「岬、もう配り終わったのか?」
「うん」
「じゃあ、帰るか」
「うん」
放課後の正門では大石が岬を待ち、供にオレンジ色の舗道を下校していく。
その後にぞろぞろと1年生たちは下校して行った。
今日は正門で誰も待ち構えていなかったので下校は各生徒スムーズであった。
3年の佐藤邪儀の姿が見えない。彼は生徒会選挙を諦めてしまったのであろうか。
もっとも大石は佐藤がいないから今日は岬と供に早く帰ったのである。
◇
「ようよう、今日は俺達、大石さんから1万もらったことだしバーガー・エースでも行かね?」
「お、いーねー。毎日コンビニ弁当だけで飽きてたところだよ」
どうやら大石は1年生全員に1万円を配ったらしい。
「ま、俺達は絶対、大石さんに投票するけどな。1万なんかもらえなくても」
「まあ、金は貰えるものならもらっとかないとな。大石さんに恥をかかせたらマズイ」
「だよな」
1年生の3人は横道をそれてバーガー・エースへと向かう。
路地裏を出て大通りに出たところで見覚えのある人物を彼らは目撃した。
「お!あれって3年の佐藤じゃね?」
「あ、ほんとだ。あんなにコンビニ袋持ってどこへいくんだ?あ!」
「あそこのアパートへ入ってったね」
「あそこって確か、同じクラスの福井のアパートじゃね?」
「ああ、そうだな。なにしてんだ?」
「行ってみるか?福井の奴、裏切ってるかもしれないしな」
「おう」
3人はこそこそと目的のアパートへ向かっていった。
ところが予想外にも邪儀が早く部屋を出てきたので3人はあわてて電柱の裏に隠れた。
「じゃあ、センパーイ、またよろしくねー!」
「おう!そのかわり汚き1票よろしくな!」
「わかってますって!」
邪儀は福井の玄関先で福井に別れを告げると電柱の裏で誰かが隠れていることに気がついた。
「おい、そこの!誰だ?」
邪儀は隠れている1年に呼びかける。
「へへへ、こりゃあ、どーも」
「おお!その制服はもしかして同じ高校の1年生?」
「はい」
「で、なにしてるのキミたち?」
「センパイこそ何してるんですか!」
「あ、俺?パシリだよ?」
「え?パシリ?......福井のですか?」
「ああ」
「そりゃまたどうして?」
「決まってるだろ!1票を俺に入れてもらうためにだ」
「はあ、それで福井はセンパイに投票すると約束したんですか?」
「ああ、したよ。キミたちもどう?」
「いやいや、俺達は大石さんを裏切れないっす」
「そうかあ、いい話だと思うんだけどなあ。......買い物を頼んだり人気商品を買う為に並んだり、役所の面倒な手続きとかしたり......後は気になる女の子の仲を取り持つとかね!」
「え?そんなことまで?」
「ああ、俺は法律に触れない限りのことはなんでもやるぜ?そのかわり俺に1票をくれ」
「それってずっとパシリしてくれるんですか?」
「いや選挙日までだ」
「選挙日までか」
「だがな、俺が会長になったらさらに半年間延長でパシリになってあげよう」
「セ、センパイ!」
「なんだ?」
「もしパシリをやってもらっていざ投票ってことになってセンパイに投票しなかったらどうなるんですか?」
「その時はその時だよ。もっとも人との約束も守れないクソがこの学園にたくさんいたとしたらこの学園の生徒会長をやっても意味がないと俺は考えてるから大丈夫だ」
「なるほど」
「お前達はお前達の考えをもって学園生活をまっとうしてもらいたい」
「あのー本当になんでもいいんですか?」
一番おとなしそうな1年が邪儀に向かってたずね始めた。
「おお、いいぞ?何かあるのか?早く言ってくれ!」
「センパイはいつもキレイな女の人と一緒にいましたよね?」
「ああ、真姫のことかな?」
「そうそう、上田真姫さんです。センパイはその人と付き合ってるんですか」
「いや、付き合ってないぞ?」
「別れたんですか?」
「いやいや別れるも何も付き合ったことはない」
「そうですか......なら、上田センパイとデートの約束を取り持ってくれませんか?」
「え?う~ん、一応、話はしてみるけどうまくいくかどうかわからないぞ?」
「いえ、失敗してもいいです......もしデートの約束が成功したらセンパイに俺は必ず投票します!」
「おいお前!」
1年の他の2人はビックリして声を荒げた。
「なに?本当か?」
「はい!」
「よ~し、わかった!そこの2人は?」
「え」
「え......ちなみにセンパイ。福井以外に約束を取り付けた人って後何人いるんですか?あ!話したくなかったらいいですので」
