「......お久しぶりね、一里塚さん」
「やっぱり杉本さんだよね?名前を変えたの?」
以前の波香ならば人違いだと言い捨て立ち止まって話し込むことなどないハズだった。しかし相手が一里塚だからなのか今までの経験が彼女を変えたのかはわからないが一里塚と立ち話に勤しむ。
「うん、まあ、いろいろあってね。一里塚さんこそネームプレートが『小西』に変わってるじゃない?」
「うん、先月結婚したんだ」
「へえ、そお」
「杉本さんは?」
「結婚?してないわよ。でも、彼氏はいるわよ」
「へえ~!おめでとう!」
「ありがとう。またみんなでバーベキュー行く?」
「あ、あははは......」
「買ったばかりの車を傷つけたことまだ根に持ってるの?」
「あははは......根には持っていないけどあれってやっぱりわざとだったの?」
「わざとよ」
「......なんで?どうしてそんなことしたの?」
「あなたが気に入らなかったから。......でも、あの時はごめんなさい」
いきなり波香が頭をさげてきたので一里塚はびっくりする。
「え?え?え?ううん、いいの。それって今まで忘れてたし根になんか持ってないよ?
それにお昼ご飯も奢ってもらったし......あとなんといっても100万円も貰っちゃったし......あ!そうか。修理代と考えたら100万円って貰いすぎだよね」
「ううん、あのお金はあなたの働きに対しての報酬だから」
「あはは、働きって。ろくなことしてないと思うけど」
「人よりたくさんもめ事をおこして人よりたくさん良い目をみるのが私の主義だった」
「......今は違うの?」
「今は......そうね。違うのかもしれない」
「......ねえ杉本さん。これから食事でもいかない?なんか久しぶりだしもっと話したくなっちゃった」
「いいわよ。そうだ!カラオケで勝負しない?負けた方がその後の飲み代を出すっていうのはどお?」
「飲み代?食事代じゃなくて?杉本さんお酒飲むの?」
「ええ、カラオケ勝負するなら今日、飲むわよ」
「マジで?あたしも飲みたいからいいよ!カラオケで勝負しよう!」
一里塚にとってカラオケでの勝負などはどうでも良かった。無類の酒好きとして日頃、異性のいる会社での飲み会などではどうしても好きな酒を飲むわけにはいかず悶々とした瞬間を過ごしていたのだ。
◇
「澄み渡るぅ~青い空~君は見上げながら~好きだよって囁いたぁ~」
「ぱちぱちぱち、やっぱ杉本さん、うまいね~今回も95点かあ」
波香が歌い終わりカラオケモニターの自動採点装置が95点を算出したのを見て一里塚はそう言った。
「これで私が475点、一里塚さんが420点で私の勝ちね」
波香が勝ち誇るようにして言う。2人は5曲歌って合計の得点で勝敗を決めていたのだ。
「んー、だね。じゃあ、あたしの奢りで飲みにいこう!」
「よーし!100万円分飲むわよー!!」
「え!?まさか、そんなに飲めるの?」
「うふふ」
波香の100万円飲むという発言に一里塚は焦った。過去の出来事を波香と供に経験してきた一里塚なら波香ならやりかねないと思っても不思議ではない。一里塚は少し不安になって波香と供にカラオケ屋を後にする。
「ねえ、一里塚さん」
「ん?なあに?」
夜の繁華街を並んで歩きながら波香が一里塚に話しかける。
「あなたの会社で仕事できる人でヒマそうな人いない?」
「あはは、何それ?そんな人いるのかな」
「私はね神崎電子工業の経営を建て直す為に雇われたの」
「へ、へえ~」
「......うちの会社どう思う?」
「んーどう思うって言われても......神崎電子さんとは長い付き合いだし別にどうも思わないかな。納期遅れ、不良品、ああ、またかあって感じで」
「よく取引中止にならないわね」
「まあ、他に何かメリットがあるんじゃないかなあ。あたしにはわからないけど」
「......あまり一里塚さんの会社の人には知られたくないんだけど工場内で喫煙してた社員を何名かクビにしたの」
「うん」
「そのことで労働組合の委員長達と話をしたわ」
「もめたの?」
「ううん、意外とすんなり引っ込んでくれた。でもこの先何があるかわからないし使えそうな社員を何名か欲しいの」
「う~ん、そう言われても......あたしにはどうにもできないなあ」
「使えないわね!」
「なにそれ?もう!」
「言う事を聞かないとこの画像をバラまくわよ!」
「え!うそ!消したハズじゃ!!」
「ないわよそんなの。ぶっはっはっは、その焦った顔最高!」
「もう!あ、ここのお店だよ!」
2人は一里塚のおススメの店BAR「シャルだん」に到着した。
「へー、『シャルだん』?面白い名前のお店ね」
「内装はもっとオサレだよ。さ、はいろ?」
ギギギっと中世の城をモチーフとした重たい扉を開けると中には眩しい世界が待っていた。
「な、なに?なんでこんなにキラキラピカピカしてるの?」
「それはねえ、壁や椅子に金箔や銀箔が散りばめられているの」
「なんか、ぱちぱちしてて目がやられそう」
