滝川物産株式会社。
その本社は都内のはずれにある。従業員1000名を超えるなかなかの大きな会社であった。西は福岡、大阪、北は岩手、北海道の計4支店の営業本部を構えている。
本社に勤務の山岡主任が新型スマフォの基盤部品を買い占めていて関東ではその部品の品不足に陥っていた。波香は山岡へ、その部品の無心をしに滝川物産の本社に訪れた。
「こんにちは。私、神崎電子の郷というものです。山岡主任に会いたいのですが」
受付嬢に波香は自分の名刺を差し出すとともに山岡への面会を求めた。
「失礼ですがアポはとっておりますか?」
受付嬢は渡された名刺をまじまじと見ながら波香に問う。
「アポはとっておりません。だけど昔の知り合いです」
「アポはとってないのですか......少々、お待ちください」
受付嬢は受話器を取り電話をかけた。山岡へと繋がる内線なのだろうか。
「はいはい......そうです。神崎電子様の会長さんです」
やがて受話器を受付嬢はそっと置いた。
「山岡はまもなく来ますのでこちらで座ってお待ちいただけますか?」
「わかったわ」
受付嬢に促され波香はやけに立派なソファに座る。簡単に会うことが出来て逆に波香は拍子抜けしている。神崎電子の会長ということと昔の知り合いの女性、郷という山岡には全く覚えのないはずの名前。これらの要素が逆に彼の興味を引き、会う気になったのだろう。
「お待たせいたしました」
その声に波香は確信した。やはりあの松茸の男だと。
「こんにちは。お久しぶり」
波香はスッとソファを立ち上がり山岡に向かってお辞儀をした。
「あ!お前はあの時の!」
波香の顔を見て山岡はビックリする。
「その説はどうもお世話になりました」
「あんなことしといてよくノコノコと俺に会いにきたな!」
「さて、あんなことってなんでしょう?」
「とぼけるな!俺をKOして松茸を全部持っていっただろうが!」
「ああ、あれね。あの後、全部、おばあちゃんのところに持っていったわ。私ではあの松茸をどう取引したらいいのか、わからないからね」
「なに?全部花枝さんのところに持っていったのか?」
バツのわるそうな顔をして山岡は波香を見る。
「そうよ。そしたらあなた、随分とピンハネしていたみたいねえ。あのおばあちゃんが言うにはあなたから貰ってるお金よりも随分と多かったそうよ」
「くそっ!だからあの後、取引中止の連絡があったのか......」
「他のところにお願いしたみたいよ」
「くそがっ!......で、今日は何しに俺に会いにきたんだ?」
「山へ松茸狩りに......」
「ふざけるな!どうせアレだろう?新型スマフォの基盤だろう?誰がお前なんかに!」
「あっそ。なら別にいいわ。滝川物産の物流部、山岡主任はお年寄りを騙してピンハネをしていた......なんて世間に広まるんじゃないかしらね」
「なんだと?」
「はいこれ、私とおばあちゃんが松茸を売った時の明細書。こっちがあなたがおばあちゃんにお金を渡した時の領収書。松茸の重さは同じ10キロくらいなのになんでこんなに金額に差があるのかしら?」
波香は自分のスマフォの画像を山岡に見せた。
「仲介手数料っていうのかしら?それにしたって取りすぎ......ボリすぎよねえ?」
「うぐぐぐぐ」
「ちなみに紙媒体でコピーも取ってあっておばあちゃんのうちと私のうちにそれぞれあるわ」
「くそがっ!わかったよ。基盤を売ってやる。何個だ!?」
「とりあえず5000」
「は?そんなにか?」
「ダメかしら?」
「いいよ。わかった。そのかわり価格はゆずれないぞ?」
「わかったわ。モノはあるの?」
「ああ、あるよ」
「すぐに取りに来させるわ......あ、しおりん?菊池を見つけて今すぐ軽トラで滝川物産まで来させてくれる?......そう、部品5000個......うん、うん、じゃあ、お願いね」
波香は電話を終えるとにこっと山岡に微笑む。
「あなたとはこれからも良い取引きができそうね」
「くそがっ!これからも強請るつもりか?」
「うふふのふ、悪いことはできないものね」
「......なんだか、お前に言われたくない気がするが......」
◇
恵美はしばらくの間、社長室にこもり受験勉強を一人でしていたがキリのよいところで一旦休憩し工場の見学でもしようと考えた。社長である自分が自分の会社の工場の様子も知らないなんて彼女自身の考えではありえないことだからだ。
ヘルメットを着用し工場の中に入った恵美はふと不思議に思った。滝川物産に出かけたはずの波香が目の前にいるからだ。
「あれ?師匠、もう戻ってきたんですか?」
だが波香は振り向きもしないでもくもくとラインベルトに乗って流れている基盤を見つめていた。
「師匠ってば!」
波香の背中をぽんぽんと叩く。が、その人物は波香ではなかった。汐海である。
「え?師匠?私は違いますが......」
汐海は振り返り恵美に言う。
「え?え?」
「ああ、多分、間違えてますよ。私は郷会長ではありません」
「え?うそ?」
「私は郷会長の親戚で北条汐海と言います」
「え?そうなんですか?」
「はい」
「あ、仕事の邪魔してごめんなさい。じゃあ、私。行きますね。お仕事頑張ってください!」
「はい、ありがとうございます」
恵美はそそくさとその場を立ち去った。
(なんだろう?何から何まで瓜二つなんだけど......)
