トンネルを抜けると少し気温が上がったようで波哉香は我那部野が掛けてくれた毛布を自分の身体から取ろうかどうか少し迷っていた。
2人は新幹線に乗り我那部野の生まれ故郷の岐阜県へ行くために西へと向かっているのだ。
「ハヤカ、少し暑くなったか?」
我那部野は波哉香の事を気にかける。
「うん、そうだね」
......ふぁさ
我那部野は波哉香に掛けてあげた毛布を取った。
「タオ、優しいね」
「当たり前だろが」
......ぽす
波哉香は我那部野の左の肩にもたれかかる。
「重い?」
「いや?全然」
通勤通学ラッシュの時間は過ぎたとはいえまだ車内は結構な混雑ぶりであったが2人は人目もはばからず肩を寄り添い並んで椅子に座っていた。
「タオの生まれたところってどんなところなんだろう。楽しみ」
「......特に何もないところけどな」
「そうなんだ?」
「ああ」
「何もなくてもタオと一緒に旅行に行けるだけでも嬉しいよ」
「ああ、俺もお前と一緒で嬉しい......好きだぜ?ハヤカ」
「ぷっ......あはは」
「なんだよ。笑うなよ」
「あはは、ごめん。照れ笑いってヤツだよ」
「......」
2人は言葉を失いしばらく俯いている。
やがて波哉香達の乗っている新幹線は山に囲まれた平野を走って行く。
「お弁当いかがですかぁ~」
お互い無言で気まずくなったところで弁当の車内販売が始まったようだ。
「あ!!買う?私こういうの買ったことないんだ」
「いいぜ?買おう」
「すみま...」
「待ってくれ!!特製幕の内を2つ所望する!」
波哉香が弁当を買おうとした矢先に後方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「え??」
波哉香が振り返ると上杉麗子がこちらに走ってくる。
「上杉先輩!?」
「おお!北条ではないか!?どうしてここに?」
上杉はそう言いながら波哉香の隣に座っている我那部野をチラリと見た。
「ほほぉ、なるほどな。北条の彼氏か?」
「はい!!」
「うむ、結構なことだ。羨ましいぞ。私は剣の事しか知らんからな」
「へー、先輩ってモテそうなのに......」
「そんなことはない。さっぱりだ」
「え~?ね、タオ、上杉先輩って綺麗だよね?」
「ああ。でも俺はハヤカしか興味がないからな」
そう言って見つめあう二人。
「あ、おほん。それでは私は行くな。邪魔をして悪かった」
「あ!あはは、すみません。あ!先輩はどうしてここに?」
「ああ、剣道の試合があってな。他校に遠征だ」
「は~そうなんですね」
「うむ。お前たちはどこまで行くんだ?」
「岐阜です」
「おお、奇遇だな。私達もそこに行くのだ。もし時間があったら見に来るといい」
「はい、行けたら行ってみます」
「ああ、では失礼する」
上杉麗子はこくっと頷くと自分の席に戻って行った。
「すごい偶然だねえ」
「......ああ、そうだな......おそらく俺たちの泊るところの近くにその学校がある。見に行くか?」
「え?そうなの?」
「ああ、剣道の強い学校を知っている......上杉先輩が試合をする学校は多分、そこだろう」
「へー。なんでタオは知ってるの?」
「......すまん、実は俺は昔、剣道をやっていた。中学校はそこの学校へ行く予定だったんだ」
「なんで隠してたの?」
「あまり過去の事をハヤカに知られたくなかったんだ」
「......で、なんで教える気になったの?」
「ハヤカと今後も一緒にいるために俺に何があったか知って欲しかったから」
「なんで?別に隠してても良かったのに。昔、何があったのか知らないけど私が好きなのは今のタオだよ?」
「......わかった。じゃあ、無理して言う必要もないか」
「あ?うん......ええと」
我那部野は話を途中でやめてしまった。波哉香は我那部野の過去に何があったのか知りたかったけれど自分で話のコシを折ってしまった手前、聞きなおすわけにもいかない。
「うあ!海だね!」
「ああ」
新幹線は海岸沿いを走る。目の前の壮大な景色に波哉香のモヤモヤした気持ちは吹き飛んでいた。
◇
「やはりお前だったか。大石」
「え?城之内先生ですか?」
大石悠馬は北条家の当主がかつての自分の恩師、城之内さやかだった事実に驚愕する。彼は自分の妻の病が北条製薬の新薬のおかげで完治したのでお礼に北条のお屋敷を訪れ挨拶に来たのだ。
「ああ。そうだ。私の本当の名前は北条波香だ」
「そうだったんですか。......なんでまた偽名を?」
「まあ、いろいろ事情があってな。ところでお前「事務次官」だそうだな。随分と偉くなったものだ」
