第163話
「いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
母、波香に玄関先から送り出される北条波哉香。彼女はそのまま鳳凰学園高等部へと進学し花の女子高校生となった。
「んー......」
ふと通りすがりながらコンビニの前にある大きな樹を見つめる。中学生まではここで幼馴染の美樹と待ち合わせて一緒に学校まで登校したものだ。くすっと笑い親友は今頃手でも繋ぎながら彼氏と一緒に電車にでも乗っているのだろうなと波哉香は思いにふける。
......そして思い出すのだ。
◇
鳳凰学園中等部は初出場ながらも全国大会決勝戦へと勝ち進む。
決勝の相手は和歌山県代表某中学校であった。先鋒を務める波哉香は敵の先鋒と挨拶を交わし自分の立ち位置である白いラインテープへと歩を進める。そして試合前のミーティングで上杉麗子顧問の言葉を思い出していた。
「いいか、みんな。相手も私達と同じ初出場でこの決勝戦まで勝ち進んできた。相手校の今まで戦いぶりはみんなも昨日見ての通り、なんとなく戦って勝って来ている」
上杉の言う通り敵情視察で昨日部員メンバー全員で相手校の準決勝戦を観戦したが、のらりくらりと相手校は全勝で決勝まで勝ち上がってきたのだ。圧倒的な強さは感じずいつのまにか勝っている。そんな感じであった。
そして波哉香はたとえどんな相手でも負けるわけにはいかないと意気ごんでいた。親友の1人である今川伊吹は右手に負傷を抱えながらも全国大会に出場後はなんと全勝でここまで来ている。波哉香自身はこの決勝までに2敗していた。
(......イブキに遅れをとるわけにはいかない)
「はじめえ!」
審判の合図とともに波哉香は猛ダッシュで一気に相手の間合いへと詰め寄る。
「どりゃあああああ!」
「ひゃあああ」
波哉香の気迫に押され相手選手は後ずさる。しかし数秒後に負けていたのは波哉香であった。
「一本!それまでえ!」
「え?え?なんで?」
わけもわからず自分の面に相手選手の竹刀が打ち込まれていたのだ。
波哉香の敗戦により鳳凰学園のベンチは意気消沈したが次鋒の伊吹がそんな嫌なムードを払拭する。なんと開始直後に綺麗な胴が相手選手に決まり鮮やかな一本勝ちを決めたのだ。
「やったね!イブキ!!」
波哉香は自軍のベンチに戻ってくる伊吹にたまらず抱きついた。
「うふふ。当然ですわ」
波哉香はこの瞬間は実に嬉しかった。自分のせいで決勝まで来て負けるのはイヤだったからだ。
「よおおし!次は早瀬!!いけ!」
「はい!!」
「え!?美樹!?」
中堅選手に任命されたのはなんとマネージャーである早瀬美樹であった。
「なんで美樹が!?」
「うむ。実は武田の足の具合がよろしくなくてな。直江もお腹の調子が悪いらしい。こんなこともあろうかと一応、早瀬も選手としての登録をしていた。だが本当にこういう事態になるとは思わなかったがな」
上杉は申し訳なさそうに波哉香に弁明する。
「え?そうだったんですか?」
「うむ。このことは他のみんなには試合が始まるまで内密にしておこうと関係者で話あっていたのだ」
「......ほへー」
上杉の説明を聞きながらも心配そうに美樹の試合の様子を見つめる波哉香。だがその心配とは裏腹に美樹は優勢に試合を進めていた。
「え?え?美樹、強いじゃん!」
「やあ!やあ!」
小刻みに相手選手の篭手を狙いつつ、ついに美樹の竹刀は相手選手の面をとらえていた。
「一本!それまで!」
「え?やった!!美樹が.......勝った!!」
波哉香と伊吹は一斉にベンチから飛び上がり美樹めがけて駆け出しそして抱きついた。
「やった!やったよ!!美樹!!」
「うん!私、勝ったよぉ!良かったああ!!」
伊吹は冷静に美樹の勝利を喜んでいたが波哉香と美樹は泣き出していた。
「よおおし!!この大会、鳳凰学園がとったぞ!織田!徳川!油断せずに決めて来い!!」
「はい!」「はい!」
上杉の言葉通り副将である織田、大将の徳川はきっちりと敵将を粉砕し鳳凰学園剣道中等部は初出場ながらも全国大会優勝を決めたのであった。
......そしてその数日後に波哉香は竹刀を持つことをやめた。
「はあ、ひとりぼっちか......でも仕方ないよね。私が自分でそうしたんだから」
1人で電車に乗りやがて学校の最寄の駅につく。そして学校へ向って歩き出す。
「はあ、学校......行きたくないな......」
◇
大会決勝戦の夜。
波哉香の両親は娘の帰宅を待ちかねていた。
「ただいまあ」
「おかえり!」「おかえりなさい」
波香と時哉は笑顔で我が娘を迎える。
「どうだった、ハヤカ?」
時哉は若干、元気のなさそうな娘を気遣い少し遠慮気味に尋ねた。
「うん、勝ったよ」
「おお!そうか!」
「うん」
「??」
「ハヤカ、優勝したのに不満そうね?」
「ん?ううん、そんなことないよ!全国大会優勝!すっごく嬉しい!!」
波香は不思議そうに娘の顔色を伺うがそれ以上、余計な詮索をせずに夕飯の支度にとりかかった。
そして時哉と隼が床に就いたあと波香と波哉香は食卓に2人きりとなった時、突然波哉香は泣き出した。
