「ふぅむ......素晴らしいな」
波香は各生徒から提出された共通センター試験の自己採点書を見てそうつぶやく。
波香の受け持つ3年生はほぼ全員満点だった。
「よし、後は各自T大班とK大班の2つにわかれて2次試験の過去5年分を繰り返しやれ」
「はい!」
「わからない問題と不明な点があったら生徒同士でディスカッションすること」
「はい!」
「それが終わったら6年から10年前の過去問を同じような方法でやるように!」
「はい!」
波香の受け持つ全3年の生徒はここまで順調だった。
2次試験の過去問を解くのも3ループ目である。
「それと品川」
「はい!」
「お前はH大も受けるのだったな?」
「はい」
「推薦状等必要な書類はもう用意してある。お前はさきの課題のほかに私が勧めた英書を2、3冊読んどけ」
「わかりました」
細田ふみえは切ない顔で品川と波香のやり取りを見つめている。
「それでは自習、開始!ディスカッションでもわからないところがあったら私のところに来るように!」
「わかりました!」
波香はこの学園創立以降、授業らしい授業をしたことがない。
生徒の自主性に任せ生徒同士でディスカッションしそれでも不明なところがあれば波香をまじえて協議するといったことを繰り返していた。
なのでほぼ生徒同士での学力の差はないに等しい。
3年の生徒全てが共通試験で満点をとれるほどの学力である。
差があるとしたなら潜在能力の差であろうか。
◇
「いくぞお!」
「おう!ばっちこい!」
カン!......バシっ!
「ナイスセカン!」
放課後のグランドでは野球部が春季大会に向けて練習をしている。
相沢達3年生が抜けてぎりぎりの9人である。
相沢が抜けた後のノッカーには真鍋瞬が務めていた。
「瞬さああん!」
ここに来て彼の人気は爆発的なものとなった。
特に1年生の女子に人気があって1年の女子全員が野球部の練習を見学しに来ていた。
声をかけられ女子の声援に手を振りながら微笑む瞬。
「キャアアアア!!」
そのしぐさにますます女生徒達の歓声があがった。
「いいなあ、真鍋先輩、モテモテじゃん。あの中から選びたい放題かあ」
キャッチャーの
「ほんとだよなあ、俺、ピッチャーやってんのになんでモテないんだ?」
五反田も塩谷に同意し愚痴った。
「......さあ?」
「普通さ、ピッチャーとマネージャーは付き合ってるっていうのが相場じゃん?なのにこの学校はマネージャーすらいないし」
「そうだな」
「こうなったら俺のこの剛腕で試合に勝ちまくって『五反田くぅ~~ん』とか黄色い声援を浴びまくってやるぜ!」
「まあ、どうだろうな」
「ん?なんだ?」
「いや、五反田の剛速球は人間の常識を超えてるからな。なんか、かっこいいのを通り越して気持ち悪いっていうか不気味だ」
「ひどい奴だなお前。女房役の奴がそんなこと言うなよ」
「いや、マジ、アレはな怖えよ。それにアレ、俺の構えたところに来ないと捕れないから」
「相沢先輩なら捕れたぜ?」
「俺は相沢先輩とは違うんだ」
2人はブルペンに行き投球練習を開始する。
「お!校長が来たぞ!」
誰かがそう叫んだ。
野球部員たちは全員練習を一旦停止しジャージ姿の波香のほうを見た。
「やってるな。いよいよ大会まであとわずかだ。今日は私も練習に最後までつきあってやろう」
「おお!」
野球部員たちは嬉しそうに躍動しはじめた。
「真鍋、ノッカーをかわろう。守備につけ」
「はい!」
瞬はショートのポジションに入った。
「ピッチャーとキャッチャー以外は全員位置についたな?これから無差別ノック1万本をはじめる。補給したものは全てバックフォームだ。私めがけて投げてもらって構わない!」
「おう!ばっちこい!」
カキン!カキン!カキン!
