ハイビスカス。
それは神崎電子工業労働組合の主要たるメンバー、委員長、灰田、副委員長、ビスコンティ、書記の粕谷。その3人が月曜の朝早くから社長室付近で波香を待ち構えていた。
「ん?あら?あなたたちストライキは?」
「......社長!!申し訳ありませんでした!!」
「は?なんで謝るの?謝ってもらっても私はどうもしないわよ?謝る必要なんてないから家に帰って再就職の手続きでもしたら?あ!懲戒になったら再就職は難しいかもね~」
「ぐっ!!俺たちは別にいいです!だけど他のみんなは懲戒ではなくて任意退職ということにしてもらえないですか!?」
「ダメよ。例外は認めない」
「そこをなんとか!」
「無理無理」
「お願いします!!」
灰田の言葉とともに3人は一斉に土下座をした。
「土下座されてもねー......ちょっと校長室で話しする?」
「え?校長室?」
「あ、間違えた社長室」
「はい!!」
波香に招かれ3人は社長室に入って行く。
「あなたたちに聞きたいことがあったの。私の解任要求にストライキを起こしたのは貴方たちの意志なの?」
「......今こんなこと言っても仕方がないのですが製造の堀切部長の指示です」
「ふうん、灰田。あんたはなんか弱みでも握られてたのかしら?」
「いいえ、ただの上司の命令ということで......」
「は?バカ?あんたはもういい大人だろ?そういうことは自分の意志で決めろよ!」
「......はい、すみません」
「堀切が死ねって言ったら死ぬのか?裸で表ででて踊れって言ったら踊るのかよ!!」
「はい、申し訳ありません」
「はあはあ、ちょっと極論すぎたけど......まあ、いいわ。上司には逆らえないって言う日本人気質は私もわかる......クソくらえだけどね。会社規定には理由なく長期間に渡って出社せず会社に損害を与えた者は懲戒とするとあるけど今回は特別にあなたたちも含めて任意退職ということにしましょう。ただし、退職金は出しません。それでいいかしら?」
「は、はい!!それでいいです。ありがとうございます!」
灰田と粕谷はお互いに顔を見合わせ安堵の息をついた。ビスコンティだけが困惑した顔をしている。
「シャチョーサンノイッテイルコトワカリマセン、ワタシハタラキタイネ、オカネシオクリシナイト」
「ビス......お前はそこの2人に教えてもらえ」
「??」
◇
「社長、組合委員長達はなんだったんですか?」
現場に行こうとする波香を間宮は呼びとめた。
「ん、懲戒は勘弁してくれって話」
「それで社長はどのように?」
「退職金は出さないけど任意退職扱いにしてあげたわ」
「......なるほど彼らにも再就職の芽を与えたわけですね」
「うん、これで退職金もよこせって言ってきたら懲戒扱いにしてやったけどね。彼らは退職金のことは一言も不満を漏らさなかった」
「ま、当たり前でしょう。労働ストライキで負けた労働者は過去の例を見ても悲惨な目にあってますからね」
「そうね、でもハイビスカスは仕える主を間違えただけで労働者としては従順で使えたかもしれないわねえ。ちょっと勿体ない気がしたけど。まあ、彼らは彼らでよそで頑張れるでしょ。......堀切みたいな奴に出会わなければいいけどね」
「堀切部長?今回のストって堀切部長が黒幕なんですか?」
「うん、そうよ。灰田がそう言ってた」
「ホントにあの人はどこまで腐ってるんですかね!!」
「あら、しのりん、堀切嫌いなの?」
「大っ嫌いですね!」
「あはは」
「このまま役員を解任されて会社にも来ないといいんですが......」
「堀切、藤岡は来ないのはわかるけどなんで他の部長達はこないのかしら?」
「それなんですけど、私にもわかりません。会社からそれぞれの方に電話をしてみたんですが......」
「電話にでないの?」
「はい」
「まあ、いいんじゃない?解任で。今週の金曜の株主総会で決まるでしょ」
「そうですね。......社長は株主さん達と顔見知りなんですよね?」
「へ?喜一郎様しか知らないわよ」
「そうなんですか。でもまあ、神崎様が60%以上の株占有率ですからね」
「でも、喜一郎様は他に株主がいる場合、ちゃんと株主達の多数決で決めてるわよ。学校の時もそうだったし」
「え?学校?」
「い、いいえ、なんでもないわ」
「ああああ!!」
「な、なに?」
「社長ってもしかして『天晴学園の城之内さやか校長』じゃないですか?初めて見た時すごく似てるな~と思ったんですよ!!」
間宮は思い出したようにそう言い波香のことをじろじろと凝視しだした。
「うんうん!!そうそう!私もびっくりしちゃって!!あの人、すごく私に似てるわよね!?」
「えっ?本人じゃないんですか?」
「違います」
「そうですか......」
「あはは、じゃあ、私、現場に行くね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