「どうしたの?」
「うっうっ......ママ、私、すっごくヤな子だ......」
「なんで?」
「......親友の活躍で優勝したのに......素直に喜んでない私が」
「??」
「私は負けたの.......決勝戦」
「ん?」
「だけどイブキと美樹は勝った」
「......そう」
「......私だけが負けて......」
「そう......それで悔しいのね?」
「......うん」
「......」
「ねえ、ママ」
「ん?」
「ママの言う圧倒的な力ってどうすればいいの?」
「......そうね......ハヤカはどうすればいいと思う?」
「わからないよ」
「......まずはそうね。あなたには伊吹ちゃんと美樹ちゃんには足らないものがあると思うわよ」
「私に足りないもの?」
「そう。まずはそれがなんなのか?見つけなさい。見つかれば自分がどうすればいいか、見えてくるはず」
「......イブキと美樹にあって私に足りないもの......なんだろう?」
「私にもわからないけどもしかしたら波哉香は恵まれすぎているのかもしれないわね」
「......前にイブキに私はなんでも持っていて羨ましいって言ってた」
「そう......なるほどね」
「私って甘やかされているのかな?甘いのかな?」
「ふふふ、さあ?どうかしらね」
「......」
2人はその後、無言で眠くなるまでテレビを眺めていた。
翌日いつものように波哉香は美樹の待つコンビニの前の樹まで向う。
「おはよ!波哉香」
「おはよう!」
いつもと変わらない美樹。なぜだか波哉香はホッとしていた。
「私達、本当に全国で優勝しちゃったんだね」
話題は昨日、行われた剣道の決勝戦となっていた。
「......うん。でも、美樹いつのまに練習してたの?」
「え?練習っていうか、たまにみんなに付き添ってただけだよ?ランニングとか」
「え?ほんとに?」
「うん」
「あの日、美樹の相手の中堅選手だって竹刀さばき相当すごかったけど」
「そお?私には大したように感じなかったけど。少なくとも波哉香や今川さんのいつも見ている剣道よりは」
「ほへー......美樹ってばひょっとしてすごい素質あるんじゃない?」
「そんな。ないよ。たまたま運が良かっただけだって」
「ふうん」
どこまでも謙虚な美樹に逆に波哉香は自分が恥ずかしくなってきた。
「ごめん美樹。私、嫉妬しちゃってる」
「え?」
「......私、ヤな子だよね......ごめん」
俯く波哉香に美樹は焦る。
「え?え?どうしたの?波哉香?」
「......私、悔しいの。美樹達は勝ったのに私は負けちゃって......」
「波哉香.....」
美樹は次に自分が何を話せばいいのかわからなくなっていた。
「波哉香。決勝まで波哉香の頑張りがなかったら当然、優勝なんかできなかったわけだしそんな気にすることじゃ.......」
「......」
ダメだ。今の波哉香には何を言っても逆効果になると美樹は直感した。と同時になんで今、こんなことを話してしまったんだろうと後悔する。
「ごめん美樹。ホントごめん。しばらく1人にして......」
「は、波哉香!」
波哉香は俯いて美樹にそう告げるとタタタと足早に1人で登校してしまった。
教室に入ると既に波哉香の机の近くに伊吹は来ていて満面の笑顔で待ち構えていた。
「ハヤカ!おはよう」
「......おはよ」
「あら?元気がないですわね?折角、全国大会優勝を果たしたというのに」
「......」
「まさか決勝戦であなたが負けたことを気にしているんじゃないでしょうね?」
「くっ.......うるさいなあ」
「おほ、おほほほ。私達の活躍で優勝できたんだから感謝することね?おほほほほほ」
「......イブキのばか。さっさと自分のクラスに戻ったら!?」
「ばかですって?自分が決勝戦で無様に負けたからってそんな言い草はないでしょ?」
「うるさいなあ!」
「おほほほ。せいぜい精進することね。次の大会でまた無様な戦いをして私達の足手まといにならないように」
「......」
伊吹はそう捨てゼリフを吐き自分のクラスに戻っていった。
HRが始まる頃波哉香は自分の愚かさに泣けてくる。
(......うっ、私、何をやっているんだろう......うっ......美樹......イブキ......ごめん。私、2人の親友でいる資格ないね)
◇
1人、教室に入る波哉香。高校生となった波哉香は美樹、伊吹、そして剣道部の連中とは違うクラスになっていた。
昼休み。
「ねえ、北条さんも一緒にこっちでお弁当食べない?」
「え?う、うん」
クラスメイトに話しかけられ思わず応じる波哉香。
「ねえねえ、北条さんってあの北条財閥グループの娘さんなんでしょ?」
「うん、まあ」
「きゃーすごい!」
「は、あはは......」
つまらない。なんてつまらない会話なんだろう。美樹と伊吹といた頃とはまったく勝手が違っていた。
(他の人はいつも同じことばかり.......でも、しょうがないよね。あの関係を壊してしまったのは自分なんだから......)
