「お客さん、この荷物はこちらでいいんですかね?」
「はい、そこでお願いします」
本日、土曜日は波香と時哉の新居の引越し当日となっていた。引越し業者が3人がかりで荷物をどんどん運んでくる。時哉もそれを手伝いながら業者に指示を出していた。一方波香は運び込まれたダンボールにもたれかかっていた。
「はあー、頭が痛い。昨日は飲みすぎたわ」
などと言い、一歩も動かないでいる。
「あはは、飲みすぎたって一杯だけだろ?」
「......なによぉ」
「ナミカちゃんは休んでていいから」
「......うん、そうする......はあ」
ものの30分たらずで荷物の運び出しは終わってしまった。元々波香の持ち物は衣類くらいしかないので荷物は少ない。時哉のテレビ、洗濯機、冷蔵庫、エアコンなどが主な荷物となっていた。
「では、お客さん、ここにハンコをお願いします」
「はいはい」
時哉は業者の求めるままにハンコを押した。業者達はおじぎをして帰っていく。
「ナミカちゃん、一段落したし何か食べにいこうか?腹減ったかい?」
「まあ、食べられないこともないと思うけどいきましょう」
ナミカはそう言うとあたりをキョロキョロと見渡した。
「どうしたんだい?ナミカちゃん?」
「でないなあ~と思って」
「ハ、ハハハ、真昼間からはでないだろう。それより、おなかすいてないのなら俺はカップラーメンでも食べるからいいよ?」
「ううん、いきましょう、私、ソバなら食べられる」
「お!いいね。引越しソバかそれにしよう」
「うん」
10分かけてお互いに身支度を整えいそいそとマンションから連れ立って歩く。そっと波香は時哉の腕に自分の腕を絡ませてきた。
「......ん、やっぱいいな。こういうの」
ヘラヘラとする時哉。その表情を見た波香はクスっと笑う。
「うふふ......うっ!」
突然、波香は時哉から腕を離し、舗道のすみっこに行き戻してしまう。
「......はあ、まいったわ。こんな調子悪くなるなんてやっぱり私はお酒、やめておいたほうがいいのかしら......」
「ナミカちゃん、それは......本当に酒のせいなのかい?」
「えっ?他に何が......あっ!」
「まず、病院にいってみよう」
「......うん、そうね」
◇
産婦人科の待合室に一人、時哉は待つ。待っている間、昨日の出来事を思い出していた。
「お久しぶりです。時哉さん」
「香織さん、なんでこんなところに?」
「はい、もう20年以上たちますね。家を出てから」
「小さい頃、俺はキミとも遊んだ記憶がある。いつのまにかキミがいなくなって......そしてそれと入れ替わるようにして俺はナミカちゃんと出会ったんだ」
「ナミカちゃん?」
「キミは知らないのかい?」
「はい、知りません。私がよくお覚えているのは時哉さんとあなたのお父さんの宗時様と......私のお父さんです」
「そうなのか......キミのお父さんはお館様だよね?」
「......はい」
「それなのにナミカちゃんのことは知らない......なぜなんだ......」
「そのナミカちゃんって一体誰なんですか?」
「えっ!?」
ふと時哉は酔いつぶれている波香に視線を移すがあわてて視線を香織に戻す。
「い、いや、お館様の娘さんだよ。てっきり俺はナミカちゃんが長女だと思っていたんだが」
「そうなんですか」
「キミは歳はいくつなんだい?」
「......30手前ですが」
「......」
「それが何か?」
「い、いや」
時哉は思案にくれる。30手前ということはほぼ波香と時哉と同じ歳なのだ。
「キミは家を出て一人で今まで生きてきたのかい?」
「そうですね。なぜかどこにいても仕事はすぐに決まり食べるのには困りませんでした」
「そうなのか......」
「う、う~ん」
二人の会話を無言で一里塚と間宮は聞いているがやがて波香がうなされて起きた。
「あ、あれ?私、寝ちゃってた?」
「うん、そうだよ。さあ、帰ろうか」
「あれ?トキヤ?迎えにきてくれたの?」
「ああ......よいしょっと。では、みなさん、ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。後はみなさんでごゆっくり楽しんでくださいね」
時哉はそう言うと波香を肩に担いで店を後にしたのだった。
(......香織さんて一体何者なんだ)
しばらくすると波香が診察室から無表情ででてきた。
「あ!ナミカちゃんどうだった?」
「トキヤ......子供ができたわ」
「え!?そ、そうか!」
