ぶんっぶんっ!
広大な洋風の広い庭の池の前で神崎恵美は素振りをしていた。
2試合で4本のホームランを打ち結果が出ていることでますます恵美はソフトボールにはまっていた。
「恵美!夕食ができたよ。支度をなさい」
「あ、はい!お父様!今、参ります!」
恵美の返事に喜一郎はニコっと微笑み、先に食卓のある部屋へと向かった。
◇
「恵美。随分とソフトボールに熱中しているようだな?」
喜一郎は子羊のソテーを頬張りワインを嗜みながらそう言った。
「はい!結果も出てるのでおもしろくなっちゃって」
「ほう」
「こないだも2本もホームランを打ちました!」
「ほう、それはすごい。今度、母さんと一緒に見に行くかな。ねえ、母さん?」
「そうですわね、恵美が活躍するところを見たいですね」
「え?いいですいいです!見に来なくて!」
「なんだ?冷たいな」
「だって、恥ずかしいしお父様達がきたら騒ぎになっちゃいますし」
「そうか......じゃあ、執事にビデオカメラでも撮らせて後からそれを見るかな」
「え?......そういうのなんか緊張しちゃうかも」
「わっはっは」
「おほほほほ」
神崎財閥のトップの家庭はとても明るく幸せに包まれているようだ。
カシャーン!
ふいに恵美はフォークをテーブルの下に落としてしまう。
「どうした?恵美?」
「ごめんなさい、素振りのやりすぎみたい、あはは」
◇
「真鍋センパイ......」
奥津紗希は真鍋瞬の前で目を閉じる。
ここは紗希の住んでいるアパートの一室、紗希の部屋。
先日の話の流れから瞬は紗希の部屋に来ることになってしまっていた。
そして奥津紗希が真鍋瞬に対して勝負をかける時が来たのである。
「ちょ、ちょっと紗希ちゃん、ごめん。その前に俺の話を聞いてもらっていい!?」
ぱちっ
紗希は目を開ける。
「はい......なんでしょう?」
「実は俺、中学の時......いや、つい最近までイヤな奴だったんだよ」
「センパイがですか?」
「うん、自信過剰でさ、他人の事を見下していたんだ」
「はい」
「俺、中学の時、好きな子がいてさ。その子はソフトボール部でその時ソフト部は決して強くはなかったんだけどその子はいつも一生懸命やっててね」
「はい」
「いつしか、その子ばかり目で追うようになっていた」
「まだ......その話......続くんですか?......私......ちょっと......辛くなってきました」
「ご、ごめ、もうちょっとだから!で、俺、その子に告白したんだ。自分が振られるわけがないと思ってさ。でも、断られた」
「そう......なんですか」
「で、俺、友達もいなくてさ」
「......」
「それからこの学校に通うようになって校長に言われて自分のそういうところを直して謙虚になって他人に対して優しくしていこう......てね」
「はい......」
「だから、紗希ちゃんが好きになったのは本当の俺ではないんだ」
「どうしてですか?センパイは変わったんですよね?何も問題はありません......キスしてください」
再び、紗希は目を瞑る。
紗希としては今日、なんとしても瞬と既成事実を作り、瞬の彼女の座にいすわろうと思っていた。さらに昔の好きだった子の話をされ紗希はこのような暴挙にでてしまう。
「で、でね!俺が今、好きなのは......」
瞬がそう話し始めると紗希はガタガタと肩を震わせていた。
「......紗希ちゃん、ごめん。やっぱりキスできないよ......」
「どうしてですか!私のことあんまり好きじゃないですか!?」
「好きだよ!好きだけど、もっと好きな子がいるんだ......ごめん」
「......その人って誰なんですか?私の知っている人ですか?」
「ごめん、言えない」
「じゃ、じゃあ、その人のどんなところが好きなんですか?顔ですか?性格ですか?スタイルですか?」
「んー、どれもなんかちょっと少し違うような......」
「どんなところなんですか!教えてください!!」
紗希らしからぬ大声を聞き、瞬は慌てて応えだした。
「そ、それはね。大好きな人に振られてその人を無理やり忘れるように何かに打ち込む姿に心を打たれてしまった......かな?」
「それは同情なんじゃないですか!?」
「同情か......確かにそうかもしれないけど俺はその子の笑顔が見たい。その子の喜ぶ顔が見たい。できれば俺がそうしてあげたい。そう思うようになってしまって......それって好きってことでもあるんじゃない?」
「......そうかもしれません。私もセンパイに対してそう思って......います」
「え~っと、だから紗希ちゃんとはキスできません。......納得できた?」
「わかりました。でしたら......センパイ.....さっさとその人に告白してください......失敗したら......私がいますので」
「あ、ハハハ。でも、その子がダメだったら紗希ちゃんて......そんなの悪いよ」
「どうしてですか?私はなんとも思いません。むしろ、さっさとセンパイが振られてくれれば......私の彼氏になってくれるかもしれないんだし」
「ちょっと、紗希ちゃん、それはひどいなー」
「あ、ごめんなさい」
