女子ソフトボール地区予選決勝戦は楠木瑞樹と柴原縁による投手戦で最終回まで0-0で試合は進行するがついに霧島美恵子のホームランで園城学園に待望の1点が入った。
その後1塁に上がったファウルフライを神崎恵美はダイビングキャッチするが左手首に負傷を抱える彼女は激しい激痛に見舞われタンカでとりあえずベンチに運ばれる。
「1塁手は大丈夫なのかね?」
主審が天晴学園のベンチに確認に来た。
「大丈夫です。意識はありますので」
「そうですか。あまり無理はさせないで下さい。これは学生の大会ですので」
「わかりました」
時哉は主審と言葉を交わすとふぅーっと息を吐く。
「恵美、痛いか?痛み止めが切れたのか?」
「はい......痛いですけど大丈夫です」
「そうか、この試合が終わったらすぐに病院に行こう」
「はい」
「よし!みんな泣いても笑ってもこの回で最後だ!ここまでよくやった!後は悔いの残らないよう失敗してもいいから、思い切ってやってこい!」
「はい!」
6番の外村がバッターボックスに立った。しかし彼女は30秒後にはベンチに戻っていた。続く7番の海江田。彼女もまた25秒後にベンチに戻る。そして最後のバッター長沼絵里がバッターボックスに入った。
(うう、私が最後のバッター?なんかイヤだなあ、結局、真鍋センパイに全然いいところ見せられなかったし、亜希子や紗季に比べて全然、私、ポイント稼いでないよぉ)
この後、空振りのワンストライク。次の球も外角低めのするどいコースを見逃すがストライク。柴原は決して最後まで手を緩めなかった。柴原、霧島のバッテリーは3球目にシンカーを選択する。ストライクコースからボールになる低い球だ。この球は今までに地区予選では1回も打たれたことはない。が最良の選択のはずだったこの1球が逆に最悪の1球となってしまう。
「あっ!」
胸のサラシがほどけたままだった霧島は自分の胸の大きさで視界が悪くなりこの低めにショートバウンドしたボールを後逸してしまう。
「絵里!走ってええ~!!」
小山がベンチから懸命に声をかける。
空振り三振だと思った長沼はわけもわからずにとにかく1塁へダッシュした。彼女は振り逃げというルールを知らなかったのである。霧島がボールを掴むころには長沼は1塁に到達していた。
「よし!いいぞ!長沼!......あ!」
時哉はネクストバッターズサークルに誰もいないことに気づく。ふと恵美のほうを見るがとてもバッターボックスに行かせられる状態ではない。
「みんな、よくここまでやってくれた!」
ベンチのナインはみな、下を向いている。時哉がこれから言う事の予想がついているからだ。
「みんな、ごめんなさい。私のせいで......うっうっうっ......こんなことになるなら一生懸命やるんじゃなかった......適当にやってすぐに負けちゃえばこんなに悔しい思いはしなかったのに......うわーっ!」
恵美はベンチで横たわりながら号泣しながら叫んでいた。
「恵美、そんなことはないよ。キミも含めてみんなが頑張ったからここまで来れたんだ。適当にやっていたら何も残らないよ。今は、とても悔しいと思うけど後になったら良い思い出になる。頑張った分だけ良い思い出が増えて行くんだ。それは君の人生の中の宝物となる」
「うっうっひくっ......」
「悔しいがここは棄権しよう。みんな、いいね!?」
「......はい......うっうっ......」
ベンチにいる瑞樹をはじめとした全ナインは悔しさのあまり涙を流して下を向いて時哉に返事をした。
「ちょっと待って!折原祥子さんを呼んで来るわ」
「え!?」
波香の言葉に時哉をはじめ一同が驚いた顔で波香を見る。
「本当にそんな生徒いたのか!?」
「ええ、ちょっと待ってて」
波香はベンチの裏側のドアを開けて出て行く。選手のロッカー室にでも行ったのだろうか。
「お待たせしました!折原でっす!」
ベンチに現れたのは髪型を三つ編みにしたメガネの女の子だった。いや、変装しているが城之内さやか校長こと北条波香、その人であった。
「ブフォオオオオー!」
その姿を見た時哉は思わず今、口に含んでいたペットボトルの水を盛大に噴き出してしまう。
「......いや、あの......校長先生、まさか出るつもりですか?」
「うん、全責任は私がとる。みんなもいい?」
「はい!どうせ、もう、負けなんだし。校長先生の打つところみたいです!」
「はい!」
「はい!校長先生お願いします!」
反対するものはいなかったが瑞樹だけはベンチに座って無反応だった。
「......楠木さん?いいかしら?」
