「はぁはぁ、私ってダメじゃん」
美樹に先に帰ってと言われ一度は自分の家に帰ろうとした波哉香だったが我に返り波哉香もまた学校へと駆け戻っていた。
「こんなに暗くなってるのに美樹を一人にするわけには行かないよ」
そして校門を走り抜けた波哉香の目には校庭で仁王立ちし見つめ合っている2人がいた。美樹と徳川である。
「あれ?徳川君もいたんだ......ん?あれ?......そっかそういうこと?」
2人の姿を見た波哉香はまた一人ひっそりと校門をくぐり自分の家へと帰っていった。
(徳川君は私の剣道の師匠であってそういうんじゃないから......美樹と徳川君はそういう仲なんだ。だから美樹は心配していろいろと私に言ってきたんだね。徳川君を私に取られたくないから......あはは、美樹、頑張ってね)
波哉香はにんまりしながら自分の家へと急ぐのであった。
◇
翌日。
例によって美樹はコンビニの前の木の下で波哉香を待っていた。
「波哉香、おはよう」
「おはよっ」
「ん?何ニヤニヤしてるの?何かいいことあった?」
美樹は波哉香の表情をかんぐり怪しんでそう言った。
「ん?別に私はなんもないよ?私はね?」
「へ?あ、そう」
「私はないけど美樹は何かあるんじゃないの?」
「え?私も別にないけど?」
「あ、そうなんだ。別にいいけどねっ」
「はあ?変なの」
「えへへ」
「......あのさ、波哉香」
「ん~?」
「徳川君なんだけど......」
「へ?あーはいはい」
「実はね......」
「あーあははは、言わなくてもわかってるよ!」
「えっ!?波哉香、知ってたの?」
「うん、なんとなくね」
「あ、そ、そうなんだ」
「あはは、頑張ってね!美樹!応援してるから!」
「うん......えっ?応援?何を?」
「だから徳川君とうまく行くように」
「は?どうして私と徳川君が?」
「へ?だってつきあってるんでしょ?」
「はい?つきあってないよ!」
「へ?つきあってないの?」
「つきあってない!」
「ほーー......あはは、なんか私、勘違いしてたかも」
「とんでもない勘違いだよ」
「あはは、ごめんごめん」
「私がね、言いたかったのは剣道の組手のときに徳川君が何かインチキをしてるんじゃないかってことを言いたかったの」
「へ?インチキ?」
「うん、そう」
「どんなインチキなの?」
「何か波哉香の動きを止めるような......」
「ん?なにそれ?」
「波哉香は何も感じない?」
「うん、特になにも......徳川君はいつも私の想像以上の速さで私の間合いに飛び込んでくる」
「そこなんだけどね、私が見ている分にはそんなに......早く見えないんだけど」
「へ?そうなの?」
「うん、だから徳川君に何かインチキしてない?って聞いたんだけど......」
「インチキはしていない、と?」
「うん、そう言ってた」
「ふぅん、一体どういうことなんだろ?」
「私にはさっぱり......」
波哉香と美樹が徳川のことで真剣に話していると噂をすればなんとやらで徳川が波哉香達の後ろから声をかけてきた。
「よう!2人ともおはようさん!」
「うへ!」「あっ!」
波哉香と美樹はぎょっとして振り返り徳川を見る。
「なんだなんだ?ひょっとして俺の話をしてたのか?」
「あ、あはは、おはよう、徳川君」「おはようございます」
「へー、俺の話をしてたんだな。言っとくが俺はインチキなんぞしてないからな」
徳川は美樹をチラッと見た。
「......」
「あ、あはは。まあ、そんなふうに疑われるほど師匠の強さは尋常じゃないってことだよ」
波哉香は自分の親友の美樹が失礼なことを言って徳川の機嫌を悪くしたのをフォローするつもりでそんなことを言う。
「お、おい、あまり近寄るなよ」
徳川は波哉香が自分の方に一歩踏み込んできたので後ずさりをする。
「!!ほんと失礼ね。そのクセ直したほうがいいよ。そういう態度をとられると女の子は傷つくよ」
「だからクセじゃないんだ。苦手なんだよ」
「女性恐怖症ね。......私たちと普通に話はできるのに......」
「1M以内に女が近づくと動悸や目眩が......」
波哉香に言われた徳川であったが彼は両手で顔を覆い情けない男をアピールする。
「わかりました。マネージャーの私がその病気を治しましょう」
「えっ!?美樹が!?」
波哉香は美樹の意外な言葉に驚いた。
(どうしたの?美樹?)
