第150話
「ふぅ......」
早瀬美樹は一息ついてカバンを自分の机の横に置いた。もうすぐ中学2年生となる彼女。今日は初めて部活動というものを経験した1日だった。部活動といっても彼女は剣道部のマネージャーで主に部員の道具の手入れや部室の掃除、部活動中の水分補給用の水筒の管理が仕事だった。
「美樹ちゃん?ごはんできてるわよ!」
「はあい!」
母に呼ばれて急いで部屋着に着替えリビングへと向かう。食卓には母と父が美樹を待ちかねていた。
「美樹、今日は剣道の部活だったんだってな?どうだった?」
「うん、楽しかったよ。ちょっと疲れちゃったけど。あ、疲れたと言っても私はマネジャーなんだけどね」
「美樹は運動苦手だもんね。まあ、マネジャーでもみんなの役に立てればいいんじゃない?」
母にごはんをよそられたお椀を受け取りながらそう言われた。
「うん!そうなんだ!やりがいはあるよ!」
「そうかそうか、良かったな美樹」
「うん!」
「......ほんとにねえ、なんの取柄もない私達の子が政府が運営する鳳凰学園に入学できるなんてね」
「そうだそうだ、父さん達は平凡だったけれど美樹は何か特別なんだな!」
「またその話?.....私は別になにもないけどなあ」
「近所の奥さんたちに羨ましがられるのよ。『お宅のお子さんはあの鳳凰学園に通ってる』ってね。お母さん、鼻が高いわよ~」
「父さんも職場でいろいろ言われるぞ!」
「あ、あはは......」
夕食が終わり両親のちやほやから解放された美樹は再び自分の部屋へと戻って来た。
「ふぅ......」
そして再びため息をつく。
親の言う通りどうして鳳凰学園に入学できたのかは自分でも謎であった。とりわけ成績が優秀でもなかったし運動も苦手である。しかし幼馴染の波哉香と同じ学校に通える嬉しさでそんな理由は次第にどうでもよくなっていた。
が、最近になって自分には特別な力があるんじゃないかと思い始めたのだ。
我那部野太鳳の存在。
かつて波哉香の彼氏だった男。なぜかクラスのみんな、いや学校の全生徒、教師までもが彼の存在を忘れている。いやそんな生徒はいなかったことになっているのだ。
しかし自分だけは覚えていた。自分の想いを寄せる波哉香を奪っていった男のことを。
我那部野の存在を波哉香に聞かれた時に美樹は『知らない』と嘘をついた。波哉香に思い出して欲しくなかったからだ。
「......波哉香、ごめんね。でも私、もう波哉香を誰にも取られたくないの」
◇
新学期。
2年生となった波哉香達は特にクラス替えもなく担任の先生も市ケ瀬冴子でなんの変化もないかと思われたか市ケ瀬は普段ジャージ姿なのに今日は珍しくスーツ姿で自分のクラスの朝のHRを迎える。
「女子ども!喜べ!今日から男子生徒が新たにこのクラスに編入された!しかも2人もだ!」
「えええ~!!」
「よし!二人とも入ってこい!!」
ガララー
既に鳳凰学園の制服は支給されたいたらしく2人の男子生徒はずんずんと教壇の方へと歩いて行った。
「
そう名乗った生徒は背が高く髪も短くスポーツ刈りにしていてぱっと見で如何にも体育会系てな感じだ。
「直江徹です。よろしくお願いします」
もう一人の生徒は背はそんなに高くはなくどこか控えめでおとなしそうな感じであった。そしてこの生徒は波哉香が岐阜を訪れた時に出会った、あの『直江徹』である。
「2人ともみどころのあるやつだぞ?徳川は前の学校では剣道部のエースで県大会の常連者だ。そして直江は前の学校で定期試験では常に学年トップの秀才だったそうだ」
「おおおおお~」
市ケ瀬教諭の紹介に教室内にどよめきがおこる。
「むう、むむむむ。2人とも私のライバルじゃん」
2人を見つめ勝手に一人で闘志を燃やす波哉香。そんな波哉香を隣で美樹は微笑ましく見守っている。
「2人の席は......そうだな。徳川は早瀬の後ろ。直江は北条の後ろ......でいいか?」
市ケ瀬は波哉香達に確認を取る。
「いいでえす!」
「私も構いません」
波哉香達は快く了承した。
「北条さん、お久しぶりです」
直江は波哉香の後ろに座りながら挨拶をする。
「ほえ?直江君と私、どこかで会ったっけ?」
「え?北条さんも覚えてないんですか?......はあ、なんてことだ」
直江は頭を抱えてヘナヘナと自分の机に突っ伏した。
「あ!?直江君て上杉先輩にストーカーメール出してた。あの『直江』!?」
「......確かにそのメールは僕でしょうけど僕はストーカーじゃないです......」
直江は力なくそう答えた。
「......なんだか、訳ありのようだけど同じ編入生同士、俺達は仲良くしようぜ、直江」
徳川は精神的に参っている直江を慰めた。
「ありがとう、徳川君。僕からもお願いするよ」
「おう!」
「......ねえ、徳川君だっけ?」
「なんだ?」
「この学校でも剣道やるんでしょ?」
「当然だ!」
「私、剣道部なんだ!」
「え?お前が?あ、悪い、名前は何て言うのかな?」
「北条波哉香だよ」
「北条さんか。北条さんは剣道歴長いの?」
「こないだ始めたばっかし」
「へえ~」
「あ、なんだかバカにしてるね?」
「......いや、そんなことは」
「剣道やるんだったら私と練習することになるから宜しくね!」
「え?なんで女なんかと?」
「だって男子部員なんて一人もいないもん」
「高等部は?」