「ハハハ、いいよ。別に大丈夫だよ」
そう言うと瞬はニパッと笑う。
「そういうことなので今日のところは俺、帰るね。生姜焼きおいしかったです。ありがとう」
「いいえ、......本当は今日......センパイと......既成事実を作りたかったのに......残念です」
「あ、ハハハ」
◇
「はっはっはっ!」
夜間、楠木瑞樹がジョキングをしていると中学の時、自分に告白をしてきた男の姿が見えた。
瑞樹はきょろきょろと他に誰かいないか確認する。
他に誰もいないことを確認するとすーっはあっと深呼吸をしその男に声をかけた。
「真鍋!!」
「お!おおおおお!!楠木じゃん!?」
「こんばんは」
「こんばんはー、何、ジョギングしてたの?」
「うん」
「そっか......高校になってから初めてだね、話すのは」
「うん、そうだね」
「そうそう、女子ソフト強いねえ?いいとこまで行くんじゃん?」
「うん!」
「え!?」
瑞樹は瞬に屈託のない笑顔を見せた。
「なに?どうしたの?」
「いや、楠木が俺の前でそんな笑顔を見せるなんて、ビックリした」
「え?そう?」
「俺の前だといつも困ってる顔してたしさ、まあ、昔はだけど」
「そう、そうだったかなあ......ごめんなさい」
「ああ、いいよいいよ謝らなくて俺、昔はイヤな奴だったしね」
「でも、今、モテモテみたいじゃない?」
「そうかな?でも、本人は困ってたりして」
「そうなの?」
「いやあ、あははは。だって先のことを考えたら誰かのことを傷つけてしまうかもしれないし、そう考えるとどうしたらいいのかわからなくて」
「え?......まさか、真鍋の口からそんな言葉を聞こうとは......」
「意外?いやいや、俺は変わったんだぜ!」
どやあ
真鍋の表情からそんな声が聞こえてきそうだった。
「真鍋......私、今からサイテーなことを言うけど聞いてもらえる?」
「サイテー?いったいどんなことだろう?」
「今までずっと真鍋から告白されて断ったことを気にしてるんだ私」
「ああ、いいよいいよ、もう。俺もイヤな奴だったんだし」
「違うの!!」
「え?」
「私は......あの頃、本当は真鍋と付き合ってもいいと思ってたよ」
「え!?」
「でもね、周りの友達がやめとけって言うから......」
「......」
「あはは、やっぱ、私、サイテーだよね。友達のせいにするなんて」
「いやいや、仕方ないよ」
「ううん、こんな大事なことを自分の意思で決めないなんてサイテー」
「......」
「友達か、好きな人かどっちかを選べとなって友達を選んでそしてずっとそれを後悔してる......私って本当にサイテー」
「楠木......」
「でね、本当に自分勝手な言い草なんだけど私、ソフトで全国大会に出場を決めたら真鍋に今度は私から告白する」
「ええ!?」
「もちろん、断ってくれていいよ?それでおあいこだもん。それで私の中のモヤモヤもすっきりすると思う」
「なんだよそれ?本当に自分勝手な言い草だな!」
「うん、そうだよ?だから言ったじゃん」
「そんなことされて俺はどうすればいいんだ?あの頃、俺は本当に楠木のことが大好きだった。断られて相当こたえたよ」
「うん、本当にごめんなさい」
「今更、謝られても!!......クソっ!」
瞬は小石を蹴飛ばす。
「うん、だから、仕返しに断ってよ?私も真鍋のこと......多分、昔より今のが相当、好きになってるから」
「本当になんなんだ?そんなこと聞かされて断られるか!」
「じゃあ、付き合ってくれるの?プライドが許さないでしょ?」
「くっ......一番ベストなのは今の話はなかったことにしてほしい」
「それはイヤだ。もう話しちゃったからなかったことにはできない。私も相当な覚悟を持って真鍋に話したんだから」
「そりゃあ、話せば楠木は気分がスッキリするだろうさ」
「うん、そうだね。自分のことしか考えてないかも。でも、ごめんなさい。全国大会に出場したら真鍋に告白する予定は変えない」
「......俺には今、好きな子がいるんだ。それを聞いても告白するのかい?」
「うん、今、断ってきても私は全国大会に出場を決めたら真鍋に告白する。その時にまた断ってくれてもいい」
「なんなんだ、いったい」
「少し、意地になってるのかもしれない。でも、私はこの事が私の人生の中で大事なことのひとつだと思うから。時間に流されたくない。自分の意思でちゃんと白黒はっきりさせて失敗なら失敗で後の私の人生の糧としたいの」
「ふうむ、さすがは天晴学園の生徒といったところか......などと俺は言えばいいのか?」
「あははは!そうだね!」
「......わかったよ、俺もちゃんと考えて答えをだす......断っても俺を恨むなよ?」
「うん、恨まないよ。おあいこだもん。さっきそう言ったでしょ?......じゃあ、私、行くね!バイバイ!」
「お、おう、バ、バイバイ!」
瞬は走り去っていく瑞樹の姿を見えなくなるまで見送っていた。
「いまさらそんなことを言われたって......あいつは......楠木は昔、俺のことをフッたんだ」
瞬は地面を見つめそんなことを考えながら少しその場で固まっていた。