「あなた......やっぱり美樹には本当のことを言わないつもりですか?」
「まだ、お前そんなこと言ってるのか!」
「......」
「血液検査では私達の子供ではないということはバレずに済むだろう?......DNA検査でもしない限りわかるまい」
「いずれ何かの機会にするということもあると思いますが」
「その時はその時だ」
「......」
「......私達の本当の子供ではないことがお前の中ではそんなに問題なのか?少なくとも私にはないぞ」
「いいえ......ただ美樹が気にするかと思って」
「今のところ美樹は本当の親だと私達のことを思っているぞ......それでいいじゃないか」
「はい。でも美樹が何かの拍子に『本当のお母さんじゃないくせに!!』とか言われたら私、どうしたらいいか......」
「余計な心配をするな。美樹がそんなことを言うハズがない。たとえ美樹が本当のことを知ったとしても美樹はそんなことを言う子じゃないよ」
美樹の父親は優しく我が妻を諭した。
「はい」
「んーんん。とにかく美樹はうちの子供なんだ。引き取ってしまった以上、美樹が幸せになるまではちゃんと面倒をみようじゃないか」
「はい、もちろんです」
部活で遅くなるから夕飯は先に食べててと美樹から連絡があったので2人は先に食卓についていた。
「それにしても最近、美樹は帰りが遅いな」
「そうですね。剣道部のマネージャーは大変なのかしら」
「彼氏でもできたんじゃないのか?母さん何か聞いてないか?」
「いいえ、私は特に」
急にそわそわしだした夫の湯飲みにお茶を継ぎ足すと美樹の母は壁掛け時計をちらりと見るともう時計の針は9時を指そうとしていた。
◇
「ふぅ、今日は疲れたあ~」
着替えを終わると波哉香はどさっと女子更衣室のロッカーにあるベンチに腰掛けた。
「波哉香、走りすぎだよ。オーバーワークして体調崩さないようにしてね」
スカートのジッパーをあげると美樹はそう言い、着替えを急ぐ。
「あいあいさ~」
「ところで波哉香」
「なに?」
「今日、帰りは徳川君と2人で帰りたいので先に帰ってもらっていいかな?」
「え?あーはいはい」
「なんか、ごめんね」
「ううん、いいのいいの。私の為にやっていることだしね。じゃあ、帰るね。バイバイ」
「うん、バイバイ」
波哉香が更衣室を出て行くととてつもなく寂しい気持ちに美樹はなった。こんな気持ちは初めてなのである。ただ、今日の反省会を下校時に徳川と話すには波哉香がいたら美樹にとっては都合が悪いのである。徳川と本当につきあってるということを波哉香には知られたくないからだ。
「あら?早瀬さん?北条さんと喧嘩でもしたのかしら?」
波哉香が更衣室を出て行くなりすぐに伊吹が美樹に寄ってきた。
「え?そんなことないけど?」
「あらそう?北条さんといるより私といるほうが楽しいですし早瀬さんにとって得も多いですわよ?私の親友にならない?」
「はあ......せっかくですけど」
「あらそう残念ね。まあ、気が向いたら私のところにいらして?早瀬さんならいつでもウエルカムですわ。おっほっほ」
「はい、どうも」
美樹は適当にそう答えた。伊吹のスカウトぐせは学校中では有名な話なのである。
(誰でもいいくせにね)
美樹は心の中でそんなことを考えながら急いで部室を出た。徳川はもう既に着替えを終えて約束した場所で待っていることだろう。
「あ、やっぱりいた」
美樹は裏庭に出るとブランコに座っている徳川を発見する。
「ごめん、徳川君、待った?」
「いや俺も今きたところなんだ」
「そう、良かった」
「しかしさ、俺達の状況はもうみんな知れ渡ってるんだしもっと堂々としてていいんじゃないか?」
徳川としては初めて出来た自分の彼女をみんなに見せたくて仕方ない気持ちなのだろう。
「うん、私もそう思ったんだけどね。堂々とするよりもコソコソしてたほうがもっと信憑性があるんじゃないかと思って」
美樹としては恥ずかしいので2人でいるところをあんまり人に見られたくない気持ちと本当に好きな人が他にいるからそんなことを言うのである。
「お!なるほどな!コソコソしてることによって『なんだ?あいつら本当は付き合ってるんじゃねえの』っていう感じか?」
「そ、そうそう、そんな感じで」
ハツカノが出来たことで相当、徳川は舞い上がっていた。非常にチョロイ男である。美樹には別の狙いがあってのことでこうなっているのを全然疑っていなかった。
「近所のコンビニにさ。ちょーオモロイおばちゃんがいてさ。そのおばちゃん何をするにも『ありがとうございま~す』って言うんだよ」
「へえ~」
「たとえばさ、『お箸は何膳おつけいたしましょうか?』って言ってきたから『二膳でお願いします』って言ったら『ありがとうございま~す!』だってさ」
「ぷっ、おもしろいね。そのおばさん」
「だろ?そこは別にお礼はいらないよなっ」
「ふふふ、そうだね」
徳川はそんな自分では面白いと思った話を美樹にガンガン話しかけてくる。
「徳川君って本当に女性が苦手なの?」
「うん、そうだよ」
「全然、お話できるじゃん?」
「それは.......それは早瀬だからだよ」
「本当~?」
「本当だって!」
「へえ~......」
「......なあ、早瀬、いいか?」
徳川は急に真面目な顔になり美樹の両肩をむんずと掴んだ。
「えっ?えっ?」
美樹は急にそんなことをされ焦る。段々と近づいてくる徳川の顔。
「えっ?えっ?」
困惑する美樹などお構いナシに徳川は美樹にキスしようとした。
「イヤッ!!」
どんっ!!
