ジジジ......
アスファルトを照り付ける凄まじい日差し。波香は暑さでクラクラになりながら電車を降りた。
「んふぅ、夏も終わりだと言うのに今日も暑いわね......」
神崎電子工業は駅から割と近いとところにある。徒歩で5分。本日は組合員の労働ストライキが行われる予定なので波香は始業時間の1時間前に会社に着くように準備をしていた。
「あら?」
波香が会社に到着すると3名ほどの人間が警備員によって正門で足止めされていた。
「どうしたの?」
波香は警備員に尋ねた。
「あ、おはようございます!社長!いえ、見慣れない人が正門を開けようとしていたので今、総務の藤岡さんに確認をとっていたところです」
「ったく、藤岡の奴、連絡してなかったのね。彼らはケニーさんからの応援で今日からうちの会社で働くことになったので通してあげて」
「あ!そうなんですか!これはこれはどうも失礼しました!さ、どうぞどうぞ!」
「ありがとうございます社長!そしておはようございます!今日から宜しくお願いします!」
「宜しくお願いします!」
「よろしくおねがいしまっす」
「こちらこそよろしくお願いします。ケニーさんに比べたら何から何までだらしのない会社ですけどお力をお貸しください」
波香はケニーから出向で来た3名に向かって深々と頭を下げる。
「そ、そんな頭をお上げください。郷社長!この会社を利益を生み出す会社に再建する.......こんな貴重な体験、やりがいありますよ!なあ、みんな!」
「おう!」「おう!」
「そうですか、それは頼もしい限りです。私もできることがありましたら尽力を尽くしますのでなんなりとお申しつけください」
「わかりました!さあ、いこうぜ!みんな!」
ずんずんずんとその3名たちは従業員通用口に向かって歩いていく。
「ふふふ、頼もしい。あ!名前を聞くのを忘れちゃったわ。ま、いいか」
◇
「おはようしのりん。早いわね?」
「あ!おはようございます社長!いえ、今日はストライキなのでいてもたってもいられなくて早く来ちゃいました」
波香は経理部に間宮がいたので声をかけた。
「うちの社員は誰も来てないわよね?」
「ええ、今のところ誰も来てないですね」
お互いに自販機で買ったペットボトルの水を飲みながらしばし二人は神妙な面持ちで話し立ち止まっていた。
「おはようございます」
「え!?」
「え!?」
波香と間宮が経理部で立ち話をしていたら従業員通用口から神崎電子工業労働組合員が出社してきたのだ。北条香織である。
「北条さん!あなた!出社して大丈夫なの!?」
思わず波香は声をあげてしまった。
「構いません。このストライキに大義はないので」
「.......」
「それで私はどうしましょう?いつもどおりの仕事をして良いのですか?」
香織はふと波香の顔を覗き込みそう尋ねた。
「......うん、構わないわ。いつも通りで......それとあなたの思った通りにやって構わないから。ケニーさんから何名か来るけどあなたが教えてあげたり教えてもらったりしてうまく仕事を進めてちょーだい?」
「え?ケニーさんから......わかりました。私、人とコミュニケーション取るの苦手だけどなんとかやってみます」
「うん、お願いね」
香織はスススと工場の中に入って行く。それを波香は我が子を見るような面持ちで見送っていた。
「へえ~」
「ん?」
その香織の姿を見ながら間宮は驚く。
「北条さんてしゃべるんですね」
「はあ?あたりまでしょ?人間なんだから」
「いえ、私はこの会社一筋でもう8年いますけど彼女が人と話をしたところを見たことがなかったもので」
「はー、そうなんだ」
「ええ、きっと社長が彼女を変えたんですね!」
「え?別に私は何もしてないけど」
そんな波香を微笑ましく間宮が見ている。そんな間宮に少しイラついたのか照れ臭かったのか波香は間宮の視線から目を離してしまう。
「おっはよーございます!」
やがて一里塚がぞろぞろと大人数を引き連れて出社してきた。
「おはようございます」
「社長!連れてまいりましたよ!」
一里塚はまるで自分の家来のような振る舞いで後者に控えているケニーの出向社員を紹介した。
「みなさん、よろしくお願いします」
宜しくお願いします!おねがいしまっす!おねがいします!
