「悠馬君どうしたの?」
岬は心配そうに大石の顔を覗き込む。
大石が元気がないからだ。
2人は同じアパートの隣同士の部屋なので毎日一緒に登校していた。
もっともそのアパートは大石達だけではなく同じ学校でそのアパートを借りているものは多い。
しかし、2DKで11万8千円なので普通のサラリーマンの家での財力ではちょっときついだろう。
「いや、なんでもないよ。それより10万の予定が5万になってしまったけど今日から一緒に配ろうな」
昨晩、大石は電話で父親に選挙での買収用の金を無心したが激しく叱責された。
学生のうちからそのようなことをしてはならん。生徒会長くらいは正々堂々と勝ち取れと。
「悠馬君、私達も何でも屋はじめる?」
「......いや、もう投票日まで約2週間しかないから間に合わないだろう」
「やっぱり私」
「それはやめてくれ」
「......」
「いいんだ岬。ここで生徒会長になれないようなら俺はその器ではなかったってことだ。すっぱり諦めるよ」
「いいの?それで?」
「ああ......結局、中途半端になってしまったなあ。これなら最初から金なんて配らなければよかったのかもしれない」
「ごめんなさい。力になれなくて」
「何を言ってるんだ?岬が傍にいてくれるから俺は頑張れるんだ」
「うん」
「岬、今後の為に言っておく」
「??」
「俺の為になんとかしようと思ってくれるのは嬉しいけど方法と手段によっては俺の将来の足枷になる場合もあると思う」
「うん」
「俺は親父のように政治家を目指している。そんな奴の過去が自分に好意を寄せている幼馴染を使って汚いことをしていた......なんてのはゴメンだ」
「わかった」
「とりあえずできたら5万円を1年生全員に今日中に配ろう。1万円を配ってしまった以上配らないより配った方がいいだろう」
「うん」
2人が話しているうちに学園の正門に着く。
「みんながヒクッ......楽しくて有意義で充実した1日を過ごせるようにヒクッ......俺はあ!全力おう!ヒクッ......つくしまあす!......俺を生徒会長にしてくださああい!犯罪以外のことはなんでもしますからあ!」
そこでは邪儀が涙を流しながら演説をしていた。
「な、なんだ?なぜ泣いているんだ?」
「......」
大石はビックリしている。岬はそう言う大石を黙って見ているがやがて口を開く。
「悠馬君、これはデモンストレーション。騙されちゃダメ」
「......姑息な手段を」
「お願いします!お願いしまあす!ウワー」
「あはは!」
「クスクス」
号泣して叫んでいる邪儀の横を笑いながら生徒達は通り過ぎていく。
少なからずとも生徒達にインパクトを与えていたのは間違いなかった。
◇
そしてその日の午前10:23。天晴学園女子ソフトボール部は市営球場にて準決勝を戦っていた。
試合は4回の表を終わって1-0で天晴学園がリードしている。
先制点は1回の表の1番バッター小山が初球からセーフティバントを試みこれが成功。
2番の奥津がしっかりと送りバントで小山を2塁に進める。
3番の神崎はセンターフライに終わるが4番の林が右中間を破るツーベースヒットで小山が生還し1点を先制したのだ。
しかしそれ以降は両者無得点のままだった。
「さすがに準決勝くらいになると楽には勝たせてくれないな」
ベンチで顧問の時哉はスコアブックをつけながらつぶやく。
「......神崎は今日、ノーヒットか」
「いけませんか?」
「うわ!いたのか!」
恵美は時哉の後ろの席に座っていたのだ。
「次は絶対、打ちますんで!」
「うん、頑張ろう!ん?神崎その手は?」
時哉は恵美の左手がプルプルと震えていることに気づく。
「なんだか今日の始めの打席が終わった後、調子悪くなっちゃって......」
「ちょっと見せて見ろ......これは腱鞘炎かもしれないな」
「腱鞘炎?」
「......一応、この試合が終わったら一緒に病院に行こう」
「は、はい」
「恵美、大丈夫?」
隣で恵美に寄り添うように座っている真子が心配そうに言う。
「うん、そんなに痛みはないけど震えが止まらないんだよね」
「そうなんだ.....」
真子はそう言うと恵美のなんともないほうの腕側に座りなおして恵美と腕を組む。
「ま、真子?もうすぐ真子の打つ番だよ?」
「あ、うん」
真子は残念そうに恵美の腕から離れていきネクストバッターズサークルに向かった。
「真子!バットバット!」
「あ!そうだ」
バットも持たずにサークルに向かう真子に恵美は注意する。真子は全然ソフトボールの試合に集中していないようであった。
7番外村がフォアーボールで出塁したが次の打席の真子は空振りの三振。
真子がベンチにひきあげてくる時に恵美は自分が結果を出していないことと手首の故障の苛立ちからつい真子にあたってしまう。
「ちょっと!真面目にやってよ!......あ!ごめん!」
「ううん、私こそごめんなさい......」
そしてこの裏の回、サードゴロを真子がエラーし、次の強烈なショートライナーを長沼がはじきノーアウト1,2塁となってピンチを迎える。
ここでピッチャーの楠木はキャッチャーの恵美にタイムをとるように恵美にサインをした。
「あ....すみません、タイムお願いします」
恵美は主審にそう告げると楠木の待つピッチャーマウンドへと急ぐ。
「どうしたの?瑞樹?」
「恵美さん、ここで点を取られると流れからして非常にまずいので
「アレ投げるんだ」
「取れなくてもいいので必ず前に落としてください」
「わかった」
必死の形相で恵美は自分のポジションに帰っていく。
「......さあ、いくよぉ!」
瑞樹はそう言うと手を前に出しそのまま手を振り上げて身体をエビのようにしならせ、あわやバク宙をする寸前までの勢いでボールを投げた。
しゅるるるるるーぐわあああああん!
