波香は早足で経理部に訪れる。彼女は思いついたらすぐに行動にかかる。経営難の原因をすぐに知りたくなったのだ。
「お仕事中悪いわね。経理部長はどなた?」
「......私ですが」
波香と同じ年代の女性がスクッと席を立った。
「あら、まあ、意外。もっと使えそうのないオジサマだと思った。まあ、その位置の席に座っているのでもしやとは思ったけれども。あなた名前は?」
どうやらこの会社の部長に籍を置くものは一番窓際の席のようでその女性も窓際の席に座っていた。
「
「単刀直入に聞くわね。この会社が赤字の理由はなに?」
「単刀直入に答えますと人件費と材料費のコスト増大によるものです」
「ふうん、ちょっと詳しい話を聞きたいので校長室.....あ!ちがった!社長室に来てもらえるかしら?」
「わかりました。でも社長、財務諸表などにも目を通していただきたいので5分ほどで用意しますので待っていてもらえないでしょうか?」
「うん、わかったわ」
波香は一人社長室に戻る。間宮は急いで自分の鍵がかかった引き出しを開けると前期の財務諸表と思われる紙をゴソッと取り出し、手帳とペンを自分の上着のポケットに入れるとすぐに社長室に向かう。
「失礼します」
「あら、早いわね」
「私、待つのは好きですけど待たせるのはイヤなんです」
「へえ、感心だわ」
「ありがとうございます。で、社長、これが前期の財務諸表と損失計算書と貸借対照表です。......見て頂けたらおわかりかと存じますがご覧の通り売上に対して人件費、材料費が異常に高いです。これは不良品の為の代替え生産による残業代と材料の買いなおしです」
「そんなに不良ばっかりだしてるの?」
「はい、昔から不良がなくなりません」
「一体どうして?」
「私なぞが言っても一向に聞く耳を持ちませんので......」
「誰に?」
「製造部長の堀切さんです」
「ふうん、この会社の癌はその人ってこと?」
「......まあ、一概には言えませんが、......確かに製造部門の最高責任者は堀切部長ですけども」
「私は今日半日だけだけど工場で働いて様子を見てたけどみんな普通に働いていたわよ?」
「社長、ちょっと働いただけではわかりません。1週間もすればこの会社のダメなところが自然と見えてくると思われます」
「ほおー、でもあなたみたいな人がいてどうして赤字経営が続いているのかしらねえ」
「いえ、私なんかは......社長と寝て経理部長になったと言われておりますし」
「なにそれ?ひどいわね」
「いえ、実際その通りですし」
「ぶはっ、なにそれ?」
「申し訳ありません。でも会社を立て直す為にこられた社長に隠し事をしても仕方がないので」
「あははは、面白い!あなた間宮さんだっけ?下の名前は?」
「
「あはは、しのりん!気に入った!私の右腕としてこの会社の再建に力を貸してください」
「わかりました」
「それで前社長はどうしたの?」
「はい、もう充分稼いだとおっしゃいまして山の別荘で毎日釣り三昧らしいです」
「なにそれ?」
「私も週末には前社長の別荘にお邪魔して愛してもらっています」
「......別にそんなことまで言わなくてもいいわよ」
「......失礼しました」
◇
定時後、神崎電子工業労働組合事務所に波香は呼ばれていた。灰田組合委員長、ビスコンティ副委員長、粕谷書記と相みまえることとなる。
「あの郷社長、岡山と山川なんですが......」
言いにくそうに灰田組合委員長は波香の顔色を伺いながらそう言った。彼はまだ20代後半のようで波香と同じ年の頃ではあるが上の者に対しての礼儀をわきまえているようであった。
「クビよ」
「そこをなんとかならないですか?あの人たちは妻子もある身だし急にクビになったら生活に困りますよ」
「......人の親ともあろうものが人の命を危険にさらす真似をしてのうのうと働けるとと思ってるの?どうして今まで誰も止めなかったの?もし工場内で火災が発生したらどうするのかしら?」
「まあ、そうなんですけど......」
灰田は俯くがその様子を見て黒人が口を開く。ビスコンティである。
