一方、北条汐海は夜勤明けに南と朝食を食べ休日にはラインで大学で知り合った進藤真一と週末デートの約束をしていた。二股であるが汐海にはそういう意識はない。彼女は相手に誘われるがままに応じているのだ。そして今日も夜勤明けに南とファーストフードで朝食を食べていた。スマフォをいじっている汐海を見て南は気になり話しかける。
「汐海さん、もしかして彼氏?」
南にそう言われぎょっとする汐海。慌てて返答を考えるが正直に話すことにした。隠すと自分が悪いことをしているみたいだからだ。
「ん、いや、小野寺殿の大学で知り合った男性と週末にどこかに行く約束をしてて、それの返答をラインでしていたところよ」
「え?それは......彼氏じゃないの?」
「うん、彼氏ではない。だが友達から初めてお互いに相性がいいと思えるようだったら付き合おうっていう話になっている」
汐海の話を聞いて南はホッとするがそれもつかの間、焦って自分も汐海の恋人候補に名乗りをあげる。
「あの汐海さん。俺も恋人候補に加えてもらえませんか?」
「ん?南殿もか?それは構わないが南殿も私のことが好きなのか?」
「はい、好きです」
「ううむ、よくわからんな。進藤殿も南殿も出会って1ヶ月もたっていないというのに......そんな簡単に人っていう生き物は他人を好きになったりするものなのだろうか?」
「ははは、汐海さん、なにその自分が人ではないような言い方」
「え!?変だった?」
「うん、まあ.....でも、一目ぼれっていう言葉があるように理屈じゃないんですよ。人を好きになるのは。一目見てタイプだったり、タイプじゃなくても一緒にいる間にその人の中身が好きになったり......いろいろあるんです」
「うむ、興味深いな。南殿が私を好きになった理由を聞かせてもらいたい」
「言うんですか?恥ずかしいなあ、なんか......汐海さんはもちろん美人だしスタイルもいいし、仕事もここ数日拝見しましたけどそつなくできてるし、それになんと言ってもお高くとまらないところですね」
「お高くとまらない?どういう意味?」
「まあ、簡単に言えば俺なんかをこうして朝食につきあってくれたり相手にしてくれるってことです」
「自分に好意を持っている相手に対して無碍にするのは残酷ではないのか?」
「ま、まあ、そうですけど」
「ちなみに私は好きって感情がよくわからないんだ。仲間に対してはものすごく切ない感情になることがあるがそれは好きってことではないだろうから」
「仲間?仲間ってどういう人達ですか?」
「わけがわからないうちに家をほっぽりだされてひとりぼっちでわけがわからないまま生きて......すまない、この話はなかったことにしてくれ」
汐海はそういうと目頭を押さえる。
「あ!すみません。.....汐海さんもなんか辛い目にあったんですね」
「いや、いいんだ。そういう仲間達と比べて今の自分は随分と恵まれていると思うから」
汐海は涙を瞳に滲ませながらにこっと南に笑顔を見せる。そんな汐海を見て南もものすごく切ない気持ちになってしまう。
「......汐海さん」
「なに?」
「今週末はその......進藤さんという人とデートなんですよね?来週は俺とデートしてくれませんか?」
「それは構わないが」
「やった!行きたいところあったら考えてみてください。俺は俺でプランをたててみますから」
「うん、あ!行きたいところあったんだ!」
「どこですか?」
「デスティニーランド!私、遊園地ってところ行ったことがないの!」
「わかりました!じゃあ、来週末は俺とデスティニーランドで握手!」
「え?なんでわざわざ向こうで握手をしなければならないのだ?」
「あははは.....ただ、言ってみたかっただけです」
「意味がわからんな」
「......」
◇
そして進藤とのデートの土曜日の昼下がり。進藤の大学の講義の都合でお互いに昼飯はすませてから会おうという話になっていて汐海は約束の午後3時よりも30分早い時間に待ち合わせ場所に来ていた。
「うむ、誰かを待つ時間というのもなかなかに感慨深いものがあるな」
「今のうちに会話のシミュレーションでもしておくか」
「今日は良い天気ですね」
「身体の調子はいかがですか?」
「私もそう思っておりました」
