「......」
今川伊吹は今日の中年男性から貰った援助金、1万円札数枚を大事に机の引き出しから出した財布にしまい込んだ。
「......はあ」
もう1年くらい生活には困らない金が溜まっているのに伊吹はうかない顔をする。
「北条さん......そんな貴方に勝っても全然嬉しくないのよ......」
こないだの中間テストでは僅差で波哉香に勝ったというもののその言葉通り嬉しくなさそうである。
「おまけに最近太ってきてるし一体どうしたのかしら.......」
伊吹にとって波哉香はオブセッション(執念の対象)である。自分が唯一認めているライバルの体たらくは許さない。伊吹は波哉香を奮い立たせることを決意するのである。
◇
「ねえ、波哉香」
「もぐもぐ、ん?」
授業の休み時間中にまたしても波哉香はコンビニで買ってきたおにぎりを食べていた。
「あ、あのさ、波哉香も彼氏作ろうよ」
「ふぁ?なんで?」
「それでさ、私達とダブルデートとかどお?遊園地いったりとか?」
「ん~、面白そうだね。でもなんだかどうでもよくなっちゃった」
「え??」
「確かにさ、美樹に彼氏ができて羨ましいと一瞬思ったのよ」
「うん」
「でもさ、私には勉強もスポーツもあるからそれでいいやと思ったんだ。ママみたいになんでもできる素敵な女性になろうと思ってさ」
「うん」
「でもさ、あれだけ私がんばってるのに何もいいことなんてない」
「それは......」
「一番イヤなのは勉強も抜かれてブクブク太ってきてる私にママが何も言わないんだよね」
「そうなんだ」
「てっきり喝をいれられると思ってたんだけど......あきらめられちゃったのかな」
「そんなことないよ」
「だからもうどうでもいいのだ.....むぐ」
「......」
美樹は黙る。波哉香がこんなことを言うとは思ってもみなかったのである。
「やあ、ハニー達」
突然、隣のクラスの白石冬男が波哉香達に話しかけた。いつのまにか波哉香の席の隣に来たのである。
「白石君。どうしたの?違うクラスなのにわざわざ?」
「北条波哉香が寂しそうだとウィンドレターに聞いてね」
「またそれですか」
「早瀬さんたちとのカップルとダブルデート、楽しそうじゃないか?良かったらこの白石冬男がお供しますよ?」
「は?ちょっと白石君、波哉香は悪いけど貴方とは......」
美樹は波哉香に変わって白石の申し出を断ろうとしたがそれに波哉香が口を挟む。
「むぐむぐ、いいよ。白石君とだったら面白そうだし」
「ちょっと!波哉香!」
「なんで?別にいいじゃん。デートに行っても白石君とつきあうわけじゃないんだし」
「ハハハ、まあ、デートしたら僕の魅力にメロメロ、メロンソーダになると思いますがね」
「あはは、恐ろしくつまんないね」
口ではそう言うものの波哉香は口の中のおにぎりを少し吹いていた。つまらないギャグは自分の父、時哉の専売特許であるので波哉香は少し白石に親近感があるのか否かそれは定かではない。
「あらあらあら、いいわね、そこの子豚さん。みんなに散歩に連れてってもらえて」
ふてぶてしい態度で白石とは反対の波哉香の席の隣に伊吹は腕を組んで立つ。
「ちょっとひどいんじゃない?今川さん!」
美樹は声を荒げた。
「おほほ、早瀬さんもそんな人と一緒につるんでいたら家畜になっちゃいますわよ?」
「そんな!ひどい!」
美樹は声をさらに荒げるが波哉香は黙ったままだった。
「おいおい、人の彼女を捕まえて聞き捨てならないことを言ったな?」
険しい顔で徳川も近づいてきた。
「あら怖い。でもね、そこの子豚さんのせいで全国大会どころか1回戦も危ういですわよ?そこのところどうなのかしら?剣道部の主将として?」
「俺は北条を信じてる。こいつはやるときはやる奴だ」
「そうかしら?北条さんは未だに練習試合で一回も勝ったことないじゃありませんか」
「.....それは今川、お前も同じだろ?」
「え?あ、おほん!とにかくそこの子豚さんはこのままではいけませんわ。子豚からジャイアントゴブリンになってしまいますわよ?」
「あーもう!うるさい!私が迷惑かけるって言うんなら剣道部やめるよ!それでいいんでしょ!?」
今まで口を閉ざしていた波哉香が突然叫んだ。
ばち~~~ん!
