喫茶店「ドック・アイ」
それは東京都と神奈川の境目にある高級住宅街のど真ん中にポツンと存在している。セレブ御用達の喫茶店である。
からん
こぎみ良いドアの開く音と供に時哉はこの店を訪れた。店内を見渡すと目当ての人物は探すことができず、時哉は自分のが早くきたのかと思いとりあえず空いている席に座ろうとする。が、移動中に腕をむんずと何者かに掴まれた。
「トキヤさん、ここですわ」
自分の腕を掴んだその美しい女性に時哉は目を丸くする。
「え!?マキオくんかい?」
「おーっほっほっほ。今は真樹菜ですわ」
その美しい女性はにっこりと微笑み、時哉にそう告げる。時哉は真樹男の反対側に座った。
「せっかくだから、何かお飲みになったら?」
「そ、そうだね......すみません。ブレンドをひとつ」
時哉はメニューも見ずに通りすがりの店員にオーダーする。
「あら?アフリカンじゃなくて?」
「ハハハ、もうそういうくだらないギャグは卒業したんだ」
「あら、そう。で、これからどうするのかしら?」
「そうだな......どうしたらいいと思う?」
「あらあら、なんと頼りがいのないことかしら」
「くっ。悪かったね」
「じゃあ、とりあえずわたくしが父に面会してきますわ。それで姉さんの様子を伺ってきます」
「うん、そうしてくれ。俺は......ここで待ってたほうがいいかな」
「......そういえばトキヤさんはどうして北条の血筋を名乗れなくなったのですか?」
「くっ。......それは聞かないでくれると助かる」
「あらあら、なんと情けないことなのかしら」
「くっ。......ホント、情けないな俺は」
真樹男に責められ続け時哉はガックリとうなだれる。
「......まあ、いいでしょう。わたくしが行ってきますからトキヤさんはここでお待ちになっててくださいな」
「うん、悪いね。ほんと」
「まあ、身内のことですからね。気にしないでくださって結構よ」
「......すまない」
真樹男は時哉にそう告げるといそいそと喫茶店を後にした。
ごくっ
真樹男がいる時には口にしなかったコーヒーを時哉は今、初めて口に含んだ。
「うん、ここのはやっぱ、うまいな」
などと時哉は独り言を言うが今になってある事に気づく。俺は何をやっているんだと。真樹男が波香の安否を確認しにいって無事ならそれでいいのか?無事ならそれで納得して俺は帰るのか?
ある日、波香が自分に言ったことを思い出す。
『私と一緒になりたいなら北条の名を捨てる覚悟ある?』
......そうだ。ナミカちゃんはもうとっくに北条の名を捨ててたんだ。俺は何をやってるんだ!
スっと時哉が席を立つと店の扉が勢いよく開き真樹男が飛び込んできた。
「!!」
「はあはあ、門前払いを喰らいましたわ......このわたくしが。......いったいどういうことなのかしら!」
真樹男はトキヤに怒るように言った。
「そう......なのか。まあ、それでいい。俺は行くよ」
「行くってどこにですの?」
「決まってるだろ。ナミカちゃんを取り返しに、さ」
「......あんな厳重な警備を前にしてお屋敷の中に入れるとは思いませんが......」
「それぞれの門を守っているのは警備員2名だったかな?」
「そうですわね」
「う~~ん......」
「......わたくしの旦那様に相談してみますわ。ちょっとお外で電話してきます」
「うん」
北条の敷地内に入る為には正門の警備員2名。西、北、南にも同じような裏門がありそれぞれの門番は各2名ずつ配備されている。不審な侵入者が敷地内に入ると警報システムが発動し警備会社へ連絡がいくとともに場合によっては警察への協力も仰げるようになっている。
「う~ん、やはり夜になるまで待った方がいいかな......」
時哉が思案に暮れていると真樹男が店の外から帰ってきた。
「トキヤさん」
「ん?どうだった?」
「わたくしの旦那様が北条のセキュリティシステムにハッキングし混乱させている隙に屋敷に侵入しましょう」
「お!そんなことができるのか!」
「ええ、なにしろわたくしの旦那様ですから。おーっほっほっほ!」
「しかし......これは犯罪だよな。ナミカちゃんとの最後の電話の会話は録っているけどそれだけじゃあなあ。向こうの誘拐罪を実証できないだろうね。なにしろ本家は警察ともうまくやっているだろうから」」