「いやあ、半分は親のコネみたいなものです。大したことはありません。それよりもこの度は本当にありがとうございました。妻は......岬は日に日に元気になって来てます。これも北条製薬さんのおかげです」
「......豊田か。そうかお前たち結婚したんだな」
「はい。俺には岬しかいません」
「なるほどな。まあ、本当に良かった」
「はい!ありがとうございます」
宗時と大河原は2人のやり取りに微笑みお互いに顔を見合わすと頷き静かにその場を退場していく。
「......波香様は人を惹きつける何かがあるのでしょうな」
「全くだ......昔のお館様と同じだな。北条家の当主に全く以てふさわしい」
その頃、昔のお館様、すなわち北条繁一はあてがわれた一室でお気に入りのクローンと情事を勤しんでいた。
◇
新幹線を降り電車をいくつか乗り継いで波哉香達は岐阜市に到着した。
「ん~!やっと着いたね!」
「ああ」
波哉香は背伸びをし我那部野を見る。が、彼の表情は険しかった。車中でも我那部野の顔は岐阜に近づくにつれ険しくなっていたような感じがするのを波哉香はそれとなく気が付いていた。
「こっちだハヤカ」
「うん」
我那部野の後をテクテクと波哉香はついていく。歩くこと数分で学校に着いた。
「ここは?」
「俺が入るハズだった中学校だ」
「へー......」
体育館と思われる場所がなんとなく騒がしいので波哉香達はそちらのほうに歩いていく。
「やっぱり今日は剣道の試合があるみたいだな」
「あ、ほんとだ。あそこに上杉先輩がいるね」
波哉香達は解放されている体育館のいくつかの出入り口付近に腰掛け剣道の試合を見ることにした。
「ん?」
我那部野は張り出されている対戦表にて自分の学校のメンバーを見て驚く。
「なんだありゃあ?」
「どうしたの?」
「先鋒から大将まで上杉先輩の名前しかないぞ」
「ほんとだ。相手の人の名前って全部男子だけど男女混合なのかな?」
「みたいだな。......なあ、うちの学校の剣道部員って1人しかいないのか?」
「わかんないけど新幹線の中では上杉先輩、お弁当2つ買ってたけどなあ。まさか2人分を一人で食べたのかな?」
「......はじまるな」
ほどなくして試合は始まる。審判は地元の学校の剣道部員が務めるようだ。
「はじめ!」
「てぃやあああああああ!!」
「いっぽん!!」
僅か数秒で先鋒戦は終わった。上杉麗子の勝利だ。
「おお!?」
「はやっ!.....今の早くて見えなかった!上杉先輩、すごい!!」
「間合いの詰めの速さが異常だな。後、腕の振りと手首の返しも......人間技じゃないな。こりゃあ」
「うんうん!!さすがなんとかデスティニーだよ!」
次の次鋒戦どころか大将戦まで上杉麗子は圧倒的な強さを誇り全て秒殺で試合を終える。
「......得るものは何もなかったな。では私は失礼する」
「ちょっと待て、上杉」
「なんだ?」
「お前、このまま無事に帰れると思うのか?」
「どういう意味だ」
その間に相手の男子部員数人が上杉麗子を取り囲む。
「なんの真似だ?」
「ふっ、1人でここまで来るとはいい度胸だ。......ま、せいぜい帰り道に気をつけることだな。オイ!1年!こいつを駅まで送ってやれ」
「はい!」
後ろの方から小柄な1年生が命じられ上杉麗子の前に立った。
「キミは?」
「
「そうか、かたじけない。宜しく頼む」
「着替えるところまで案内します。ついて来てください!」
「うむ」
直江が先導し上杉はその後についていく。その様子をずっと見ていた波哉香と我那部野はひとまず安心した。上杉が相手校の男子部員に取り囲まれた時、喧嘩になるのではと思い臨戦態勢をとっていたのだ。
「喧嘩にならなくて良かったね」
「そうだな」
波哉香達も体育館を後にする。
◇
直江徹は上杉麗子を無事に駅まで送り届けた。
「じゃあ、僕はここで」
「うむ、直江とか言ったな?ありがとう。貴殿のおかげで余計なことに時間をかけずに済みそうだ」
「いいえ、当然のことですから!」
「......今度、会う時は道場で会おう!楽しみにしている」
「!!はいぜひ!」
直江は振り向きその場を立ち去っていく。が、角を曲がった後、再び上杉のところに戻りはじめた。
彼は聞いていたのだ。自分の学校の3年生達が上杉麗子を密かに闇討ちしようとしている企てを。直江は彼なりの正義を貫こうとしていた。
直江が上杉の姿が見えるところまで戻ると案の定、上杉はチンピラ男達5人に取り囲まれそのうちの1人に腕を掴まれていた。
「何をする!あっ!」
チンピラの一人は上杉の持っている竹刀を取り上げる。
「うへへ、この棒がなければ何もできないんだろ?俺達といいことしようや?......オラ!!こっちこい!!」
もぎゅ!!
