「それじゃ、父さん、母さん。行って来ます」
直江徹はリュックを背負い振り返って挨拶をする。彼は祖父の不幸があったので地元である岐阜県に帰省していた。
「徹、今度はいつ帰ってくるんだい?」
直江の母は寂しそうに我が子の後姿に問いかけた。
「確かに帰ってきますが今度は年末になると思います」
「そお......」
「母さん、寂しいだろうが徹は日本の最高峰の学校で頑張ってるんだ。今度帰ってくるまで笑顔で応援してやろうじゃないか」
徹の父は今にも泣き出しそうな妻の肩を抱きそう諭す。
「ええ......そうね」
直江は両親に後押しされ都内へと向う電車に乗るのである。
「......一週間も学校を休んでしまった.....徳川君や北条さん達は元気にしてるかな......」
◇
「あれ?我那部野さんじゃなかったでしたっけ?」
翌日、自分の教室に久しぶりに登校してくると昔、岐阜で助けてもらった人が自分の席の近くに座っているのに気づく。
「はい?僕は織田ですが......?」
「え?......そうですか。すみません、人違いです」
「いえいえ、キミは?」
「あ、僕は直江徹です。織田君は編入生ですか?」
「はい、一週間前にここにきました」
「そうなんですか、僕も最近、この学校へ来たんです。どうか宜しくお願いします」
「はい、こちらこそ」
しばらくすると波哉香と美樹も教室に登校してきた。
「おっはー!」「おはよう」
「おはよう」「おは!」「おはよう」
何人かのクラスメイト達は波哉香達に挨拶をする。直江は確か我那部野は波哉香の彼氏だったと思い出し2人のやりとりを注目する。
「織田君、おっは!」
「おはようございます」
だが特に彼氏彼女の間柄でもなさそうな普通の挨拶だったし岐阜で会った時とは雰囲気が違うのでやはり外見は似てるけど別人だと直江の頭の中でそう理解した。
「あれ?直江君おっは!久しぶりだね」
波哉香は久しぶりに登校してきた直江に気づく。
「北条さん、おはようございます」
「おじいちゃんが亡くなったんだって?」
「はい」
「そっか、この度は......」
「あ、いいよいいよ、北条さん」
「あ......そう。でも悲しいね」
「うん、祖父は厳しかった人だけど、だから今の僕があると思う」
「おじいちゃん子だったんだ?」
「うん、そうだね」
「......あ、そうそう、織田君もね、剣道部に入ったんだよ」
波哉香はチラリと織田のほうを見てそう言った。
「あ、そうなんだ。ていうと今度の大会の団体戦は僕が補欠になるのかな」
「あ、そうか!部員が6名になったので一人でられないんだね......」
「うん、でも別に僕は出られなくても気にしないよ」
「そんなことないよ!誰が出られないかまだわからないんだし」
「......そうだね」
大会の話とは裏腹に波哉香と織田のやりとりが何もないことを感じ取っていた直江はやはり昔、岐阜で会った人とは違うことを確信した。だがあえて直江は波哉香に聞いてみることにした。
「そういえば北条さん」
「なあに?」
「昔、彼氏がいましたよね?」
「え?直江君、知ってるの?」
「ええ、岐阜でお会いしましたよ。北条さんと彼氏らしき人と一緒にいるところを。それで僕を助けてくれたんです」
「え?そうなの?でも私、覚えてないんだよね。岐阜に行った記憶もないし」
「ええ~?そうなんですか?......すみません。人違いのようです」
「はあ、なんなんだろう。私が記憶喪失になってるのかも」
「......」
その波哉香と直江のやりとりを隣で美樹は聞き耳をたてていた。
「ちょっと直江君いい?」
「はい?」
「あとで2人きりで話がしたいの」
「はあ?」
「え?何々?美樹、徳川君がいるのに浮気?」
波哉香が茶化して言うが美樹は少し怒って反論する。
「もう!そんなんじゃないよ!部活のことでマネジャーとして直江君に話があるの。直江君のプライバシーに関わることだから波哉香にもちょっと話せないだけ」
「なあんだ。そっか」
嘘である。美樹は直感したのだ。直江も自分と同じで我那部野のことを覚えているに違いない。そういう同じ立場同士で話がしたかったのである。
◇
昼休み。
波哉香と一緒に昼を食べ終わると美樹は食堂へ向う。そこには自分の彼である徳川と直江、織田もいるからである。徳川たちを見つけると美樹は早速、直江に声をかけた。