「シャチョーサン。コウジョウデベツニタバコスッテモ、カジニナラナイネ。ダイジョブダイジョブ」
「なったらどうするのよ?それに会社規定第9条の1にも『他の従業員に対して命、もしくは身体に重大な過失を与える行為をした者はただちに懲戒とする』とあるでしょう?」
「カジニナラナイカラ、ダイジョブネ」
「......あのさ、火事にならないからやって大丈夫じゃなくて危険な事をすること自体がダメなんだよ!日本語わかる?」
「ニホンゴワカルケド、シャチョーサンノイッテルコトハワカラナイネ」
「はあ.....とにかくあの2人はクビ。これは決定事項です。不服なら労働基準監督署へ通報なり相談しに行くなりしてください。いい?灰田くん?」
「はあ」
灰田はただ気のない返事をするだけだった。
「ちょっと待ってください社長」
工場内喫煙懲戒事件問題の話は終わるかにみえたが今までノートに事の顛末を筆記していた粕谷書記が声を挙げる。
「事を公にすると我が社の信用にかかわるのでは?」
得意気にそんなことを言う20歳前後の若者を波香は一喝する。
「......3年連続赤字経営で従業員が工場内で喫煙し他の従業員を危険にさらす真似をしといて信用も何もないんだよ!」
「取引先にこのことが知れて受注が激減し会社としての利益が損なわれたら社長は責任をとってくれるんですか!?」
「ああ、私が全責任をとる!だから私の言う通りにしろ!これより会社規定の見直しを行う!これが私が今日の日中に目を通し添削したものだ。これを見て意見があったら言って欲しい」
無用な言い合いをよそに波香は3人に投げつけるようにして会社規定の添削版のコピーを渡した。
「......特に今までと変わりはないようですが?」
灰田は波香が見直した会社規定にさらっと目を通す。だが粕谷はあることに気づき再び声を荒げた。
「社長!この残業代は支給されないってなんですか?」
「支給しないとは書いてないわ。会社が認めた場合のみよ」
「会社が認めないってなんですか!?」
「あのなあ、不良やら納期遅れやら原因を自分たちで作っておいてそのための残業に金を払えと?寝言は寝てから言え!」
「そうでない場合もあります!」
「どうしても仕方のない場合は支払ってやるよ。私が認めたらな」
「そんな!横暴だ!」
「自ら残業をせざるをえない理由を作り会社に残業代を請求する。これは横領ではないのか?」
「......」
「私からは以上だ。他に何かあるか?」
「シャチョーサンノイッテルコト、マルデワカリマセン」
「......ビスコンティ、お前はそこの2人に教えてもらえ。では、私は帰るな」
波香はそそくさと組合事務所を退出した。波香の考える会社改革の取り掛かりがまずは終わったようだ。
◇
購買部では取引先の客を迎え、不良による代替え品の材料の調達の談合が行われていた。
「これだったら1カ月遅れでも間に合いますのでこれよりも先にこっちをお願いします」
「はい」
「それからこれの材料費はこちらで持ちますので」
「はい、どうも、いつもすみません」
「いえいえ」
てきぱきと神崎電子工業の従業員に指示を出しているのはケニーエンタープライズの社員、
「では、お邪魔しました~」
「はい、どうも一里塚......じゃなかった小西さんだっけ?わざわざケニーエンタープライズさんからお越しいただいて申し訳なかったですね」
「いえいえ、お仕事ですから。それではまた宜しくお願いします!」
そのゆるふわ巨乳女性社員は深々とお辞儀をすると自分の会社に帰る為に玄関へと向かう。そしてかつて同じ職場で働いた同僚とばったりと出くわすのであった。
「あ?あれ?
「!!」
2人はお互い見つめあって歩みを止めた。そこへ経理部長の間宮がやってきて波香に声をかけた。
「社長!ひと月当たりの残業代の集計ができました!」
「え?え?杉本さんがしゃ、社長!?」
「......私は杉本ではありません。人違いじゃないですか?私は神崎電子工業代表取締役社長の『
「ええ~~~!?」
一里塚はびっくりして手に持っていた書類をぶちまけてしまうのであった。