「あはは。でも大丈夫だよ、外から入ってきた人がいると一瞬だけ自動的に照明が明るくなるの。その時だけすごく眩しくなるけどすぐに照明が落ち着くからほどよいキラメキになるよ」
一里塚の言う通り店内の照明はゆっくりと暗くなりほどよい明るさとなった。
「うあー、ほんとだ。いいねいいね、すごくロマンティック!」
BARなどにはほとんど来たことがない波香にとって見たことのない新世界に興奮気味だ。なにしろ彼女はほとんど酒が飲めないのだからBARに行く機会など全くないのだ。
「いらっしゃいませ、お客様。何名様でしょうか?」
黒いスーツに身を包んだ店員が波香たちのもとに寄ってきた。
「2名でお願いします」
一里塚は屈託のない笑顔で店員に伝える。
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
店員に案内された席の傍らには小さな噴水のオブジェが飾られている。
「あははは、こんなところに噴水がある。面白い!」
「そうなんだよねー」
「よーし、今日は飲むぞ!!」
やたらと波香は気合が入っている。
「あはは、お手柔らかに。杉本さんは何、頼む?」
「それはもちろん一里塚さんのおススメで!」
「うーん、じゃあ、モスコミュールでいい?カクテルだけど」
「うんうん、それでいい!」
一里塚は目が合った店員にオーダーしたい意志を伝えるべくコクっと顔をうなずく。すると店員はすぐにやってきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「はい、モスコミュール2つに枝豆2つ。それとオードブルのセットを2つお願いします」
「かしこまりました」
店員はすぐに厨房と思われる場所に姿を消していく。仕草や行動がいちいち早いのでものすごく訓練されたような感じである。
「一里塚さんはこのお店良く来るの?」
「うん、彼とか会社以外のお友達とよく来るよー」
「へー、......一里塚さんは私とは違う世界を知ってるのね」
「んー、杉本さんも彼氏さんと来ればいいじゃない?」
「......そうね」
波香と一里塚がそんな会話をしてる最中に早くも店員は波香たちのテーブルにやってきた。一里塚がオーダーしてから10分もたっていない。
「お待たせいたしました」
店員は一里塚と波香、それぞれにモスコミュールと枝豆を置き、まんなかにズドンとオードブルのセットの器を置いた。
「では、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
「うん、ありがとう」
店員は屈託のない笑顔で波香たちにそう言うので一里塚は屈託のない笑顔でそう返した。
「それじゃ、杉本さん。お疲れさまでした!」
一里塚はグラスを波香の前に突き出した。
「うん、お疲れ様!」
波香もにっこりと一里塚に微笑みカチンとグラスを重ねた後、一気にモスコミュールを飲み干した。
「ぷはあ、なにこれ!おいしい!」
「でしょでしょ?すごいね杉本さん!一気に飲んじゃった!もう一杯同じの行く?すみませ~ん!あ!いけない!ついつい居酒屋のノリで呼んじゃったよ」
一里塚は恥ずかしそうに視線を波香に戻すと波香はすでにテーブルに顔を伏せていた。
「え?杉本さんどうしたの?まさかもう酔いつぶれて......あはは!変なの!」
波香の酔いつぶれた姿を肴にしながら一里塚は一人酒を楽しむ。
「あははは、いいねえ。杉本さん寝顔、可愛いよぉ。あ、すみませえん!冷やしトマト1皿くらさい!」
◇
「で、あたしはなんでここにいるのだろう」
一里塚は波香と飲んだ翌日に会社の上司からの命令でしばらく神崎電子に出向が決まったことを伝えられ数日後、神崎電子に出社した。隣には同じ会社の菊池と南もいた。
「みんな!そのまま仕事を続けながらでいいので聞いてくれ!今日からケニーさんより出向で我が社に来ていただいた3名の方々です!」
波香はそう言うと一里塚に目配せをする。
「えっと、今日からしばらくの間お世話になることになりました小西恭子です。宜しくお願いします」
「菊池です!いたらないところもあるかもしれませんが全力を尽くすので宜しくお願いします!」
「南です。お世話になります。宜しくお願いします」
「えー、小西さんには事務全般をサポートしてもらいます。菊池くんには主に工程管理と材料手配。南くんには製造全般ね。みんな宜しくね!」
し~ん
波香が仕事を続けながらでいいと言ったので誰も面と向かって話を聞くものはなく、返答もなしだった。
「......じゃ、あなたたちはそれぞれの持ち場に入って」
「はい」
「はい」
「わかりました」
「あ、小西さんはまず総務ね。あなたの席はそこに用意してあるから」
「はい、わかりました郷社長」
◇
「えーっと、僕は何をしたら......あ、それ工程表ですか?ちょっと見せてください」
手持無沙汰の菊池はほっとかれていたので自ら率先して動こうとしていた。その様子を遠くから製造部の堀切は見ていた。
「クソ社長が。余計な事をしくさって。おい、灰田を呼んで来い」
堀切は身近の部下にそう伝えると不敵な笑みをこぼすのであった。