午前7時。
波香と時哉のマンションを出て小野寺明日香と北条汐海、同じく美菜は連れ立って最寄りの駅から電車に乗り込む。別れた彼氏の報復を恐れてしばらく汐海と美菜は小野寺のボディガードを買ってでたのだ。
「何かすみません。お二人とも仕事があるのに」
「いいんだ。私達は今日から夜勤だから」
汐海はかったるそうな態度は決して見せずに小野寺にそう言う。
「えっ?寝なくて大丈夫なんですか?」
「ああ、私は2,3日寝なくても平気だ。まだ若いからな。ハッハッハ」
「それに大学って来るの初めてだから楽しみっ」
汐海と美菜は大学に行ったことがない。だから余計にこの任務?にやる気があるようだ。
「自由度が多少あるだけで高校や中学と対して変わりませんよ。サークルっていう部活みたいなのもありますけど」
「サークル?小野寺殿はサークルに参加してるのか?」
「してません。大学の単位をとるのとバイトをするのに精一杯でそんな余裕ないですよ」
「コンパとはサークルではないのか?」
「コンパっていうのは飲み会です。一回だけ友達に誘われて行ってみたら今の彼氏に出会ったんですよ」
「ふうむ。行ってみたいものだな。その飲み会とやらを」
「こないだ、私達もしたじゃないですか?ああいう感じですよ」
「ああ、なるほど。ああいう感じか。おしゃべりしながらお酒を飲む」
「そうです」
「ねえねえ、そのコンパって知らない人、初めて会った人とお酒を飲むの?」
「まあ、そうですね。いろいろあります。初めて会う人だったり仲間内だったり」
「ふうん」
3人はおしゃべりに夢中で電車に乗ったらあっというまに大学の最寄りの駅についてしまった。
「あれ?もうついた。お話ししてると早いですね」
にこっと小野寺は2人に微笑みかけるが汐海と美菜に笑顔はない。
「??どうしたんですか?」
「......小野寺殿。彼氏殿は同じ大学なのか?」
「いいえ、違いますが」
「暇な奴だな。平日の朝から我々を尾けてくるとは」
「え?いるんですか?」
「うむ、途中から気が付いた。いつのまにか私達の乗っている車両にいるようだ」
「ヤダ。こわい」
「大丈夫だ。小野寺殿。我々が守っている間は指一本触れさせない」
「うん、明日香ちゃん大丈夫だよ。その指出して来たら私がへし折っちゃうから」
美菜はにこっと小野寺に微笑む。
「あ、あはは。宜しくお願いします......これ見てください」
小野寺は汐海と美菜に自分のスマフォを見せた。
「うわ~......」
「これはひどいな」
それには着信履歴が100件以上とラインの吹き出しの数々.....
「着拒しちゃえばいいのに」
「そうですね。それを忘れていました......でも変に刺激して怒らせるのもどうかなと思いまして」
「大丈夫だ。我々がいる。すっぱり清算したいなら徹底的にやるべきだ」
「......ですね。えいっ」
小野寺は彼氏からのライン、電話、メールを拒否設定にした。そして大学の構内に入るところで彼氏に声をかけられる。
「明日香!待てよ!俺の話を聞いてくれ!」
その声にさっと振り向き身構える、汐海と美菜。
「......なに?」
「俺は別れたくないんだ!」
「私は別れたいです」
「なんでだ!」
「それは......こないだお話しした通りです」
「俺の悪いところあったら直すから!な?いいだろ?別れるなんて言わないでくれよ!」
「ごめんなさい、もう無理なんです」
「そんなこと言うなよ!なっ?」
「な?じゃなくてしつこすぎるのではないか?お前」
「そうだそうだ、明日香ちゃんはもう好きじゃないから別れたいって言ってんのよ」
2人の終わりそうもない会話に業を煮やして汐海と美菜が口を挟む。
「お前らには関係ないだろ!!どっか行ってろよ!」
「関係なくないんでな。小野寺殿は大切な友人なんだ」
「そうよ!」
「うるせえ!俺は明日香と大事な話をしてるんだよ!消えろゴミ!」
「ほう、私達はゴミか?そういうお前はなんなのだ?」
「だからお前達と話をする気はないんだよ!どっか行けって!」
「いやいや、大切な友人をみすみす不幸にさせるわけにはいかないんでな。お前の言うことには多少なりとも従うわけにはいかん」
「はあ?不幸にする?俺が明日香を?幸せにするに決まってんだろ!だからどけよ!」
「愛するものの友人に向かってゴミなどと罵倒する男が小野寺殿を幸せにできるとは私には到底思えないのだがどうだろうか?」
「関係ないだろ!......どけよ!」
