「......」
「......」
授業の合間の休み時間、隣の席だというのに波哉香と美樹はあの日以来ろくに会話もせずにいた。
「早瀬。ちょっといいか?」
「......うん」
そして毎回、そんな気まずい雰囲気から美樹の彼氏である徳川は助け舟を出すのだ。徳川は美樹を連れ出し教室から出て行く。そんな様子を波哉香はさすが美樹の彼氏だなと思うし内心自分でもホッとしていた。
「北条、ちょっといいか?」
「へ?」
波哉香にも声をかける男子生徒がいた。後ろの席の織田信長である。彼は波哉香達の様子をずっと伺い声をかけるタイミングを待っていたようだ。
「織田君?なに?」
「ここではちょっと......裏庭へ行かないか?」
「なんで?」
「なんでって......話があるんだ」
「それでここでは話しづらいと?」
「まあ、そうだな」
「あは。昔と逆だね。でも私、年齢詐称してないよ?」
「そんな話じゃねえよ。とにかく来てくれ。時間はとらせないから」
「うん、わかった。いいよ」
波哉香はにこっと笑い織田のあとをついて教室を出て行った。波哉香達が裏庭につくとそこには噴水があったが水は出ていない。どうやら故障しているようだった。そんな噴水を波哉香は眺め、視線を織田に移す。すると織田は大きく深呼吸をし、じっと波哉香の瞳を見つめ話し出す。
「......お前、このままでいいのか?」
「へ?何が?」
「早瀬達とだよ」
「へ?」
「このまま喧嘩別れみたいな状態でお前は海外へいっちまうのかよ?」
「う~ん、喧嘩とか別にしてないしなあ」
「......でも今の状態がいいとは自分でも思ってないだろう?」
「......そりゃあね。でも仕方ないじゃん。そうなっちゃったんだから」
「......お前」
「なに?話ってそれ?」
「まあ、そうだ」
「なあんだ。告白されると思って期待しちゃった」
「お前なあ......仮に告白だとしてもこのタイミングでお前がOKするとは思えないだろう」
「まあ、そうだね」
「......本当に行くのか?」
「うん、行くよ。来週、日本を発つ予定」
「......そうか」
「なに?寂しい?」
「当たり前だろ」
「は?......もしかして織田君って私のこと好きなの?」
「ああ、好きだ。......ずっと前から好きだった」
「へ?なんで?」
「人を好きになるのに理由が必要なのか?」
「......そうだけど、なんで織田君は私のこと好きなのかな?って素朴な疑問」
「その問いに答えが必要だと言うなら......」
「待って。言わなくていいよ。......ごめん。本当に織田君が私に好意を持っているとしても今はその気持ちには応えられない」
「ああ、わかってたさ」
「......織田君はすごいよね。勉強も......剣道だってあっという間に強くなっちゃたし......私は.......日常の中でどこか物足りなく感じてた時があって、でもそれは自分の思い上がりだったって思い知らされて」
「......」
「自分の周りの人達が......私よりもすごいところを見せてくれて......なんだか自分が情けなくなっちゃって......」
「......」
「だから私もっと、すごくなりたい。どうすればいいのかまだわからないけど、とりあえず、なんでも自分でやることからはじめようと思ってるの」
「そうか」
「でも、きっと戻ってくるよ。日本に」
「ああ、帰ってこいよ」
「うん、その時はよろしくね」
「ああ」
「......美樹達にもちゃんと話すよ」
「ああ、それがいい」
「うん!」
◇
昼休みになると波哉香の隣の席の美樹はいそいそと自分の鞄から弁当箱を2個取り出す。
「それってカレシの分?」
波哉香はにこっと笑い美樹に微笑みかけた。
「!!......あ、えとね。波哉香の分もあるよ!......はいこれ!」
美樹はさらに鞄からもうひとつの弁当箱を取り出し波哉香に差し出した。
「......美樹」
「あはは、波哉香と仲直りできたら食べてもらおうと思って一応、作ってたんだ」
「え?今まで毎日?」
「えー......うん」
「う......美樹.......ごめん......」
「あ、あ、いいって!私が勝手にやってたことなんだし!ねっ、屋上へ行く階段のところで私達と一緒に食べよう?」
「うっううつ.......うん」
号泣する波哉香を美樹はなだめながら二人は屋上へと向っていく。
「......はああ.....私は本当、幸せものだ......」
