「織田君、がんばれ~!」
鳳凰学園剣道部マネージャー早瀬美樹は両手を口に添えて先鋒の織田を応援する。無論他の部員も同様に織田を応援している。
今日は都内中等部剣道地区予選大会の第1回戦。鳳凰学園のオーダーは下記の通り。
先鋒、織田信長
次鋒、今川伊吹
中堅、直江徹
副将、武田美乃梨
大将、徳川烈
補欠、北条波哉香
顧問、上杉麗子
マネージャー、早瀬美樹
このオーダー表を見た鳳凰学園の対戦校のマネージャーと顧問は目を見張る。
「先生!なんですか?これ?」
「ははは、まるで戦国だな」
「昔の戦国大名と関係あるのでしょうか?」
「さあ?関係ないだろ。でも、向こうさんは大会初出場とはいえ日本最高峰の学校だ。なんでも勉強やスポーツのエリート達が集っているともっぱらの噂のある学校だ。みんなには気を引き締めていくように伝えなさい」
「わかりました」
そのマネージャーはタタッと小走りに他の部員に伝達にいく。
「はじめ!!」
だが主審の合図と供に先鋒の試合は既に始まった。
「てやああああ!!」
ビシッ!!
「いっぽん!!それまで!!」
瞬殺である。
織田はものの数秒とかからずに相手の胴を綺麗に打ち抜いていた。
「やったああ!織田君!すごい!!」
鳳凰学園ベンチにといっても折りたたみの椅子だがそこに座って応援している波哉香は思わず声をあげた。
「やるな!織田!」
ベンチに引き上げる織田に徳川は声をかけた。
「はは、徳川主将の技を見よう見真似でやってみたら、たまたまうまくいきました」
「いいぞ!まずは1勝だ。よし!今川!!後に続け!!」
顧問の上杉は伊吹を激励叱咤する。
「はい!」
伊吹もそれに応え上杉に対して小さく頷いた。
「イブキ~~!!ファイト!!」
波哉香は伊吹に向かって檄をとばす。
「は?呼び捨て?ふん......ブタの分際で補欠のくせに......」
そう小声で伊吹は独り言を言うが口元はにやけていた。
伊吹もそつなく勢いにのりあっさりと2勝目といきたかったが相手校は伊吹のことを研究していた。一気に勝負にいこうとはせず、有効打こそはないもののじりじりと篭手を繰り返し伊吹はその戦い方にじらされイライラしていた。
「くっ!せこいですわよっ!」
咄嗟に伊吹は声をあげてしまう。そしてそれは主審の耳に入り注意勧告を受けてしまう。
「今川!冷静になれ!!」
上杉は焦る伊吹にそう声をかけるが本人にはその声が届かぬ程冷静さを欠いていた。そして勝敗は最悪の形で幕を閉じる。またしても咄嗟に伊吹は足を出してしまったのだ。そしてそれは足払いの様相になり相手選手はもんどり打って倒れた。
「赤!反則負け!!キミィ!!」
主審が声をあげて伊吹を睨む。
「わ、わざとではありませんわ!」
「......今度、やったら今後、大会出場停止処分にします!!」
伊吹の声など利かずに主審はそう叫んだ。がっくりとうな垂れてベンチに引き上げる伊吹に波哉香は声をかけた。
「ダメだよイブキ。もったいないよ。普通にやればイブキなら勝てない相手じゃないのに......」
「......ふん、ブタで補欠に言われたくないですわっ!」
「見せて!!」
「ちょ、ちょっと!なにするの!」
波哉香は伊吹の言葉など気にせずに伊吹の篭手の防具を外した。すると伊吹の左腕は赤く腫れ上がっていた。
「うわああ、ヒドイね」
波哉香はすぐさまに救急箱からシップを貼りその上から包帯を巻こうとするがそれを途中でやめた。
「いやいや、次の試合までまだ時間があるから先に冷やしたほうがいいね」
そう言うと今度はバケツを手にとり会場の外へと飛び出していった。
「......ハヤカ」
その姿を伊吹は見つめる。そして瞳からは少し涙が滲んでいた。
「そうだ。まだ次の試合がある。北条の言う通りだ。仲間を信じて応援しよう。......それとも今川。ムリそうなら今後の試合は今川に代わって北条を出場させるが?」
後ろで二人の様子を見ていた上杉は今川に声をかけた。
「......大丈夫です!やれます!」
「そうか。でもムリはするな?」
「はい!」
