「はあはあはあ、時哉さん時哉さん時哉さん...。」
学校で別れを北条時哉から宣告されふらふらと足取りがおぼつかないままなんとか帰宅した神崎恵美。
晩御飯も食べずに自室に籠っていた。
恵美の両親はまだ帰っていなかった。
恵美の父母とも企業の重要なポストについていて滅多に遅くなることはないのだがこの日は珍しく帰宅が遅かった。
「...私と別れて城之内先生と付き合うっていうの?」
ぶつぶつと恵美は独り言を繰り返している。
「...時哉さん...あああああああ、もう、ダメ。嫉妬で頭がおかしくなる!」
恵美は自分のベッドの上でのたうち回っている。
そしておもむろに自分のスマフォを取り出し北条時哉との情事を再生した。
それを片手に見ながら自分を慰める行為を始めた。
「...んっ。...時哉さん...時哉さん...ん!」
彼女はそれを朝方まで繰り返し一睡もできなかった。
それでも彼女は学校を休まなかった。
異性に振られたくらいで学業をおろそかにできない。
神崎財閥総帥の一人娘としてのプライドがそうさせているのだろうか。
たたたっ。
「おはよう!恵美。...えっ!」
神崎恵美の親友の長谷川真子は学校へ向かう途中、恵美に気が付いたので追いかけて声をかけた。
「おはよう、真子」
「...ちょっと!顔色すごく悪いよ?どうしたの?」
「そお?...別になんでもないよ?」
その2人のそばを颯爽とあの女が通り過ぎていく。
「あ!城之内先生。おはようございます!」
真子は元気よく挨拶をした。
「...お..は...ようございます」
恵美はなんとか声を振り絞ってそう言い放った。
「あら!2人ともおはよう!今日は良い天気ね。今日も1日がんばりましょう!」
「はい!」
「はい」
女はそう言うと2人から離れて先に学校へと向かって行った。
「...城之内先生かっこいいね。」
真子はぼそっとそう言った。
「...あの女あの女あの女...が来たから....あの女あの女あの女...」
真子の発言にも気が付かずに恵美はぶつぶつとお経らしきものを唱え始めた。
「め、恵美!?どうしたの!?」
「...死ね死ね死ね」
「恵美!?」
真子は親友の豹変ぶりにただオロオロするだけだった。
◇
「今日からこのクラスの担任となった『城之内』だ。宜しく頼む。」
ウワーーーー!
パチパチパチ!
教室内から大歓声と拍手が巻き起こる。
「じょーのうち!じょーのうち!じょーのうち!」
生徒の1人が城之内コールを始めるとそれは瞬く間に伝播し教室内はまるでアイドルコンサート会場と化した。
ジョーノウチ!ジョーノウチ!ジョーノウチ!
「ははは、ありがとうみんな!」
その女はそう言いつつ両手を上から下げて大歓声をやめるように求めた。
「...私がこのクラスを担当するからにはみんなの希望する進路につけるよう100%達成率を目指す」
「おおおお!」
「その為にはどんなことでもいい。学業の障害となる悩みは全て私に相談しろ」
「オオー!?」
「勉学の伸び悩み、友人、親との人間関係、異性との恋。どんなことでもだ!」
「おおおおおおおおお!!」
「先生!!」
教卓から向かって一番左の前の生徒が挙手をした。
「なんだ?相沢!?」
「ホームランが打てません!どうしたらいいでしょうか?」
「走れ!ただひたすらに!下半身の強化はバッティングフォームを安定させる!話はそれからだ!」
「わかりました!」
「...走りながらの言葉を発しての暗記術はやめておけ」
「了解であります!」
「先生!」
そして目の前の黒縁眼鏡をした生徒が挙手をした。
「なんだ!?黒崎!」
「ぐっ..。僕は黒崎ではありません!」
「あ、そうだったな。なんだ?品田?」
「品川です!!」
そのやりとりにクラス内はどっと笑いが巻き起こる。
「か、彼女が欲しいです!」
「ん?か、彼女か...」
「はい!...ごくっ」
「誰か!品川の彼女になってやってくれ!」
その女はいきなりクラス内の女子生徒にそう呼びかけた。
「え!?え!?」
し~~~~ん。
クラス内は今までの騒がしさから静まり返った。
「...どんな公開処刑だよ。」
「品川の彼女なんてなる奴いるか?」
ひそひそと各生徒達から影口が聞こえる。
「品川はいい奴だぞ?成績もいいし、一流大学も充分狙える。一流企業への就職も可能だろう。そしてなんと言っても浮気しそうにない。奥さんだけを大事にしてくれるだろう。私が保証する!」
し~~~~~ん。
「...ダメだ。品川、あきらめろ!」
「そ、そんな」
「ハイ!」
その時、後方から1人の三つ編みメガネの女生徒が顔を真っ赤にして挙手をした。
「ん、なんだ
「あの、わ、私、品川君の彼女になってもいいです。...っていうかなりたいです!」
うおおおおおおおおお!
クラス内はまたしても大歓声が巻き起こった。
「そうかそうか!良かったな品川!細田は眼鏡を取るとかなりの美人だし胸もデカイし尻もデカくて安産型だ。」
「うおおおおお!」
品川は両手を挙げて天に雄たけびをあげた。
「先生!ありがとう!ありがとう!」
品川の歓喜と裏腹に落胆する男子生徒達がいた。
「...まじか~~~細田ちゃん、俺、狙ってたのに」
「はあ、品川なんかにとられた...」
「先生!俺も彼女が欲しいです!」
別の男子生徒がそう言った。
「ん?
そう言いながらその女は持参の分厚いA4ノートをぺらぺらとめくりはじめた。
「中原!お前はB組の
おおおおおおおおおお!?
「はい!...やっぱりそうだったか。ありがとうございます!」
「...マジかよ、そんなことまで調べてあるのか?」
「どんだけなんだよ、城之内先生ってやつは」
「先生、あたしも彼氏ほしい!!」
「あたしも!」
「俺も!」
「...すまんが1時間目の授業がはじまるから今日はここまで!」
その女が担任するクラスの朝のホームルームは1時間目の授業開始直前まで長引いてしまった。
「やっべえ、俺、学校がこんなに楽しいなんて思うのはじめてだ」
「あたしも」
「俺も」
その女のクラスの生徒達全員がみんな笑顔で楽しそうにしていた。
その様子を廊下から北条時哉が微笑ましく見ていた。
...そしてさらにその北条時哉の後ろ姿を神崎恵美が凝視していた。