思わず美樹は徳川を突き飛ばしてしまう。
「うわっ」
ずでん
「あ!ご、ごめん。でも、まだ心の準備が」
「ハ、ハハハ、ごめん、俺こそ調子に乗って。初めて出来た彼女だからさ。嬉しくって止まらなかった」
「本当、ごめんね」
「いいよいいよ。気にしないでくれ」
「う、うん」
それから2人は気まずくなり無言になってしまう。
「あ、あの!徳川君!」
「はい!?」
「あ、あの、私からします!!」
「えっ?」
「だから!目を閉じてください!」
「は、はい!」
美樹は意を決し徳川の両肩を掴む。先ほど徳川が美樹にしたことである。
ぷちゅ
美樹は目を閉じ徳川の唇に自分の唇をくっつけたのだ。
◇
「はあはあ、なんてことだよ。もう」
先に帰ったはずの波哉香だったが途中で更衣室のロッカーに自分の財布を忘れた事に気づき学校に戻ろうとしていた。そして見覚えのある人影が2つ波哉香のところから見えたのである。
「あ!あれは美樹と徳川君だよね?えっ......キスしてる??」
2人がキスし終わるタイミングで波哉香はわき道の木の陰に隠れた。
「わちゃ~、やっぱ、そういうことなんだ?どうしようお財布......ま、カギもしまってるし明日でいいか」
自分の中でそう結論を出すと波哉香は見つからないように急いで駅のほうへと再び駆け出していく。
「定期券入れとお財布。別にしといて良かった~」
波哉香が家に帰ると既に波香と時哉と隼が夕飯を食べていた。これで波哉香が帰って4人そろうのは久しぶりのことである。
「わあ~、みんな揃うのは久しぶりだねっ」
「波哉香の分も出来てるから手を洗って着替えたらすぐに来なさい」
「はあい」
波香に言われるがまま波哉香は支度を急ぐ。食卓に来ると話題は波香の会社で開発している新薬の話題となっていた。
「でもさ、病気にならないんだったら別に薬が効かなくても良くないか?」
「う~ん、でもね。万が一ってこともあるしねえ」
「え~なになに?病気にならない薬をママのところで開発してるの?」
「うん、そうよ」
「へえーすごいね」
「でも、いまのところ病気にならなくなっても薬が一切効かない薬になっちゃうのよ」
「へえ~なんだか、美樹みたいだね」
「えっ?美樹って波哉香が小さい頃からのお友達の早瀬美樹さん?」
「うん、そうだよ。美樹は昔から風邪も引いたことないし虫歯も一本もないんだって」
「そうなの?」
「うん、だから病院に一度も行った事ないんだって」
「ほおーそれはすごいな」
波香と時哉は娘の話を興味ぶかそうに聞いていた。
「それは羨ましいね」
ゴハンを頬張りながら隼は言う。
「あはは、隼はなんかすぐに風邪ひくもんね」
「うるさいな」
コバカにしたように波哉香は言うので隼は少しムッとした。この2人も最近は気まずかったがどうやら時間が解決したようでこの時は普通に会話をすることができるのである。
「その美樹ちゃんもお薬効かないの?」
「なんか一度便秘薬飲んでみたことがあったらしいけどあんまり効かなかったらしいよ?」
「ふうん、その時はどうしたのかしら?」
「さあ?別に何も言ってないから解決したんじゃないかなあ」
「そうなの、特異体質なのね。美樹ちゃんは」
「そうなのかも」
そう言いながらも波哉香の心は既に鳥の唐揚に心を奪われていて自分の皿から箸でつまみ口の中に入れた。
「う~~ん、やっぱりママの作った揚げたての唐揚は最高だよっ」
満面の笑みを浮かべそう言う波哉香の顔を見て波香もまた満足そうに笑うのであった。
◇
「おはよっ」
「おはよう」
「昨日さ、お財布ロッカーに忘れちゃってさ」
「うん」
「結局そのまま帰っちゃった。別に買い物する予定でもないしいいかな?って」
「へえ~。それは心配だね。教室行く前にロッカーに行く?」
「うん!」
