「素晴らしいわ、この問題!」
「ありがとうございます」
園田詩織は深々と波香に頭を下げた。
「これなら平均95点は無理そうね。過去問を応用した問題なのだけれど至る所にトラップが仕掛けてある」
「はい、過去問通りの解き方でしたら多分、正解にはたどり着けないかと」
詩織は大石によって教師としてのプライドを粉々に打ち砕かれたので模擬試験によってリベンジを考えていた。
(私の授業をボイコットしたことを後悔させてやる!)
きっとそう思ったに違いない。
波香に自分が試験問題を作成することを進言しようやく昨晩、完成し今、波香に提出したのだ。
「ねえ、この最後の『作成者:園田詩織』っていうのいる?」
「え?あ、あはは。消して頂いても構いませんが......」
「そうね、なんか不自然だから消すわね」
「......はい」
「あ、でも、この問題を作ったのはあなただって何かの時には公言するので心配しなくてもいいわよ?」
「あ!はい!」
波香の言葉に詩織は安心し再び頭を下げた。
「では、失礼します!」
「はい、あ!園田さん!」
「え?」
「最近、寝てないんでしょ?しっかりと休息をとってください」
「はい!ありがとうございます!」
詩織は校長室を退出する。
それを見届ける波香。
「あんなにコケにされてさぞかし悔しかったでしょうね。私だったら大石の弱みを握って言う事を聞かすのに......」
そう考えるがやがて波香はその方法も一筋縄では行かないことに気づく。
なにしろ大石の背景には巨大なバックがついているからだ。
父は官房長官、母は財務大臣、妹はアイドル。
きっとそれだけではないだろう。黒い癒着もきっとあるにちがいない。
「エリート家族......か......くそじじいめ!」
自分の父を思い出し復讐の炎を燃やすが今の自分にはどうすることもできないはがゆさから波香は罵る言葉を発するだけだった。
◇
「詩織、どうだった?」
「うん、問題なかったよ。校長先生は私の作った問題を使ってくれそう」
「そうか!よかったね」
「うん」
校長室から出てきた詩織を気遣って待っていた
彼もまた今年の4月から詩織とともに新しい教師としてやってきた1人だ。
彼は主に社会を担当している。
「薫君のほうはどう?生徒達は問題ない?」
「うん、ないよ」
「そう、よかった」
ちなみに2人は大学時代から交際している。が、公では秘密の仲だ。
「じゃあ、今日はお疲れ様ということで詩織の好きなお好み焼きでも食べに行こうか?」
「ほんと?嬉しいな」
薫は詩織を気遣い食事に誘った。詩織の前ではにこやかに振る舞う薫であったが内心、詩織に対してひどいことをした大石に並々ならぬ敵意を持っている。
最愛の彼女を泣かせたのだから当然のことであろう。それくらい詩織のことを一途に思っていた。
いつか大石をギャフンと言わせてやる。そう薫は思わずにはいられなかった。
◇
このように大石の授業ボイコット事件は少なからずの教師を敵に回してしまう結果となった。
が、当の本人はそんなことはお構いなしに今度の模擬試験のことで頭が一杯である。
「よし、これでおおよその試験範囲は網羅したな」
彼はA4のノートを15冊束ねてトントンと机を叩き、満足そうな笑顔を見せた。
「じゃあ、大石さん、俺らでそのノート、全員分コピーしてきますよ」
「おう、頼むわ」
そう大石の同じクラスの男子何人かは大石からノートを受け取り急いで教室から出ていく。
「......まあ、あの校長のことだから過去問の完コピだけじゃないだろうなあ......岬!お前のほうはどうだ?」
大石は黒髪ショートの女生徒を呼ぶ。
彼女は大石の幼馴染。
幼いころから大石を見てきて彼に心底惚れていた。
「うん、私の予想ではこんなところかな」
岬と呼ばれた女生徒は所持していたA4ノートを大石に渡す。
大石はそのノートをぺらぺらとめくり目を通した。
「......なるほどな。これもコピーしてみんなに配ろう。岬、コピー頼めるか?」
「うん」
彼女もいそいそと教室を出ていく。
模擬試験まであと2日。今日中に1年全員に自分たちの考えた出題予想を一刻もはやく周知したいところである。
先日、大石が言ったように校長に教えてもらわないとこの学校に入った意味がないからだ。
大石だけではなく大半の1年生の生徒はそう思っている。
◇
そんな1年対教師達の戦いをよそに放課後デートにいそしんでいる者がいた。
真鍋瞬である。
彼は以前、ソフト部へ入部してもらう交換条件として3人の女生徒とデートしなければならない。
今日は奥津紗季とのデートだった。
奥津はそわそわしながら噴水前で待っている。
友達の小山と長沼は先に帰った。お互いのデートの時は邪魔をせずに先に帰るという約束をしていたからだ。
ほどなくして瞬は来た。
「やあ、紗季ちゃん、待った?」
「いえ、待ってません」