続く中堅の直江は粘り強く戦ったものの時間切れの判定負け。
「おいおい......1回戦負けか?くっ!頼む武田!」
徳川はまさかの事態に焦りをあらわにする。
「あいさ!」
副将の美乃梨はこれまで目立つ活躍はしないものの練習試合では5割以上の勝率を残していた。しかしここで美乃梨が負ければ鳳凰学園の1回戦負けが確定する。
「どりゃあああ!!」
試合開始から1分程過ぎたあたりに美乃梨の豪快な1打が見事に相手選手の脳天を打ち砕く。相手選手はブロックするが竹刀は割れてそのまま美乃梨の一振りが頭に決まったのだ。
「いっぽん!!......審議!キミ!ちょっと竹刀を見せて!」
主審は一度は試合を決めるコールをするが副審の旗が挙がったので美乃梨の竹刀におかしなところがないが他の副審2人を呼んで審議に入った。
「......いっぽん!赤!!」
しかし美乃梨の竹刀に不審なところはないと判断した主審は再度美乃梨の勝利をコールした。
「よし!!」
徳川は思わず片手を突き出しガッツポーズをする。
「よし!よくやった武田!!徳川!!あとはお前が決めろ!!」
上杉も徳川以上に気合が乗った様子で徳川の背中を押すように叫んだ!
「おっし!!任せてください!!」
「と、徳川君!勝って!!」
「おう!お前の彼氏の強いとこ。その目に焼きつきな!」
「......うん!」
徳川に微笑まれ美樹もその笑顔に微笑んだ。美樹はさっきの波哉香と伊吹のやりとりに呆然とし少し嫉妬していたが自分の彼氏の出番になりその気持ちを封じ込め自分の彼氏の応援に無理やり集中しようとするが思わず声が漏れてしまう。
「波哉香......私の仕事なのに......」
そんな美樹の想いなど思いもよらず徳川はあっさりと相手選手の大将を秒たらずで撃破し鳳凰学園は1回戦を辛勝ながらも突破した。
「よし!!よくやった!!次の試合は約2時間後だ!各自休憩と1回戦の反省点を洗い出しておくように!!」
上杉の言葉に各自頷きながらそれぞれの部員達は準備にとりかかるのである。
◇
「大丈夫?痛い?」
「ふん......大丈夫......ですわよ」
伊吹の左手を取り氷と水が入っているバケツに波哉香はつっこむ。その懸命な波哉香の姿に伊吹は声を漏らしてしまう。
「......どうして......ここまでやってくれるの?」
「え?だって私達親友じゃん?」
「は?」
「イブキもこないだ言ってくれたから私も正直に言うね?」
「......」
「私も正直、同じ学年で気になる存在はイブキ......あなただけだったよ?」
「......ハヤカ」
「あなたがいたから私も頑張れた。あなたに負けたくないからって」
そんな雰囲気の二人に側で聞いていた美樹はたまらず自分の彼氏などお構いナシに嫉妬心を表にだしてしまう。
「......波哉香。それって私の仕事なんですけど」
「え?あ~はははは。ごめんごめん、そうだったね。ごめん美樹。じゃあ、後はよろしく!」
さっと波哉香は伊吹の側を離れて美樹に伊吹の今後を託した。
「......どう?今川さん、大丈夫?」
「大丈夫です」
伊吹は少し残念そうにそう答えた。そして美樹はその態度に少しムッとしてバケツから出した伊吹の左手に湿布を貼り包帯をきつく巻くのである。
◇
「美乃梨ちゃん、すごかったね!でも同じ竹刀を使ってるのにどうして相手選手のは割れて美乃梨ちゃんの使った竹刀は割れずにヒビが入っているだけなの?」
「わっはっは。気合だよ気合!」
「へえ~」
波哉香は美乃梨の竹刀をマジマジと見つめていたが美乃梨は豪快に笑うだけだった。
「織田!すごいな!いつのまに俺の技を?」
「はは、さっきも言ったけど見よう見真似ですよ」
「......ほう」
徳川はこの時、織田から敵意を感じたが今は大会に集中することが先決だと思いこれ以上2人の会話はなくなる。
この後、鳳凰学園は3勝2敗を繰り返しなんとか準決勝まで勝ち抜いてきたが伊吹の左手はもう限界にきていた。ほとんど握力がないに等しいほどダメージを受けていたのである。
「......あっ!」
がしゃん!
