「ふぅ」
自分の部屋に戻ってきた美樹は一息ついて机の上に自分の鞄を置き椅子に腰掛ける。そして今日の出来事を思い出すのだ。
(今日も強かったな、徳川君。上杉先輩にも勝っちゃうなんて......)
そして今度は波哉香と伊吹の組手を思い出した。あの2人の戦いは最初こそ剣道の形から入っていくが途中からはいつも異種格闘技戦の様相になる。
(波哉香と今川さんて本当に昔から仲が悪い......でも、なんでいつも近くにいるんだろう?実は喧嘩をするほど仲が良いってことは......ないよね)
そして美樹は気がつくのだ。前は波哉香のことを真っ先に思い出すのだが最近はまず最初に徳川のことを思い出している自分に。
(......私は徳川君のことを本当に好きなのかな?)
自分ではわからない。でも帰るといつも徳川のことを思い出している。今日はこんな話をしたとかあの話は面白かったとか。
「......悪い人ではないんだよね」
部屋着に着替えながらぼそっと独り言を言うと両親の待つ食卓へ急いだ。
(でも私は波哉香の為にこうしているんだ。あの徳川君の異様に強い剣道の秘密を探る為に)
◇
翌日、美樹はいつものようにコンビニの前の樹の下へ向かうとそこには既に徳川と波哉香が待っていた。
「おっはー!」「おはよう!」
目をパチクリさせながら美樹は二人に向き合う。
「どうしたの?2人で?」
「うん、美樹に報告しとかないといけないと思って!」
「え?何を?」
美樹の顔を申し訳なさそうに波哉香と徳川は見て、やがて徳川が口を開いた。
「悪い!やっぱ俺、早瀬より北条のが好きなんだ!」
「え!?」
そしてそこで美樹は目が覚めるのだ。美樹の心臓の鼓動はいつもの数倍速くなっていた。
「......なにこの夢。最悪」
朝ごはんをさっさと済ませ美樹は身支度を整えていつもの場所へと向かう。が、まだ波哉香は来ていなかった。ほっと胸を撫で下ろす美樹。
「そんなことがあるわけないよね」
するとコンニビから波哉香と徳川が2人並んで出てきた。
「あ!美樹!おっはー!」「早瀬!おはよう!」
「え......おはよう」
「いやーなんかいつもより早く着いちゃったからコンビニで雑誌でも見ようかと思って入ったら師匠が中にいたの」
「え、そ、そうなんだ」
「ん?どうした早瀬?何かあったのか?」
徳川はいつもと違う感じが美樹からしたのでそう尋ねた。
「べ、べつに」
「あ、そうか。俺がいちゃダメだよな。朝は北条と2人きりで話がしたいんだろ?じゃ、俺、行くな?またあとで!」
徳川はそう言うとダッと学校へ向かって走っていった。
「あ!ちょっと!......行っちゃった」
「むぐむぐ......で、美樹、なんかあったの?」
おにぎりを頬張りながら波哉香は美樹に尋ねる。
「別に何も.....って波哉香、何、食べてるの?」
「え?おにぎりだけど?」
「朝ごはん食べてないの?」
「食べてきたよ。でも、ちょっと足りなくて......あはは」
「はあ?......太るよ?」
「え!!ま、まあ、大丈夫でしょ。えへへ」
「......徳川君と何、話してたの?」
「ん?別に何も?コンビニの中で会ってただ買い物してただけだよ?」
「そうなんだ」
「......美樹」
「何?」
「私は美樹の彼氏を奪いませんから」
「は!?な、何を言ってるの?」
「えへへ、実は見ちゃったんだ」
「は!?何を!?」
「えっへっへ、こないだ美樹が徳川君にチュウをしているところ」
「!!」
「本当につきあってたんだね!」
したり顔で波哉香は美樹に話す。
「ち、違うの!あれは仕方なく!」
「仕方なく?」
「そう仕方なくなの!ちゅう......キスは始め徳川君から迫ってきたんだけど私が拒絶して気まずくなって......可愛そうだなと思って」
「ふぅん、でも普通はそんなんでキスしないよねえ?」
「仕方がなかったの!!」
「ふぅん、じゃあ、そういうことにして......おかない」
「え!?」
「なんで?私達親友じゃない?なんで隠すの?」
「別に隠してなんか」
「最近の美樹を見てるとわかるよ。いつも師匠のことを見てる」
「え!?そ、それは剣道の強さを探るために......」
「部活だけじゃないよ?普段教室にいるときとかも師匠ばかり見てるよ~?」
「そ、それは......」
「認めちゃいなよ」
「うぅ......」
ニヤニヤしている波哉香とは対照的に美樹は苦悶の表情に満ちていた。
