「うむ、うまい」
汐海は頷きながら波香が作った野菜炒めをひたすら貪っている。
「本当においし~」「お見事です」
美菜、香織も同様に貪っている。今日は香織も夕飯におよばれされていた。
「まあ、これくらいは当然ね」
波香は勝ち誇った顔でもくもくとご飯を自分の口に運んでいた。
「波香殿、今度私に料理を教えてくれないか?」
「あ!私も!」「私もお願いします」
汐海に続いて美菜、香織も声をあげた。
「ん~、そうね。......いいわよ、ただし条件があります」
「なんだ?条件とは?」
「私の元教え子がある男と別れたがっているのだけれどその男は時に暴力をふるったりするの。それで中々言い出せないでいたのだけれどいよいよその子が勇気を持って別れ話を切り出すことを決意したの。それで何かあったらその子を守ってほしいのだけれど」
「なんだ。簡単だな。その男は普通の一般人なのだろう?」
「うん、まあ、聞いた話では特に特別なことはないみたいね」
「で、いつ別れ話をするんだ?」
「する時になったら私に日時場所を教えてくれることになってるわ」
「ほう」
「一応、外で別れ話をするように言っといたわ。建物の中では即座に対応するのは難しいからね」
「うむ、そうだな。......私達3人でその子を守るのか?」
「ううん、1人いれば充分でしょ。その時の状況によって誰が行くのか私が決めるわ」
「ぜひ、私にやらせてくれ。私はまだ仕事を始めたばかりだし仕事を抜けても会社にはたいした迷惑を被るまい」
「そうね。私もそう考えていた。やってもらうなら汐海か美菜かな、と。かおりんが仕事を抜けるのはちょっと会社としては痛いからね」
「うむ、そうだろうな......波香殿」
「なに?」
「私の事もあだ名で呼んでくれまいか?」
「え?う~ん......じゃあ、しおみんかな?」
「おお、いいな!それで宜しく頼み!」
「私も私も!」
「じゃあ、あなたはみなりん」
「やったあ!」
「うっ......」
突然、香織が俯いて涙を落とす。
「ど、どうしたのかおりん?かおりんも新しいあだ名欲しいの?」
波香が心配して香織に寄り添う。
「ち、違うんです。私、今までひとりで夕飯を......コンビニでお弁当を買って食べていたから......こうしてみんなと楽しくおいしいご飯を食べられて幸せすぎて......」
「はあ、またそれ?」
波香は以前にも食事中に香織達が泣き出したことに驚いたがなぜ号泣しだしたのか理由を聞いていた。なので波香はあきれたようにそう言うがそっと香織の頭を撫でた。
「うっ、私も涙が......前にもあったが......そうかこれが幸せな気持ちだというのか」
「うわ~ん、そうみたいだね」
汐海と美菜も続いて泣き出す。
「あらあら」
皆が一斉に泣き出したので波香は困った顔をするが皆が泣き止むまで見守っていた。ちょっと前までは自分もひとりぼっちだったので波香には皆の気持ちが充分すぎるほど理解できるからだ。
「......それで時哉殿はどうしたのだ?」
泣き止むと汐海は時哉が夕飯にいないのでそう言う。
「トキヤは残業で遅くなるから先に食べてくれって連絡があったわ」
「そうか。なら時哉殿の夕飯は私が......」
「しおみん」
「なんだ?」
「それは私の役目だから余計なことはしないでね?」
「な、なんだ?何を怒っている?」
「は?別に怒ってないわよ」
「わけがわからんな」
「......」
◇
小野寺は朝早く出社し電算室にあるサーバーをチェックし社内のネットワークに異常がないことを確認しほっと一息をつき、しばらくして深いため息をだす。
アソコが痛い。ヒリヒリする。
昨日はしつこく何度も激しく出し入れされたのだ。自分には快楽が訪れることもなく苦痛は最後まで苦痛で終わった。そしてよく考えもせずに今の彼氏と交際をはじめたことを後悔するのであった。
がちゃ
電算室の扉が開く。波香が小野寺の様子を見に来たのだ。
「あ、校長じゃなくて社長......じゃなかった会長さんでしたね」
「あはは、別にいいわよ『先生』でも」
「いえ、ここは会社なので一応」
「うん、で、どう彼氏とその後は?」
「辛い......の一言です」
「そう、早く別れたほうがいいんじゃない?あなたが暗い顔で仕事をするのを私は見たくないんだけど?」