それと同時に伊吹の平手打ちが波哉香の頬を豪快に叩いた。
「いったあ!なにすんの!!」
「貴方は!!北条家当主の娘の自覚がありますの!?」
「そんなの!伊吹......今川さんには関係ないでしょ!!」
「私はずっとあなたが羨ましかった。生まれた時から恵まれてて私が欲しいもの全部持ってた」
「は!?」
「私は!!全部!全部よ?私一人で勝ち取ってきた。......イヤなこともしてるけれど後悔なんてしたことない。だってそうしなければ生きていけないから!」
「そんなの私、知らない」
「貴方には負けたくない。たとえどんな些細なことでも......そうやって今まで頑張ってきたのよ私は!」
「だからそんなの今川さんの勝手でしょ?私には関係ない」
ぶわっ
突然、伊吹の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「ちょ、ちょっと何、泣いてんの!?」
波哉香をはじめ一同は伊吹の涙にぎょっとする。こんなことははじめてだからだ。いつも気丈な伊吹が泣くなんて想像もつかなかっただろう。
「お願いだからそんな情けない姿でいつまでもいないで......貴方は私の羨望と同時に憧れでもあったのよ」
「.....今川さん」
「貴方といる時は楽しかった。勉強やスポーツで競ってるとき。もちろんくだらない喧嘩でさえも。貴方は眩しい光を持っている。貴方といると私も上を目指していける。もっと上の高みに......だからお願い。昔の貴方に戻ってください」
今川はそう言うと席に不在の波哉香の隣の机に突っ伏した。
「今川さん......伊吹ちゃん。今までそんな風に私のことを思ってたんだね」
「うううぅ」
「でも、お断りします!もぐもぐ」
波哉香は吐き捨てるように言うとバッグの中から明太子のおにぎりを取り出すと食べ始めるのだ。
「......ちっ!くそがっ!!」
伊吹も波哉香に吐き捨てるように言い何事もなかったように去っていった。
あっけにとられる一同。
「なんだったんだ?今のは?嘘泣きか?」
徳川はぽかんとした顔である。
「......でも、あながち嘘ではないのかも」
小さい頃から波哉香と伊吹を知っている美樹はそう独り言を言うのである。
◇
「ママ、明日美樹たちと遊園地行ってくる。帰りは少し遅くなるかも」
「あらそお。でもそんなに遅くならないうちに帰って来てね」
今日の夕飯は波香と波哉香の2人だけだった。波哉香の父、時哉は残業。弟の隼はサッカーの試合の後みんなで夕飯を食べてくるらしい。
「うん、わかった......ねえママ」
「なに?」
「私に何も言わないね?」
「何を言うの?」
「勉強も学年1位とれなかったしスポーツも......そしてこの身体」
ぽんっと自分のおなかを叩いて見せる。
「別に言ってもあなたが自分でやる気にならないと何を言っても逆効果なんでしょ?」
「え?」
「だって私の娘だもの」
「そんなもんかな」
「波哉香だってずっとそんな風でいいと思ってないでしょ?」
「......割とこのままでいいかなって思ってる。おいしいもの食べて勉強もなんでも適当に......」
「そお......でもそれって楽しいのかしら?」
「楽ってだけで楽しくはないかな」
「同じ漢字でもすごい差があるわね」
「あはは、本当だね......ね、ママ聞いていい?」
「何を?」
「どうやってパパを射止めたの?」
「あはは、突然どうしたの?」
「いやあ、昔から聞きたかったの」
「ん~別に射止めたというか勝手に向こうが......ね」
「そうなんだ、いいなあ」
「自分を磨いていればそのうち必ずいいことあるわよ。ママが言えるのはそれだけ」
「そのうちっていつ来るの?」
「さあ?それはわからないわ。こないかもしれないし」
「ええ!?じゃあ、やっぱ適当に生きよう」
「......まあ、あなたの人生なんだし好きにしなさい。ママはいつでも相談に乗るから」
「うん、ありがとうママ。はあ、本当は私もママみたいになりたかったんだけどな」
「私みたいに......か。それはちょっと無理かもね」
「あ、やっぱし?」
「ママは昔、相当ひどいことしてたからね。家を飛び出してひとりぼっちで生きてたけどあの頃は荒れてたわ。人様に迷惑もかけまくったし」
「へえ~、どんな?」
「その話は今夜はやめておきましょう.......ぶばっ」
「ちょっ、ママどうしたの?」
波香は自分で言ったことに対してお茶を吹いてしまう。それは彼女の愛読書からの引用なのだが波哉香はただきょとんとするのみだった。
◇
「うわーよく晴れたね」
「僕はライジングサンマンだからね!」