波哉香はクラスメイトの女子生徒に尋問とも言える会話を無難にこなし昼休みを過ごした。
(ふう、あと2時間の授業か......もう、高校の学習範囲は全部終わってるし......はあ、つまらないな)
憂鬱そうに教科書を広げる波哉香。
ところが午後の授業がはじまるちょっと前に担任の先生がクラスにやってきた。
「あー、ちょっと北条くん。職員室に来てもらえるかな?」
「え?はい」
担任の先生に手招きされ教室をで出て波哉香は職員室に向った。神妙な面持ちで担任の先生は自分の机の椅子に座り波哉香をその正面へと椅子を用意し座らせた。
「あー、実はな北条」
「はい」
「キミを海外へ留学させようって話が来ている」
「え?海外ですか?」
「うむ、どうだね?大学はA国のH大だ」
「へ!?」
「キミの母さんもそこの出身なんだってな?どうだい?」
一瞬、家族の顔が浮かびそして美樹や伊吹の顔が浮かぶ。
「は、はい!ぜひ行かせてください!」
「よし、わかった。では早速来週から向こうの講義を受けてくれ。場所は......」
担任は自分の机の中から封筒を取り出し、書類を波哉香の前に広げ段取りを始める。
(はあああ、海外かぁ......)
◇
「うん、いいと思うわよ」
波哉香は家に帰り母の波香に相談するが2つ返事で許可を貰った。
「おいおい、ハヤカにはまだ早すぎるんじゃないか?」
父の時哉はすかさず止めに入るが波香にじろっと睨まれそれ以上、2人の会話に口を挟むことはなかった。
「じゃあ、僕も行く!」
冷蔵庫の牛乳を取り出しに行った、弟の隼は牛乳を片手に振り返りながらそう言った。
「あんたはダメ」
波香はそれだけ言い放つと今度は振り返り波哉香の目を見る。
「......ハヤカ。向こうまでに行く交通費と当面の生活費はもちろん私が出してあげる。だけどそれ以上は自分でなんとかしなさい」
「うん、わかってる」
「本当に行くつもりなのか?ハヤカ?」
「うん、私、行くよ」
「行かないでよ!お姉ちゃん!」
「ハヤブサ、ごめん」
「行くな!」
「行かないで!」
時哉と隼はすがるような目つきで波哉香を見つめるが波哉香は首を振り自分の部屋へと足早に去っていった。
◇
翌日、波哉香が海外留学をすると言う話は学校内に知れ渡っていた。
「私達から逃げる気ですの?」
今川伊吹はずかずかと波哉香のクラスに押しかけてきて波哉香の席の机にどしっと腰掛け波哉香を挑発する。
「......」
波哉香は無言のままだ。
「どうして?私達親友になったんじゃないの?......なのにあなたはあの日以来、私達を避けて......」
「......イブキはさ、前に私に言ったよね?私はなんでも持っていて羨ましいって」
波哉香は視線を伊吹に移し見つめ、話し出した。
「ええ。言ったわ」
「私、その言葉に優越感を感じていた。......愚かだよね。でもね、心の中では私、本当はあなたを恐れていた」
「え?」
「......イブキにはきっと何をやっても敵わないんじゃないかって」
「そんなことはないでしょ?」
「ううん。実際、剣道では私、イブキにすごく遅れをとっていると思うし勉強でも今ではほぼ互角......いいえ満点以上の成績があったらイブキのがもしかしたら上かもしれない」
「......」
「でね、ここが一番、私がイブキってすごいなぁと思うところがあって......」
「それはなんですの?」
「......イブキはお父さんやお母さんがいないのに自分で生活できてて......」
「それは......」
「だから私も海外へ行って1人でやってみたいんだ。なんでも。だから私、行くよ。......逃げるんじゃない。あなたと肩を並べて歩くために。あなたにふさわしい親友になるために」
「......ダメよ。行かせないわ」
「行かせてよ、イブキ」
「ダメ!!もしどうしても行きたいって言うのなら......」
「イブキを倒してからって?......無理だよ。今の私にイブキは倒せない」
「じゃあ、海外留学は見送りですわね」
「......だから、行くってば」
「......行かないでハヤカ......私達やっと親友になれたんでしょ?なのにどうして.......うっうっ」
突然、イブキは泣き出した。さきほどまでに喧嘩になりそうな雰囲気とはガラリと変わる。
「......ごめん、イブキ......うっ......」
その2人の様子を波哉香のクラスの外から美樹はじっと眺めていた。彼女も瞳にうっすらと涙を滲ませその場からそっと去っていった......
(続く)