「じゃ、直江君いい?」
「はい」
「あ、徳川君、変な話じゃないから心配しないで」
「おう!俺は早瀬を信じてるぜ!」
徳川は親指をぐっと立てて美樹に笑顔でこたえる。
「もう」
美樹は少し照れながら直江を引きつれ食堂を後にした。
誰もいない視聴覚室に入ると振り返り直江をじっと見つめて美樹は話し出した。
「さっき、ちょっと聞こえたんだけど波哉香に彼氏がいたんじゃないかって言ってたよね?」
「はい、確かに僕は言いました」
「彼を知ってるの?」
「はい、ここへ転校してくる前、岐阜でその彼に会ったんです。北条さんも一緒に」
「その人が織田君にそっくりだったの?」
「はい、うりふたつです」
「そうだよね。......なぜか我那部野君のことを覚えている人がいないの。直江君が来るまで私しか覚えている人は周りにいなかった」
「え?そうなんですか?.....不思議ですね」
「うん」
「最近そんな不思議なことばかりです。上杉先輩とも連絡先を交わしたはずなのに......ストーカー扱いされるし」
「え?そうなの?」
「はい。上杉先輩とも岐阜で会ったんですよ。それなのに僕のことを知らないって.....」
「そうなんだ......」
「僕の頭がおかしくなってしまったと思いましたがどうやらそうじゃなさそうでほっとしました」
「......」
「でも、我那部野さんのことは世の中に似てる人は3人はいるっていうから本当に別人なのかもしれませんね」
「......でも私は確信してるよ?あれは我那部野君だって」
「え?」
「瞳の奥に野望を感じる。あの目は我那部野君その人だと思う」
「ふむ......そうですか」
「あ!あと徳川君のことだけど」
「徳川君......早瀬さんの彼がどうかしたんですか?」
「何か感じない?」
「??何をですか?」
「......自分の彼を捕まえてこういうことを言うのなんか変だけど徳川君の剣道の強さ......何か不自然じゃない?」
「不自然?......う~ん、僕はそう思ったことないですね。パワーとスピード。彼の天性によるものかそれとも努力の賜物なのかはわかりませんけど別に不思議じゃないですよ?」
「そ、そう。......ごめん、変なことを言って。今の話は2人だけの秘密にしておいて?」
「わかりました」
◇
放課後、波哉香達は部室に向うがそこにはすでに上杉麗子が待ち構えていた。
「あれ?上杉先輩、早いですね?」
「うむ、お前らの大会まで後1週間きったからな。私も顧問を兼任しているので責任を果たさなければならない」
「ほへー」
「織田が入部したことで部員は6名となった。......だが団体戦は5名しか出場できない。公平を規す為に3日後に部員同士の総当たり戦を行い勝率の低いものは残念だが今回の大会は補欠に回ってもらう」
「なるほど」
「その事を伝えるためにわざわざ早く来たということだ」
「はい」
「では、部活動を始めよう。各自、準備してくれ」
「はい!」「はい!」「はい」
上杉の号令とともに波哉香達は女子更衣室へと行きいそいそと準備をしはじめた。
「いやあ、なんかワクワクしてきた!」
波哉香の瞳はキラキラと輝きだし今までの死んだような目ではなくなりつつある。そんな波哉香を少し離れたところから美樹は見ていた。
「......波哉香」
◇
「てやああ!!」
波哉香のその鈍すぎる竹刀は誰にも当たることはなく。徳川、今川、武田に敗れ3連敗。残すは直江と織田の2戦のみである。その直江と織田の戦績は直江も3連敗、織田は徳川に負けただけで2勝1敗である。
「じゃあ、直江君、恨みっこなしで!......いくよ!」
「はい!」
だが直江に対しても波哉香はその重すぎる身体がネックになり時間切れの判定負けを喫する。
「くそー」
そして対織田戦だが織田は剣道初心者にもかかわらず1分足らずに胴を決められ1本負けをするのであった。
「ぜ......全敗......」
ガクッと波哉香はうな垂れた。全敗した者は波哉香以外にはいない。すなわち補欠は波哉香に決定したということだ。
「よし!残念だが今回、北条には補欠にまわってもらう」
