てくてくてく
織田信長は波哉香の後ろをついて歩く。昼ごはんを食べ終わった昼下がりのことである。
「おい、北条、どこに行くんだ?」
「裏庭」
「なんでまたそんなところに?」
「陽のあたらない人気のないところ。あまり人には聞かれたくないでしょ?」
「お!やっぱり告白か!?」
「だから違うって」
織田は告白を波哉香は否定しているが人には聞かれたくない話というので期待に胸を膨らませていた。がしかし、波哉香の口から発せられた言葉は彼を落胆させるのである。
「よし。ここならいいかな?誰もいないし」
「......」
「さて、織田君」
「なんだ?」
「あんた、年齢詐称してるでしょ?」
「はあ?」
「私達の年齢の学習範囲もあらかじめわかってたみたいだし、歳の割にはなんか落ち着いて......大人びてるし......本当は何歳なの?」
「なんだよ、そんなことか。俺はまぎれもなく14歳、お前と同じ歳だ」
「うそだあ」
「本当だって」
「じゃあ、証拠は?」
「そんなもんない」
「......怪しすぎる」
「はあ。いいよもう、なんでも。わかったわかった。俺はお前よりも歳上ってことで。じゃあな」
「あ、ちょっと待ってよ」
「待たねえよ。はあ、くだらねえ」
織田は波哉香を一人裏庭に残しスタスタと教室へ向って歩き出した。
「......まあ、ある意味、歳上なのかもな......」
◇
「波哉香、織田君と何話してたの?」
教室に戻ってきた波哉香に美樹は聞く。
「う~ん。織田君て年齢詐称してるんじゃないかって思ったから聞いたら違うって」
「え?そんなこと聞いたの?」
「うん。本人は否定してたけどね」
「はあ、そうなんだ」
ほっと美樹は安堵のため息を漏らす。ひょっとしたら波哉香は織田とまた付き合うことになるんじゃないかと思ったからだ。
「ねえ、美樹はどう思う?」
「どうって織田君が年齢詐称してるんじゃないかってこと?」
「うん」
「.....さあ?わからないよ」
美樹は言葉を濁す。我那部野太鳳という男が織田と同一人物なら自分達と同じ年齢ということになるがそのことは波哉香に話したくないからだ。
「私の思い違いかなあ」
「そうじゃない?」
「う~ん」
「きゃ~徳川君たちだ!」
ふいにクラスの女子の歓声があがる。全国大会出場を決めてから徳川達はすっかり全女子生徒達の注目の的になっていた。
「ムッ」
一瞬、美樹の表情が強張る。
「あは、ちょっと美樹。おっかない顔してるよ?」
「えっ!?」
「心配だねえ。師匠達すっかりみんなの人気者になっちゃってさ」
「別に心配なんかしてないよ?」
「あはは、無理しちゃって」
「もう」
「なんだ?なんの話?」
徳川は波哉香と美樹の机に近づいてきた。
「師匠達がモテモテになっちゃって心配だねえって話」
「ちょっと波哉香!」
「.....そんな心配はしなくていいぞ。早瀬?」
「うん。してないよ」
「お?お?お?ヒューヒュー熱いよこの!」
「もう!波哉香やめてよ」
「あはは......あっ」
波哉香は織田と目があうが織田はふと視線をそらした。そんな態度が波哉香は気になり先ほどの非礼を詫びることにするのだ。
「......織田君、さっきはごめんね?変なこと言っちゃって」
「いや別に怒ってない。だから心配無用だ」
そう答える織田はどこかそっけなかった。
「ん?どうかしたのか?」
波哉香と織田の様子を徳川は気にかける。
「ううん、別になんでもないの」
「そうか。いよいよ来週から全国大会だ。何か心配事があるなら主将の俺に相談しろよ?北条も織田も?」
「うん、わかった」
「ああ」
しかし波哉香はこの日以来、織田に対してモヤモヤした気持ちのまま全国大会初戦を迎えることになるのだ。
◇
某月某日、剣道全国大会中等部の幕は開ける。高校生でありながら中等部の顧問も兼ねる上杉麗子は自分も一緒に戦いたい気持ちをこらえ檄を飛ばす。
「いいか、お前ら、勝てとは言わん。初出場でここまでこれたのだ。思う存分楽しんでこい」
「はい!」「はい!!」
「それではメンバーを発表する。先鋒、北条!」
「はい!」