波哉香は美樹に耳打ちする。
(うん、徳川君に近づけば何かわかるかもしれないから)
(それって私のためなの?)
(......うん、波哉香の為だよ)
(わかった、ここは美樹に任せた)
(うん、任せて!)
波哉香の言葉にしっかりと強い眼差しでそう応えた美樹はむんずと徳川の手を握る。
「さ、行きましょう!」
「ぎゃ、ぎゃああああ!!お、女に手を握られたあああ!!」
「.....ホ、ホント失礼ね!わ、私だって恥ずかしいのに!」
赤面しながら美樹は徳川の手を握りずんずんと歩を進める。
「へええーー美樹って意外と積極的。......てか、私の為なんだよね。あ、あはは」
波哉香はしばらくぼっと立っていたが美樹と徳川の後ろをついて慌てて歩きだした。
◇
「お!?なんだなんだ?お前ら付き合いだしたんか?」
美樹達は教室に入っても手を握ったままだったのでクラスメイトの男子に早速ひやかされる。
「つきあってないよ?これは徳川君の病気を治す為なんだから!」
美樹は赤面しながら弁解をする。徳川の女性恐怖症はクラスメイト達の間でも周知の事実なのである。
「はーそういうこと?でも、なんで早瀬がそんなことするんだよ?」
「そ、それは......私、マネージャーだから!剣道部の!」
「はー、なるほどね。マネージャーは大変だな」
「そ、そう!マネージャーは大変なの!だから変な誤解をしないでね」
「ふーん、ま、そういうことにしておくわ」
「は?なにそれ」
クラスメイト達に茶化されながらも美樹達はようやく自分達の席についた。
「徳川君」
「は、はい」
「お昼ゴハンも一緒に食べるのでそのつもりで」
「へ?うへええ、昼くらい別々でいいんじゃないか?」
「ダメ!!」
「......」
「あはは!こうやって見るとなんか徳川君て尻に敷かれた亭主みたい」
波哉香はそう茶化すが美樹はそんな波哉香を怖い目で見る。
「波哉香!!」
「あ!ごめん、私の為にこうなってるんだった。あはは」
「もう!」
「あはは、はは」
◇
昼休み。
美樹の指示通り徳川と直江は食堂でパンを買うとすぐに教室へと戻り波哉香達の机に自分達の机をくっつけパンを食べだした。
「へへへ、剣道部集合!って感じだね」
楽しそうに波哉香はそう言うがニコニコしているのは波哉香と直江くらいのもので徳川と美樹の表情は険しかった。
「と、徳川君!」
「は、はいぃ!」
「あ~ンして?」
「えっ?」
「えっじゃなくて、あ~ン」
美樹は顔面を真っ赤にしながら自分の弁当から適当なオカズを箸でつまみ徳川の口元に近づけた。
「お、おい、早瀬、何もそこまで」
「早く口をあけてよ!恥ずかしいんだから!」
「お、おぅ......」
徳川はおそるおそる口をあけた。そしてそこに美樹はオカズを放り込むように徳川の口に入れた。
「キャーーーー!!」
クラスの女子達の悲鳴がクラス中に響きわたる。
「ち、違うの!これは!」
「早瀬さんさあ、マネージャーだからって言うけどフツーそこまでする?」
クラスの女子にそう言われ美樹はしばし固まっていた。本当は波哉香の為にしていることだなんて言ったらそれはそれで数奇の目で見られるからだ。
「そ、そうよ。マネージャーなんだから仕方なくやってるの!!」
美樹は下を向いたままそう言い、その場から逃げ出した。
「ちょ、ちょっと早瀬さん!......ぷっ、ックク」
クラス中は美樹がいなくなった後、大爆笑になった。
「なんか......ひどい。ちょっと!徳川君じゃなくて師匠。美樹を追いかけていって探してきなよ」
「な、なんで俺が」
「こうなったのもある意味師匠のせいでもあるんだよ?師匠の病気を治してあげようとして美樹はあんなことをしたんだから」
「俺はべ、別に頼んで......わかったよ!探してくる!」
「うん、そうそう、さすがは私の師匠!」