「さすが進藤殿はものしりでござるな......これはおかしいな。物知りですね!.....だな」
「今日は帰りたくないの......いきなりこれは変だな」
一人でぶつぶつと会話のシミュレーションをしている汐海の側をすすっと見知らぬカップルが通りすぎていく。
「なんだ?今の女一人でぶつぶつと」
「こわいね~目をあわさずにさっさと行こうよ?」
そのカップルのみならず通行人すべての人が汐海の横をこそこそっと通り過ぎていく。
「......セックスの話はまだ早すぎるか」
「ぶほおおー!」
汐海の横を通り過ぎようとしたおっさんサラリーマンが吹き出してチラッと汐海を見てニヤニヤしながら去っていった。
「なんなんだ?今の人は?意味がわからんな」
そうこうしているうちにやがて進藤はやってきた。
「ごめん、北条さんもういたんだね」
「ん?」
チラっと汐海は自分の腕時計を確認する。
「いやいや、まだ約束の時間になってないわよ?進藤殿こそ早すぎるんじゃない?」
「ん?女性を待たせるのは俺の趣味じゃないんでね」
「それは良いお心がけですわね」
「ん?また話し方変えたね?」
「ええ。なるべく進藤殿のお好みの話し方にしようと思って」
「なるほど......それならその進藤殿じゃなくて『真一さん』とかにしてくれる?」
「わかりましたわ。真一さん」
「おお、いいね」
「じゃあ、私のことも『汐海さん』でお願いします」
「いえすいえす」
「あはは、真一さんったら」
汐海は上品に片手で口元を抑えて笑った。笑うときに他人に歯を見せるのは下品な行為とどこかで教わった記憶があったからだ。
「じゃあ、行こうか?」
「ええ、どこに行きますの?」
「とある美術館に......興味ない?」
「美術館!興味あるあるですわ!」
もちろん汐海は美術館にも行ったことがないので大喜びだ。そんな汐海の仕草を見て進藤はちょっと引く。
「ア、アハハ。汐海さん、それも演技?」
「演技じゃないわよ。初めてなので本当に興味あるの!どんなところなのかしら!」
「ハハ、ただ、絵が飾ってあるだけなんだけどね」
「絵が?へええ~~~!」
汐海の瞳は爛々としていた。どうやら本当に興味があるんだと進藤は思い、苦笑する。
「何かおかしかったかしら?」
「いや?本当にそんなに喜んでくれるとは思わなかったから。美術館でね」
「なるほど、でも本当に私は嬉しいのよ?」
「うん、わかってる。実は俺、絵を趣味で描いててさ。とりあえずはじめてのデートはどんな子でも美術館に誘ってみるんだ。それで大体の相性はわかるかな?と」
「うむ、共通の趣味があればそれにこしたことはないってこと?」
「まあ、趣味とまではいかなくても絵に興味がある女性だったらなんとなく話も合うんじゃないかと」
「ほぅ、なるほど。今、彼女がいないって言ってたのはなかなかそういうお相手とめぐり合わなかったということなのかしら?」
「そうだね、大抵、美術館とかにデートに誘うと興味なさそうにしている人が多いね」
「ううむ、私はどう思うのかわからないがとりあえずどんなところか楽しみなので早速連れて行ってくださいな」
「うん、わかったよ」
◇
「しんど......真一さん、これは一体どういう気持ちで作者は描いたのであろうか?」
「ああ、この作家はね、意味なんかないよ。ただ心の中のリビドーがそう描かせたって世間では言われてるね」
「おお!なるほど!いわばこれは描いた作者の心の中の色ってことだな!」
「まあ、そうかな?」
「なかなか絵っていうものも奥が深いな!」
「お!そう思う?」
「うん、思う」
「おおお、汐海さんとはやっぱ相性がいいような気がするな!」
「本当?なんか嬉しいぞ!」
「俺も嬉しいよ!」
進藤は今までに絵のことはつきあおうと思った女性には興味を示されず悶々と人生を送ってきた。が、汐海と出会い彼女が絵に理解を示したことがわかってから彼女との真剣交際を考えてみることになるのだ。いや真剣に交際したいと思うようになったのだ。
「あの......汐海さん」
「なに?」
「この後、まだ時間あります?」
「うん、あるわよ」
「じゃあ、夕飯を一緒に食べませんか?」
「もちろん、OKです」
「よし!じゃあ、予約しますね」
「予約?」
「ええ、その店、予約制なので2時間前までに予約しなきゃダメなんですよ」
「まあ、そんなたいそうなところに......」
