神崎電子工業の労働組合ストライキが勃発してから1週間。当初は大幅な納期遅れが心配されていたがそれも徐々に解消されつつあった。
「100名以上従業員がいてその仕事を応援にきてくれた10名のケニーさんの社員でまかなえてしまうってホントにひどいクソ会社ね」
波香は吐き捨てるように間宮に言った。
「はい、私もまさかこれほどとは思いませんでした」
別に間宮が波香に責められているわけではないのだが妙に恐縮して受け答えていた。
「あはは、しのりんが悪いわけじゃないのよ。ねえ、しのりん今日は金曜だし飲みにでも行く?」
「え?本当ですか?ぜひ、行きたいです。私、この会社で飲みに行くなんてあまりなかったですから。楽しみです!」
「あらら、なんだか可愛そうね」
波香は飲めるわけでもないのにそんなことを言うが間宮は波香が超下戸だとは思いもよらないので同性からの酒の誘いに大喜びをしてしまう。
「そうだ、社長。私も現場に入っていいですか?今月の事務の仕事は概ね片付いてしまったので」
「あら、頼もしい、お願いするわといいたいところだけどそれだと電話や来客の対応が小西さんだけになってしまうのであなたも事務所に残ってて欲しいのだけど」
「ああ、そうでした。すみません社長、思慮浅はかでした」
「ううん、あなたのそのやる気は嬉しいわ」
「はい!」
「じゃあ、私は『かおりん』のところに行くわね」
「え?『かおりん』?」
「北条さんよ」
「あ!......はい」
「ん?どうしたの?」
「い、いえ!なんでもありません!では社長、今日の夜、楽しみにしています!」
「うん!私も楽しみ!」
ヘルメットを着用し背筋をピンとしスッスッスっと工場に向かっていく波香の後姿が視界から消えるまで間宮は見つめていた。
(社長に親しげにあだ名で呼ばれるのは私だけだと思っていたのに......)
間宮の中で北条香織に対してかすかな嫉妬心が芽生え始めていた。
◇
「かおりん、おはよう」
「え?......社長、おはようございます」
「んっふふふ」
思わぬあだ名で呼ばれてドギマギしている香織を波香はニコニコと見つめている。
「あの......社長、その『かおりん』て言うのは?」
「あら、イヤだった?」
「別にイヤではないですけれど、会社でそういうのはどうなんでしょうか?」
「あなたがイヤじゃなければ別にいいんじゃない?」
「はい......そうですね。じゃあ、私も『のぞみん』と呼んでいいでしょうか?」
「え!?」
「冗談です」
「はー......あはは、別にいいわよ?」
「いえ!とんでもないです!社長に向かっていくらなんでもそれはないです!冗談が過ぎました。申し訳ありません!!」
ただひたすらに平謝りをする香織を見てあまりの可愛さに波香は抱きしめたくなるがそこはグッとこらえたようだ。
「はー、あはは」
「社長がこの会社に来てくれてから私、すごく会社に来るのが楽しくて......やりがいがあって......以前ではこんなこととても考えられませんでした。本当にありがとうございます」
「ううん、私は当たり前のことをしているだけよ」
「でも、社長はすごいです。こんな大きな変化をこの会社にもたらすことができるなんて」
「そうかな?それより元社員からのイヤがらせとかは大丈夫?」
「はい、今のところ大丈夫です」
「そう、ならいいわ。あ、そうだ!今晩、間宮さんと飲みに行くのだけれどあなたもどう?」
「え?私が?社長と部長と一緒にですか?」
「うん」
「......行きたいですけど私なんかが行っても大丈夫なんでしょうか?」
「え?どうして?」
「身分不相応な気がします」
「大丈夫よ。あ、そうだ、小西さんも呼んじゃおう。それなら別に肩身狭くないでしょ?」
「え?あ!そうですね」
「よし、決まりね!」
飲めもしないのに波香が中心になって女子会の準備が進んでいく。
◇
そして昼休み。
「あ~疲れた。やっとお昼だわ」
ヘルメットを脱いで現場から事務所に入ってきた波香は一里塚を探す。
「あ、いたいた」
波香は伝票の整理に追われている一里塚の背後に忍び寄り、左の肩を叩いた。
「ん?」
一里塚が振り返るとそこには誰もいない。再び、波香は一里塚の右の肩を叩く。
「んあ?」
またしても一里塚は振り返るがそこには誰もいなかった。が、前を向くと波香はそこにいた。
「きゃ!!はー、もうなにしてるんですか社長」
「あははのは、ねえ、今日、みんなで飲みにいかない?」
「え?え?みんなってどんなメンツなのでしょうか?」
「間宮さんに北条さん」
「うわーーーーいきますいきます!あ!今日はダンナさんと外食する予定だったけどキャンセルしますね!!.......あ、亮君?今日、会社の女子達と飲み会やるって言うんだけど行っていいかな?そうそう、女子だけ!!うん、うん、ごめんね」
