第75話
____十数年前。
「お、お館様。将来ナミカちゃんを僕のお嫁さんにください!」
「!?ワーッハッハッハ!時哉。お前はまだ中学生だろう?なんとまあ気が早いことだのう」
「ナミカちゃんは美人だしなんでもできるし......こういうことは早い者勝ちと聞いたので......絶対に他の人にとられたくありません」
「ふむ、時哉。ワシも大事な一人娘をお前にとられたくないのだがな」
「そ、それはそうですが......ん?一人娘?マキオは?」
「ん?ああああ、おほん。あれは娘ではないのでどうでもよい。とにかく時哉。波香が欲しくばそれなりの男になってみせろ。まあ、ワシを超えろとは言わん。せめて起業して結果を出してみせろ。その結果によってはワシも考えなくもない」
「わ、わかりました。......では、失礼します」
「うむ」
時哉は繁一に深々と頭を下げ繁一のいる居間を出て行く。するとふすまの裏に波香がいることに気づいた。
「あれ?ナミカちゃんいたんだ?」
「うん、今、お父様に用があって来たんだけどなんかどうでもよくなっちゃった」
「え?お館様に会わなくて良いのかい?」
「うん、いいの。それよりトキヤ遊ぼ?今、お客さん誰もいないから客間でマキオがジクソーパズルやってるの。一緒にやろうよ?」
「え?ジグソー?なんでまた?」
「お客様からもらったんだけどね。そのジグソー5万ピースあるの」
「え!?そんなにいっぱい?完成したらすごい大きいんじゃないの?そんなの客間でやってて大丈夫?」
「うん、いいの。完成したらまた壊すから」
「は!?.....なんだかなあ、そんなことしてなんの意味が」
「みんなでワイワイ言いながらやるのが楽しいんじゃない。トキヤも一緒にやろうよ」
「まあ、確かにナミカちゃん達と一緒にやるのは楽しそうだね」
「でしょ?さ、いこ?」
波香は時哉の手を取る。その行動に時哉はドキっとするが波香は心の動揺をみせることなくむしろ当然とも思えるような態度であった。
時哉達が客間に入ると真樹男はすでに5万ピースあるジグソーの約5分の1ほどを終えていた。
「やあ、トキヤさん。こんにちは」
「こんにちはマキオ。結構できてるね?いつから始めたんだい?」
「んー1時間くらい前かな?」
「え!?1時間しかたってないのにもうこれだけ出来てるのかい?」
「うん」
「マキオはこういうの得意だからね。ま、それでも私のが早いけど」
「はいはい。お姉ちゃんには何をやっても敵いませんよ」
真樹男は頬をぷくっと膨らませ目の前のジクソーに集中してサッサッサッとピースを置いていく。そのあまりの速さに時哉はびっくりして思わず声を上げてしまう。
「ね、ねえ、マキオ。キミはあらかじめそのピースがどこなのか知っているんだよね?」
「え?いや、知らないよ。適当に目で追って拾ってきてるだけ」
「な......んだって......」
「さあさあ、トキヤもやろうよ。座って座って」
「う......うん」
波香に促され座る時哉。そしてまた彼は信じられない光景を目撃する。
シュバババババババツ!!
真樹男の動作を上回るスピードで波香はピースを拾いはめていく。
「ぼ、僕は夢でも見ているのか?」
時哉は驚愕したが彼もまた自分のペースでジクソーパスルに挑みはじめた。
「なにそれ?トキヤ、おっそ~い!のろま!あはははは!」
「......なんだこれ?どんな公開処刑だよ!」
「あっはははー!!」
時哉は波香に笑われながらも一生懸命にパズルを拾い試行錯誤しながらはめていく。
「......でも、どんなに笑われながらも決して諦めない。そんな一生懸命なトキヤが私は好きよ」
「ん、ナミカちゃん。何か言った?」
「ん?何も言ってないわよ?バカじゃない?」
「......」
この時、本当は時哉には波香の声が聞こえていた。波香に対してジクソーで辱められた仕返しのつもりだったのだ。が、逆にまた波香の罵倒を喰らって時哉は何も言えなくなってしまうのであった......