「そう......ですよね。でもなんて言えばいいのか」
「別れたいでいいんじゃないの?」
「そう言って納得するかどうか」
「下手に『嫌いになったから』とか下手な事を言わないほうがいいんじゃないかしら」
「そうなんですかね」
「その後が心配ならしばらく私のうちに一緒に住みなさい。ボディガードもしばらくの間つけるから」
「え?本当にそこまでしていただけるんですか?なんだか申し訳ないです」
「いいのよ。早速、今日、彼氏を呼び出して公園とかどこかで別れ話をきりだしなさい」
「わかりました。えと今すぐここで電話してもいいですか?先生がいてくれるなら話せそうで」
「うん、いいわよ」
波香に見守られて小野寺は自分のスマフォを取り出して電話をかけた。
「あ、裕介君?起きてた?うん、うん、あのね、今日話したいことがあるの。うん、今ケ丘公園で7時にいいかな?うんうん、じゃあね」
「無事に終わったようだな」
「彼は私の言う事は聞いてくれるんですよ」
「ほぅ」
「ただ、そのかわりに俺の言うことも全部聞けっていうことなので......」
「はあ、なるほどね」
「はい」
そのまま小野寺は下を向く。その様子を見て波香は確認する。
「本当にいいのね?もう未練とか情とかはないのよね?」
「はい!ありません!」
きっぱりとそう言う小野寺に波香は安心した。
「その彼氏の写真とかはあるの?」
「はいこれです」
小野寺は自分のスマフォを操作し、写真を波香に見せた。
「その写真、私のスマフォに転送してもらえる?」
「わかりました。えっとアドレスは?」
「これよ」
波香はすばやく自分のスマフォを操作すると自分のアドレスを小野寺に見せた。
「......はい、送りました」
「どれどれ......ふうん、優しそうな顔をしてるけどね」
「はい、見た目はそうなんですよね」
「わかったわ、これを汐海に見せて今日の7時以降の公園から彼女をあなたのボディガードにつけるわね」
「北条汐海さんが......わかりました。宜しくお願いします」
安心しきった顔で小野寺は波香に笑顔を見せた。
◇
「どうして美菜までついてくるの?」
「だってヒマだし面白そうじゃん」
「私一人で充分よ」
「ねえ?」
「何?」
「汐海さ、私といる時とみんなでいる時の話し方が若干違うよね?」
「うん、波香殿とほとんど同じだからみんなでいる時は違う話し方にあえてしてるのよ」
「はあ、確かに声も同じだし苦労するね」
「いや、違う自分を演じているみたいで結構楽しいわよ」
「はあ、そうなんだ。あ!来たね」
午前7時過ぎの今ケ丘公園。汐海と美菜はそれぞれ木の陰から小野寺を見張っていた。そこにようやく小野寺の彼氏がやって来たのだ。
「......」
「ふざけんな!俺は別れないからな!」
その2人の様子を美菜はスマフォで撮影していた。しばらく言い合いをしていた2人だったが彼氏のほうが今までにない大きな声をあげ手を振りかざした。
「いけない!」
汐海は瞬時に木の陰から飛び出し彼氏と小野寺の間に入って彼氏の握りこぶしを素手で受け止めた。
「なんだ?お前は?」
「彼女の友人ですが何か?」
「明日香!てめえ他の奴に話したのか!」
「......」
「......そうか、わかったよ。覚えてろ!」
彼氏はそう捨て台詞を吐きその場を去って行った。
「はあ、怖かったあ。先生、ありがとうございます!やっぱり先生が来てくれたんですね!」
「ん?先生?私は先生などではない。北条汐海という者だが......」
2人は同じ会社で働いてはいるが今まで面識がなかった。小野寺は汐海が自分の敬愛する先生にそっくりなのに驚く。
「え?ウソ?あなたが汐海さん......」
「さあ、小野寺殿。一緒に波香殿の家に帰ろう。おいしい夕飯が待っているぞ?」
「はい!ってなみか殿?」
「あ!す、すまん!間違えた『郷会長』だ!」
汐海は慌ててそう訂正する。波香の正体をたやすくバラすわけにはいかないことを彼女は理解しているからだ。
そしてようやく彼氏との問題に一区切りがつき、小野寺は安堵し汐海と美菜の後ろをテクテクと歩いていく。
__その様子を小野寺の彼氏、丹羽裕介は街角から睨んでいて彼女たちの姿が見えなくなるまで睨んでいた。
(続く)