第156話
ぼりぼりぼり
北条波哉香はポテチをひたすらむさぼり食う。
「あ~んまい。やっぱ、ポテチはフレンチサラダだよ~」
遊園地から帰ってきてからご当地特製のポテチをひたすら食べる毎日だ。
「あれ?あともう5袋くらいあったよね?おかしいな......」
机の一番大きな引き出しの中に隠してあったポテチがないことに波哉香は気づいた。
「ハヤカ~!!ごはんできたわよ~!!」
キッチンから母親の声が聞こえてくれる。
「は~い」
波哉香が食卓について4人の家族が全員そろう。そして波哉香は異変に気づいた。
「あれ?私の......みんなより少ないけど??」
波哉香の前におかれた白飯とオカズはあきらかに皆のものより少なかった。
「あら気のせいじゃない?」
波香は冷たくそう言う。
「なら俺のを少し......」
「トキヤ!!」
時哉が自分のオカズを波哉香に分けてあげようとするのを波香が制した。
「ハヤカは育ち盛りなんだからさ」
「もう充分育ってるわよ。おなかがね」
「パパいいのいいの、私はこれで......よく噛んで食べるよ」
波哉香はニコっと笑いゆっくりと食べ始める。
「それとハヤカ」
「なにママ?」
「来月からお小遣い半額にします」
「え~~なんでぇ?」
「どうやら余分なお金がそのおなかにいってるようだから」
「......わかりました」
波哉香はおとなしく母の言うことを聞くのである。
「ちょっとナミカち......ママ、厳しすぎないか?」
時哉は二人のやりとりに口を挟む。
「あ!いいのいいのパパ。ママの言う通りだから......えへへ」
どこかしら嬉しそうな波哉香の笑顔に時哉はこれ以上この話題に触れることはなかった。
「それともうひとつ。ハヤカの机の引き出しに入ってたポテチ、ママがおいしく頂きました。おいしかったわよ、ありがとう」
「あ、そうなんだ。おいしかったでしょ?」
「うんとても」
「よかった。えへへ」
自分のポテチを黙って全部、波香に食べられてしまってもなぜか波哉香は嬉しそうなのである。
◇
「はぁ、おなかすいたなあ」
1時間目の授業が終わるとすぐに波哉香はため息をついた。すると隣の席の美樹はすぐに波哉香のそんな様子に気づいた。
「あれ?おにぎりは今日、持ってこなかったの?」
「うん、来月のお小遣い半額にされちゃっておにぎり買ってる場合じゃないんだよ~」
「え?半額?」
「うん、そう」
「随分と厳しいね?」
「あはは、まあ、仕方ない」
そういいつつも嬉しそうな波哉香に美樹は不思議に思う。
「......なんだか、嬉しそうだね?」
「うん、ママがさ。私の為についに動きだしたの。今までさ、怒られたこともないしあれやれこれやれとか言われたこともないし私のことどうでもいいのかと思ってさ」
「ふ~ん」
「朝のジョキングの勝負もいつのまにかなくなっちゃたし」
「そうなんだ」
「それで?波哉香はお母さんに構ってもらえて嬉しいってこと?」
「そりゃそうだよ。私が目標としてる人だもん。眼中になかったらイヤじゃん」
「へ~、波哉香ってばそういうふうに考えてたんだ」
「うん」
「いいなあ、波哉香のお母さん美人だし、なんでもできるんだもんね」
「うん!私の自慢のママだよ」
「で?」
「で?ってなに?」
「これから波哉香はどうするの?」
「まあ、このままいけば痩せるだろうね」
「え?それだけ?」
「......まあ、がんばるよ。勉強もスポーツも......今川さ......伊吹ちゃんに言われちゃったからね」
「今川さん?」
「伊吹ちゃんが私に憧れてたって......それってさ、私とママの関係とかぶるじゃん?伊吹ちゃんにとって私がママなんだよ」
「う~ん、まあ、そうとれるかな」
「それに伊吹ちゃんの言う通り私は北条家当主の長女なんだからしっかりしないとね」
そう言って波哉香は美樹に笑顔を見せた。そしてその瞬間、美樹は伊吹に嫉妬するのである。私が波哉香を立ち直らせたい、支えたいと思っていたからだ。
ガララ
波哉香の教室の扉が開き伊吹がまた波哉香にちょっかいを出しにやってきた。
「子豚さんはいるかしら?」
「......ここにいるよ。でも私は子豚じゃないし」
波哉香は伊吹の方を見ずに手を挙げ、そう応える。