「ええ!俺、本気モードはいっちゃいましたから!」
「本気モード?」
「ええ、真剣に汐海さんと付き合いたくなっちゃいました」
「え!?そうなの!?」
進藤のその言葉に汐海は嬉しくなる。なんでそうなったのかはイマイチ理解できていないが自分をそんなにまで気に入ってくれたことが彼女には嬉しかったのだ。
「あの絵は......」
「うんうん」
「だからこうしてあの絵は世に出る事ができたんだ」
「さすが真一さん、物知りですね」
「え?いやあ、それほどまでではないよ」
汐海に褒められ真一は満足そうに絵のウンチクを調子に乗っていろいろと語り始める。汐海と言えば事前に会話シミュレーションしてよかったと思いながら進藤との会話を楽しんでいた。
◇
「うわ、一人、1万2千円も?」
進藤が予約したレストランのオーダー表を見て汐海は驚きの声をあげる。一人当たりのフルコースのお値段に。
「いや、こんなのはまだ大したことないんですけどね。さっきも言ったように俺、まじで汐海さんを口説き落とす本気モードに入りましたんで」
「いやいや、真一さんはまだ学生なのにこんな大金の食事して大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。そのくらいの金は持ってます」
「ふうん、金持ちなのですね。私なんかその金額稼ごうと思ったら1日では稼げません」
「そうか、工場で働いているっていったよね?」
「はい」
「仕事はどう?」
「なかなかに楽しいですよ。お金を稼ぐっていうのは楽しいかもしれませんね」
「ほう、なるほど」
「ところで食事の後はどうしますの?」
「え?どうって?......もしかしてホテルとかに誘ってもOKってことですか?」
「ええ、ええ、私は構いませんよ?こんなに高いお食事を奢っていただいたしそのお礼ってことで」
「本当ですか?」
「はい、本当に言ってます」
「でも、大丈夫ですか?まだ早くないですか?」
「あ!私もそう思ってました。やっぱりまだ早いんですかね?」
「で、でも汐海さんがいいと言うなら俺は汐海さんとホテルに......汐海さんを抱きたいです!」
進藤は覚悟を決め汐海にきっぱりと言い放った。
「はい!私もセックスというものに非常に興味がありまして......ぜひ、お願いします!」
「え?もしかして汐海さんってまだ経験ナシですか?」
「はい!経験ナシ女です!」
「うああ、まじでか~」
「ん?変ですか?」
「いや、変じゃない変じゃない!」
汐海から初めてだと聞かされ進藤はニヤアとする。彼は自分が初めての女と結婚したいと思っていたのだ。今時珍しい考えの持ち主である。
◇
その頃の香織といえば一週間、小野寺のボディガードとして大学まで付き添いそのまま工場の夜勤に入るという非常にしんどい思いをしていたが男に関して収穫は0だった。
「......」
波香のマンションに夕飯をご馳走に呼ばれた香織は無言のままソファーに座っていた。
「あら?かおりん?なんか暗いわね?どうしたの?」
そんな香織に買い物から帰ってきた波香は気がつく。
「何もなかったから暗いんです......」
「まあまあ、そのうち何かありますって」
大学のノート片手に勉強していた小野寺は香織を励ます。
「汐海さんと美菜さんは仲の良い男の人ができたっていうのに私だけ......」
香織は何かを思いつきソファーからすくっと立ち上がり台所の波香のところに行った。
「会長」
「どうしたの?かおりん?」
「私、男の人にモテたいです。どうすればいいんでしょうか?」
「へ?」
「あ、私も聞きたいかも~」
リビングで話を聞いていた小野寺は声をそうあげた。
「小野寺。あんたは男運ないから厄払いでもいっときなさい」
「あ!先生、ひっどー」
香織は真剣に波香を見つめている。
「ぷっ!なにその真剣な表情。いいわよ。教えてあげる。ただし私、責任はとらないわよ?男と女のトラブルは結構面倒だからね」
「それでもいいです!教えてください!」
__引っ込み思案だった香織がここまで変わったのは自分よりも後に製造されたクローン人間達が......いわば自分の後輩だと思ったクローンが自分を差し置いて次々と男と仲良くなっているのが彼女のプライドの癇に触ったのである。
(続く)