伊吹は竹刀を床に落とす。そしてそれを見ていた上杉は即座に声をあげた。
「......ここまでだな。北条!今川に代わって次からでてくれ」
「え?は、はい!!」
「ハ、ハヤカ」
「なに?イブキ?」
「負けたら承知しないから」
「うん!任せて!絶対に勝つ!!」
微笑合う2人であったがそれを後ろで苦虫を潰したような顔で美樹は睨んでいた。
◇
会場は熱気に包まれている。観客は剣道では無名の鳳凰学園の準決勝進出に注目していた。古の戦国大名の苗字が多い出場選手からいつしか観客からは鳳凰学園ではなく『戦国学園』などと称されているのだ。
なかでも黒髪ロングの美少女である今川伊吹は左手の負傷を帯びても必死に戦うその姿に大勢の観客が心を打たれファンになっていた。
「お!次は今川ちゃんの出番だな!......あれ?」
観客は伊吹の出番を心待ちにしていたが準決勝の次鋒としてでてきたのは皆が期待していた伊吹ではなかった。
「なんだよ!あの太ってるのは!?今川ちゃんじゃないのかよっ」
「待て待て。あの子も顔は可愛いぞ?」
「ほんとだ......ほう、なかなか」
観客は伊吹の代りに出てきたちょっと太り気味のショートヘアの美少女に注目する。これすなわち波哉香である。
「よおし!織田君に続くよ~~~!!」
先に織田は一本勝ちを決めていたので波哉香もそう意気ごんで右手を挙げぐるぐると回し試合場の中央にと移動していった。
「はじめ!!」
「とりゃさああああ!!!」
主審のコールと供に波哉香は相手選手に突っ込んで行き右手のみで竹刀を相手選手の頭を狙って振り下ろした。その間、秒足らずである。
「い、いっぽん!!それまで!!赤!!」
うおおおおお!!
場内はこれまで以上に沸く。波哉香の外見からは想像もつかない速さだったからだ。
「やったあああ!!」
「ん、んん!!キミ!」
波哉香は思わずぴょんと小ジャンプをし喜びを露わにするが主審にそれをとがめられる。
「あ!あははは、ごめんなさい」
その波哉香の姿に伊吹は大きく頷くのである。瞳に涙を浮かべながら。
「そ、そう。それでこそ私のライバル......いえ、親友ですわ」
波哉香はベンチに帰ると真っ先に美樹のところに行った。美樹も一番先に私のところに来てくれたので喜んで波哉香を向えて抱き合った。
「やったね!波哉香!!」
「うん!やったよ~~~良かったああ!」
「すごかったよ!いつのまにあんなに速くなったの?」
「1週間の走りこみの成果とママの体幹トレーニングとマッサージのおかげだよお。でもこんなに体が軽くなってるとは思わなかった」
美樹との抱擁を終えて今度は伊吹のところに波哉香は歩み寄った。そして自ら右手を少し挙げて伊吹にも右手を挙げるように促すのだ。
ぱあああ~~~ん!!
お互いに手を叩きあった後、波哉香は満面の笑顔で伊吹に言うのである。
「いえええ~~~い!鳳凰学園決勝進出!!」
まだ2戦しか戦っていないがそう波哉香は言い切る。最後の徳川が負けるハズがないと思っているからだ。すなわちこの勝利で鳳凰学園の3勝、決勝への勝ちぬけが確定したと波哉香は思ったのである。
◇
織田は波哉香と伊吹が勝利の喜びに浸っているところを凝視する。
「さすがだな。北条波哉香。俺が目をつけた女だけのことはある」
思わず漏らしてしまった独り言にハっとし周囲に聞かれていないことを確認すると彼は自分の防具や竹刀に損傷はないかチェック作業に入っていた。
「このメンバーなら全国へいけるだろう。ただ俺の目標は剣道での全国制覇などではない。それは余興にすぎんからな......ふはははは.......わーっはっは......」
笑いがこらえきれなくなったのか織田は再び周囲を確認すると慌てて男子トイレへと駆け込むのである。
(続く)