すぐさまに一里塚は自分のダンナである小西亮に携帯で了解をとったようだ。
「あらあら、良かったの?」
「はい、いいんです!こんな機会めったにありませんからね!うわーー楽しみ楽しみ」
「うふふ、せいぜい失態を演じて自分の恥ずかしい姿をスマフォにでも撮られないようにね」
「なにそれ?もう!!」
わーわーと談笑する波香と一里塚。その様子を間宮は遠くの席から見つめている。
(小西さんともあんなに親しそうに......クッ)
◇
「そーれでは、新生神崎工業の未来にかんぱ~い!」
幹事を任された一里塚が乾杯の音頭をとる。
「かんぱ~い」
みんないっせいにグラスを持ち上げてそれに応じた。
「グビグビ......」
「え?すぎ......社長、またそんな一気飲みで」
バタッ
「!!」
「え~!?」
波香はモスコミュールを一気飲みすると例によって顔をテーブルに突っ伏し寝てしまった。
「社長!?」
間宮と香織はあっけにとられている。
「あはは、いつものことだよ。気にしない気にしない」
一里塚は寝ている波香をよそに愉快に中ジョッキを嗜んでいる。
「こ、小西さん。社長ってこんなにお酒弱いの?」
「うん、そだよ」
間宮の問いに一里塚はあっけらかんとしてそう答えた。
「社長......なんだか、可愛い」
香織は寝ている波香をいとおしげに眺めていた。
ぷるるぷるる
寝ているの波香の胸ポケットからスマフォの着信音が鳴る。
「ん?誰からだろ?......起きそうもないね、社長。いいや、見ちゃえ!!」
ずっと波香のスマフォが鳴っているので酒の酔いもあったのかふざけ半分で一里塚は波香のスマフォを波香の胸ポケットから取り出した。
「えと、うわー『トキヤ』だって」
「社長の彼氏ですかね?」
かけているメガネに手をかけていぶかしげに間宮は言う。
「う~ん、そうなのかな?心配して電話してきたのかも。......でちゃえ」
「え?」
一里塚のその行動に間宮と香織はびっくりするがそんなことにはお構いなしに一里塚は電話の応対を始める。
「はいはい、こちら、『郷望美』の携帯で~す」
『え!?き、キミはだれ?』
「えっと、社長と同じ会社の小西というものです」
『あ、そうですか、いつもナミカ......望美がお世話になってます』
「彼氏さんですかあ?」
『はい、そうです。あの~望美は?』
「寝ちゃってます!ぶはは」
『あちゃーひょっとしてお酒ですか?』
「はい」
『全く飲めもしないのに......その店、なんて店ですか?迎えにいきます』
「駅前の『シャルだん』っていう店です」
『わかりました。シャルだんですね?30分ほどでそちらに伺えると思います。ご迷惑をおかけしますが望美のこと宜しくお願いします』
「はいは~い」
ぷちっ
「あはは、やっぱ、彼氏さんでしたぁ~」
一里塚は愉快そうに笑い、再び中ジョッキを口元に運ぶ。
「彼氏......いたんですね」
寂しそうに香織はつぶやいた。
「あれだけの女性ですからね。彼氏の一人か二人はいるでしょ」
不愉快そうに間宮はスクリュードライバーをぐびっと飲む。
「あはは、二人は彼氏とかいないの?」
「私は愛人がいます」
キッとした目つきで間宮は一里塚に答えた。
「ぶほぉ!愛人ね......北条さんは?」
「私は誰もいません......ひとりぼっちです」
「え?あ、ごめん」
「いいえ、別にいいです」
「北条さん、しっかりしてるのにね。スタイルもいいし。もしかして自分の理想の男性に出会ってないとかそういう理由?」
「深く聞きますね」
「あ、ごめん。話したくなかったらいいです」
すぐに一里塚は調子に乗ってずけずけと質問したことを詫び申し訳なさそうに下を向いた。
「昔、好きな男性はいましたが......」
「そっか、まあ、人生いろいろあるよね」
一里塚はこれ以上、この話題をするのは不毛だと思い、会話の流れを絶った。
ギィ
その時、店の中に時哉が現れた。時哉はすぐに波香のいるテーブルを見つけてツカツカとこちらに寄ってくる。
「どうも、すみません。望美がご迷惑をおかけしまして」
時哉はテーブルを囲っている全員の女性に深々と頭を下げた。
「トキヤさんですか?」
一里塚はおずおずと時哉に問う。
「はい」
「うわー、はじめて見ました。社長の彼氏さんですよね!?かっこいいですね!」
「そうですか?それはどうもありがとうございます」
一里塚は目をらんらんとして時哉を見つめる。が時哉はそんな一里塚よりも反応のない他の2人が気になり視線をそちらに移した。
「え?か、香織......さん?なんでこんなところに......?」
「......お久しぶりです。時哉さん」
時哉と香織はしばらくの間、お互いに見つめあっていた。それを不思議そうに一里塚と間宮は二人の様子を伺うのであった。