波香はものすごい速さでいろんな方向に打球を飛ばしていく。
だが決して同じ方向に2回連続で打球は飛ばさない。
部員たちもそれをわかっていたので次に来る打球の予測はついていた。
それでも波香は各ポジションについている生徒達が懸命にボールを追って捕れるか捕れないかの絶妙な位置に打球を飛ばしている。
それを息つく間もなく連続でだ。
まさに神技である。
そのノックは約1時間連続で続いた。
「ハアハアハア......」
波香も部員たちもヘロヘロである。
見学していた女子生徒達も歓声をとばすことはせずにその壮絶な練習風景を刮目していた。
「す、すごい。やっぱ校長先生すごいね!」
バックネット裏で瞬の取り巻きの1人、小山は感動していた。
「校長先生も......凄い......けど......真鍋センパイも......凄い......カッコイイイ......好き」
その小山の隣の奥津もポーッとして独り言をつぶやいている。
「今度の大会、いいとこまでいくんじゃない?」
奥津の隣の長沼がワクワクしながら声をあげる。
「どうかなあ?9人しかいないしね。誰かがケガしたら終わりじゃん?」
小山がネガティブな発言をする。
「それに五反田。あいつ球は速いけどストライクとれないじゃん?」
「あれでコントロールがよければねえ」
「私......野球......よく......わからない」
この3人は五反田と同学年なので彼の事をよく知っていた。
だがこの3人の思惑とは違い、春季大会で『天晴学園』野球部は一大センセーショナルを起こすことになる。
◇
「もう、1本で~す!」
カコン!......バシ!......ぽろっ
「ああ!」
「真子!どんまい!」
野球部とは違い女子ソフト部は北条時哉のもとひっそりと練習をしていた。
「長谷川君!もう1本いくぞ!?」
「はい!お願いします!」
ポコン!......パシ!
サードを守る真子にヘロヘロな打球を飛ばす時哉。
それを捕球し満足げな顔をうかべる真子。
「ナイスキャッチ!真子!」
キャッチャー役の恵美が声を飛ばす。
「......はあ」
その様子を見て楠木瑞樹はため息をもらす。
彼女はピッチャーなので別練習をしていた。
「こんなんじゃ、試合に勝てるわけないよ......時間の無駄だったかも......部活やるんじゃなかった」
そうつぶやいた。
彼女は唯一のソフトボール経験者なので現在の惨状が許しがたきものだったのだろう。
楠木以外の女子部員は試合に勝とうなどと到底思ってもいない。
波香の言葉通り身体を動かして多少の体力さえつけば良いという考えなのだ。
しかし、経験者の楠木はやるからには試合に出て勝ちたかった。
ブシ!ブワシっ!
それでも楠木はタオルを使ってシャドウピッチングの練習を続ける。
部長である自分が練習に真面目に取り組めばまわりもきっとついてくる、そう信じて。
「ハッ!バカじゃん私」
あることに楠木は気づく。
「試合も何も9人いないし......あははは」
一番大事なことに今、気づいて楠木はシャドウピッチングをやめて気楽にランニングをはじめる。
「真面目にやってるわね、楠木さん」
「うわ!ビックリした!」
どこからともなく波香がやってきていつのまにか楠木と並走している。
「私、試合できる人数じゃないこと今、気づきました!あはは」
「そうね......」
2人とも走っているのに息も切らさずに会話している。
「ソフト部やめる?」
「え?......実はさっきソフト部に入ったこと後悔しそうになったけどやめませんよ!」
「どうして?」
「やっぱり私、汗を流すのが好きなんですね。親にはT大入るまでやめろって言われましたけど!」
「やめろってソフトボールを?」
「はい」
「......ねえ?」
「はい?」
「試合したい?」
「はい!でも人数が集まらないですし......」
「まあ、方法はなくもないわ」
「ホントですか?」
楠木の信じられない!っていう顔に波香は不敵に笑みを浮かべるのだった。