もああ~~
神崎電子工業の労働組合事務所では就業時間中だというのに灰田と堀切が密会をしている。堀切は他の場所に喫煙所があるにもかかわらずここでタバコをふかしていた。
「部長、まずいですよ。こんなところでタバコを吸っているところを誰かに見られたら」
「構わん!ワシは簡単にクビにはできんだろ?なにしろこの会社で一番仕事を理解しているのはワシだからな!」
「......」
「それより灰田」
「はい?」
「あの社長の言う通りでいいのか?」
「......岡山さんと山川さんには気の毒だけど悪いのはあの2人ですからね。どうにもなりません。法律に違反しているわけではないですし......」
「かあ~~情けない。それでも組合委員長かよ。長年一緒に働いてきた同僚がクビになって黙っているのか?」
「......自分にどうしろというのですか?」
「ストをおこせ。組合で社長交代の要求をだしその要求が受けいられない場合は労働ストライキだ」
「そんなことをして会社は大丈夫なんですか?ただでさえ日頃も納期遅れとかしているのに」
「大丈夫じゃないから会社は要求を呑まずにはいられないってこっちゃ。ククク」
「わかりました。本日の昼休みに組合員の緊急招集をしてみんなの賛同を得ます」
「おう、頼むわ。ククク、クソ女社長、短い間でしたけどお疲れ様でしたってこっちゃな!わっはっはっは!」
このように神崎電子工業の労働組合の実態は堀切製造部長によりコントロールされていた。波香が睨んでいたようにこの会社の一番の癌は堀切なのだろうか。
◇
こんこん
「失礼します。あれ?いない?」
一里塚が社長室を訪れると波香は不在だった。そこを通りがかった間宮が一里塚に声をかける。
「社長なら工場にいますよ。多分、第3ラインの北条香織さんのところだと思います」
「あ!そうなんですか!間宮部長、ありがとうございます!」
「いいえ。工場内に入るときはヘルメットの着用をお忘れなく」
「はい!」
一里塚は間宮に一礼をすると急いで工場へと向かう。するとすぐに波香を見つけるがあることに一里塚は戸惑う。
「あ?あれ?杉本さんが2人?」
そう、一里塚にしてみたら遠めに見た二人の姿は同一人物そのものだった。
「ん??」
とりあえず一里塚は恐る恐る2人に近づく。不意に2人の横顔を見ることが出来てその顔が違うことに一里塚はホッとして声をかけた。
「社長!お仕事中すみません!ちょっとよろしいですか?」
「ん?あれ?小西さんどうしたの?」
「いえ、ここではちょっと......」
一里塚は北条香織をチラっと見てそう言葉を濁す。
「わかったわ。北条さん、ちょっと抜けてもいい?」
「はい、問題ありません」
波香は北条香織の了解を得ると一里塚と供に工場内の自販機がおいてある休憩所へと向かう。
「で、どうしたの?」
「なんか今日のお昼に組合の動きがあるみたいよ?」
「ふうん、何かおこす気なのかしら?」
「何かはわからないけど一応伝えておこうと思って」
「わかったわ、ありがとう」
「じゃあ、あたし仕事に戻るね」
「うん」
タタッと一里塚は去って行こうとするが振り返って波香に問うた。
「??」
「さっき一緒にいた人、杉本さんの親戚か何か?」
「え?なんで?」
「容姿が鏡に映したみたいにそっくりだったから。顔は全然違ってたけど」
「あ、ほんと。私もそれ思ってた。けど全くの関係ない人よ。私は仕事を教えてもらっていただけ」
「そうなんだ。じゃあ、行くね」
「はいはい」
去って行く一里塚の後姿を眺めながら波香はニタリと笑みをこぼす。
(......予想よりも早く大掃除ができるかな)
そう考えながら北条香織のもとへ向かった。
「ごめんね、北条さん」
「いいえ、それよりも社長。大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫」
「社長は社長のするべきことをやってくださって構いません。......こういう仕事は誰でもできますので」
「......はあ、あなたみたいな人がもっといればこの会社も少しはマシなんだろうね」
「そうですか?私は口では偉そうなこと言ってますけど大したことないです」
「そうかな?私の見てる限りでは段取りとか手順とか素早くて......とてもいい感じだけれど」
