約1週間の間だったがケニーから来た女性社員は机の引き出しを片づけて自分の社へと戻る準備をしていた。
「じゃあ、恭子ちゃん。私は戻るけど、頑張ってね」
「はい!先輩、ありがとうございました!」
一里塚はアルバイトが来るまでの間、ケニーの先輩方に応援を頼んでいたのだ。すると3名が快諾してくれた。細田ふみえと小野寺明日香が本日より講義のない時に就業してくることになったのでケニーから派遣された一里塚の先輩社員の3名のうちひとりは自分の社に戻ることにしたのだった。
ケニーへと戻っていく先輩を見送り一里塚は細田と小野寺に視線を移す。
「じゃあ、小野寺さんは細田さんに仕事の流れを教えてもらって?その後、間宮部長がお願いしたいことがあるそうだから部長のところに行ってくれる?」
「はい、わかりました......あの校長......社長さんは?」
「ん?郷社長?まだ、来てないみたいだね。何か用事?」
「い、いえ」
「あ!来たみたいだよ!郷社長!おはようございます!」
一里塚の声に波香は一里塚達を見た。そしてまた懐かしさに微笑を漏らしながら一里塚達へと足を進める。
「おはよう」「おはようございます!」「おはようございます」
「小野寺じゃないか。お前もアルバイトに来たのか?」
「はい!お久しぶりです!」
「元気そうだな。お前もT大だったよな?大学は大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です!」
「そうか」
「えと、あの社長」
「なんだ?」
「後で相談したいことがあるんですがいいですか?」
「ん?中原とうまくいってないのか?」
「......中原君とはもう別れました」
「そうか、やっぱり浮気は許せなかったか」
「先生の......社長の言う通りでした」
「それで相談とはなんだ?」
「......ここでは」
小野寺は一里塚と細田の顔をチラチラと交互に見ながらもじもじとしている。
「なんだ?新しい彼氏のこととかか?」
「......はい」
「そんな恥ずかしかることはない。ここにいるお姉さんも同じようなことで悩んでいるからな」
波香は一里塚の肩をぽんと叩きながらそう言った。
「え?そうなんですか?」
「ちょっ!やめてよ、もう!」
「え?」
小野寺は社長に対する一里塚の態度に再度びっくりする。一般社員が社長に対してする態度ではないからだ。
「ははは」
「あの、お二人は?」
「ああ、彼女とはいろいろあってな。昔からの知り合いなんだ」
「へーそうだったんですね!さすが城之内校長.....いえ、郷社長!人脈が広いですね!」
「......人脈が広い?私がか?」
「はい!」
小野寺の言葉に波香は困惑する。自分では考えたこともそう感じたこともないからだ。
「あれ?社長、おなかが少し大きくないですか?もしかして?」
「うん、実はそうだ。あはは」
「えーー!!おめでとうございます!」
「ありがとう」
「お相手は北条時哉先生ですよね?結婚するんですか?」
「うん、そうよ。結婚......はどうかしらね」
「え?結婚しないんですか?まさか別れたとか?」
「別れてないわよ。一緒に住んでるけどね。結婚......籍をいれるかどうかは考え中なの。いろいろあってね」
「ふうん、何か大変そうですね」
「.....私の話はいいのではないか?」
「あ、そうでした」
小野寺がそう答えたところで一里塚、細田、波香はドッと笑う。
その様子を給湯室から恨めしそうに眺める者がいた。間宮詩織総務兼経理部長である。
(小野寺さんともあんなに仲よさそうに......)
