「ストライク!バッターアウト!ゲームセット!」
審判が高らかに試合終了の声を上げる。
「いよっしゃあ!」
五反田一がマウンド上で吠えた。
春の選抜大会、『天晴学園』野球部は初戦をなんなく勝利した。
「よし!」
波香もベンチで一人、声を上げ、ぎゅっと右手を握りしめた。
五反田が終始、自分の教えた通りの投球フォームで投げ、相手に点を与えなかったのがなおのこと嬉しかった。
「キャーーー!!真鍋先輩ーー!おめでとうーーー!」
2本ホームランを打った真鍋は応援に来た女生徒の声援に手を振って応える。
「ちぇ、普通、完封した投手に『キャーーー!!』じゃないの?」
五反田は不満そうにキャッチャーの塩谷に言った。
「まあ、お前はルックスが普通だからな。活躍が同程度で顔がイケメンと普通だったらイケメンにみんな注目するわな」
キャッチャーマスクを取りながら塩谷は五反田に言った。
「......がくっ」
試合に勝ったのに項垂れる五反田。哀れである。
「校長勝ちましたよ!」
ベンチに陣取る波香に真鍋瞬は駆け寄ってくる。
ぱちぱちぱち
「うん、よくやった!」
波香はベンチで一人拍手をしながら迎えた。
「校長ーーーー!!」
真鍋瞬は校長に飛びかかった。
サッとそれを交わす波香。
ごん!
「いたたた!」
瞬は勢い余ってベンチに頭をぶつけた。
「ちょっと!大丈夫?ケガしないでよ?」
「……校長が避けるからじゃないですか!」
「みんなの前で抱きあってたらおかしいでしょ?」
「じゃあ、みんなの前でなかったらいいんですね?」
「ダメよ」
「なんで!」
「そこのキミ!整列しなさい!まだ、試合後の挨拶が終わっていない!みんな待ってるよ!」
審判に注意される瞬。
「ほらあ、早く行きなさい!」
波香にも注意された瞬は渋々と整列しに行った。
「ちょっと、真鍋センパイって校長先生のことが好きなんじゃない?」
それを一部始終グラウンド外で見ていた女子生徒は騒ぎ始めた。
「え~ないでしょ?ただ試合に勝って喜びを分かち合いに行っただけでしょ?」
小山、長沼はそう言い、奥津に尋ねる。
「ねえ紗季、どう思う?」
「私はセンパイが……誰を……好きでも……構わない。……私はセンパイが好き……ただ……それだけ」
奥津はおずおずと言い、強い眼差しで真鍋瞬だけを見つめていた。
「……私だって好きなんだから!」
小山も負けじと声を張り上げた。
◇
「瑞樹!勝ったね?野球部」
「うん、良かった」
小山たちから少し離れたところで2年生の楠木瑞樹と林愛実は観戦していた。
2人は中学からソフトボールをやっていて親友であった。
「私たちも頑張らなきゃね。愛実、ケガの具合はどう?」
「うん、だいぶ、良くなったよ。今度の試合には間に合うと思う」
林愛実は左手首の腱鞘炎でソフト部の練習を休んで治療に専念していた。
「部員も集まったことだし、瑞樹が投げて、私が打つ!それで勝ち抜いていこうよ!」
「そうだね。でも愛実、無理はしないでね。完全にケガが治ってからでいいから」
「でも、神崎お嬢様がキャッチャーじゃ瑞樹も思い切って投げられないでしょ?」
「……大丈夫だよ、あちらのメグミさんも最近うまくなってるし」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、私はファーストでもやらせてもらおうかな」
「それでもいいけど、本当に大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
会話を終えると2人は同じ学年の真鍋瞬の動向を追っていた。
1年の時はイヤな奴だったのに最近の変わりように驚いているからだ。
「……ねえ、愛実」
「なに?」
「真鍋の奴、最近なんだか……別人じゃない?」
「そうなんだよね」
「……カッコよくない?」
「そうなんだよね」
「でも、校長先生と仲良すぎない?」
「そうなんだよね」
「ねえ、愛実」
「ふぁ?」
「ちゃんと聞いてる?」
「あは、ゴメン。瑞樹、中学の時、真鍋の奴、フッて後悔してるんじゃない?」
「別に?してないわよ」
「本当に~?」
「してないったら!……それに私とつきあったら今の真鍋にならなかったかもしれないじゃない?」
「そうかなあ?」
「そうだよ。失恋に失敗して今の真鍋があるんじゃない?」
「え?なにそれ?」
「え?あ、間違えた!告白に失敗して……だよ」
「ふうん、そうなのかな」
「そうだよ!」
「じゃあ、私が真鍋に告白しようかな」
「え?や、やめときなよ!」
「なんで?瑞樹は真鍋のことなんとも思ってないんでしょ?」
「……意地悪だなあ」
「あはは、今の瑞樹はまんざらでもない……と、真鍋に言ったろうかな」
「絶対やめてよね!もう!」
「あはは」
二人は会話を終え、自分たちも練習しに自分の学校に戻って行った。
◇
「それでは俺たちの初勝利を祝ってカンパーイ!」
「カンパーイ!」
新部長の真鍋瞬が音頭を取り野球部の祝勝会が地元の居酒屋で行われた。と言っても生徒達はコーラやオレンジシューズで波香だけが中ジョッキで生ビールを飲んでいた。
「ささ、校長!もう一杯どうですか?」
瞬がすかさず中ジョッキを持って波香の隣に座る。
「ウィ?あんた誰?あっはっはっは!」
波香はそう言い瞬の背中をバンバン叩く。
「いたいたいた!校長痛いですって!」
「あっはっはっは!……スー……」
「え?寝ちゃった?中ジョッキ一口で?校長、酒、よわっ!」
真鍋はその場で崩れ寝落ちした波香に向ってそう言った。
◇
「はっはっはっ!」
男子学生の野球部の試合が終わって学校に走りながら戻ってきた瑞樹と愛実。
「え!?」
彼女らの目に入ってきたのは北条時哉のノックを受けている長谷川真子であった。
「いくぞお!」
「おーーー!」
時哉の掛け声に応える真子。
バコン!