「次鋒、今川!」
「はい」
「中堅、武田!」
「あいさ」
「副将、織田!」
「はい」
「そして大将は徳川だ」
「はい」
「今川は手首の状態がまだ、完全ではないらしい。いつでも直江は出られるように準備しておけ」
「はい」
「では、私からは以上だ。各自、試合開始まで良い準備をするように」
「はい!」「はい」
美樹は波哉香のところに行こうとすると波哉香は伊吹のもとへと歩き出した。
「あ、はや......」
そんな波哉香を呼び止めようとするが美樹はあきらめ自分の彼氏のところへ向う。
「どお?徳川君、調子のほうは?」
「ああ、絶好調だ。負ける気はしない」
「そお、良かった」
「なんだ?早瀬は調子悪い?」
「ううん、そんなことないよ」
美樹は自分のことを心配している徳川を気遣い笑顔を見せた。
「そっか、まあ、これから自分の彼氏の活躍をとくとご覧あれ、だな」
「......徳川君て結構自信家なんだね」
「はは、まあ、いまんとこ負けナシだからな。少しは図に乗らせてくれよ」
「そうだね。まあ、いいんじゃない」
「そうだ。何かご褒美をくれよ」
「ご褒美?」
「もし俺がこのまま無敗でいけたらさ」
「うん」
「少しHなこと......いや、2人で旅行にでも行かないか?」
「旅行に行ってHなことするつもり?」
「いやいや、ははは、まあ、いい雰囲気になったらそういうのも有」
徳川の言葉をさえぎるように美樹は少し大きな声を出す。
「そういうのナシならいいよ!」
「は、ははは。まあ、じゃあ、旅行はOKだね」
「もちろん日帰りね!」
「え?う、うん、もちろん」
徳川は頭を掻きながら少しがっかりした様子であった。そんな自分の彼氏の様子などお構いナシに美樹は波哉香達のほうをチラチラ見ていた。徳川はそんな美樹を見て苦笑いをする。
「早瀬」
「ん?」
「行って来いよ。北条達のこと気になってるんだろ?」
「あ、うん。今川さん手首の具合どうなのかって。私、一応マネージャーだし」
「うん、俺は大丈夫だから」
「そう。じゃあ、私行くね」
「おう」
結局、美樹は波哉香達のところに行った。最初から波哉香達のところに行けば良かったのに私は何をしてるんだろう。以前、伊吹に言ったことがブーメランとなっている。素直じゃないのは私も同じか。そんなふうに美樹は思った。
「今川さんどお?手首の具合は?」
「問題ないですわ。ハヤカにテーピングで固定してもらったので」
「......もう、波哉香。それは私の仕事だって言ってるのに」
「えへへ、ごめんね」
「それよりも早瀬さん、今度の対戦相手のデータは?」
厳しい眼差しで美樹を見る伊吹。波哉香と2人でいるのを邪魔されたから不機嫌なのか、それともかなりの気合で試合に臨もうとしているのか美樹にはわからなかったがとりあえずはマネージャーの仕事をこなすことにする。
「初戦の相手は岐阜の八幡中学よ」
「やはた?」
「ええ、要注意人物は先鋒の
「へえ~。師匠や織田君の他に全勝の人がいたんだ」
「ついたとおり名が《ミス・ワン》。一振りで相手を倒すみたい」
「ミス・ワン......ねえ、ハヤカ」
伊吹はちょっと考え込んで美樹から波哉香に視線を移す。
「なに?イブキ?」
「先鋒を私と代わってくれないかしら?」
「ええ!?」
「今川さん、もうオーダー変更は無理なんじゃない?それに一色選手だけじゃなくて相手の人達はみんな強いよ?」
美樹は少し憮然とした表情で伊吹にそう告げた。
「30分前なら変更は可能よ。マネージャーのくせにそんなことも知らないのかしら?」
「むっ」「ちょっとやめなよ!イブキ!先鋒、代わってあげるから!3人で麗子先輩のところへ行こ?」
美樹と伊吹の間に険悪な空気が流れ始めたので慌てて波哉香は仲裁役をかってでたのであった。
◇
「ふむ、話はわかった。でもなぜ先鋒役をかってでるのだ、今川?」
上杉は顎に手を添え少し考え込むような仕草をする。
「それは自分の腕に一振りで倒すという自信が......驕りが一色選手にあると思うからです」
「ほぅ、なるほど。して今川はその一振りをなんとかする自信があるわけだな?」
