『天晴学園』の入学式があった日の夜、時哉の父、宗時は牛丼屋の裏で息子が来るのを待っていた。
「びっくりしたよ!父さんから急に連絡があって」
「立場上勘当したとはいえ一人息子だからな。様子を見に来た。......元気そうだな?」
「はい、なんとかやってます。父さんは?」
「まあ、な」
「母さんは元気?」
「ああ、元気だよ。やはりお前のことを心配していたぞ」
「そうか、本当に父さんたちには泥を塗るような真似をしてすみませんでした」
「ははは、そのことはもういい。それで例のメグミさんとは結婚するのか?神崎財閥のお嬢さんと?」
「それが、わけあって神崎恵美さんとは別れました」
「ん!?お前が北条家とはなんの関係もなくなったからふられたのか?」
「はい......そんなところです。いや......違うな。ごめんなさい」
「ん!?」
「メグミとは俺から離れていきました。情けないことに俺からは何も伝えてませんが......けど、近いうちに必ず本人に直接伝えます」
「どうしてだ?お前が北条家とは関係がなくなったから神崎のお嬢様とはふさわしくないと?」
「それもありますが......俺には今、つきあってる人がいますので」
「お前、まさか......波香様なのか?入学式で壇上にあがっていた女の校長は波香様そっくりだったが......波香お嬢様なのか?」
「......はい」
「やはりあの校長先生は波香様か......そしてお前が今つきあっているだと?」
「はい、幼い頃からの想いがようやく叶いました」
「......それは......」
「父さん?」
「私はお館様から波香様を探し出し連れてくるように命じられておる」
「え!?」
「しかし......」
「父さん、ナミカちゃんを連れてかないよね?」
「う~む」
「......父さんはナミカちゃんがなぜ出奔したか知ってる?」
「いや、知らんが......」
「そうか、父さんも知らないのか......」
「お前は知っているのか?」
「本人から直接聞いたよ。とてもひどいことをお館様にナミカちゃんはされている」
「ひどいこととは?」
「俺の口からはそれ以上は言えない。ねえ、父さん」
「なんだ?」
「ナミカちゃんは必ず北条のお屋敷に俺が連れて行く。それまで待っててくれないかな?」
「いや、時哉。私も、今、無理やり波香様を連れて帰るつもりはなかった」
「え?」
「最近、ますますお館様の様子がおかしくてな。昔の寛容なお館様の見る影もないのだ」
「それは......いったいどうして?」
「奥方様が亡くなられてすっかりお館様は変わってしまった。各国の名だたる科学者を集め人間を改良する研究をしはじめたのだ」
「人間を改良する?」
「ヒトの寿命を延ばす研究やクローン人間の開発などだ」
「そんなことを......」
「それである時、ヒトの寿命を延ばす薬の試作品が完成した時、お館様が自ら被験者となられた」
「......」
「その時からお館様のお心がおかしくなってしまったのだ」
「なるほど......それでなのか」
「今では私はお館様に1日に何杯も茶をぶっかけられとる」
「父さん......」
「まあ、それはいい。......波香様の件はお前に任せる。それまでお館様の熱いお茶でも浴びるとするかな。ははは」
「父さん、ごめんなさい」
「いいんだ。気にするな。必ず波香様を連れて来るんだぞ?」
「はい、決して逃げたりはしません。必ず連れてまいります!」
◇
「お前ら、よくも入学早々我々教師に喧嘩を売ってくれたな?」
「......」
波香の言葉に体育館で新1年生全員、微動だにせずに聞いている。
その数300人。
「だって授業がつまんないんだも~~ん」
300人の1年生の中の中央のイスに座っている大石が茶化すように言い放った。
「はあ?私の授業をお前らが受けるには10年早いんだよ!」
波香は怒鳴り散らす。
「だって俺は城之内校長の授業が受けたくてこの学校にしたんだし~」
大石はおどけながら言う。
「私もです!」
「俺も!」
「俺も!」
大石に続いてたくさんの生徒の声があがる。
「......いいだろう!ただし条件がある!」
「......」
「これから1週間後に全1年生徒のみ模擬試験を行う!お前達の全教科が平均95点をいったらお前達の面倒をこれからみてやる!」
ざわざわざわ
1年生たちがざわめきはじめる。
「これはな、決して無駄な模擬試験ではない!過去10年の間に共通試験、T大とK大の2次試験において1年生の学習範囲から出題された問題を試験範囲とする!」
おおおお!
「これからお前達は各クラスに戻り私が言ったヒントで各自自習をはじめろ。私は30分おきに各クラスを巡回する。その間にわからないことがあったら各クラスでディスカッションしまとめておくこと」
「おおお、なんか面白くなってきたぜ!」
大石が興奮して声をあらげる。
「いいか!30分だ!私がクラスに留まる時間は30分。A組からF組まで順番に回るからな。そのことも念頭にいれて行動してくれ。以上だ!」
波香はそう言って体育館を後にした。
ダダダダダダッ!
その波香を追い越すように1年生達は全力疾走で自分のクラスに走っていく。
「おいこら!廊下を走るな!......たくもう」
波香はそんなことを言っているが自分の策に乗り、うまいこと1年生たちが行動を開始したので内心ホッとしていた。
その1年生の先頭を走っているのは大石だった。
今までふてぶてしい態度をとっていたがその走っている様は子供のようだった。
「ぷっ、なんだかんだ言ってもまだまだ子供なのよね。私達教師が正しい方向に導いてあげないと......ね」
つい先日まで犬のフンを人様の家のポストに積めこんでいた人とは思えないセリフである。
◇
3年生の数学の授業が終わり、時哉は恵美と一目につかない渡り廊下の隅っこのほうで話をしていた。
「本当にすまない」
時哉は恵美の前で土下座をしていた。
「......そんなふうにされても私はどうしたらいいか......わかりません」
「メグミ......でも、俺はこうして謝ることしかできない」
「......」
「どうしたら許してくれる?いや、許さなくてもいい。どうすればメグミの気が済む?」
「私を抱いてください」
「それはできない」
「どうしてですか!?」
「ナミカちゃんを裏切ることはしたくない」
「じゃあ、師匠が良いって言ったら抱いてくれるんですね?」
「やめてくれ!」
時哉は声をあらげる。
「もう、そうゆうのはやめてくれ!メグミ、もう俺達のことはほうっておいてくれないか?」
「なんで!?ひどい!なんでそんなこと言うの!?」
「ごめん、本当に勝手な言い草なんだけど......」
「じゃあ、殴らせてください!」
「え?ああ、うん、いいよ」
メグミからの提案に時哉はびっくりしたがすぐに了承した。
「バットで!」
「ええ!?」
メグミは所持していた自分のバットケースのジッパーを開きバットを取り出す。
「さあ、頭を出してください!」
「......は、はい」
時哉は目をつぶって自分の頭を差し出した。
「行きますよ!」
メグミはバッターボックス内で構えるバッターよろしく時哉の頭をめがけてフルスィングした。
「うわああ!」
恐怖に思わず時哉は声をあげてしまう。
すかっ
恵美のバットは空をきった。
ちゅう
震える時哉のほっぺに恵美はキスをする。
「本気でやるわけないじゃないですか。死んじゃいますよ。じゃあ、さようなら北条先生」
そう言うと恵美はバットを担いでその場を去っていった。
その後ろ姿を見て時哉はヘナヘナヘナと崩れ落ちていくのであった。