流れる涙を拭いながら波哉香は伊吹にもちゃんと話をしないといけないと思ったのであった。
◇
放課後。
波哉香は伊吹のいるクラスへと足を運ぶ。伊吹はちょうど帰り支度をしていて机の中の家に持ち帰るものを鞄に詰めていた。
「イブキ、一緒に帰ろう?」
「!!......ハヤカ」
伊吹は少しビックリした表情を見せたがすぐさまニヤケた顔に変わっていた。
「しょうがないですわね、ま、あなたがどうしてもと言うのなら」
「どうしてもだなんて言わない。これは命令」
「は?」
「今川伊吹。私と帰りなさい」
「は、はい」
少し強引な波哉香の態度にまたもや伊吹は驚く。そして素直に従った。
伊吹と2人で下校するのは久しぶりであった。波哉香はこの時間をとても愛しく感じていた。おそらく伊吹とこのようにして下校することはもうないだろう。
「寄り道してくよ」
「え?どこに?」
「駅前のクレープ屋さん」
「え?でも私、お金は......」
「そんなものは私が出す」
「え?ハヤカに恵んでもらう理由が......」
「別に恵むわけじゃない。私とクレープを食べなさい。これは命令」
「え。ええ」
2人はしばらく無言で歩いた。波哉香が何を考えているかまったく伊吹にはわからなかった。
「さ、ついたね。イブキは何がいい?」
カウンターの上のメニューを見ながら波哉香は伊吹に問う。
「あ、ええと。じゃあ、イチゴをお願いするわ」
「じゃあ、私もそれにするかな。あ、すみません。イチゴクレープを2つください」
波哉香はお盆の上に注文したイチゴクレープを2つ乗せあいている席にスタスタと向っていく。伊吹も波哉香のあとに続いた。
「どっこいせっと。さあ、食べよう」
「ええ」
「あぐ.......うん!おいしい!」
クレープをひとくち食べると波哉香は満面の笑みで伊吹に笑いかけた。伊吹も波哉香に倣いクレープを口に運ぶ。
「ええ。本当においしい」
「うんうん。......さてと。私は来週から海外へ行きます」
「......ええ」
「何か文句ある?」
「......」
「言っとくけど私は逃げるんじゃない。私はパワーアップして必ず日本に戻ってくる!OK?」
「ええ。わかってるわ」
「日本に戻ってきたら、また私の親友になりなさい。これは命令」
「!!」
その言葉に伊吹はクレープを食べてうつむいていた顔をばっと上げ波哉香の顔を見る。
「ハヤカ......いいえ。戻ってきたらではないわ」
「ふぇ?」
「向こうに行っても私達は親友ですわ。違うのかしら?」
「あは。そうだね。......元気でね、イブキ」
「おほほ、私よりも自分の心配なさったら?向こうでは何があるか、わかりませんことよ?」
「ぐぬう、どんな危機でも私は乗り越えて見せる!」
スプーンをぎゅっと握り締め波哉香は上を見上げ力強く唸った。
「おほほほ.......ハヤカ、大好きよ」
伊吹のその小さな声は波哉香に届いているのかどうかわからないが伊吹は満足そうな笑顔で波哉香のクレープを食べている姿を見つめるのである。
◇
「さて、いよいよ来週ね」
波香は夕飯の食器を片付けながらTVをぼうっと見ている波哉香に話しかけた。
「うん」
「だいたいの準備は出来てるの?」
「うん」
「......はあ、気のない返事ね?もしかして怖気づいちゃった?」
「そんなことないよ!」
波哉香はくるっと振り返り波香にそう答えた。
「あら、そ。でも言っておくけど学費と向こうまでの旅費は私がなんとかしてあげるけど向こうに着いたら生活費やお小遣いは自分で稼ぎなさいねー」
「ええ!?聞いてないよそんなの!!」
「ええ、今、言ったわ」
「......そんなああ!」
「じゃあ、行くのやめておく?今ならまだ中止にできるでしょ?」
「ぐぬぬぬぬ。......ママも私が向こうに行くことに反対なの?」
「......そうね。反対かもね。向こうでは日本ほど治安はよくないだろうし......まともな親なら子供の安否を心配するのは当然だと思うわよ」
「......大丈夫だよ」
「......それに観光気分で行って取り返しのつかないことにならなくもないわ」
「......ママだって若い頃行ったんでしょ?同じ大学に?」
「そうよ。ママの時もいろいろあったわ」
「え?どんな?」
「殺されそうにもなったし強姦されそうにもなったし......」
「え......」
「行くのやめる?」
「ううう」