「うああ!!」
上杉はもう1人のチンピラに後ろから両胸を思いきり掴まれる。
「大変だ!!そうだ!反対口に確か交番があったはず......」
直江は目の前の光景に狼狽えてしまう。しかし交番に行っている時間はなさそうだった。なぜならチンピラ達は待機しているワンボックスカーに上杉を引きずり込もうとしている。直江が交番に行って助けを求めてもとても間に合わないだろう。
がしっ!!
やがてもう1人のチンピラが上杉の両足を抱え完全に上杉は2人のチンピラに大木でも運ぶような感じに抱きかかえられてしまう。
「や、やめろ!!もぐっ!ふがっ!!ふがっ!!」
猿轡を口にかまされ上杉麗子は絶体絶命となる。直江は覚悟を決めそのチンピラ達に単身で向かって行く。
「うわああああああああああああ!!」
どすん!
直江のタックルが1人のチンピラにぶち当たる。
「あ~~~ん?なんだこのガキ?」
「上杉さんを離せ!!」
「あ!?はっはっは!死ねや!!」
ドコバコグギャ!
チンピラ3人に一斉に蹴りをくらい直江は成すすべもなくその場に崩れ落ちる。
「あぅぅぅ.....うえ.....すぎさん.....ごめん.....なさい」
「はん!クソガキ!身の程をわきまえな!......いくぞ」
崩れ落ちて寝そべる直江をゴミが落ちている目で見つめるリーダー格のチンピラはそう言った。その後、チンピラ達の車の前に走りこんで来る2人の姿があった。
「行かせるわけないでしょ!はあはあ、間に合って良かった!」
「......」
チンピラ達の前に波哉香と我那部野は立ちはだかる。
「なんだテメーら?あ?お前、織田か?」
「久しぶりだな松永。お前、まだそんなことしてるのか?」
「え?タオ知り合い?織田って?」
松永は波哉香を一瞬見て再び我那部野に話す。
「なんだ?その女?織田の彼女か?」
「そーだよ。文句あるか?」
「へっ!俺たちを裏切り自分はその女と宜しくやってるってことかよ?テメー何しにここに戻って来た?」
「あ?自分の生まれた場所に戻ってきて何が悪い?」
「ふん。まあいい。そこをどけ。俺たちはこれからこの女と気持ちいいことするんだからよ」
「そんなことさせない!!」
波哉香は松永を睨む。
「ほう?威勢のいいお嬢ちゃんだな?俺達とやろうってのかい?負けたらどうなるかわかってるん......」
ボカっ!!
松永の顔に我那部野の右ストレートが叩き込まれた。その1発で松永はその場に座り込むようにして崩れ落ちる。
「松永さん!?てめえこの!!」
リーダー格の松永が我那部野に1発で伸びてしまったのを見て残りの4人は我那部野に一斉に襲い掛かった。がしかし1分もたたずに残りの4人はその場で崩れ落ちた。
「タオ、すっごい!!強そうだと思ったけどここまで強いとは思わなかった!」
波哉香はスマフォ片手にぴょんぴょん飛びながら感嘆の声をあげる。
「そうだ、通報しなきゃ」
「待ってくれハヤカ。ここは俺に免じて1回だけ許してやってくれないか!?」
「え?」
「昔のダチなんだ。......おいお前ら。今回は特別に許してやるが今後俺の知り合いに関わってみろ。今度は殺すぞ?」
「......ちっ、おい、行くぞ!」「......」「......」
松永以下全員のチンピラは上杉の誘拐及び拉致をあきらめ、すごすごとその場を去って行く。
「ぷはあっ!助かった......すまん、北条に我那部野。恩に着る」
上杉麗子は自力で猿轡を外した。肩や手首を回し自分の身体に異常がないことを確認する。
「いいえ、先輩、災難でしたね」
「ああ、一体、彼らは......」
「そんなのあの学校の剣道部の差し金に決まってるじゃないですか!」
「そうなのかな......残念なことだな。剣道ではなくこんな卑劣なことで無念を晴らそうとするとは......ん?おい!キミ!」
上杉は自分の近くで横になって倒れている直江に気が付く。
「んんんん......上杉さん?」
「すまん。キミにも私の為に迷惑をかけてしまったようだな。ひどい顔だ」
上杉は直江の顔を抱え上げ自分の胸に抱きしめた。
「うわ......うえすぎさん......いいにおいが......」
再び直江は上杉の胸の中で気絶してしまった。
「む!い、いかん!救急車だ!」
上杉は焦り、声をあげる。
「......先輩。それは大丈夫だと思いますよ?あ、でも念のために呼んだ方がいいかな?」
「そうだな」
波哉香と我那部野は顔を見合わす。波哉香はさっき我那部野が相手のチンピラに『織田』と呼ばれていたことが気になっていた。
「......ねえ、タオ」
「ん?」
「さっきあの人たちに『おだ』って呼ばれていたけど?」
「.....ああ、俺の本当の名前は『織田信長』なんだ」
(続く)