「あらあらあら、今日も相変わらずまん丸ですわね」
伊吹は口元に手を当て冷ややかに微笑んだ。
「黙れ下郎。この私を誰だと思っている!北条家当主の長女、北条波哉香であるぞ!」
いきなり立ち上がりそう波哉香は叫ぶ。そのあまりにも突飛な行動に美樹や伊吹はおろか他のクラスメイト達もぎょっとして全員が波哉香を見ている。
「は?」
伊吹はしばらくの間、口をぽかんと開けていた。
「何を呆けた顔をしている?今川伊吹!次の期末テスト私と勝負しろ!」
「え?」
「負けたほうが家来になる!どうよ?」
「.......おほほほほ。私が堕落した子豚ちゃんに負けるわけがありませんわ!いいでしょう!その勝負乗りましたわよ!」
伊吹も嬉しそうにそう応える。どうやら北条波哉香は復活したのだと彼女は感じとっていた。
◇
話は少しさかのぼって前日の波香と波哉香が2人きりで夕飯を終えた後、時哉が残業を終えて帰宅してきた時のことである。
「おかえりなさい」
波香はニコッと我が夫を玄関先で迎える。
「ただいま」
時哉も安堵の顔色を見せニコッと笑い妻に鞄を渡す。
「いつも思うけどトキヤって帰って来た時、ホッとした顔するわね?」
「ははは、今日も何事もなくて良かったねってね」
「なにそれ?」
「たまに学校から仕事を終えて電車を降り家に向って歩いている時にふと不安になるんだ。今日もナミカちゃんはハヤカはハヤブサは......我が家は何事もなく大丈夫だったのだろうか?てね」
「まあ、ご覧の通りよ」
「そうだね......もう子供達は寝ちゃったのかい?」
「うん、今日は夕飯をハヤカと一緒に食べたわ。ハヤブサはサッカー友達と食べてきて、帰ってきたらお風呂はいって寝ちゃった」
「そうなんだ」
「あ、ゴハン用意するわね。お風呂沸いてるから先に入ってきて」
「うん、わかった」
時哉が風呂に入っている間に波香は手早く時哉の夕飯の用意をし始め、そしてあっという間にそれが終わった。
がらっ
時哉が入っている風呂の扉が開き波香も全裸で乱入してきた。
「湯加減はどお?旦那様?」
「うん、最高だよ」
「それはなによりでございます」
「ははは」
波香は一通り全身にシャワーを浴びると時哉と一緒に湯船につかる。
「はぁ」
「ナミカちゃんも今日、一日お疲れ様」
「別にそんなに疲れてはいないけどね。社長業も軌道に乗ったし汐海達がよくやってくれてるから会社は問題ないわ」
「そうか。やはり北条一族は皆、優秀なんだな」
「あなただってそうでしょ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
「......ねえ、ハヤカのことなんだけど」
「ん?何かあったのかい?」
「何かあったというか......最近のハヤカは見ててどう思う?」
「ん~、丸みが帯びてきてますます可愛くなったんじゃないか?」
「もう、親バカね」
「ははは、娘に対する父親っていうのはどこもこんなもんじゃないかな」
「今日、ハヤカと夕飯を一緒に食べながら話したのよ。あの子、迷っているみたい」
「迷っている?」
「うん、あの子は今後の目標を失いかけてて虚ろな毎日を送っているわ」
「そうなのか」
「私はね。別にあの子に私のようになって欲しいとか全然思ってないの。むしろ私とは逆の平穏な幸せな生活をおくってくれればいいと思ってた」
「うん」
「でもあの子はそれで満足していない。あの子の顔色をうかがってたらそう感じたの。なんてつまらない毎日なんだって顔してたわ」
「ははは......で、ナミカちゃんはどうするつもりなんだい?」
「なら親として退屈させない人生をおくらせてやろうじゃないって思ってるの。今まであの子を構いなさすぎたっていうか元々、手のかからない子ではあったけどね」
「......あまり過激なことはしないほうがいいんじゃないかな?」
「まあ、場合によっては......トキヤも過保護はダメよ?」
「それは可愛いから仕方がない」
「もう。......私だって可愛いわよ。ハヤカもハヤブサも」
◇
「え~突然だが、編入生を皆に紹介する!入ってきなさい」
2時間目の休み時間に市ケ瀬女教諭は波哉香達の教室に入るなりそう告げた。
がらっ
ふいに扉が開くとその生徒はぺこりと頭を下げて教室内に入ってきた。