「いやいや隠しても仕方がないからな。少ないよ?10人くらいかな?」
もちろんウソである。今のところ福井しか約束に取り付けたものはいない。
「え?でも、そんなに?」
1年は以外にも大石を裏切った人数の多さに驚いている。
「そんなにいるなら裏切った奴が誰だかわからなくね?」
他の2人の1年生はそんなふうに考えてしまう。なぜかこの2人は邪儀の言葉をそのまま鵜呑みにしていた。
自分の欲望を満たす為に都合のいいほうに考えてしまう。精神的に鍛えられてない人間というものは時としてそういう弱さを露呈してしまうことを邪儀は考えそして行動していた。
「じゃ、じゃあ、センパイ。俺も気になる子がいるんで......同じ学年なんですけど」
「おお!いいぜいいぜ!俺に任せろ!」
「俺もおねがいするっすセンパイ!」
この時点で邪儀はとりあえず1年生4人から買収の約束を取り付けることに成功したのである。
◇
「というわけなんですよ~」
校長室で真鍋瞬は波香に今、自分の置かれている状況を説明した。
「ふぅん。で?」
「で?とは?」
「あなたがどちらを好きなのか?それ以外にあるのかしら?」
「ん~~~どっちが好きかって言ったら今は神崎さんですかねー」
「じゃあ、神崎さんでいいじゃない。楠木さんの告白は断れば?」
「でもー。あいつもがんばってるからなあ。あ!全国なんてどうせ無理っすよね?」
「何を言ってるの?絶対行くわよ、全国大会」
「えーー!!」
「楠木さんはまだ全力で投げていない。あなたは何を見てるの?本当に神崎さんしか見ていないのね?」
「はあ、まあそうっすね」
「じゃあ、神崎さんでいいじゃない」
「でも~」
「......くそがっ!じゃあ、2人の面倒見れば?『俺は2人のどちらかも選べない優柔不断野郎ですけど付き合ってください!』ってね!」
「ひっ!」
「メグ......神崎さんは好きになったらどこまでも許してくれそうだけど楠木さんはどうかしらね」
「......」
「でも、私としてはどちらかに決めて欲しい。私が言うのもなんだけどまた神崎さんを悲しませるようなことはやめて」
「......そうですね。わかりました。よく考えます」
「もし、地区予選の決勝に行くことになったらあなたも連れて行ってあげるわ。市営球場に」
「え?いいんですか?」
「ええ、校長の私が許可する。でもあなただけ特別扱いじゃないわよ?希望する生徒は全員連れて行くつもりだから」
「おお、さすが校長、ふとっぱら」
「うふふ、じゃあ、もう行きなさい......よく考えてね」
「はい!」
◇
ビシッ!
「うわあ!いてえ!」
邪儀は真姫に平手打ちを喰らっていた。
「わざわざ人のマンションまで来て、よくそんなことが言えるわね」
真姫は激昂していた。邪儀から選挙の票を貰う為に真姫と1年生のデートを取り持つ話を聞いたからだ。
「頼む!真姫!頼むぅ~~~!」
邪儀は真姫の足に飛びついて離れない。その様は別れ話を切り出されて男のほうが女に未練がありごねているように見えた。
「ちょ!離しなさいよ!誰かに見られたら変な誤解されるでしょお!」
「いやだあ!OKもらうまで離さんぞおー!」
「佐藤」
「お、俺は大石に勝ちたい!どんなことをしても勝ちたいんだあー!」
日頃クールでちょっと悪びれていている邪儀だがこんなになりふり構わない姿を見せられて真姫はちょっと驚いている。
「無理無理無理!私、デートなんかしたことないし......それによく知らない人となんて!」
「大丈夫だああー!絶対、変なことはさせないから!ただメシ食って話をするだけでいいんだあああ!」
そう佐藤は叫んで真姫の両足を持つ腕に力が入る。
「ちょっと!イタイ!」
「あ!すまん」
真姫がとても痛がったので邪儀は手を真姫の足から離してしまった。
「そんなに大石君に勝ちたいの?」
「ああ、勝ちたい!」
「......今、どれくらい買収できたの?」
「4人だ」
「え?昨日の今日で4人も?」
「ああ、俺は大石に勝つためなら犯罪以外どんなことでもやってやる!」
その邪儀の決意の言葉に真姫は可能性を見出したのか、ついに折れてしまう。
「わかったわよ。デートする。でも、ひとつだけ約束して」
「え!本当か!?で、約束って?」
「もう少し私のことを大事にしてくれる?」
「え?お、おう大事にする大事にする!」
邪儀は真姫の言った言葉の意味がよくわからなかったがとりあえず1年の希望がひとつ叶ったことでホッとしていた。