◇
「それから俺はね。少しでもナミカちゃん達に追いつきたくて勉強をたくさんしてスポーツもいろいろやってあとは体幹鍛えたりとか......」
本来なら本日は日曜日、会社は休みのはずだが神崎電子の応接室にて時哉は一里塚と間宮に語っていた。
「ナミカさん......社長との結婚を認めてもらう為にですか?」
「そうだよ」
間宮はうっとりして時哉の話を聞き、言っていた。
「いいですねえ......私もそれほどまでに誰かに欲してもらいたい......」
「ハ、ハハハ......でも、しばらくしたらナミカちゃんは行方不明になってしまった。
......ちょっとその辺の事情はここでは言えない」
「その辺の事情から今回の件はただごとではないという事なんですね?ただ、実家に帰ったわけではないと?」
一里塚は真面目な顔をして時哉に問う。
「そうだね。ナミカちゃんがお館様の側近、大河原に連れ去られてもう幾日か過ぎた。俺は本家に行こうと思う。ただ、面会が許されるかどうか......」
「時哉さん、ひとつ気になることがあるんです」
「ん?なに?小西さん?」
「私の高校時代の同級生に旧姓『北条』で真樹菜さんていう人がいるんですけど」
「ああ、多分、それはマキオくんだね。小西さんと同級生だったんだ?」
「はい。......あんなに美人なのに元は男だったのかあ。ああ、高校時代の私に教えたい!」
「ハハハ。彼もまたナミカちゃんに相当憧れてたからなあ。姉に近づきたくてそうしてしまったのかもしれないね」
「なるほど」
「なので、このことを真樹菜ちゃんに話していいですか?あそこの夫婦はITに関しては図抜けてるのできっと力になってくれると思いますよ」
「うん、ぜひ、そうして欲しい」
「じゃあ、ちょっと失礼してかけてみます......あ、真樹菜ちゃん?今、電話大丈夫?」
『おーっほっほっほ。今、旦那様とリクリエーションしていたところですけど大丈夫ですわよ?それで、きょんさん、どうしたのかしら?』
『きょんさん』とは真樹男が呼ぶ一里塚恭子のことである。彼女?は高校時代からずっと一里塚のことをそう呼んでいる。一方、一里塚の電話越しに聞こえてくる真樹男の声を聴いて時哉の肌にはトリハダが立っていた。
「今、時哉さんからあなたたちの話を聞いたの。......それであなたのお姉さんが実家に連れ去られました。時哉さんは北条の本家に迎えにいくつもりです。......私の話、理解できる?」
『......ええ、充分すぎるほどに。そこにトキヤさんいるのかしら?』
「うん」
『代わってくださる?』
「わかった」
一里塚は時哉の目をジッと見て自分のスマフォを渡した。
「もしもし?」
『おーっほっほっほ!トキヤさん、お久しぶりですわ』
「なんとまあ、キミは随分と変わってしまったね」
『人は成長し変わるものですわ』
「いや、キミは変わりすぎだろ」
『おーっほっほ。まあ、それはいいとして。乗り込むのかしら?父のところに?』
「ああ、ただ、俺は北条の血筋を名乗ることはできない身。ナミカちゃんとは会わせてくれないだろうな」
『わたくしたちも連れてってください』
「それは願ったり叶ったりだな。ぜひお願いしたい」
『では、昔よく行った喫茶店で待ちあわせましょう』
「ん?......ああ、『ドック・アイ』だっけか?」
『ですわ』
会話を終えると時哉は一里塚にスマフォを渡した。それを受け取った一里塚は何か言いたげな顔をしている。
「あのぉ~......」
「ん?」
一里塚は間宮と顔を見合わせ息を呑んで、再び声を発っした。
「私達も連れて......」
「かない!」
有無を言わさずに時哉は一里塚の言葉を制した。
「え~!?」
「大体、キミたちにはこの会社があるだろう?キミたちがいなくなったらこの会社はどうなる?」
「くぅ~」
一里塚は悔しそうな顔をする。間宮にいたっては連れて行ってはくれないだろうと予想していたのか下を向いたままだ。
そんな2人を尻目に時哉は神崎電子を後にするのであった。
◇
北条家の屋敷の地下牢獄。そこに時哉の父親、宗時は鎖に繋がれていた。
「ううう......」
がちゃ
伍代沙織が宗時に食事を持ってきて牢獄のカギを開けた。
「うう......キミは......伍代君だったな」
「はい、宗時様。お食事をお持ちいたしました」
「ああ、すまない」
「宗時様、大丈夫ですか?」
「......自白剤を飲まされてムチで打たれただけだ。そうひどくはない」
「そうですか、良かった」
「それよりも数日前、騒がしかったが何かあったのか?」
「はい、波香様がご帰還なされました」
「やはりそうだったか」
「良かったですね。波香様が見つかって」
「いや、全然、良くはない」
「え!?」
「時に伍代君」
「はい?」
「キミのその名前は本当の名前なのか?」
「はい。ただこの名前を貰う前には『5号』と呼ばれてました。なんでなのか私にはわかりませんが......」
「やはりそうなのか......キミは顔こそ違うが容姿が波香様そっくりだ......」
「え?それが何か問題あるのですか?」
「......いや」
「それよりもしっかりお食事をとってくださいね。こんなところで宗時様に死なれたら困ります!」
「ハハハ、そうだな。では、いただくとしよう」
しどろもどろになりながらも宗時はスプーンを取り食べ物を自分の口へと運ぶ。が、ぽろぽろと食べ物を落としまくってしまった。
「あああ、食べさせてあげます!はい、あ~ん?」
沙織は予備のスプーンを取り、すかさず食べ物をすくって宗時への口へと運んだ。
「世話をかけるね。......はむ、うん、うまい。北条家は牢獄への人間にもこんなにうまい食事を出すんだな。ハハハ」
宗時は沙織の顔を見る。そして二人は微笑みあった。
(時哉よ。もうすぐお前が全てを知る時が来る。その時、お前はどうする?)
......そう思案しつつも宗時は沙織が運んでくれた食べ物を屠るのであった。