波哉香の言葉に従い徳川は片手に持ったパンを机の上に置いて教室を出た。
「ま、私のせいでもあるんだけどね」
徳川の教室を出て行く姿を見て波哉香はそうつぶやいた。
「え?今、北条さん、なんて?」
その側にいた直江はもう一度波哉香に聞き返すが波哉香は直江に向かってにこっと笑って首を横に振ったのであった。
◇
美樹は人気のない裏庭の渡り廊下まで走っていき人がいないのを確認すると足を止め項垂れる。
「はーもう」
しかしすぐに徳川に見つけられてしまう。
「早瀬ここにいたのか」
「!!徳川君」
「さっきはその、悪かったな。恥ずかしい思いをさせて」
「え?ううん、いいの。私が勝手にはじめたことだから」
「......なあ、早瀬。聞いていいか?」
「なに?」
「なんでそこまでしてくれるんだ?」
「それは......」
またしても美樹は言葉に詰まる。波哉香のために徳川の秘密を知る為、彼に近づいているなんてことは言えないのである。
「徳川君も男なんだしさ、女の子が苦手だなんて勿体ないと思って。彼女でもいたらもっと剣道も頑張れるんじゃないかと思ったの。私、マネージャーだから」
とってつけたような言葉を美樹は徳川に向けたが美樹のその言葉に徳川は真に受け感動しているのであった。
「早瀬......な、なあ」
「なに?」
「俺達、本当に付き合わないか?」
「え!?な、な、な、何を言っているの?」
「ダメか......ダメだよな」
徳川はひどくガッカリし肩を落とす。そんな徳川を見て少し美樹は罪悪感を感じ美樹も少し素直になり気になっていたことを徳川に聞くのだ。
「なんで私なの?徳川君は波哉香の事を好きなんじゃないの?」
「ん?北条のこと?.....いや、俺は早瀬のほうが......マネージャーでみんなの世話をよくやっているしそんな姿をいつも見ていた。北条は俺の弟子だしそんな感情で北条を見たことはないな」
「そ、そうなんだ。私達の周りの男子はみんな波哉香の事を好きになってたから......」
「お、俺は早瀬がいい!俺と付き合ってくれ!!」
「ふぁい!あ、ヤダ変な声」
波哉香よりも自分のほうがいいと言われ物凄く嬉しい気持ちになり勢いでそう応えてしまった美樹であったがすぐに我に返り慎重に今後のことを考えはじめた。
「......私、告白されたのはじめてだったから。嬉しいです。でもこのことはみんなには内緒でお願いします。特に波哉香......剣道部のみんなには絶対に秘密にして欲しい」
「なんでだ?」
「そ、それは......ほら、剣道部は部員間の恋愛は禁止だし」
「そ、そうか、そうだった。すっかり忘れてたな」
「だから、ね?」
「おぅ、わかった。じゃあ、クラスに戻ろう」
徳川はそう言うと恐る恐る美樹の手を握ろうとする。それに気がついた美樹は気がつかないフリをして徳川から手を握ってくるのを待っていた。
「な、なんか照れるけど慣れてきたぞ!早瀬の手は柔らかいな!」
美樹の手を握った徳川は照れながらそう言い放つので美樹も照れてしまう。
「もう、そういうこと言わないで。あ!もしかして私を女性恐怖症を治す為だけに利用してる!?」
「そんなことないぜ!ほ、本当に好きなんだ!」
「もう、だからそういうこと.......」
徳川の言葉は本気だと思えるので美樹はそれ以上口に出して言わなかった。罪悪感が再び美樹を襲ってきたからだ。美樹の心はなんとも言えない優越感と恥ずかしさと罪悪感でグチャグチャになっていた。美樹こそが徳川を利用しているのだ。自分と付き合えば波哉香はこの男のモノにならない。そして波哉香の為にこの男の得体の知れない剣道の技の秘密を知ることができるかもしれないのだ。
(......ごめん、徳川君)
美樹はしばらくの間、徳川の顔を見ることが出来なかった。
(続く)