一里塚の後ろの方から何名かが挨拶をしてきた。
「じゃあ、小西さんはみんなを案内して、それと今後のこともお願いね」
「了解であります!」
一里塚は波香に向かって敬礼をすると事務所内中央に向かってみんなを招きいれていく。
「それにしても......部長が誰も来ないわね?しのりんを除いて?」
「そうですね。まあ、いつも来るの遅いですけどね」
「おはようございます!」
「おはようっす!」
そして最初にケニーから一里塚と供に出向でやってきた菊池と南が出社してきた。かつてこの二人は波香がケニーで派遣として働いていたころ弱みを波香に握らせなかった人物たちである。もっとも菊池は恋人との情事の写真を社内の掲示板に張り出されてしまったが動じることなくその後無事にその恋人と結婚していた。もちろん菊池は写真をばら撒いた犯人が波香だとは知る由もない。
「お!おはよう、菊池、南!」
「社長、大変なことになりましたね!」
菊池が少し興奮気味に波香に向かって言った。
「え?別に大丈夫でしょ?あなたたちがいるんだし」
「え!?あ、そうお考えですか!わかりました、がんばります!」
菊池はそう波香に告げると南と供に事務所中央に向かった。
事務所の中央では一里塚を中心にしてちょっとした人の輪ができていた。これからの仕事の進め方などをみんなで話し合っているのだろうか。
キーンコーンカンコ~ン
たがて8時の始業開始のチャイムが鳴った。結局、始業開始時刻までに出社してきたのは役員では波香、間宮の2人のみ、従業員では一里塚、菊池、南、ケニーから新しく出向で来た10名、そして北条香織である。
「んふふ、16名か」
「ん?なんです?社長16名とは?」
「ん?生まれ変わった神崎電子の従業員数よ。もともと100人くらいいたんだっけ?」
「116名です。でも社長、今いる人たちだけでは.....」
「しのりん、何を言ってるの?今日来なかった人は全員クビにするわよ?」
「え!?社長、本気ですか!?」
「ん~、本気も本気。大マジよ」
勝ち誇った顔をして間宮を見つめる波香。間宮は波香から視線をそらし慌て始める。
「どうしよう。全員クビってことは藤岡さんもですよね?この会社の資金繰り業務は藤岡さんがやってます。藤岡さんはN銀行から転職された方なので......」
「ま、藤岡がいなくなったらあなたがやりなさい?」
「わ、私にできるでしょうか?」
「ん?できないの?私の目から見れば全然問題なさそうだけど、あなたも案外と自己評価低いのね?」
「わ、わかりました。やってみます」
間宮はきゅっと口を一文字にすると決意を込めた口調で波香にそう言った。
かんざきぃ~でんしぃ~ふぁいおー!
ふぁいおー!
すると事務所の中央から一里塚が声を発しケニーの出向社員がそれに続いて大声をあげる。
「あらら、なんだかどこかで見た光景ね、あはは」
そう言って微笑む波香を見て間宮は不思議に思い、事務所の中央の人だかりを見るのであった。
◇
「あっ!ちょ!やめっ!まこっ!」
「はぁはぁ、恵美、ごめんなさい、もう我慢できないの」
かつて波香の教え子だった神崎喜一郎の娘、神崎恵美とその親友、長谷川真子。彼女らはソフトボール部引退後、大学受験の為、夏期講習に来ていた。隣で長谷川真子は夢中で神崎恵美の股間をまさぐっている。
「な、なんでいま!ちょっと!後で......講習終わったらあとでするから!......あん!」
「ほんと?絶対だよ?」
「うんうん、だから今はやめて?」
「じゃあ、今日はうちに来る?」
「うん、わかった。今日はまこんちへ行こう」
「うふふ、楽しみ」
部活引退後、親友の真子からのアタックにより恵美は押し切られ流されるままの日々となってしまった。時哉と別れ、夢中になったソフトボールも自分の意志とは裏腹な結末を迎えてしまった彼女には真子の強い愛情を跳ねのけるパワーがなかったのだ。
「ちょっと!今日は苦手な数学なんだから真面目にやるからね!真子も私と同じ大学に行きたいんでしょ?」
「うん、恵美と同じ大学に行きたい!」
「じゃあ、がんばろ!」
「うん!」
今こそ大学受験という目標があるから横道にそれることもなくその目標に向かって邁進している二人だがその目標がなくなってしまったら一体この二人はどうなってしまうのか?レズビアン一直線なのか?それは誰にもわからない。