「え?姉さんとの会話?」
「うん、ナミカちゃんが連れ去られるところの電話での会話を録音してある......まあ、常に俺のスマフォは録音状態なんだけどね」
「うふふ、トキヤさんもぬかりないですわね。誰の影響を受けているかは聞かないでおきますわ」
「......ハハハ」
「それで作戦開始の時刻ですが......」
「うん......」
「あの、すみません......」
時哉と真樹男がひそひそと2人で今後のことについて話しているとその2人のテーブルに近づき話しかける者が現れた。
「え?か、香織さん?」
「!?」
「こんにちは。トキヤさん。あのそちらの方は?」
「こんにちは。根津川真樹菜です」
時哉が紹介するまでもなく真樹男は香織に名乗りを上げた。
「こんにちは。北条香織です」
「ほ、北条?......失礼ですけれどここから近い北条の屋敷と関係がある方でございますの?」
「ハイ、昔、あそこに住んでました。ここの喫茶店が好きなのでたまに一人で来るんですよ。あなたは?社長のご姉妹なんですか?」
「え?どうしてかしら?」
「なんか、よく似てるな......と思いまして」
それはキミもだよと時哉は言いそうになるがこらえて2人の会話を聞き、様子を見ることにする。
「北条の屋敷に住んでいたってことはどういうことですの?」
「ハイ、あそこの主人の繁一は私の父です......勘当されましたが」
「え!?」
「......」
「どうして勘当されたのかしら?」
「父に嫌われてしまいましたので......」
「どうして?」
「わかりません」
二人はしばし無言になる。やがて真樹男は時哉の顔を見て尋ねた。
「トキヤさん、これはいったいどういうことなのかしら?」
「......実はキミとナミカちゃんより前に香織さんに俺は出会っているんだ」
「つまり香織さんとわたくしたちは姉妹ってことかしら?」
「そういうことになるね」
時哉と真樹男の会話を聞いて香織はハッとし時哉に問うた。
「ということは私と社長も姉妹ってことなんですか?」
「うん、そうだね」
「まさかそんな......社長と私が......」
香織はすごく困惑した顔を見せた。さらに時哉は今がどういう状況なのか香織に説明することにした。
「社長の実の名は『北条波香』って言うんだ。こちらの女性は昔は男で『北条真樹男』」
「そう......なんですね」
「うん、そしてナミカちゃんは過去にお館様にひどい仕打ちを受けて本家を出奔。そして今は連れ戻されたっていう状況だよ」
「......そういうことだったんですか」
「......トキヤさん、姉さんが父にひどい仕打ちを受けたって本当なんですの?」
「ああ、本当だ。ここでは言えないひどいことだよ」
「そうだったんですか......今までわたくしてっきり姉の我儘で......」
真樹男は何か思案にくれていたが構わずに時哉は香織に説明を続ける。
「それで俺たちはマキオの旦那さんに本家のセキュリティシステムをハッキングしてもらいその隙をついてナミカちゃんを連れ戻す計画をたててるんだ」
「え?そんな危ないことを......話し合いではダメなんですか?」
「......俺はとある理由で北条家とは離縁されていてマキオもさきほど面会を求めたが門前払いをくらった」
「......そうですか......私も勘当された身で......お役に立てずにすみません」
「いやいやキミが責任を感じることは何もないよ。さ、そろそろ行動を起こす準備をしようか?マキオ、旦那さんのハッキングまで後、何分?」
「30分後ですわ」
「よし!行こう!じゃ、香織さん、俺たちはここで」
「待ってください!」
「ん?」
「私も連れてってはいただけませんか?」
「え?......危ないよ?」
「一応、こう見えても武道の心得はあるので何かの役に立つのではないかと」
「キミが?」
「ハイ」
「わかった。一緒に行こう!」
「ありがとうございます」
時哉、真樹男、香織の3人は決意を込めた瞳で立ち上がり喫茶『ドック・アイ』を後にする。
◇
一方、時哉たちとはちょうど反対側の門から北条の屋敷に侵入しようとする2名の若い女性がいた。
「ねえ~、
「やるわよ。これ以上ふざけた研究を続けさせない。北条繁一は私が殺す」
(続く)