波香は学園の経営者、神崎喜一郎に今期の報告をしに神崎の屋敷へと出向いた。
それと神崎恵美が1週間ほど、学校へ来ていないことも気になっていた。
「いやいやいや、素晴らしい!さすがは城之内先生だ!T大15名、K大5名にそしてなんとH大1名!ひとりも漏れなく第1志望全員合格とは!」
「ありがとうございます」
「これが話題となって早くも4月からの新入生が500名近くも応募してきましてな!」
「え?そんなに?」
「うんうん、急遽、教師の方も私のツテで優秀な人材を10名ほどに声をかけております」
「そうですか」
「それと恵美の父としてもその......感謝しておりますよ」
その喜一郎の言葉から波香が自分の娘から北条時哉を奪ったであろう事を喜一郎は知っていると波香は察した。
「あの......メグミちゃんは?」
「自分の部屋にいると思うが......会っていかれますかな?」
「はい」
「では、私が案内しましょう」
「すみません」
波香は喜一郎に連れられ恵美の部屋へと向かう。
こんこん
「恵美、校長先生が会いに来たよ」
がちゃ
部屋のドアが開く
「......どうぞ」
恵美がドアを開いて顔を出す。
「じゃあ、城之内先生、ごゆっくり」
喜一郎はそう言うとその場を去る。
「はい、ありがとうございました」
波香は深々と一礼をする。
そして、恵美の方を見る。恵美は俯いたままだった。
「メグミちゃん......ごめんなさい。トキヤのこと譲るって言っておきながら......」
「そうですね、師匠はそう言いました......でも、いいんです。時哉さんはずっと師匠のこと好きだったんだし......」
「ごめんなさい」
「......」
「じゃあ、私はこれで......」
「師匠......」
「??」
「人を好きになるってなんでこんなに辛いんですか?......こんななら私、人なんか好きになりたくない.....恋なんてもうしない......うう、うわあああん」
「......ごめんなさい」
波香はそっと恵美を抱きしめ恵美が泣き止むまでそうしていた。
◇
あおげぇばーとおとしぃ~わがしのぉ~おん~
卒業式。卒業証書授与。
「相沢浩二!」
「はい!」
相沢は壇上に上がる。
「T大合格おめでとう。お前はT大へ行っても野球を続けるのか?」
波香は相沢にそう問いかけた。
「もちろん続けますよ。部活か同好会かはわからないけど」
「そうか、ケガだけはしないようにな」
「はい!もうちょっと早く校長に出会えれば甲子園に連れていけたのになあ」
「ははは、まあ、これからも頑張れ。ほどほどにな」
そう言い波香は卒業証書を相沢に手渡した。
3年生、全21名。ひとりずつ波香からの卒業証書の手渡し作業が進んでいく。
ただし井上幸太郎だけは身内に不幸があったらしく本日の卒業式を欠席していた。
「小野寺明日香!」
「はい」
「T大合格おめでとう。中原とうまくやっているか?」
「はい!1年たったら彼と結婚する予定です!」
「おお、そうかそうか。良かったな、おめでとう!」
「結婚式には校長先生もお呼びしますね!」
「いや、呼ばなくていいぞ?」
「ひどい!冷たい!」
「あはは、はいこれ」
波香は小野寺に証書を手渡す。
「招待状を出しますので絶対来てくださいね!」
「あはは、わかった」
波香は生徒達とこのように最後の会話を楽しんでいた。
「品川大輔!」
「はい!」
最後まで一貫して自分のスタイルを崩さなかった髪型は七三分け。黒縁メガネの男子生徒は壇上に上がる。
「やったなH大」
「はい、城之内先生と出会わなかったら夢で終わっていたかもしれません」
「細田とは大丈夫か?」
「大丈夫です。週に1回は日本に帰ろうと思っているので」
「そうか、健康だけは気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
証書を受け取り壇上の階段を下りる品川。
その姿を見ながら最後に波香は声をかけた。
「じゃあな、黒崎!」
品川はくるっと振り返り涙をためた笑顔で言い返した。
「僕の名前は品川です!何度言ったらわかるんですか!」
◇
「じゃあ、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
缶ビールで乾杯。
時哉の部屋で波香と時哉は今日の卒業式の打ち上げを2人でしていた。
「ナミカちゃん無理して飲まなくていいからね」
「うん、ひとくちだけ」
波香は時哉にもたれかかって缶ビールをひとくちだけ飲む。
「にがっ......私は永久にビールをおいしいと思えないのかも」
「まあ、いいんじゃないか?他にも飲み物はあるんだし、この世の中にはさ」
「んーー、何かくやしい」
「何が?」
「私に出来ないことがあるのが」
「まあ、酒は体質もあるんだし仕方ないって」
「ううう」
「......嫌な予感がするのであまり奨めたくはないけど......いろいろ試してみる?」
「ふぁあ?ためふ?」
缶ビールひとくちだけで波香は顔を真っ赤にしゆでタコのようになっていた。
「......いや、また今度にしよう」
慌てて時哉は自分の言ったことを訂正した。
「ん?......ぐぅ」
波香はハタと倒れ寝てしまった。
「ふっ、完璧超人のように見えて酒が弱点とはね。人間っていうのは何かしら弱点があるのかもしれないなあ。完璧な人など存在しないのかもしれない」
そう言って時哉は波香に毛布をかけた。
時哉が学校の授業用の書類を作成し始めて小一時間、波香は目を覚ます。
「ん、んんんんー、あれ?」
「やあ、おはよう」
「ヤダ、私寝ちゃってた?」
「うん、そうだね」
「起こしてくれればいいのに」
「いやいや、何か疲れてるみたいだったからさ」
「そうなのよね、最近、なんかどっと疲れがでちゃって」
「今までの人生をずっとひとりぼっちで頑張ってたんだろ?気を張ってたのが緩んだんじゃないかな」
「......そうね、そうかもしれない」
「君は一見、人に命令して偉そうな感じだけど肝心なことは一人で頑張っちゃうからなあ。もっと俺を頼っていいよ?」
「......うん、そうする」
波香はそう言って時哉に寄りかかってきた。
「あわわわ」
時哉は波香のその行動にまたも慌てる。最近の波香のこの変わりように。
「何?あわわわって?ビールもうないんでしょ?」
「いや、そうじゃなくて。最近のナミカちゃんが可愛すぎてさ」
「ダメ?」
「全然ダメじゃないよ。俺が小さい時こうなったらいいなっていうのが現実になってさ。ちょっと怖いよ」
「怖いの?」
「あ......いや、嬉しい」
「私はトキヤとこんなふうになるなんて想像もしなかったな」
「はあ、そうですか」
「怒った?」
「いや?怒るも何もこうしてナミカちゃんがそばにいてくれる。それだけで俺はもう充分だよ」
屈託のない笑顔を時哉は波香に向ける。
「トキヤ......」
「ん?」
「来年度からあなた教頭だから」
「え!?」
「がんばってね、ちゅ」
呆然とする時哉に波香は口づけをした。