第81話
波香は事の顛末を神崎喜一郎に電話で伝えた。
『なるほどそんなことが......北条さんとことは昔は交流を深めさせていただきましたが最近はとんとご無沙汰でしてね』
「いえ、父は頭がおかしいですから」
『......ふうむ、波香さんは今の会社で働いていることはすでにあちらに周知されているのですか?』
「わかりません。ちょうど警察署を出てきたところを拉致されてしまいましたので」
『......なら、一旦社長職を退いてはいかがですかな?』
「え?クビってことですか?」
『いいえ、そうではなくてあなたには会長として会社に残ってもらいます』
「では、社長は誰が?」
『うちの娘にやってもらいます』
「え!?メグミちゃんが?」
『はい、現役女子高生兼企業の社長。こりゃ話題になりますな!わーっはっはっは!』
「しかしメグミちゃんには受験が......」
『それくらいの事をこなさなければ神崎次期頭首としては務まりますまい』
「......なら表だったことはメグミちゃんに任せ私は裏でいろいろ動きます。それから合間を見て社長室でメグミちゃんの受検対策のお力添えを」
『おお、それは素晴らしい。ぜひその方向で宜しくお願いします』
「はい!」
『それからあなたの知り合いの方も......ええと汐海さんに美菜さんだったかな?仕事ができるようであればどんどん上に上げてください』
「承知いたしました」
ぷっ......ぷーぷー
電話を終え、波香は汐海と美菜に視線を移す。
「ということなので喜一郎さんの許可が正式におりたのであなたたちも私の会社で働いてもらう。いいわね?」
「わかった」「は~い」
「......本当に仕事できるのかしら」
波香の心配をよそにただテクテクと汐海と美菜は波香の後をついて歩く。
◇
「では、今日からみんなの仲間になった、北条汐海と北条美菜だ」
「よろしくお願い奉ります」「よろしくお願いしま~す」
ぱちぱちぱち
波香の紹介で始業前に2人の挨拶を簡単に済ませた。以前とは違い従業員全員が集まってくれている。
「それから今日限りで私は社長職を解かれることになった」
「ええ!!」
ざわざわざわ
「明日から神崎恵美さんがこの会社の社長に就任されることになる」
ざわざわざわ
「おい、神崎の娘さんてまだ高校生じゃないか?」
「それに今年受検じゃねえの?」
ケニーの社員達は神崎恵美のことを知っている者が多かった。
「おもしろいことになってきたな」
「俺、ケニーやめてこの会社にお世話になろうかな」
「おいおい、大丈夫かそれ?」
周囲の雑音が大きく聞こえる中、経理の間宮は声をあげる。
「郷社長はどうされるんですか?」
「私か?私は会長としてこの会社に残ることになる。不満か?」
「いいえ、大感激です!!」
「......ははは」
間宮はほっとした顔を見せる。その顔に波香はちょっと引くがまあ、これはこれでいいか、と思うことにした。
◇
「しおりん。汐海と美菜はとりあえず、かおりんのところのラインにいれるわ。そこで工場の中の状態もすこし見てもらってからどちらか片方を事務の方に異動させようと思う」
「はい、私はそれで問題ありません」
「それまで事務は大変だろうけど小西さんと2人で......うっ」
波香は話の途中でトイレへと駆け込む。
「社長......」
間宮は心配そうに波香の行方をただ目で追っていた。しばらくすると波香は戻ってきた。
「社長!大丈夫ですか?」
「うん、ごめんね、話の途中で......」
「いいえ」
「それから明日から神崎のお嬢さんがやってくるけど彼女は来年受検なので仕事中でも時間を見て勉強を見ようと思ってる」
「......大変ですね」
「大変なのはそのお嬢さんのほうだけどね」
「あ、社長。社長にお話していないことがありました」
「なに?」
「事務のアルバイト、社長がいない間に1名雇ったんですよ」
「へー、来たんだ。どんな人?」
「あそこで掃除をしてる子です。三つ編みの黒縁メガネをかけた女の子です」
「ふうん......えっ!?」
波香はかつての教師時代の教え子を発見した。懐かしさに涙が出てくるのを必死でこらえヒタヒタとその三つ編みメガネの女の子へと近寄っていく。以前の波香なら知り合いでも決して自分から話しかけにいくことなどしなかったハズだがいろいろな経験を隔て彼女は変わっていた。