「自信があるとは言えませんが今までのような篭手攻めとか姑息な手段を使う相手よりは戦いやすいと思います」
「......ふむ、よしわかった。変更を認めよう。早瀬!先鋒と次鋒を入れ替えて再提出しておいてくれ」
「はい!」
美樹は手早くオーダー表を書き直すと審判団が陣取る席へと急いだ。その途中で自分の学校の応援団幕に気がつく。
「......『鳳凰学園・デュオ・カロス、今川伊吹、北条波哉香』?」
この瞬間、激しい嫉妬感に襲われる美樹は自分も選手として波哉香と一緒に剣道やれば良かったと思うがすぐにそれは誤った考えだと思い直す。
「......無理だよね、私が波哉香達みたいに活躍できるわけじゃないし......にしたって波哉香の名前が先に来るべきでしょ!」
◇
全国大会初戦、会場は物凄い熱気に包まれていた。一色選手と伊吹が試合場に姿を現すとボルテージは最高潮となる。
「ワ・ン!ワ・ン!ワ・ン!」
敵の大歓声を背に伊吹は不敵に笑う。
「うふふ、弱い犬ほどよく吼えると言いますわ。......私にはハヤカがいればそれでいい」
しかし、伊吹にもこの大会を通してその戦いぶりに観客の心をガッチリと掴んでいてファンからの声援も多かった。
「イブキ!イブキ!イブキ!」
「イブキィ~!ファイトォ~!」
大歓声の中でも波哉香の声はしっかりと伊吹に届いていて伊吹もその会場の誰よりもその波哉香の声援に感動しワナワナと全身を震わせていた。
主審は伊吹と一色選手を中央に来るように手招きをする。
「今川さん、はじめまして。悪いけど一瞬で終わらせてもらうね」
「どうも。やれるものならやってごらんなさいな」
2人とも主審に聞こえない本人同士しかわからない小さい声でささやいた。
「それでは!はじめ!!」
「ていやああああ!」
一色選手は素早く伊吹の間合いに飛び込んで上段から竹刀を振り下ろす。が、伊吹は自らの竹刀の角度を変え最小限の動作で一色選手の竹刀の軌道を変えていなし、自らは身を翻した。
伊吹は自らの竹刀を振り下ろす。そして叫ぶのだ。
「......ノー・ワン!」
ドオオオオオン!!
試合会場はその伊吹のパフォーマンスにもはや歓声なのか騒音なのかわからないほどに物凄い音を立てて湧き上がった。
「......なるほど。初出場といっても全国への切符を手に入れたことだけのことはあるね」
一色選手はすぐさまに態勢を建て直しするどい突きを繰り出してきた。最近までは中学生までは禁止されていた突き技であるが防具の性能が強化された近年では中学生からの使用が認められている。
ひゅんひゅんひゅん!
伊吹は上半身のボディコントロールのみで一色選手の竹刀を交わす。
「な、なぜ!当たらない!突き技は試合で初めて見せた技なのに!」
「おほほほ!その程度なのかしら?」
「くっ!私はこんなところで時間を割くわけにはいかない!次で終わりにする!」
「さて?どうかしら?終わりになるのはどちらかしらね?」
「ていやああああ!」
「せいい!!」
ほぼ同時に一色選手と伊吹は上段から竹刀を振り下ろした。
「......いっぽおおおん!!それまで!!勝者、赤!!」
勝ったのは伊吹であった。伊吹の竹刀は一色選手の脳天を叩いていたのだ。がっくりとその場で一色選手は崩れ落ちた。
「そ、そんな......この私が初出場校の無名の女子に負ける......だと」
「おほほ!!これぞ今川流、天の舞......とでも言っておこうかしら?」
わあああああああああ!!
場内は静けさから堰を切ったように割れんばかりの大歓声となった。
伊吹は波哉香達が陣取っている場所へ歩を進めると波哉香が猛ダッシュで伊吹に飛び掛ってきた。
「わあああい!!やったね!イブキ!!」
波哉香は伊吹に抱きつく。そしてそのまま伊吹は目を閉じた。至福の刻。大好きな人の期待に応えられて何事にも代えがたい達成感を味わっていた。
剣道の防具ごしに伝わってくる波哉香の体温を感じながら伊吹も波哉香を抱きしめたい衝動をぐっとこらえている。
「......ハヤカ。次はあなたの番よ」
(続く)