間宮に挨拶をすませ波香は工場へ向かって歩き出す。そこで波香は一里塚の存在を思い出し彼女を探した。すると一里塚は電話の応対、来客対応、伝票の入力と忙しそうに動き回っていた。
(ほんと、一里塚さんよくやってる。後一人、事務を早急に雇った方がいいかもね。あんなんで倒られても困るし)
◇
波香が自分の持ち場につくと香織はすでに10のラインを稼働させていた。ひとつの場所にただ立っているのではなく移動しながらベルトコンベアに乗っている基盤を目視して検査している。
「これで、不良も漏らさずにうまくラインが回っているんだから本当に神技ね」
波香は素直に感嘆した。波香が他人の仕事ぶりを褒めるのは本当に珍しいことである。
「おはよ。かおりん」
波香は邪魔にならないよう、そっと香織のそばで耳打ちするように挨拶をする。
「おはようございます、社長。視線を合わさずに挨拶する無礼をお許しください」
流れて行く基盤を見つめながら香織はそう言った。
「ううん、全然、構わないわ。私は今日もあそこの5ラインでいいの?」
「はい、そうです。お願いします」
「わかったわ。がんばりましょう!」
「はい、あ、社長。今日のこの分で完全に納期の遅れを取り戻せそうです」
「お!やったわね」
「はい!」
和気あいあいと波香と香織はお互いに檄を飛ばしそれぞれのラインに乗っかっている基盤の検査に精を出していた。それを角の隅っこの暗闇から見つめる人物がいた。
堀切である。彼はビールビンの中に石油をつめ雑巾でそのビンの蓋をしめて雑巾にライターなどで火がつきやすそうにしてある。火炎瓶である。彼はそのビンを2本手にしていた。
「グフフフフ、私と30年以上も供に生きてきたこの工場は誰にも渡さん。今夜、ワシと供にこの工場も滅ぶのだ。クックック」
◇
「はー、やっとお昼休みだわ。でも立ち仕事にも大分慣れてきたわね」
「お疲れ様です。社長」
「うん、おつかれい。かおりん、お昼はどうするの?」
「あ、お弁当作ってきましたので」
「あ、ほんと。じゃあ、一緒に食べない?」
「え?社長とですか?」
「イヤ?」
「いえ、イヤじゃないですけど社長と平社員が一緒っていうのはちょっと」
「そっか、残念だけど、じゃあまたの機会ね」
「すみません」
「え?別に謝ることじゃないわよ。また飲みに行きましょう」
「は、はい......あの、社長」
「なに?」
「社長は『ナミカ』っていう人物をご存知ですか?」
「え?どこでその名を?」
「社長の彼氏さんが言ってました。あ、私、社長の彼氏さんと昔、遊んでいたことがあるんですよ。すごい偶然なんですけど」
「は?かおりんはもしかして北条財閥と何か関係あるの?」
「はい、北条繁一は私の父でした.....でも勘当されて今はもう何も関係ありませんが」
「はああああ?」
波香らしくなく腰を抜かすほど驚き、その様子に香織もまたびっくりしてしまう。
「しゃ、社長どうしてそんなにびっくりしてるんですか?」
「え?うん、びっくりしたわよ。あなたがあの北条財閥のドン、北条繁一の娘だっただなんて」
「そうですか......私はただの一人の女性ですけど......それは今も昔も変わりません......」
「......うん、そうね。さあ、休憩にしましょう。ちゃんと休まないと効率が悪くなるわよ」
「そうですね」
波香は香織と別れ、事務所入り口で入念に手を洗い、急いで社長室に戻って時哉に電話をする。
『どうしたんだいナミカちゃん。昼に電話してくるなんて珍しいな』
「トキヤあなた私をシャルだんに迎えに来てくれた時、香織さんと話したの!?」
『ああ、うん』
「なんで話してくれないのよ!」
『ああ、ごめん。いや俺自身もどういうことなのか整理つかなくてさ。ナミカちゃんにどう話したらいいのか迷ってたんだ』
「今夜、話して。トキヤの知っていることを全部」
『ああ、わかったよ』
プッ
波香は電話を切るとハアーっと溜息をついた。その瞬間ドンドンと社長室の扉を騒々しく叩く者がいた。一里塚である。
「社長!社長!大変です!!」
「なになに?騒々しいわねもう」
波香は社長室のカギを開けるとドタドタと一里塚が入ってきた。
「堀切部長が火炎瓶を持って敷地内をウロウロしています!」
「はああ!?なんなんだあのクソ部長はまったく!一里塚さんは警備会社と警察に連絡して!」
「え?社長はどうするの?」
「決まってるでしょ。ぶったおす!」
波香はジャケットをはおり安全靴を脱ぎ素早くスニーカーに履き替えて社長室をダッシュで出て行く。その走り去る波香の姿に一里塚はしばし見とれていた。
「ひゃーーーー......かっこいい......あ!電話しないと!」
一里塚は波香の真似をするように颯爽と社長室を出て自分のデスクに戻り警備会社に電話をするのであった......