波香は負けが決まってへこんでいるように見える瑞樹に声をかけた。瑞樹は負けてしまったので真鍋瞬に告白することができなくなってしまったのだ。だが、精一杯自分の力を出し切ったことと告白しても望みは薄かったことから瑞樹はある程度満足していた。
「はい、どうぞ」
にこっと笑顔で瑞樹はそう答えた。みんなの同意を得た波香はバットを担いでバッターボックスへと向かう。
「代打、神崎恵美に代わって折原祥子です。よろしくお願いします」
波香はメンバーチェンジ申請票を主審に渡し、バッターボックスへ入ると同時に軽くおじぎをした。
がやがやがや......どよどよどよ
天晴学園の応援席からどよめきが起こる。
「あんな生徒、女子ソフトにいた?」
「誰だ?あれ?」
「......もしかして校長先生じゃね?」
「うわーーーー!!!!」
市営球場が異様な歓声に包まれ始めた。
「プレイ!」
そんな中、主審はプレイを再開する。いまだにバッターボックスにいるのは教師だとわかっていないようだ。
相手ピッチャーの柴原とキャッチャー霧島は終始首を傾げていた。自分たちが知っている天晴学園のデータにはこのような選手はいなかったからだ。
「すいません、タイムお願いします!」
霧島は主審にタイムを宣言しマウンド上の柴原のもとに駆け寄った。
「縁、あの人ってさっきまでベンチにいた先生じゃない?」
「霧島センパイもそう思いましたか。私もそうだと思います」
「どうする?主審に言う?」
「大丈夫ですよ、先生に私の球は打てません」
「そうね。面白そうだし勝負してみようか。まあ、打たれたら言えばいいんだし」
「ですね。あ!センパイ、一応、得体の知れない相手なんで初球はシンカーで様子を見ます?」
「そうしましょう。あ!さっきはエラーしてごめんなさい。もうサラシは巻き直したので大丈夫よ」
やりとりを終えると霧島はキャッチャーのポジションに戻って来た。
「先生が生徒の試合に出ても大丈夫なんですか?」
「......」
霧島はバッターボックスの波香にゆさぶりをかけるかのようにそう言ったが波香は何も応えなかった。
「プレイ!」
再度、主審はプレイ再開を宣言する。さっきの霧島の波香に対するつぶやきは聞こえなかったようだ。
そしてこれから起きる出来事は天晴学園の女子ソフト部員、顧問の時哉、応援に来た生徒達全員の脳裏に一生、焼き付けることとなる。
ばご~~~~ん!..........ドン!!
柴原が投げた初球の低めのシンカーを与作よろしく思い切りすくい上げた波香の打球はバックスクリーン目掛けて飛んでいき直撃した。
サヨナラ逆転2ランホームランである。
ワアアアーーーー!!!
球場は割れんばかりの大歓声に包まれた。
波香は1塁ベースを踏むと控えめに右手を挙げてガッツポーズをとった。ゆっくりと波香はダイヤモンドを回っている。波香が2塁に到達するとキャッチャーの霧島は主審に告げた。今、打ったのは相手高校の教師ですと。波香がホームに到達すると主審は当然のように力を込めて言い放った。
「バッターアウッツ!!.......あんた、何考えてんだ!!」
「いいのこれで。責任は私がとるから......あなたは何も知らなかった。それでいいでしょ?」
波香がホームインすると同時に天晴学園のベンチから全員が波香へと駆けて行った。
そして次々と波香に抱きついていく。
「うわーん!校長先生~~~!!」
時哉は目に涙を浮かべその様子を見ていた。
「そうか、ナミカちゃん。恵美のケガのせいで負けるって印象を少しでも無くして自分のバカげた行動のせいにするのか......凄すぎるよ」
時哉がそんなことを考えるていると
「......のうち!じょーのうち!!じょーのうち!!」
突如として球場は城之内コールに包まれた。
「じょーのうち!!じょーのうち!!」
大合唱である。
真鍋瞬と佐藤邪儀が陣頭指揮をとって大声をだしている。
ワーーーーーーーー!!!
天晴学園の生徒達はひとりふたりと応援席からグラウンドへ飛び降りなだれ込んできた。
みんな波香を目指して駆け出している。あっというまに生徒達の輪の中に包まれた波香。そして波香の胴上げが始まった。
「じょーのうち!!じょーのうち!!」
それをポカンと見つめる柴原縁と霧島美恵子。
「ね、ねえ、霧島センパイ。勝ったのって私達のチームですよね?」
「え、ええ」
しばらくの間、女子ソフトボール地区予選決勝が行われた市営球場では大歓声と1人の女教師の胴上げが終わらなかった。
__この日の翌日、地方記者が記事にし発行されたインターネットニュースから波香のした事は世間の批判を受けることになる。