時哉は内心すごく喜ぶが波香がどう思っているのかわからないので自重する。
「ど、どうしよう......私、どうすれば......」
「子供が出来たこと嬉しくないのかい?」
「そ、そんなことないわよ。嬉しい気持ちはある......でも、ちょっと混乱してる」
「まさか、中絶するとか言わないよな?」
「......それはないわ。絶対に産む」
「そ、そうか!!」
「でも、子供のことを考えたら......どうなのかな」
「何が心配なんだい?」
「だって私、戸籍とかいろいろ細工しすぎて滅茶苦茶だしトキヤと結婚して籍をいれたとしても普通の手順をしたら役所の人は不審に思うと思うの」
「そうか......確かに」
「でしょ?」
「うん、なら籍とかどうでもいいよ。親子3人で一緒に暮らせればそれでいいんじゃないかな?」
「私たちがそれでいいとしても子供はどう思うのかしら。小さいうちはいいかもしれないけど段々と大きくなって戸籍とかの意味がわかるような歳になったら......」
「......それはその時になったら考えよう。今は余計なことを考えずに自分の体調管理だけをしっかりとやってほしい」
「......そうね、わかったわ。今の私は1人じゃないんだしあなたの言うとおりにする」
「ナミカちゃん」
波香の素直な言葉に時哉は感動し顔をよせる時哉。
「あ!ソバどうする?なんか私、身体の中にもう1人いるとわかったら猛烈にお腹すいてきちゃった」
「ハ、ハハハ、じゃあ、ソバ食べにいこう?」
「あ!もしかして今、キスしたかった?」
「え?ハハハ、いいよ、もう」
時哉は少しすねて前方を見つめて歩き出した。
「.......」
そんな時哉の顔を無言でグイッと両手で掴み思い切りブチューと波香はキスをした。
「おめでとうパパ。これからも宜しくね」
◇
「あ、ろ、労働基準監督署ですか?あの、俺、会社の労働組合委員長をやっていたんですが上司に騙されてクビになりそうなんです!あ、正確には労働ストライキを行った組合員が全員クビになりそうなんです!!助けてください!!」
『落ち着いてください。まずは今の会社名とお名前を教えていただきますか?』
「あ!神崎電子工業株式会社の灰田と言う者です!」
『では、灰田さん、これからいくつかの質問をいたしますが冷静に落ち着いてご回答ください』
「はい......」
◇
「すみませ~~ん、おかわりください!!」
「おいおい、ナミカちゃん5杯目だぜ?大丈夫なのかい?」
「ん?大丈夫でしょ?ソバくらい」
じゅるじゅるじゅる
ひたすら日本ソバを貪り食う波香を見て時哉は心配する。
「あああ、なんかすごく心配になってきた。人の親になるっていうことは心配が増えそうだな。大丈夫なのか俺?」
「大丈夫でしょ?私もいるんだし、じゅるじゅるじゅる」
「それで性別はもうわかったのかい?」
「ん?まだわからないって、じゅるじゅるじゅる」
時哉の心配をよそに波香は平然としてソバをひたすらすすっていた。
「なんだって!そこをなんとかしてくださいよ!!」
時哉と波香のいるソバ屋の隅っこで波香は聞いたことのあるその声に気がつき声の主へと視線を移す。その主はソバを目前にしてどこかに電話をかけているようだった。
「あ?あれは......灰田?」
「え?灰田?誰なんだい?」
「うちの会社の組合委員長よ」
「組合委員長?」
「うん、私にたてついて労働ストライキを起こしたリーダー的な人」
「え?ナミカちゃんの会社、そんなことになってたのか?」
「うん、そうなの」
「そんなことになって大丈夫なのかい?」
「うん、ケニーから応援社員が来たから仕事はなんら問題はないわよ」
「ケニーから応援社員?なんなんだそれは......」
「まあ、何も心配はないっていうこと。あそこの叫んでいる人も来週には会社の規定により懲戒解雇されて元神崎電子のクソ社員は一掃され大掃除はおしまい」
「......なんとまあ、そんな大事だったんだ」
「まあね」
「そんなことして人の恨みを買わないかい?」
「大丈夫よ。悪いのは向こうなんだから」
「......俺からのお願いがあるんだが」
「なに?」
「これからはあんまり人の恨みを買わないようにしてくれないかな?子供もできることだし、後に誘拐とかされたら......」
「トキヤは心配性ね。わかったわよ」
「うん、ありがとう」
時哉はようやく一息つき自分のソバに箸をつけようとするがそこにはすでにソバはなかった。
「あ、あれ?俺のソバは?」
「あれ?いらないと思って私が食べちゃったわよ」
「......」