「えっと、織田信長です。よろしくお願いします」
ざわっ
教室内が一斉にざわめく、あの歴史上の大人物と名前が全く同じなのであるからであろう。
「織田はあの歴史上の織田家の血を引くものだということだが皆、そのことは気にせずに気さくに接してやってくれ。席はそうだな......ん?北条の左隣があいてるな?じゃあ、そこで」
織田はおずおずと波哉香の左隣に座る。織田が席に座るなり波哉香は真っ先に声をかけた。
「私、北条波哉香。織田君、よろしくね」
「あ、はい。こちらこそ宜しくお願いします」
波哉香はにこっと笑い織田もまたそれに応えるようにはにかんだ。
「あれ?どこかで会ったことあったっけ?」
「??ないと思います」
「そっか......この学校でわからないことがあったら私か、そっちの......早瀬美樹に聞いてね。私の親友だから!」
波哉香は隣の席の美樹に向ってそう話した。
「ちょ、ちょっと波哉香!」
「なんで?別にいいじゃん?」
「もう......早瀬美樹です。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
「うふふ。あ、いっとくけど美樹はもう彼氏いますからね」
「もう!波哉香ってば!」
「あははは」
次の休み時間になると織田の席の周りにはちょっとした人だかりができていた。
「織田君ってあの織田家の末裔なの?」
「はい、そうです」
「実家はお金持ちとか?」
「いえ......実家はないようなものです。僕の記憶にはただ織田家の血を引くもの......としかありません」
「おいおい、本当にそうなのかよ?」
「はい、間違いないです」
クラスメイトの質問攻めの織田を救うような感じで波哉香は口を開いた。
「まあまあ、織田君は今日からクラスメイト、私達の仲間なんだからみんな仲良くやろうよ。織田君、学校内を案内してあげる。いこ?美樹も一緒にね?」
「もう!勝手に!」
波哉香は織田と美樹を引き連れ校内をうろつく。
「ここが学食ね......あれ?なんか前にも似たような?......デジャブ?」
「へえ~、綺麗な食堂ですね」
「う、うん、すごいでしょ?」
織田の初めて食堂を見るようなリアクションで波哉香は自分の気のせいであると悟り次なる目標へと足を踏み出した。美樹にいたっては終始無言である。
「......さてとこれで大体全部かな?」
体育館をはじめ、視聴覚室等をざっと周り波哉香は案内を終えようとした。するとばったり徳川と会う。
「やあ」
「お!師匠、今頃登校ですか?」
「はは、ちょっと寝坊しちゃってね。ん?そっちの彼は?」
波哉香達と一緒にいる織田に徳川は目が止まった。
「あ、こちら織田君。今日からこの学校へ転入してきたの」
「へえ、あ、俺は徳川烈。よろしくな」
徳川はそういうとすっと右手を差し出した。織田はその手をぎゅっと握り返す。
「織田信長です。よろしくお願いします」
「え?信長?......うおっ!」
思わず徳川が声をあげた。織田の握り返した手の握力が思いのほか力強かったからである。
「君!みかけによらず物凄い握力してるな。剣道部に入らないかい?」
「剣道......ですか?」
「うん!それとも部活は何をやるか決めちゃったかな?」
「いえ、決めてないです」
「じゃあ、やろう!決まりでいいかな?」
「もう!徳川君!強引じゃない?」
美樹は自分の彼氏の行動に割って入ったが徳川はただ笑うだけだ。
「え?そう?あはは」
「いいですよ。剣道やります」
そういう状況でも織田は躊躇なく徳川の誘いに快諾する。
「わあ!私も美樹も剣道部なんだ!よろしくね!織田君!」
波哉香は部員が増えて嬉しそうだ。
「よし!じゃあ、早速今日から一緒にやろう!」
「はい」
徳川、波哉香、織田はテンションがあがったみたいだが美樹だけは腑に落ちない表情のままだった。
そして3人がそれぞれ教室内に戻るときに美樹は織田にだけ聞こえるようにポツリとつぶやく。
「......我那部野君......だよね?」
だが織田に聞こえたのか、それとも聞こえていても無視されたのか織田は美樹のほうを振り返ることなく波哉香達と一緒に前に向って歩み始めるのである。
(続く)