「み、認めたくない......私が本当に好きな人は別にいるから」
「え?ああ、そういえば言ってたね。でも絶対に教えてくれなかった。私には」
「言えないよ。それを言ってしまったら私の宝物が壊れてしまうかもしれないから」
「ええ!?そんな大事だったんだ?」
「......うん」
「でも、それじゃあ......師匠は?......徳川君はどうなるの?」
「......」
「徳川君、最近すごく嬉しそうだよ?表情がなんかぱあっと明るい。それって美樹が彼女になったからじゃないかなあ?」
「......」
「私としてはこのまま徳川君と美樹がくっついていつまでも仲の良いカップルでいて欲しいなあ」
「やめてよ」
「ふぁ?」
「波哉香の口からそんなこと聞きたくない」
「へ?」
そう言うと美樹も学校へ向かって走り出してしまった。
「え?え?私、なんかマズイこと言ったかな?......むぐむぐ」
おにぎりを頬張りながら波哉香はきょとんとしばらくその場で突っ立っていた。
◇
「う~、なんだか身体が重い...」
本日、午後から海王学園との剣道の遠征試合に臨んでいる波哉香であったが試合中に今まで感じたことのない身体の異変に襲われていた。最近の波哉香は食べ過ぎていたのである。
「いっぽぉん!それまで!」
一瞬の隙を突かれて一本負けをしてしまう波哉香。
「ああ......」
がくっとその場で波哉香はうな垂れてしまった。
「ああ!波哉香!」
心配そうに美樹は波哉香を見る。
「無様だな」
そんな状況を上杉麗子はバッサリと吐き捨てた。
「......」
波哉香を心配そうに見つめている自分の彼女である美樹を見るとハアーと徳川はため息をつく。そしてすごすごと戻ってくる波哉香に声をかけた。
「北条、まだ先鋒が負けただけだ。後は俺達に任せろ」
「うん、ごめん。......たはは」
しかしその後の次鋒の直江も一本負けをする。
「ごめん、徳川君」
「ハ、ハハハ。気にスンナ」
そう言う徳川の顔はひきつっていた。
「おーっほっほっほ。ここはやはり私が連敗を止める運命にあるのですわっ!」
意気込む伊吹であったが敵の中堅者の執拗な篭手攻めに頭に血が上り咄嗟に出た足払いにより反則負けを喫してしまう。
「わ、私が悪いんじゃありません!相手が姑息な手段ばかり使うのが悪いのですわっ!」
「はあー、ダメだこりゃ。頼む!武田!お前だけでも!」
「わっはっは!任せとき!」
のっしのっしと周囲に貫禄を見せ付け試合に臨む美乃梨であったが勝負は一瞬で終わってしまう。
「かたじけない」
「......ハ、ハハハ」
ここまで4敗。最後は主将同士の戦いである。
「随分と弱い学校に転校したんだね、徳川君。なんだかがっかりだよ」
「転校じゃねえ。編入だ」
「ま、どちらでもいいけどね。最後はこの
「......」
勝負は今までより最も早い時間で決した。徳川の一本勝ちである。
「くっそお!」
悔しそうに竹刀を振り回す今泉を尻目に徳川は美樹の下へ歩み寄る。
「ナイス!徳川君」
美樹はそう言うがあまり嬉しそうな感じではないように徳川は感じていた。
「はは、まあ、これくらいは」
そう言うと美樹から差し出されたタオルを徳川は受け取った。
「なんだなんだ!徳川以外、一本負けとはだらしなさすぎるぞ!お前達!負けた者は帰ったらグランド10周だ!」
「......」
鳳凰学園高等部の剣道部主将でもあり中等部の顧問でもある上杉麗子はそう叫んだ。上杉の視線は主に波哉香に向けられていた。自分が最も期待していた部員があっさりとしかも明らかに不摂生により負けたことが彼女の癪にさわったのである。
◇
あたりはすっかり暗くなっていたが鳳凰学園の剣道部員達はせっせとグランドを走っていた。
「何も徳川君まで走らなくてもいいのに」
「いや、早瀬と付き合うことになって俺は浮かれて主将である責任を疎かにしていた。今回の負けは俺の責任でもある」
徳川はそう美樹に告げると波哉香達と一緒に走り始めた。
「このこの!」
「えいえい!」
そんな徳川と美樹のやりとりなぞは知るすべもなく波哉香と伊吹はランニング中にお互いの肩をぶつけ合い、またやりあっていた。
「はあー、闘志はあるんだけどな」
そんな2人を見て徳川はため息をついた。そして先ほど行われた試合のことを思い出していた。彼氏の勝利よりも親友の敗北のほうを気にする美樹を少し寂しく思うのだ。