あくる日、波哉香達は遊園地に来ていた。
「それって『晴れ男』って言いたいの?」
「イエース!」
「......安定の面白ろなさだな」
徳川は冷たい目で白石を睨む。
「ぷっ!くくく」
波哉香は思わず噴出してしまって口を手で押さえた。
「えっ?」
徳川はきょとんとして今度は美樹を見た。美樹もシラケた顔をしている。
「おーっ良かった。俺だけ笑いの沸点が違うのかと思ったよ」
「あはは」
波哉香だけは大爆笑している。
「徳川君、違うの」
美樹は徳川に向けて解説をはじめる。
「昔から波哉香ってばこうなの。多分ギャグが面白いんじゃなくて白石君が何かつまらないことを言って誰かが突っ込みをいれる。そのテンポが波哉香の笑いを誘っているんだと思う」
「へーそうなんだ。ま、とにかく今日は楽しんでみんなでストレスを吹っ飛ばそうぜ」
「うん、そうね!そうしましょう」
2人は顔を見合わせニコっと微笑んだ。
「えへへ」
そんな2人を見て波哉香はニヤニヤしている。
「な、なに?」
「お似合いですよ。おふたりさん!」
「やめてよ、もう!」
波哉香のひやかしに徳川と美樹は照れたらしく2人とも顔は真っ赤だった。
「私達に遠慮しないで手なんか繋いじゃっていいんですよぉ?」
「もう、波哉香、やめてよ」
4人はそんな話をしつつ遊園地に入場しようとしたその時、伊吹が大勢を引き連れて現れる。
「ちょっとお待ちなさいな」
「は?今川さん?」
「デブの分際で遊園地を楽しもうなんて考えが甘いですわ。ここは家畜の来るところではありませんわよ?」
「はあ?デブでも人間だしぃここは人間のテーマパークだしぃ」
「いいえ、あなたはただのブタです」
「.......もう、それでいいから。いこいこ!相手にすることないよ。無視無視」
波哉香は美樹、徳川、白石にそう言うと伊吹を無視して中央ゲートへ向かう。が、しかし伊吹の取り巻きの男達が波哉香の両腕をガッと取り押さえた。
「ちょっと!なんのつもり?」
「北条波哉香!私と勝負しなさい!」
「はあ?何を?」
波哉香が問うがいなや伊吹の後ろの取り巻きのうち一人が竹刀を2本持ってそのうちの1本を伊吹に手渡しさらに波哉香の足元にポーンと投げられた。
「は?ここで剣道やるっての?」
「その通りですわ!」
「私が勝ったら私の家臣になってもらいます」
「はあ?じゃあ、私が勝ったらどうなるの?」
「私があなたの主君になってあげます」
「はあ?なにそれ?どっちも同じじゃない。誰がやるかそんなの......いい加減はなしてよ」
「うふふ、あなたに拒否権はありませんわ」
「まったくもう。なんなんだよ!面倒くさいなぁ」
「勝負するというまでこの者達の腕からは逃れられませんわ」
「おい、いい加減やめろ!」
見かねた徳川が声を発した。
「部外者は引っ込んでてもらえますか?」
「ぶ、部外者って......あのな、今日は俺達、遊園地へ楽しむために来たんだぞ」
「そんなの関係ありませんわ。私にも都合がありますので」
「......剣道部、主将としてこんな私闘は認めんぞ?どうしてもっていうなら俺を倒してからにしろ!」
徳川は波哉香に向かって投げられた竹刀を拾い上げ構える。
「あら?おほほほ。いくら徳川主将でも5人を相手にして勝てるのかしら?」
ずささささっと伊吹の取り巻きたちが全員前に出てきた。
「さあな?やってみなくちゃわからないだろ?」
「ふん、じゃあ、貴方達、やっておしまいなさい」
「ハッ!!」
しかし勝負は30秒とかからなかった。徳川の剣は5人の胴を見事に綺麗に打ち抜き気絶させていたのである。
「ひぃぃぃぃ」
負けるはずがないと思っていた伊吹は目を見開いて奇声を上げた。
「ははっ、疾きこと風の如くってな。おっと、武田がいたら怒られてるな。勝手に使うなって」
「すごっ」「......」
波哉香は声をあげ美樹は無言ではあるが自分の彼氏の強さを改めて認識したがどうにも腑に落ちない様子だ。白石にいたっては隅っこのほうでじっとしているのみだった。
「きぃぃぃ、覚えてなさいよ!」
伊吹は取り巻きたちを残してさっさと引き返していった。
「あれれ、この人達おいていっちゃうんだ」
「さ、俺達も行こうぜ?こいつらは少したてば起きるよ」
「そうなんだ。今のすごかった~。全然見えなかったよう。まさに風だね。ホント師匠は強いわ!」
「ははは、まあ、こんなのはアサメシ前だ」
「うん、かっこよかったよ。徳川君」
美樹は徳川ににじり寄りハンカチを差し出して汗を拭うように促した。
「まあ、彼女の前で無様な格好は見せられないしな」
さしずめ伊吹の刺客たちを退けた4人は中央ゲートへと向かっていくのであった。
(続く)