◇
滝川物産から部品を現場へと持ち込んだ菊池はラインのスケジュール表を見つめ溜息をつく。通常業務ではあいているラインはほぼない。3交替制の勤務体制にする時が来たのかと思い悩んでいた。
「菊池!」
「あ!南か」
菊池に声をかけたのは南だった。彼はケニー時代からの同期で親友である。
「どうだ?日勤だけでは無理だろ?」
「そうだね。今日から僕は先陣を切って夜勤体制に入るよ。後で社長に進言する」
「菊池1人だけか?」
「他にも声をかけてみるけどみんなやりたくはないだろう?残業代も出るかどうかわからないし。それにこんな事態になってしまったのは僕の責任だからね」
「そうか、じゃあ、俺も夜勤やるよ」
「え?大丈夫か?」
「おう、任せとけ」
「あの、私もお手伝いします」
2人の話を通りすがりに聞いた香織も声をあげた。
「え?北条さん?大丈夫なの?夜勤なんておうちの人心配しない?」
「私ひとりぼ......いえ、大丈夫です」
香織は家の人なんていない。私はひとりぼっちだからと言いそうになるがぼっちアピールもなんだかうざいと自分で最近感じていたので一言だけそう言った。
「なら、私も手伝おう」
香織の横にいた汐海もそう言う。彼女の場合はただの興味本心だ。北条繁一襲撃を一旦休止している彼女は彼女なりに幸せになる意味をいろいろと模索していた。
「お!北条汐海さん!じゃあ、俺と一緒にやろう?手取り足取り教えまっせ!?」
南は汐海を相手に張り切る。どうやら彼は汐海に興味があるようだ。
「手取り足取り?それはセックスを教えてくれるということか?」
「は?」
◇
その日の昼休み。
小野寺は早速、会長室に足を運んでいた。
「すごいな。小野寺。午前中だけで社内のパソコンをすべて使えるようにするとは」
「えへへ、ウィルス感染してたパソコン数台ありましたけどね。なんとか問題なく処理できました」
「うむ、助かった。で、小野寺の相談とはなんだ?」
「実は今つきあってる彼氏がすごく束縛がきつくて」
「ほう、どんなふうに?」
「いちいち会社の送り迎えをしたがるんですよ私の」
「ほぅ」
「それにラインもすぐに既読したら返信しないと怒るし」
「そんなんでか?」
「はい」
「それは......」
「最初の頃は私も嬉しかったんですよ。そんなに私のこと好きなのかって」
「うむ」
「でも、最近、すごくうざく感じるようになってしまって......」
「暴力をふるわれたりとかはないのか?」
「......実はあります」
小野寺は髪をかき上げて波香におでこを見せた。
「2,3日くらいに私の身体を求めてくるんですがこないだ拒んだら殴られました......」
「DV付きか......やっかいなおまけ付きだな」
「どうしたらいいでしょう?」
「どうもこうもないわ。そんなの別れるの一択しかないでしょ」
「......ですよね。でもすんなり別れてくれるかどうか」
「話を聞く限りではすんなりとはいかないでしょうね。でも別れたいなら強い意志を持って?」
「......はい......でも、怖いな」
「別れ話は外でして?決して室内ではしないように。それと別れ話をする日時場所を教えてくれる?そしたら私か誰か頼りになる人があなた達を尾行する。あなたに何かあったら守るから」
「え?そんなことまでしてもらっていいんでしょうか......」
「ええ、構わないわよ。あなたは私の大事な教え子なんだから」
「......先生、ありがとう」
小野寺は下を向いて涙をポツンと落とした。
「......大丈夫よ」
波香はそんな小野寺を抱きしめるのであった。
◇
小野寺は今日一日、無事に仕事をこなして帰る準備をしていた。すると警備員の声が聞こえてくる。
「勝手に入っちゃいかん!」
「大丈夫、大丈夫。ここに知り合いが働いているんで。お、いた!」
「ゆ、裕介君」
「明日香、もう終わりだろ?さ、帰ろうぜ」
裕介と呼ばれたその男は小野寺の手をひっぱりぐいぐいと進んでいく。
「今日はホテルに行くよん。もう3日もしてないからな」
「......」
小野寺はこの男とのセックスが嫌で嫌でたまらなかった。付き合い始めの頃は優しかったが最近は荒々しく揉んだり吸ったりただ突っ込んで自分だけ果てる......小野寺にとってそれはただの苦痛でしかなかったのだ。
(......先生、助けて)
(続く)