「それは何年も同じことをやっているからです。他の事をやらせたら私は多分うまくできません。自信がないです」
「......そうなんだ」
「はい」
波香は自分の分身のような北条香織を見て非常に勿体ない思いに駆られていた。ライン検査ではなく他の仕事をさせてみたいと思う。
「ねえ、北条さん」
「はい?」
「他の仕事をしてみたいとは思わない?」
「思いません。私は決められた仕事をして決められたお給料をもらえればそれで満足です」
「あはは、そっか。なら仕方ないわね」
「.....でも、社長の命令ならば従いますが」
「え?マジ?」
「マ.....はい」
「もしかしたら......いえ、でもその件、考えておいて?」
「わかりました」
◇
その約1時間後の昼休み。組合事務所では組合員が集結していた。夜勤を除く者全員が招集に応じている。
「では、多数決の結果、『社長交代の要求が受けいられない場合はストライキ』に決議いたしました!みなさんのご協力、宜しくお願いします!」
多数決といっても僅かな差であった。だが、この会社の組合員の規則では多数決で決まったことには全員従わなければならない。
がたがたがた
協議が終わった後、みんなが一斉に席を立つが一人席に座ったままの者がいた。委員長の灰田はそれに気づき声をかける。
「香織ちゃん、どうかしましたか?」
「......灰田さん、正気ですか?」
一人席に座ったままの人物は北条香織であった。
「ん?どうして?」
「逆に聞きたいです。どうして今の社長がダメなんですか?」
「ん~、いきなり社員を2人クビにしたからかな?」
「それは、悪いことをしたから仕方がないことじゃないですか」
「いやいや、いきなりクビはないよお?」
「......」
「それにさ、香織ちゃんだってこんなギスギスした会社で働きたくないでしょ?」
「......」
「とにかく!組合としては要求が受け入れられなかった場合はストするから。出社しちゃダメだよ?」
「......」
◇
その頃、波香と一里塚は一里塚の出向元の会社であるケニーエンタープライズ社に向かっていた。
「なんだか杉本さんの運転で車に乗るの懐かしいような怖いような......社長なのに運転手さんとか使わないの?」
「大丈夫よ。もう無茶しないから。......基本、私は他人を信用しない。どこの誰かもわからないような人の運転する車には乗れないわ。それに経費削減にもなるしね」
「はあ、いつまでも私の知っている杉本さんだね」
「なにそれ?褒めてるの?呆れているの?」
「もちろん、褒めてるよ?」
「あっそ」
プルルル、プルルル!
ふいに波香の運転する車内に携帯音がけたたましくなる。
ポン!
波香はハンドルの横にあるパネルのボタンを押した。
『社長!移動中に申し訳ありません。総務の藤岡です。実は早急にお伝えしたいことがありまして!』
社内のスピーカーから焦っている声が聞こえてくる。
「なに?」
『うちの労働組合が社長の解任を要求してきました!要求が受けいられない場合はストをおこすと!』
「わかったわ。そっちに戻り次第、会議を行います。役員たちは帰らせないで!」
『わかりました』
つーつーつー
藤岡と会話を終えた後、波香の表情は狂気の顔へと変貌する。
「あーっはっはっは!やってきやがった!!バカどもが!!」
そしてすぐにある人物に電話をかけるべく再び、パネルのボタンを押す。
プルルループルルループッ!
『はい、神崎です』
「喜一郎様、突然のお電話にてお伝えすることをお許しください」
『いいえ、構いませんよ。波香さん』
「腐った社員を一掃する機会がやってまいりました。一応、そのご報告を」
『おおおー、そうですかそうですか。他の株主たちは了解済みです。思う存分やってください』
「ありがとうございます。ではこれで」
プッ
波香は電話を終えると隣の一里塚を見た。とても静かだから気になったのだ。
「どうしたの?一里塚さん?」
「え?なんかびっくりすることが立て続けにおきたような気がして言葉にならないっていうか.......」
「あっはっは!まあ、一つ言えるのはこの瞬間から神崎電子工業が生まれ変わるってことかしら?あーっはっはっはっは!うひゃひゃひゃ!」
ひたすらに笑い続ける波香を見て一里塚は戦慄した。
(あ、あたしまたこの人に振り回されるのかな)