何気ない会話から今日も1日をスタートする波哉香と美樹。波哉香は美樹の口から徳川のことを何か言ってくるのを期待したが美樹からは何もなかった。
「あった!あった!」
「良かったね波哉香」
「うん!」
2人はロッカーを出て自分の教室に入る。するとすぐに徳川が美樹のそばによって来る。
「おはよう!早瀬!」
「お、おはよう」
美樹は顔を真っ赤にしカバンを自分の机において席に座った。
「おはよう!北条!」
「おっはー師匠!」
波哉香は徳川の顔を見てニヤニヤしながら自分の席に座った。
「な、なんだ?北条?」
徳川は昨日のキスのことを美樹が波哉香に話したのではないかと気になる。
「え?別になんでもないよっ。何も聞いてないし」
「本当か~?」
徳川はチラリと美樹の顔を見たが美樹は真っ赤になりながら下を見てるだけだった。
「......まっ、別に俺はいいけどな。知られても」
何か得意げになり徳川がそう言ったので慌てて美樹が口を開いた。
「な!?徳川君!波哉香?本当、なんでもないのよ?昨日は何もなかったの!」
「......ん~?なんか慌ててそう否定されても逆になんかあったんじゃないかと思っちゃうんだけど?」
「ほ、本当になんでもないったら!」
「ひひひ、ま、そういうことにしておきましょう」
意地の悪い笑いをしながら波哉香はこの話題を収束させることにした。そんな波哉香を見て美樹と徳川は昨日のキスを見られてしまったのだと思う。いや、確信するのだ。
「朝から賑やかなことね」
不機嫌そうな顔をして伊吹がこのクラスに侵入してきた。
「おう!今川!おはよう!」
「おはようございます、徳川君」
「おはよ」「おはようございます」
波哉香と美樹は挨拶をするがその挨拶を無視するような形で伊吹は伝言を話しはじめた。
「さきほど部長さんと偶然出会いまして剣道の練習試合の日取りが決まったからあなた達に伝えて欲しいと頼まれましたの」
「お!そうなのか?」
「ええ、対戦するのは静岡の有名校で『海王学園』というとこらしいわ」
「海王学園か今泉のいるところだな」
「師匠、知ってるの?」
「ああ、ヤツとはずっとライバルだった。ってか一度も負けたことはないけどな」
「それってライバルって言えるの?」
「そうね北条さんの言う通りあなたにとってカモとしか言いようがないような気がするのは私だけかしら?」
「いやいやヤツだってそうとう強いハズだ。俺以外負けたことがないらしいからな」
「師匠は負けたことないの?」
「ない!俺は無敗だ!」
「えっ?すっごー」
波哉香と徳川のやりとりを見ていて美樹の表情は険しくなる。徳川の剣道の強さの秘密。その秘密がなんなのかまったく進展がないことを思い出したからだ。私は一体何をやっているのかと。
「今回の対戦はその今泉っていう人と徳川君の個人戦。それと男女混合の団体戦らしいわよ?」
「えっえっ?試合できるの?やったあ!って私、試合でれるかな?」
「残念ながら試合に出場できるみたいね。なにしろウチの部員は5人しかいないから」
「なにその残念ながらって?私は今川さんよりは強いと思うんですけど?」
「は?何をおっしゃいますの北条さん。あなたなんか眼中にありませんわ」
「あん?じゃあ、今日の部活、勝負する?」
「はあ......時間のムダになりそうですけどあなたが泣いて頼む以上仕方ありませんわね」
「はあ?別に泣いてませんけど?」
また不毛な2人の戦いがはじまりそうなので徳川が慌てて仲裁に入る。
「おいおい、よせって!」
「あん?」「はあ?」
逆にじろっと2人に睨み返され徳川は小さくなってしまう。
「2人ともやめてください。決着は部活の時にお願いします」
美樹はじろっと2人を睨むと波哉香と伊吹は大人しくなった。それを見ていた徳川は俺の彼女はどうだといわんばかりのドヤ顔で顔を上げるが周りの人達はそんな徳川の心情は知るはずもない。
(続く)