「まさか、俺よりも北条のほうが好きってことはないよな......はは」
全員がグランド10周を走り終わるころには夜の9時を過ぎていた。波哉香をはじめ皆はそれぞれ自分の家路につくのであった。
◇
「明日から中間試験だね」
「そうね、もぐもぐ」
「......大丈夫なの?波哉香?まだ1時間目が終わったばかりだよ?」
おにぎりをひたすら食べる波哉香。明らかに最近は食べ過ぎている。見てくれも相当なものとなってしまった。学園一モテテていた美少女の面影はもうどこにもない。
「なんだかねえ、最近、すぐにお腹すいちゃって」
「.......過食症かも?病院に行ったほうがいいんじゃない?」
「大丈夫だよ。......むぐむぐ」
「......大丈夫じゃなさそうだから言ってるの!今日、学校終わったら一緒に行こ!?」
「え~......」
「え~じゃなくって!!」
「わかったよう」
気乗りしない波哉香を強引に病院に連れて行くことを美樹は決心する。
「え!?精神的なものですか?」
「そうねえ、検査からは身体に異常な数値は見られないことからストレスからきてるんじゃないかしら?」
白衣の女医は美樹に波哉香の検査の結果を伝えた。
「何か最近、彼女に精神的なダメージとなる出来事はなかった?」
「......」
思いあたる節はある。しかし波哉香は知らないというか忘れてしまっていることからその事がストレスの原因となることは考えにくい。が美樹はこの場に波哉香がいないのでそのことを女医に話してみた。
「実はちょっと前に彼氏と別れまして......でもそのことは本人は忘れているんです。それなのにそれがストレスになるってことがありえますか?」
「ふ~~ん、なるほど。他には?何か変化がない?」
「えっと......私に最近、彼氏ができました」
「......なるほどね」
「何かわかったんですか?」
「やはり彼女はかなりのストレスを抱えていると思うわ」
「どうしてですか?」
「彼女は表面上は忘れているけど深層心理では別れた彼のことをずっと待っているのよ。ずっと待たされて彼女の心は疲弊している。そして身近の親友であるあなたに彼氏ができたことでそのダメージのスピードは加速しストレスが表にでてきた......ってことかしら?あくまで推測だけどね」
「そんな!そうだとしたらどうしたらいいんですか!?」
「まあ、一番思いつく解決策なのはやはり別れた彼氏の協力を求めることね」
「......どこにいるのかさっぱりわかりません」
「そうなの?」
「はい」
「あとはそうねー、新しい恋とか?」
「恋ですか?」
「うん、今、彼女が好きな人とかいないの?」
「いないと思います」
「あちゃーそうなのねー」
女医は頭を抱える。打つ手ナシといったところのように。
「......そういう異性の問題のほかに解決する手段というのはないのでしょうか?」
「そうねー、後は他のところに意識を向けさせる。何か夢中になれるものを見つけるとか......月並みだけどそういったところかしらね」
「......そうですか」
美樹が女医との面談を終え病院の待合室に戻ってくると波哉香はオレンジジュースをごきゅごきゅと飲んでいた。
「また、そんな甘いジュース飲んで」
「あ、あははは、喉が渇いちゃって」
頭をかきながら波哉香は再度ペットボトルに口をつける。
「......ねえ、波哉香」
「ごくごく......ぷはっ!なに?」
「ううん、なんでもない。ゴメンね」
「??」
美樹は我那部野のことを波哉香に話そうかと思ったが余計に波哉香を混乱させるだけだと思い直した。
しかしあざ笑うかのように美樹が右住左住しているうちにも波哉香の転落物語は着々と進行するのである。
「1位:700点、直江徹、2位:682点、今川伊吹、3位:678点、北条波哉香......か」
掲示板に張り出された中間試験の結果を美樹とともに徳川は見る。
「北条の奴、最近どうしちまったんだ?なんか剣道も勉強もまるでダメだな」
その言葉に美樹はカチンときた。
「まるでダメってなに?それでも学年3位だよ?私達よりも上なんだから!」
「ちょっ!そんな怒るなって!ごめんって!」
珍しく美樹が声を荒げるので徳川はびっくりして体裁をつくろう。そして徳川は恐る恐る美樹の様子を伺うのであった。
「波哉香.......私は一体どうすれば......」
(続く)