首をかしげながらテクテクと工場内を歩く。一周回ってまたあることに気づいた。波香の体形がさっき見たそっくりさんの他にも2体いるのだ。
(なんだろう、私、疲れてるのかな。寝不足だし......社長室に戻って少し休もう)
恵美は目のあたりをゴシゴシと掻きながら社長室に戻り、少しの間、目を閉じた。
◇
「会長、いったい、あの山岡主任をどうやって説得したんですか?」
部品をホクホク顔で軽トラの荷台の積みこみながら菊池は波香に問うた。
「世の中には綺麗ごとでは済まされないってコト」
「え?まさか会長。自分の身体を売るつもりでは......」
「え?ないない」
「そうですか、良かった」
「お前は本当に真面目だな」
「そうですか?僕にとっては当たり前のことなんですけどね」
「ふうん、そう」
「ご不満ですか?」
「別に人の生き方をとやかく言うつもりはさらさらないけど、今回みたいに勝手な契約はしないでね」
「あ!それは、本当に申し訳ありませんでした」
「うん、じゃあ、戻りましょう。私も車で来ているから別々だけど」
「そうですね。帰ったら早速ラインの調整とこれ用の作業人数の割り当てを考えないと」
「その辺は菊池に任せるわ」
「はい!」
2人はそれぞれに別れると各々の車に乗り込んだ。波香は座った瞬間に吐き気を催したのですぐにダッシュボードからエチケットビニール袋を取り出した。取引先のお客様駐車場を汚すわけにはいかないからだ。ちょっと前までは自転車に乗りながら街中のゴミ箱を蹴っ飛ばし、ぶちまけていたのがまるで嘘みたいである。
「......ふぅ。......誰も何も言わないけど少し大きくなってきたかな?」
自分のお腹を見て波香は微笑む。妊娠から出産までの間、不安な気持ちと楽しみな気持ちが交互に彼女の感情を支配していた。
「本当に名前どうしようかな。あ!喜一郎様につけて貰おう!」
◇
間宮はアルバイトの面接にきた履歴書をまじまじと見て目を丸くする。
「またT大の学生か......なんなのよ」
「え?T大じゃダメなんですか?」
「いやダメってことはないけど......なんでわざわざこの会社に?」
「はい、お金が欲しいからです!」
「......あなた細田さんの知り合い?」
「え.......と、実はそうです。彼女とは高校からの付き合いがあります」
「ふぅ、そうなんだ。で、あなたは何ができるの?」
「料理、洗濯、家事一般。パソコン、そろばん、あとは~。あ!簿記も1級持ってますし.....」
「パソコンってどれくらいできるんだ?」
「簡単な業務アプリなら作れます」
「え!?本当か?」
「はい」
「ネットワークとか社内ランとかはわかるか?」
「まあ、それなりに。情報システムの人、この会社にはいないのですか?」
「辞めてしまったんだ。だから、どうしようかと思ってたところです。まあ、いい。明日から来れますか?小野寺明日香さん?」
「え?採用ですか?はい!もちろん大丈夫です!宜しくお願いします!」
「ああ、こちらこそ宜しくお願いします」
小野寺は小躍りするように神崎電子の応接室を出た。小野寺は嬉しかった。高校の恩師に会えるのが。波香にはいろいろ相談に乗ってもらった。浮気性の彼氏問題の相談がほとんどだったが。あれから結局、小野寺は浮気性の彼氏、中原とは別れたのだ。だが半年ほどですぐに彼氏が出来た。今度の彼氏は浮気はしないが束縛がキツイ彼だった......
「早くまた相談したいなっ」
小野寺は高校の恩師、波香がこの会社にいることを細田ふみえから聞いていたのだ。なので今、やっているファーストフードのバイトを辞めるつもりでいてこの会社でアルバイトすることに決めたのだ。
「あ?裕介くん?うん、うん、そう、バイト決まったよ。え?裕介君もここで働きたい?ん~男性は募集してないみたいだよ?」
____自分の彼氏に電話する小野寺の表情はだんだんと暗くなっていった......
(続く)