
「キスだけですまなくなったらどうするのよ?」
「うぅ......それは......」
一瞬自分の娘だから止めてもムダだろうと諦めかけた波香だったが波哉香の大きくなった腹を想像して身の毛がよだち絶対に阻止しなくてはと決意する。
「親としてはなんとしても阻止しなくてはいけないわね!」
「そんなあ~」
「当たり前でしょ!」
「はあ......やっぱダメかあ」
「ダメ!!」
「......」
「何が何でも行かせないから」
「......くぅ」
波香の前では諦めたような態度を取っていた波哉香であったが実は内心全然諦めていなかった。どうやって家を抜け出そうか、そんなことを考えていたのである。
__この後、冬休み初日から壮絶な親子バトルが展開されることとなるのだ。
(続く)