「......久しぶりだな、細田」
「え!?」
細田ふみえはその声にびっくりして振り返った。
「こ、校長先生?どうしてここに?」
「ははは、それは私も聞きたい」
「え、えと私はただお金が欲しくてアルバイトを......」
「ほう、品川に会いにアメリカに行くための旅費か?」
「は、はい。校長先生はどうして?」
「ははは、私は今、この会社の社長をやっている。もっとも明日からは会長になるがな」
「え?そ、そうなんですか......あ!名前が変わってますね?」
細田は波香の胸のネームプレートが『代表取締役社長 郷望美』となっていることに気づく。
「ははは、まあ、いろいろあってな。そこのところはあまり聞かないでくれると助かるのだが」
「は、はい、わかりました。聞きません!」
「ははっ、品川は元気か?」
「はい!元気ですよ!先週は大輔くんから会いに日本に来てくれました」
「ほう、そうかそうか。で、細田はなんの仕事するんだ?っていうか大学は?」
「間宮部長から電話応対と来客へのお茶だしと伝票入力を頼まれました。大学のほうは授業がない時だけここに働きに来てます」
「ほう。T大の授業は問題ないか?ついていけてるのか?」
「はい、問題ありません」
楽しそうに波香が雑談をしているのを見て間宮は嫉妬の炎をメラメラと燃やす。
(なに?あのアルバイトの子とも知り合いなの?......あんなに仲よさそうに......)
◇
その頃、一里塚は菊池と供に材料の調達にある取引先に来ていた。
「山岡さん!お願いしますよ!」
「ん~でもなあ、この部品は先に山崎さんのところにねえ」
「そこをなんとか!」
一里塚は両手を合わせて必死に拝んで頼み込んでいる。その相手は滝川物産株式会社、山岡三郎主任である。この人物はかつて波香とともにとある山で松茸狩りをした人物であった。
「ん~そうだなあ、一里塚......あ、今は小西さんだっけ?小西さんの出方次第では考えなくもないけどねえ」
「......わかりました。山岡さん、無理を言ってすみませんでした。それでは失礼します」
菊池はすかさず横から口を挟み、その場を離れようとする。
「ちょ、ちょっと待ってください、菊池係長!」
あわてて一里塚は菊池を呼び止める。
「ん?いや、いこう。小西さん」
一里塚の呼び止めに応じず菊池はずんずんと足を速める。
「菊池係長!あの部品がないと納期が間に合いませんよ!」
「わかってるよ。でもあんな下衆なやり方に屈服したくないので」
「......菊池係長」
「それから僕は今、係長ではないですよ?小西さん?」
「はい、そうでした」
一里塚は改めて菊池のまっすぐさに感動する。かつて波香と菊池の弱みを握ろうとしたことがあったがこの人物だけはどうにもならなかった人物なのだ。隙がないのだ。
「僕にいくつか心当たりがある。今からそこに行こうと思うけどいい?」
「はい、お供します」
お互いに違う人と結婚しているが一里塚の心のモヤモヤは大きくなっていた。お互いに同期入社。菊池のことは入社してからまもなく一里塚の興味を引いていたが一里塚には高校からつきあっている彼氏がいた。なので恋心になるほどには至らなかったが神崎電子に菊池がやってきて距離が近くなり一緒に仕事をする機会が増え一里塚の心は揺さぶられていたのだ。
「あの......里中さんとはうまくやっているんですか?」
「え?うん、うまくやってるよ?小西さんのところは?」
「はい、私も順調です」
「なら、良かったね。さあ、急ごう。4時までに帰えれば間に合う」
「はい!」
軽トラックに一里塚は乗り込み菊池の運転で違う取引先へと向かうのであった。
◇
「おい!あそこ、見てみ?」
「ん?おあ!」
「なんだなんだ?」
「同じ体つきの奴が4人も?」
ケニーから派遣された社員達は波香たちが入ったラインのほうを見て声をあげていた。それに波香が気がつき注意をする。
「こらあ!そこお!手が止まってるわよ!」
「は、はい!すみません~~ん!」
ケニーの社員達はあわてて自分達への持ち場へと戻っていく。
「ったく、まあ、不思議がるのもわかるけどね。......さあ、やるわよ!」
「はい!」「了解」「は~い!」
波香の掛け声で香織たちはそれぞれのラインの持ち場へと行き、仕事を開始した。
(続く)