小野寺の彼氏は汐海に右ストレートを放つ。彼なりに我慢をしていたようだがついに暴力という安易な手段にでてしまう。
どかっ
それを汐海はよけもせずに顔面に受け止めた。
「......きゃああああ!!」
まさかの光景に小野寺はビックリして悲鳴をあげる。汐海といえばよろよろとして尻もちをつきそのままうずくまる。もちろんこれは演技である。
「あ、おまわりさんですか?喧嘩です!私の友達が友達の彼氏に殴られました!場所は......」
すかさず美菜が110番した。汐海が殴られ美菜が通報する。この一連の流れはどうやら事前に打ち合わせしておいたようだ。
「あ、やべえ!」
小野寺の彼氏は我に返りどこかに逃げていった。
やがて警察官が到着し3人は事情徴収を受けた。
「......わかりました。警察も彼の事は今後要注意人物としてマークしておきますので!」
その若い警察官は胸を張り勝ちほこった笑顔でそう言った。
「おいおい、要注意じゃなくてこれは暴行傷害事件だろう?私は被害届だすよ?」
その警察官の言葉に不満な顔で汐海はそう反論する。
「え?被害届だすのですか?」
「当たり前だろう」
「......わかりました」
その警察官は急に不機嫌になり今後の手続きを説明しその場を去って行った。
「汐海さん大丈夫?」
「全然、平気だ。わざと殴られたからな。それにしてもちょっと痛かったな。あの彼は何か武闘をやっているのか?」
「ボクシングをちょっとかじっているみたいです」
「そうか、なるほど」
「汐海、よく反撃しなかったね!私は手がでそうになっちゃたよ~」
美菜は興奮気味にそう吐き捨てた。
「あの男をぼこぼこにするのはいとも簡単だがそれだと殺しかねないし今後のことも考えたら警察に任せた方が無難だと思ってね。要は小野寺殿になんの被害も受けさせなければいいのだろう?」
「まあ、そうだね。私は殺しちゃってもいいと思うけど。あんな人をゴミ扱いするようなひどい奴」
2人の会話に小野寺は震えながら聞いていたがギャラリーが集まっているのと次の講義の時間に間に合うので口を開く。
「......あの2人ともとりあえずここから移動しましょう」
「ん?あ、そうだな」
「了解!」
◇
新型スマフォの市場の売上は順調で神崎電子もその製品を製造している為恩恵を受けていた。
「やったな菊池!この会社この時期でもう去年の売上実績に届いちゃったぜ!」
「そうだな南。本当に良かった。これでこの会社も軌道に乗ってくれれば......」
「なんだ菊池?その他人事みたいな言い方は?」
「ん?この会社がある程度軌道に乗ったら僕はケニーに帰るよ?この会社に一生いるつもりはない。僕はケニーが好きでケニーで働きたいと思って今まで頑張ってきたんだし」
「......まあ、そうだったな」
「オークマンにゴブリンタブレット。最近はザンガス電子さんに押されてるけどまだまだケニーブランドは『世界のケニー』でいて欲しいから僕はケニーで頑張りたい!」
「まあ、それもあるけど一里塚ちゃんと顔を合わしづらいからだろ?」
「......彼女は関係ないよ。僕にはもう奥さんもいるんだし」
「......菊池は昔、一里塚ちゃんの事が好きだったのにな。なんでこうなっちゃったんだか」
「それは仕方ないよ。一理......小西さんにはその時からもう彼氏がいたんだし」
「彼氏がいたから諦めたんだっけ?」
「そうだよ」
「それで大して好きじゃない里中ちゃんとつきあって結婚したと」
「.....やめろよ。そんな言い方。いくら南でも怒るぞ?」
「ごめん。でも、いいのか?菊池?実は後悔してるんじゃないのか?」
「後悔なんかしてないよ?僕は今の奥さん、里中さんを愛してる。充分だよ。後はケニーに帰って新商品を開発しヒットさせる。それが僕の夢だな」
「そうか。まあ、菊池もケニーに帰るつもりなんじゃ俺も帰るかな」
「なんで?南、北条汐海さんのこと気になってるんじゃないのかい?」
「ははは、あんな美人、俺なんか相手にしてくれないよ」
「そうかな?こないだ話してた時、南の事に興味ありそうな感じだったけどな」
「え?そうだった?」
「うん」
「......そうか、菊池にもそう見えたか......今度、食事にでも誘ってみるかな」
「うん、そうしたら?彼女でもできれば仕事にも張り合いがでてくるから」
「そうだな」
___この2人は完全に勘違いをしていた。確かに汐海は興味を示す態度を現したが興味を示したのは南にではなく南の発した言葉に興味を示したのだから。
(続く)