瑞樹の投げたボールは地表をスレスレを行きホームベースの1M手前からぐわわわっっとホップしてきた。
バシィーーーン!
恵美はほぼ中腰の状態でそれを見事にキャッチする。敵のバッターは驚いてボールを見逃した。
「あう!」
キャッチした瞬間、あまりの衝撃に左手首に痛みを感じて思わず恵美は声を出してしまった。
「スットライクー!」
主審が声高々に宣言する。
「よし!」
瑞樹はマウンド上で小さくガッツポーズを取る。実践で初めて投げたので不安だったが手ごたえを感じたようだ。
結局その回は3者三振で無得点に抑えることに成功する。
「恵美、ちょっと見せてみろ」
時哉はつい恵美のことを名前で呼んでしまう。細かいことを気にしてはいられない、それくらい時哉は心配していた。
「うあ......これは......林、次の回からキャッチャーいけるか?」
「はい!」
「恵美は林と変わってファーストへ入れ。そのほうがキャチャーよりは負担が軽い。いいな?」
「......はい」
そう短く返事をするも恵美は自分の左手を見つめている。震えがさっきよりも激しくなりまるで自分の手ではないような感覚になっていた。
「ご、ごめんなさい!恵美さんの手首がそんなにひどかっただなんて!」
楠木は向こうから慌てて恵美や時哉のところに駆け寄ってきた。
「ううん、私こそ、ごめんね?足をひっぱるようなことになっちゃって......」
「大丈夫だ、恵美。このまま試合を終わらせよう。このまま何事もなくね。交代はしないよ。うちは9人しかいないんだから」
そう言って時哉はメンバー登録票に目がいくと選手登録数は10人となっていた。
「あれ?この『折原祥子』って......そんな部員、うちにいたっけ?」
「ベンチにいるみんなに問いかけるが誰も時哉の問いに無反応だった」
「ん?......おーい、折原祥子はいるか?」
......し~ん
「なんなんだいったい......折原祥子って誰なんだ?」
◇
__そこは薄暗いアパートの一室。
暗闇の中で大石は目覚める。大石はソファで眠っていたようだ。
「ん?ここは岬のアパートか?俺はここで寝てたんだっけか?」
見覚えのあるソファを見て大石はそうつぶやいた。
するとすぐに隣の寝室からどこかで聞いたような声が聞こえてくる。
「.......いいんだな?ならいくぞ?パンツも脱ぐんだ!」
ずこんばこんずこんばこん!
部屋全体がいやらしい音とともに揺れる。
「な、なんだ?」
大石は体験したことのない状況にとまどう。
「あっ!あん!あん!んあ!んっ!」
「み、岬!?」
しばらくして岬の悩ましい声が寝室のほうから聞こえてきた。
「ま、まさか、そんな......」
おそるおそる大石は寝室のふすまを開ける。
「あんあんあんあん!」
ずちゅずちゅずちゅ!
岬が3年の佐藤の下で全裸になって声を上げていた。
「み、岬!何やってんだ!!」
「あんあんあん!......あ、ゆうまくん!佐藤先輩がね、選挙、棄権してくれるって!!よかったね!!」
「やめろおおおおおおおお!!!......ハッ!」
大石は悪夢から目が覚めた。
「悠馬君、どうしたの?汗ビッショりだよ?」
岬はハンカチで大石の顔を拭きながら自分の膝の上で寝ていた大石に声をかけた。
昼休みベンチの上で岬が作ったサンドイッチを食べた後、大石は岬の膝の上で寝ていたのだ。
「ん......なんでもないよ」
そういうと大石は寝ながら両手を岬の腰に回して抱きしめる。
「悠馬君......」
岬は寝ながら自分を抱きしめてくれている大石の頭を撫でた。
(なんてことだ......俺はこんなにもメンタルが弱かったのか......)
岬に頭を撫でられ大石は自分の歯がゆさに涙する。
いや涙を流したのはそれだけではないのかもしれなかった。