時哉は手加減なしにサードを守る真子に強烈な打球を放つ。
バシっ!
それを難なく捕球する真子。
「えええ!?」
その風景を見て瑞樹と愛実は驚いた。
「あ!瑞樹!愛実!」
神崎恵美は2人に気が付き声をかけた。
「神崎お嬢様、練習してたんですか?」
「うん!どお?真子うまくなったでしょ?」
「はい、長谷川さんどうしちゃったんですか?」
「真子はもともと運動神経はいいのよ?知らなかった?」
「はい、知りませんでした」
「あはは……ねえ、瑞樹、ピッチング練習する?私、受けるよ?」
「はい!お願いします!」
楠木瑞樹は確かな手ごたえを感じ始めていた。
(これは今度の試合、勝てるかも!)
瑞樹と恵美は投球練習の場に場面を移す。
「神崎お嬢様、本気で投げていいですか?」
「え?え?今まで本気じゃなかったの?」
「はい、すみません、今まではちょっと本気じゃなかったです」
「えーー!!い、いいよ、捕れないかもしれないけど」
「お嬢様ならうまくなってるので多分、捕れると思いますよ」
「そうかなあ」
「いきますよ!」
「わ、わわ、ちょっと、まって、念のためにキャッチャーマスクかぶるね。……いいよ!」
「いきます!」
瑞樹は前方にスッと右手を出すとその手を上に向けて回し投げた。
豪快な投法、ウィンドミルである。
ビュワワワワー
「ひゃあ!」
バシっ!ゴン!
ボールは恵美のキャッチャーミットをかすめマスクをかぶった恵美のおでこに当たった。
「お嬢様!大丈夫ですか!?」
「うん、平気。マスクかぶってて良かったあ。それにしても凄いね!瑞樹の本気ってこんなに凄かったんだ!」
「いえいえ、全国にはもっともっとすごい人がいますので」
「そうかな?瑞樹が投げて愛実ちゃんが打つ!これでいいとこまでいけんじゃない?」
「いえいえ、お嬢様たちにも頑張ってもらわないと」
「え?あははは、そうだよね」
恵美はマスクごしに頭をかくとその場に座った。
次の1球を投げる用意をする瑞樹。
(確かにこのままお嬢様たちが普通にうまくなれば全国も夢じゃないかもしれない)
そう思う瑞樹の脳裏には中学時代1回も勝てなかったライバルの存在を思い浮かべた。
(
◇
「ん~~~、ん?」
波香は目が覚めた。居酒屋で。瞬の膝の上で。
「あらやだ。私寝ちゃった?」
「はい」
「他の部員たちは?」
「みんなもう帰りましたよ」
「あらそう、ごめんね。重かったでしょ?」
「いえ、大丈夫です。校長の寝顔ずっと見れたんで」
「あっそ。さあ、私たちも帰りましょ?」
「……校長、俺とつきあってください!」
「あなたもしつこいわね」
「Hしたじゃないですか!」
「あれは約束したからでしょ?契約みたいなものじゃない?」
「俺は本当に好きなんです!」
「ごめんなさい、私は他に好きな人がいるの」
「え!?誰なんですか?」
「内緒」
「教えてくださいよ!」
「あなたの知らない人」
「ちぇえ」
「あはは、さ、帰りましょ?手を繋いであげるから、ほら」
そう言うと波香は瞬の手を取り居酒屋を出て行く。
「校長!」
「なに?」
「またHしたいです!」
「ダ~メ」
2人は夕日が沈む舗道を背にそれぞれの家に帰宅していった。