晴れ渡る青い空。
とはいかずどんよりとした灰色の空。
今にも雨が振りそうな天候であった。
いよいよ今日は春の選抜、地区予選『天晴学園』対『優明学園』の高校野球の試合が行わられる。
両陣営では各顧問の先生を中心にベンチで円陣が組まれていた。
「いいか、キミ達。我が校から逃げ出した、たった9人の部員たちに負けることは許されません。向こうは9人しかいない。このことを念頭において精一杯戦いましょう」
藤田はベンチ入りした約20人の選手に檄を飛ばした。
「……」
「返事は?」
「はい」
主将の溝口だけが返事をした。
「……まあ、いいでしょう。こんなところで負けるようであればキミ達の今後の未来も決して明るいものではないのですから。決めるのはキミたちです」
優明学園の野球部の半数以上は野球推薦で入学してきたものが多い。その生徒達は勉強ができるわけではなかったので野球で甲子園へ行くなりプロへ行こうと夢を抱いて入学してきたものなのだ。
一方、『天晴学園』に編入してきた生徒達は比較的勉学も優秀な野球部員が多かった。
試合は大差で優明学園が勝つと大方の予想を裏切り初回の先頭打者ホームランの1点だけで優明学園がリードする展開が続く。
先頭打者ホームランの後、五反田は波香の心配をよそに本来のピッチングに切り替えてフォアボールこそだすもののヒット1本すら打たれなかった。
そして5回の裏、真鍋瞬の同点ソロホームランで1対1の同点に追いつく。
だが、7回表。
天晴学園の投手、五反田が肩と肘を故障し天晴学園はこの試合を棄権する。
五反田はもう野球選手としてグラウンドに立つことはできなくなった。
◇
野球部の敗戦のショックが冷めやらぬ天晴学園。
が波香はすでに頭を切り替えていた。
嬉しいニュースが飛び込んできたのだ。
____全員大学受験合格。
波香の指導のおかげだけではなく波香を信じてついてきた生徒のポテンシャルがとてつもなく高かったのだろう。
唯一心配だったのが試験前にセックスにはまってしまった中原と小野寺カップルだが波香の『セックスをしながらの勉強方法』でなんなく2次試験を突破することができた。
そして品川も唯一海外のH大を受験し見事合格した。
「素晴らしいわ!さすが私の生徒達♪」
波香は生徒達から提出された合格書類を見ながら小躍りした。
こんこん
「は~い、どうぞぉ」
校長室の扉を叩くノック音に波香は機嫌よく答えた。
「ノック音!スクラム!なんちゃって!」
オヤジギャグとともに時哉は入場してきた。
「……なに?」
一気に不機嫌になる波香。
「一部の生徒達が合格したって話は聞いてますが他の生徒達はどうなのかと思って」
「全員合格よ」
「おお、素晴らしい!」
「当たり前でしょ?私の生徒達なんだから」
「うんうん、そうですね」
「それだけ?」
「え?いやあ、じゃあ、ぱあーっと今日は飲みに行きますか!」
「そうね、行きましょう!って言いたいところだけど私、あんまり飲めないし」
「あ、そうだった」
「何、その言い方、バカにしてるの?」
「いえいえ、してませんよ」
焦りながら時哉は答える。
「お酒ってどうしたら強くなれるのかしら?」
「まあ、体質もありますからねえ、飲めばある程度は強くなるって言いますが……」
「まあ、いいわ。行きましょう!時哉のおごりで!」
「ははは、いいですよ!じゃあ、メグミ達も誘って」
「2人きりで行きたいな」
波香の思いがけない言葉に時哉はどきっとする。
「え?それってどういう?」
「2人きりなら昔の話もできるでしょ?」
「なんだ、そうか」
「変な期待しないの!」
「は、ははは」
◇
「それでは天晴学園の生徒達にかんぱ~い!」
波香が中ジョッキ片手に乾杯の音頭をとる。
「かんぱ~い、ごく。うん、うまい」
ぐびぐびとひとしきり生ビールを飲み干すと時哉は波香を見た。
すると波香は既に目がうつろになっていた。
「ナミカちゃん、無理するなよ。ウーロン茶にしよう。すみません!ウーロン茶ひとつお願いします!」
時哉は波香を気遣いウーロン茶を店員に注文した。
「なによ、バカにしやがって!ビールくらい、ごく」
「ああ、無理すんなって!」
「ほにゃらら……」
波香はへべれけになってその場で寝てしまった。
「あああ、言わんこっちゃない」
時哉は波香の傍につき快方する。
「大丈夫かい?気持ち悪い?」
波香の背中をさすりながら時哉は言う。
「大丈夫よ……トキヤ、優しいね」
「俺はいつだって優しいよ」
「それが昔から気に入らなかった。トキヤが優しいのは私だけじゃないんだもん。マキオにだって他のみんなにだって優しい」
「……そうか」
「覚えてる?私とマキオが木に登って降りるときにケガした時の事?」
「ああ、覚えてるよ」
「私の方がひどいケガだったのにトキヤはマキオの方を優先してた」
「だってあれはナミカちゃんが平気だって言うから」
「姉としては弟の方を優先にしなければいけないっていう態度をとらなければならないのは当然のことでしょ」
「……ごめん」
「他にもあるわよ?」
「ははは、ナミカちゃんにとって俺は気に入らないことばかりだったんだね」
「……そんなことばかりではないけれど」
「俺は……俺はずっとナミカちゃんのことが好きだったよ」
「よくこんな女好きだね?」
「ああ、好きだ」
「じゃあ、この後……」
「この後、ホテルに行こう。俺についてきてくれ」
「……うん」
酔いもあったのか2人は勢いに任せてラブホテルに行ってしまう。
◇
午前4時過ぎまでお互いの身体を貪るように愛し合った二人は日頃の疲れもあってか爆睡してしまっていた。
「……やめて……うさま……やめてやめて!いやあああ!」
波香のうなされ声で時哉は目を覚ました。
むくっ
しばらくして波香は飛び起きる。全身汗びっしょりだ。
「どうしたんだ?ナミカちゃん大丈夫?」
「はあはあ、また同じ夢を見るようになっちゃった……」
顔を両手で隠しながら波香は言った。
「どんな夢なんだい?」
「……実の父に犯される夢」
「そ、それは……」
「私が小さいころ、母は病気で死んだ。父は寂しさのあまり母の面影を残す私を何度も犯したの」
「あのお館様がそんなことを……」
「……う、うわああ、いやあああ!」
泣き叫ぶ波香。
「ナミカちゃんナミカちゃん!大丈夫だ!俺が傍にいるから!」
時哉は泣き叫ぶ波香をただただ抱きしめた。
「私どうすればいいの?どうすればこの気持ちから解放されるの?」
「……ナミカちゃん」
「確かに父のことは大好きだった……でも、無理やり何度も犯されてからは大嫌いになった。憎むようにもなったわ」
「……」
「教えてよトキヤ。この気持ちのモヤモヤはどうしたら晴れるの?人に意地悪すればスッキリするの?人の成功を手伝えば気分は晴れるの?」
「それは……」
「教えてよ!」
「それはやっぱり会いに行くしかないな」
「え?」
「お館様に会いに行くしかないよ。ナミカちゃん!お館様を殴りに行こうぜ!」
波香にそう言い放つ時哉を波香はぽかんと見ていた。
ホテル・ニュー小菅ヶ谷、601号室の午前5時の出来事である。