上杉のその言葉に皆は沈黙する。特に美樹と伊吹にいたっては波哉香を見ていられないほど本人以上に落胆した様子だった。
「.......おーっほっほっほ。やはり堕落した子豚ちゃんでしたわね」
「今川!!仮にも同じ仲間なんだぞ!言葉を慎め!」
「......ごめんなさい」
上杉に咎められた伊吹は素直に謝った。
「あ、あははは。みんな気にしないで!私は裏方からみんなをサポートするからさ!頑張ってよ!!」
波哉香は精一杯微笑んで悪いその場の空気をなんとか変えようとした。
「お!おう!みんな!!北条のためにも地区予選を勝ち抜いて全国大会に行こうぜ!」
徳川は波哉香の意を組み鼓舞する。そして他の部員達もそれに応える為に右手を掲げるのであった。
◇
「どうしたの?ハヤカ?元気ないわね?そんな落ち込んだフリしてもオカズは増えないわよ?」
波香はせっかく家族4人揃った夕飯だというのに元気のない波哉香が気になった。
「あはは、そうじゃなくて......剣道の大会、補欠になっちゃった」
「そう......で?」
「ん?」
「悔しいの?」
「......悔しい」
「じゃあ、どうすればいいかわかってるわよね?」
「わかってるよ」
「そう。じゃあ、はいこれ」
波香は波哉香に包丁を渡した。
「え?なんで?」
「他の部員を後ろから刺しなさい。そうすればハヤカが大会にでられるでしょ?」
「ママ、本気で言ってるの?」
「ええ」
「私、そんなことしたくないよ!そんなことまでして大会に出たいとか思ってないし!」
「あら、ハヤカ。あなたは正統派のヒロインでも目指しているのかしら?」
「別にそんなんじゃないけど」
波香と波哉香の会話に時哉と隼は箸を止めただ聞いていた。
「いい?ハヤカ?目的を達成するには時として手段を選ばない場合だってあるの」
「そ、そんなの.......」
「そんなことしたくないって言うなら圧倒的な力を手にいれなさい」
「圧倒的な力?」
「そう。上に行こうとするなら手段を選ばない輩が必ずあなたの邪魔をしてくる。私がさっき言ったような手段ね。そんなものを寄せ付けない、全く問題としない圧倒的な力よ」
「いったいどうやってその力を手に入れればいいの?」
「......とりあえずあなたが今やれることからはじめなさい」
「......わかった」
波香の言葉に波哉香なりに何かを考えたのだろう。波哉香は一番先に夕飯を食べ終えると自分の部屋に戻り数分後にはスポーツウエアに着替えて食卓に現れた。
「ママ、ちょっと走りこみに行って来る」
「はい。帰ってくる頃にはお風呂沸いてるから」
「ありがと!」
「ちょっと待てハヤカ!」
「何?パパ?」
「夜中に女の子一人でうろつくのは危ないからパパも行くよ」
「え?大丈夫だよ」
「ダメだ。俺も行く。着替えるから待っててくれ。ハヤブサも行くか?」
「僕はいいや」
時哉も夕飯を終えるとすぐに着替えて波哉香と供に夜の公園へと走っていった。
◇
「ねえ、パパ」
走りながら波哉香は自分の父に問う。
「なんだい?」
「私って岐阜に行った?」
「え?行ってないだろ?」
「......そうだよね」
2人の会話はそれからしばらくなかった。それから30分くらいの時がすぎたであろうか。家に戻ろうとする時に時哉が口を開いた。
「ハヤカ、毎日この時間に走りこみするつもりかい?」
「うん、そのつもり」
「そうか......パパもできるだけ付き合うけど仕事でどうしても遅くなる時があるかもしれない。その時はママに頼みなさい」
「うん、わかった。でもママ付き合ってくれるかな?」
「付き合ってくれるよ。ママは波哉香の事を一番よく考えてくれているよ」
「うん!そうだよね!......えへへ」
波哉香の笑顔に時哉は心を癒される。この娘の為ならなんでもしてやれると心の底から思うのであった。
◇
汚いアパートの一室で織田はひとり座禅を組み目を閉じていた。精神を集中させ目の前の『天下布武』と書かれた牛乳パック1リットルを前に。そして目をくわっと見開きその牛乳の一気飲みを敢行する。
ごくごくごく
「ぷはあ。やったぞ!苦手な牛乳を克服したぞ!」
満足そうに彼は笑い、飲み干した牛乳パックを綺麗に折り畳んでゴミ箱に捨てた。そして一人おもむろにつぶやくのだ。
「......北条波哉香......か」
(続く)