「高等部もいないよ?いるのは女性で上杉麗子先輩ただ一人」
「うぇ!?そうなのか......」
「私達で強くしようよ!鳳凰学園剣道部を!」
「お、おぅ」
「あ、あれ?美樹?おとなしいね?」
美樹はさっきから一言も喋らず不機嫌そうだった。波哉香がまた新しい別の男と親し気に話しているのが気にいらなかったのである。市ケ瀬教諭に編入生達が自分達の後ろの席に指定された時悪い予感がしたのだが断るわけにもいかずそういったイライラ感までもが彼女の不機嫌さを余計に加速させていた。
「...ふぅ。私は剣道部マネジャーの早瀬美樹です。徳川君、直江君。宜しくお願いします」
美樹はニコッと笑いはしたが誰が見てもそれは形式的な冷たい挨拶だと見てとれた。
「お、おぅ、宜しくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
◇
「さあて、部活部活!!徳川君!美樹!行くよ!」
波哉香は2人を促し体育館へと向かう。波哉香が後ろを振り返ると直江もついて来ていた。
「あれ?」
「僕も前の学校では一応剣道をやっていましたので......」
「へえ、そうなんだ」
がららら~
体育館に入るとすでに上杉が竹刀を振りかざしていた。
「上杉パイセ~ン!!新入部員を2人も連れてきましたよ!」
「お!でかした!北条!!」
「徳川です、宜しくお願いします!!」
「直江です。よろしくお願いします......」
「ああ!宜しく頼む!!む?直江?」
上杉は直江と名乗った生徒をマジマジと見つめた。
「もしや、私に迷惑メールを送ったあの直江か?」
「め、迷惑メールって......確かにそれは僕でしょうけどそんなつもりでは......」
「ん?じゃあ、一体どんなつもりだ?なんで私のIDを知っている?」
「......はぁ、もういいです。練習しましょうよ?」
話がまるで通じない上杉に対してこれ以上は時間の無駄と悟った直江はそう言う。
「そ、そうだな。いや、今川と武田が来るまで各自、それぞれ自分なりでいいから準備体操、ストレッチをやっておけ!」
「はい!」
「じゃあ、直江。俺と組んでやろう」
「うん」
「じゃあ、北条は私とだ!」
「はい!」
直江は徳川と波哉香は上杉と組んでそれぞれ準備体操やストレッチなどを始めた。そうしてるうちに体育館に伊吹と美乃梨が姿を現す。
「あら?見慣れない顔の男性が2人もいますわね」
「おお、本当だ!あっはっは」
「......いつも思うけど武田さん。何がそんなに可笑しいですの?」
「笑う門には福来るって言うじゃん?」
「......はあ、まあいいですけど。たまにイラっと来ますわね」
「あっはっは、まあ勘弁勘弁」
「おう!今川に武田!!」
「こんにちは上杉先輩」「ちはっす!」
「おうおう!そうか!いいなあ、お前らは!男女混合なら5人揃って団体戦で大会に出られるな!羨ましいぞ!!」
心底羨ましそうに上杉はそう叫ぶ!
「よっしゃ!優勝目指すぞ!」
片手を突き上げ叫んでいる男子部員を見て伊吹は近づいていく。
「あなたのお名前は?私は今川伊吹と言います」
「お、ぉう!俺の名は徳川烈だ!宜しくお願いします!!」
「ふうん、徳川君ね。いいわ、あなた私の家来になりなさい?」
「はあ!?なんだそりゃ!」
「その昔、私の祖先はあなた達一族を奴隷として雇っていたわ」
「はあ?それは昔の話だし今は関係ないだろ!それに奴隷って......それも違うんじゃないか?」
「......私に仕えてくれればそれなりに得もしますわよ?」
伊吹は徳川の胸元にすりよった。
「あ、あわわわ....」
「うふ、あわわわだなんて可愛い。もしかして童貞?」
「俺、まだ中学生だぞ?童貞で当たり前だろ!それに近寄らんでくれ!俺は実は女が苦手なんだ!」
「ふぅん、ならその女性恐怖症を私で克服してみたら?」
「いやいやいいです!俺は剣道がやりたいだけなんだぁ~!!」
「ちょ!おい!今川!男子部員を誘惑するな!部活内の恋愛は禁止だ!」
見かねた上杉が伊吹を制しようと声をあげた。
「ちっ!わかりましたわ」
舌打ちをし着替えに女子更衣室に伊吹は入って行く。
それを見て今度は波哉香が徳川に近づいていく。
「今川さんに何か言われた?」
「家来になれって言われた」
「ぶっ!またそれ?あの子誰にでも家来になれって言ってるの。徳川君も相手にしないほうがいいよ?」
「そうか、わかった」
「......ねえ?準備運動も終わったし私と相手してくれないかなあ?」
「俺とか?」
「うん、ダメ?......県大会常連者のレベルを知りたいの」
「わかった、いいよ」
「やった!ワクワク!上杉センパイ!いいですかね?徳川君とやっても?」
「うむ、いいだろう!ただし徳川!手加減は絶対にするな!」
「え!?あ、はい......」
女相手に本気ではやらないと思っていた徳川だったが上杉に釘を刺される。
「.....では」
上杉が審判を務める。
はじめっ!!!
ドキャア!!
いっぽんぉおおおおん!
それはあっという間の出来事だった。徳川の竹刀が一瞬の風とともに波哉香の胴を綺麗に打ち抜いたのだ。
「こ、これが......県大会の......徳川君の実力......す、すごおおおい!!」
__敗北したのにも関わらず波哉香のワクワクした感情はさらに加速するのであった。
(続く)