「あ、ほんと、良かった。じゃあ、どこ行こうか?行きたいところある?」
「センパイの家に......行きたいです」
「え!?いきなりかい!?」
「ダメですか?」
「いや、ダメじゃないけど、散らかってるからなあ」
瞬は頭を掻きながらそう言う。
「なんなら......私が......掃除......しますよ」
「いや、いいよ。来てもらってそんな。彼女でもあるまいし」
「......彼女に......なりますので.....いいですよ」
紗季は小さい声でボソッと言った。
「え?何か言った?ごめん、聞こえなかった!」
「なんでもないです」
「あ、そう。......うん、わかった!俺んちへ行こう!」
「嬉しい」
「あ!」
「??」
「兄貴も帰ってくるけど大丈夫?俺、兄貴と2人暮らしなんだ」
「兄貴ってセクハラ先生ですか?」
「ははは、まあ、そうだね」
「別に問題ありません......兄弟で......私にセクハラ......しても......問題ありません」
「え?ごめん、最後の方よく聞こえなかった!」
「なんでもないです」
「じゃあ、スーパーで晩メシを何か買っていく?他にお菓子とか?」
「そうですね。私が......夕ご飯作ります」
「え?紗季ちゃん料理できるの!?」
「はい!ブタの生姜焼き作ります!得意なので!」
「わー、それは楽しみだな」
にぱっと瞬は笑う。その笑顔を見て紗季はもうメロメロだ。
「センパイ」
「なに?」
「そ、その......て、手をつないでも......いいですか?」
「え、えっとお、そういうのはちゃんと付き合うようになってからのがいいんじゃないかな?」
......しゅん
一瞬でしゅんと意気消沈してしまう紗季。
その様子を見て瞬は慌てる。
「あ、あわわわわ、ご、ごめん!手を繋ぐくらいいいよね!あはは!」
そう言って紗季の手を掴んだ。
「センパイ......無理しなくていいですよ?」
「いや、繋ぎたいんだ!俺も紗季ちゃんと手を繋ぎたい!」
2人は手を繋いでスーパーマーケットに入った。
もうぱっと見はカップルにしか見えない。
買い物を終えると2人は真鍋宅に向かった。
「センパイはお兄さんといつから暮らしてるんですか?」
「うん、つい最近だよ。兄貴がこの学校に来ることになってからだからもう半年以上になるのかな。紗季ちゃんは実家から通ってるの?」
「いいえ、私は一人暮らしです。実家は青森なので」
「へえーーー、青森出身なのかあ」
「はい。......センパイ......今度は......私のアパ......アパートに来ませんか?」
「う......そ、それはさすがに......」
「じゃ、じゃあ、今日の......生姜焼きが......センパイのお口に合ったら......どうですか?」
「そ、そうだねえ......でも紗季ちゃん。俺も男なので2人きりになったら襲っちゃうかもしれないよ?紗季ちゃん、可愛いから」
「いいですよ!ぜひぜひ襲ってください!」
「......紗季ちゃん」
◇
ばあん!
校長室の扉が勢いよく開く。
「校長~~~!」
泣き顔で瞬が飛び込んできた。
「なんなのアンタは?ノックもしないで!」
「モテすぎちゃって困ってます!なんとかしてくらさい~」
「はあ?何それ?自慢?」
「今、20人くらいの女生徒と誰かしらと毎日デートしてて......部活も、勉強する時間もありません~助けて~」
「誰か1人に決めればいいでしょ?」
「決められません~1人に決めるとその子が他の女の子にイジメられるんじゃないかって心配で」
「はあ、まあ、そうかもね」
「......一番、気になる子には相手にされないしな~」
「ん?誰?気になる子って?」
「校長です!」
「あ、ごめん、私、彼氏できたので」
「はい、知ってます......俺が今、気になるのは......神崎恵美さんです」
「はあ?」
◇
楠木瑞樹はふと野球部の練習を見た。瞬を探したが見当たらない。ここのところ野球部の練習に来ていないようだった。
「瑞樹ィ!」
林愛実はぼーっとしてる瑞樹に声をかけた。
「あ!メグミ・アナザー!」
「だから、やめい!その呼び方!」
「あはは」
「てか、瑞樹、真鍋を探してたんでしょ?」
「え?まさか」
「えー?野球部の練習をちらちら見てたじゃない?」
「それは......」
「真鍋の奴、ここのところ毎日違う女とデートしてるって噂だよ?いいの?瑞樹?」
「べ、別にあいつが何しようが私は関係ないよ!」
「瑞樹」
「何?」
「後で後悔しないようにね?」
「しないよ!後悔なんか!それに今、そんなことに気をとられて練習をおろそかにするほうが絶対後で後悔する!」
「おお、さすがキャプテン」
「絶対、いいとこまで行こうね!」
「あいあいさー」
瞬のことに多少、気をとられてはいるが彼女の頭の中にはほぼソフトボールのことしかなかった。