「行く覚悟があるならそれ相応の覚悟を決めなさい。いろいろあるかもしれないけどそれを乗り越えた時、ハヤカが得るものは大きいと思うわ」
「......圧倒的な力......か......そうだね、私、行くよ。自分ひとりの力で乗り越えてちゃんと向こうの大学を卒業して日本に戻ってくる!!」
「うん、がんばりなさい。無事に卒業して帰ってきたその時は盛大に卒業祝いをやりましょう」
「うん!じゃあ、ママ。私、お風呂入って寝るね」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
波哉香は自分の食器を洗い終わると自分の部屋に行き着替えを取りに行った。
「ナミカちゃん」
波哉香と入れ替わるようにリビングに時哉が入って来る。
「あら、トキヤいたの?」
「本当に行かせる気かよ?」
「ええ」
「はああ、心配だなあ~」
「なにメソメソしてんのよ」
「まだ、ハヤカは中学生だぞ?早すぎるよ」
「また、同じことを何回も......もうすぐ高校生でしょ......まあ、向こうでは大学になるけど」
「ああ、心配だー心配だー心配だー」
「はあ、私も同じことを何回も聞かされて頭が痛くなってきた」
「ねえ、ナミカちゃん、たまにハヤカのところに......」
「それはダメ」
「なんで!?」
「自分でいろいろなことを乗り越えてこそ成長するものでしょ?親に頼ってたら意味がないわ」
「だってまだ、ハヤカは中学生だぞ?」
「もう!はー......そういえばハヤブサは?」
「知らん」
◇
「お風呂お風呂♪ざぱーん♪」
波哉香は自分の着替えを持ちタオルを振り回しながらバスルームに向っていく。
「おねえちゃん」
振り返ると弟の隼が波哉香の後ろに立っていた。
「ん?ハヤブサなに?」
「本当に行くんだね」
「うん?行くよ」
「......」
隼は俯いたまま何も言わない。
「大丈夫だって!ちゃんと無事に帰ってくるし」
「どのくらい向こうにいるの?」
「う~~ん......最短で3年くらいかな?」
「......3年......」
「あはは、3年くらいすぐだって」
「すぐじゃないよ。僕はもう高校生じゃん」
「うん、そうだね」
「おねえちゃん、最後に一緒にお風呂僕もいい?」
「はあああ?んなのダメに決まってるじゃん!」
「なんで?3年前くらいは一緒に入ってたじゃないか!」
「あのときはまだ二人とも小学生でしょ!」
「いいじゃないか!またしばらく会えなくなるんだし!お願いだよ!」
「んんんん.....わかったわかった。一応ママに了解とるから。黙ってたら変な誤解されるかもだし」
「え?本当!やったあ!言ってみるもんだね」
波哉香はてくてくとリビングに向った。
「ね、ママ。あ、パパもいたんだ。ハヤブサが最後に私の背中流したいから一緒にお風呂入ってもいい?」
「ええ、いいわよ」
「なぬ?じゃあ、パパも!」
「アンタはダメ」
「なんでだよ!」
「はあ......もう、いちいち話すのも面倒くさくなってきたわ」
すくっと波香は立ち上がり無言のままタオルを時哉の両手と食卓の椅子に縛り付けていく。
「え?おい、ちょっと!あ!ハヤカ!ハヤカアア!!」
父の無残の姿を一瞬だけ見るとくすっと笑い波哉香はバスルームへと向っていった。
◇
......ちゃぽん
無言のまま姉弟は向かいあって湯船につかる。
「さ、背中流してあげる」
「う、うん」
波哉香は隼の裸をなるべく見ずに隼を湯船からでるように促した。波哉香を背にし隼は洗い場のイスに腰掛けた。そしてその際に波哉香は見るつもりはなかったが鏡の反射越しに隼のモノを見てしまったのだ。しばらく動かない姉を不審に思い隼は顔だけ波哉香に向けて振り返った。
「おねえちゃん?何赤くなってるのさ?」
「え?あ、あははは。熱いね。よし!私も出るから隼、前向いて?」
波哉香にそう言われて隼は再び前を向く。波哉香はちょっと動揺しながらも湯船から出てタオルに石鹸を捏ね繰り回し隼の背中を洗う準備に入る。
「あは、あははは。ハヤブサは大きくなったねえ」
「なにが?」
「え?あ、背中。そう背中よ。あはは」
「うん......おねえちゃん」
「なに?」
「実は僕、ずっと前からおねえちゃんのこと好きだったんだ」
「......そんなの知ってたよ......ずっと前からね」
その言葉の後はしばらく無言のまま弟は姉に自分の背中を委ね姉は3年前とはさほど大きさは変わらない弟の背中を洗うのであった。
(続く)